naitoukonan さん プロフィール

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naitoukonanさん: アヴァンギャルド精神世界
ハンドル名naitoukonan さん
ブログタイトルアヴァンギャルド精神世界
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/naitoukonan
サイト紹介文冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。
自由文本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。

気になるもの
錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2013/11/11 20:42

naitoukonan さんのブログ記事

  • ロストフの14秒
  • ◎中国製の設備を使わないNHKスペシャル「ロストフの14秒 日本vs.ベルギー」でサッカー・ロシア・ワールドカップ決勝トーナメント1回戦の日本対ベルギー戦を分析。試合は後半、原口と乾のシュートで日本がよもやの2点リード。そこでキャプテン長谷部が何でもないパスをミスし、思い切り香川に当て、転々としたボールはベルギー・ボールとなった。このミスを見て、最もそういうものに疎そうな原口が『怖いな』と思った。それからロ [続きを読む]
  • 我が名も知らぬ物
  • ◎至道無難の龍澤寺所蔵法語から−4至道無難の龍澤寺所蔵法語から『人にすすめんと思わば、慈悲を第一とすべし。向かうもの如何ほど愚かなりとも、不便を加えて教えよ。』この不便とは、わかりにくくという意味ではなく、愚かな人に向かってはわかりやすく方便で示しがちなのだが、方便ではなく直截示すのも加えなさいということか。至道無難禅師道歌集から『道を問う主ありて 見聞覚知 する人は 生き畜生と 是を言うなり同じ [続きを読む]
  • 呂洞賓が櫛を売る
  • ◎聞く人たち全てが出鱈目だと言う朝鮮の神人姜甑山の語る呂洞賓のエピソード。『一五二、又、言われるに、私のことは、呂洞賓のことと同じであると。洞賓が自分に因縁のある者を求めて、長生術を伝えようとし櫛商人に変装して、街路で大声で呼んで言うに、この櫛で髪をとけば、白髪が黒くなり、曲がった腰が治り、衰えた気力が強壮になり、老いた顔が若返るが、この櫛の代金は千両であると言うと、聞く人たち全てが出鱈目を言って [続きを読む]
  • ニルヴァーナと覚者の五態
  • ◎死ぬものとて何一つない未知なる国人間と神仏を分ける立場にあっては、まず神人合一が一つ。そして神を見た、一瞥、ワンタッチしたという区分に別れ、それとは別に大神・ニルヴァーナが入って来るチャネラーという3区分になる。覚者の定義は、これが前提。覚者の社会性というのは、あまりまともに論じられることはないのだが、混乱する部分ではある。1.ニルヴァーナにほとんど四六時中いるのだが、社会生活はほとんど営めない。 [続きを読む]
  • マインド・コントロールのない宗教
  • ◎それを払しょくするか、相手にしない行法天国は良く、地獄は悪いというマインドコントロール。この教団は、教祖も教義も正しく、聖なるものであるというマインド・コントロール。考える時間を与えず、次々に繰り出されるイメージと音楽・効果音と情報。これを人間に四六時中投入することでポジティブな気分やポジティブな世界観を何年かは維持することができるかもしれない。こうしたスマホを眠る時以外は手離さないライフ・スタ [続きを読む]
  • 西行の恋心
  • ◎願わくは花の下にて春死なむ西行は、求道者であるが、悟った感じはない。歌を詠むには恋心が必要だと出口王仁三郎はいうが、心情を外部に顕すという恥ずかしさを吹っ切るところも要ると思う。以下の西行の歌の花や木は大方桜のことである。思ひかへす悟りや今日はなからまし 花にそめおく色なかりせば春を経て花のさかりにあひ来つつ 思い出多きわが身なりけり憂き世にはとどめおかじと春風の 散らすは花を惜しむなりけり春ご [続きを読む]
  • 実名SNSと政府による思想管理
  • ◎大量破壊兵器並みの威力facebookの内部告発者クリストファー・ワイリーによって、facebookが、扇動的、偏執的なメッセージに乗りやすい人を標的にすることを主たる手段として、英国のEU離脱に係る国民投票やトランプの当選した米国大統領選挙に大きな影響(思想調整、マインド・コントロール、情報操作、洗脳)を与えたことが、海外では大きな話題になっているそうだ。(参照:日経ビジネスオンライン2018年12月4日伏見香名子/「 [続きを読む]
  • フランシスコ法王、同性愛は罪深い行為
  • ◎神仏の目からすればアウト同性愛者は、性同一性障害という病気の場合もあるだろうが、単なる異常な嗜好の場合もある。日本のテレビやマスコミでは、同性愛者が闊歩する異常な状態である。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は同性愛を「深刻な問題」と捉えて憂慮していることが、イタリアで2018年12月1日に出版されたフランシスコ法王のインタビュー本「The Strength of a Vocation(召命の力)」で明らかにされたそうだ( [続きを読む]
  • 神性に満たされた神の子の場所
  • ◎すべての霊の霊性が消滅する、際限なき場所ゾイゼの神性に満たされた神の子の場所。『さて、露わなる神性に満たされた神の子の場所は何処でしょうか。それは神の単一性の、超実体的な光の中にあり、さらにその名付け難い名称を敢えて表現すれば、無であり、その無に移し入れられた状態に即していえば、実在する静寂であり、そこから霊が再び自らに立ち返った状態に照らして言えば、三位一体の本性なのです。またその固有性に則し [続きを読む]
  • このことは憶えておく必要はない
  • ◎見知らぬ世界に『このことは憶えておく必要はない君はいつも見知らぬ世界にいつも見知らぬ旅人としてある君たちは常に今からまったく新しい旅へ出発する』(ダンテス・ダイジの原典『救世主入門』の一節)見知らぬ世界の見知らぬ旅人とは、ありふれているとも言えるし、さほど頻繁に出会うものでもないとも言える。酒を食らいすぎて目が覚めたら、自分が「見知らぬ世界の見知らぬ旅人」であったことを自覚したこともある。山水画 [続きを読む]
  • 疑いなき、清よ明き心
  • ◎出家信者たちが描いた疑念『オウム真理教を検証する/井上順孝/責任編集 春秋社P121-129』に出ている、信者が脱会するきっかけになった情動(出家信者たちが描いた疑念のパターン)の分類をまとめると、以下。1.度が過ぎている。 暴力容認、殺人など手段を選ばないなど。2.嘘、矛盾、言行不一致 人は、嘘、矛盾、言行不一致があると、その師やその組織に疑いを持ち始めるものだ。3.宗教者としての麻原や幹部たちの能力への疑念 [続きを読む]
  • 吉祥なる縁起
  • ◎それを仮にニルヴァーナと名付ける龍樹の中論の冒頭の帰敬偈。『滅することなく、生ずることなく、断絶することなく、常住することなく、一つのものがなく(あるいは、一つのものでなく) 、種々なるものがなく(あるいは、種々なるものでなく)、来ることなく、去ることなく、言語的展開(ブラパンチャ)の寂滅した、吉祥なる縁起を説いた正覚者、説法者中最も勝れたかの仏に、わたしは礼拝する。』(空の実践 (講談社選書メチ [続きを読む]
  • 虚の情報を実に転換するマスコミ
  • ◎虚に踊る現代人の脳ICT(情報通信技術Information and Communication Technology)あるいはITで、さらに豊かな社会を実現するなどというスローガンが最近掲げられている。また膨大な個人情報漏洩問題と外国による選挙介入や人種差別など不適当な情報の削除責任問題に揺れているfacebookのザッカーバーグCEOは相変わらず、「今後さらに多くの人が発言の場を得るのは良いことだと思う」などと「SNSは、なんちゃっていいこと [続きを読む]
  • 何もかもなし−2
  • ◎月もなく、太陽もなく、カイバリヤ釈迦は、感興の言葉(ウダーナヴァルガ)で何もかもなしを敷衍する。『二三それの出離であって、思考の及ばない静かな境地は、苦しみのことがらの止滅であり、つくるはたらきの静まった安楽である。二四そこには、すでに有ったものが存在せず、虚空もなく、識別作用もなく、太陽も存在せず、月も存在しないところのその境地を、わたしはよく知っている。二五 来ることも無く、行くことも無く、 [続きを読む]
  • 何もかもなし−1
  • ◎事物そのものが消え失せ、もはやそこには何物もない至道無難の道歌も一休の道歌も何もかもなしは印象的である。本来もなき 古(いにしえ)の我なれば死にゆく方も何もかもなし一休三世不可得(過去現在未来のことはわからない)いろいろに あらはれ出ずる心かな 心のもとは 何もかもなし至道無難ドイツのゾイゼの、没我の説明。『その一は、自我の完全な消滅で、影が消え跡形もなくなるように、事物そのものが消え失せ、もは [続きを読む]
  • 男色、女色、人の悪も善もSNSなどで語る
  • ◎至道無難の龍澤寺所蔵法語から−3至道無難の龍澤寺所蔵法語の続き。『非常に若かった時、あるイケメン稚児がこのあたりに居た時に、心がうつることを確かに覚えたので、迷いということをよく知り申した。ものすごい美女のあたりに居て、何とも思わなかったので、悟りということをよく知った。』当時は、戦国時代の終わりの頃で、武将の男色は普通だった時代。今は男色は、LGBTというマイノリティであると主張する人も出てき [続きを読む]
  • 至道無難の龍澤寺所蔵法語から−2
  • ◎山風も里の嵐も身にしみて至道無難の龍澤寺所蔵法語の続き。『あらゆるものを捨てよと言えば、無念無心にして、石や瓦のようになると思う。あらゆるものの元を見よと言えば、また見るものになる。何もなきものはこの身の主(ぬし)なるを何とて人はそれと知らずやある人が悟らないで山居していたのに詠んでやった。思うままに捨て 山路に入りぬれどその身の主(ぬし)はもとの主なりある人が悟って山深く入っていたのに詠んでや [続きを読む]
  • 至道無難の龍澤寺所蔵法語から−1
  • ◎朝夕のご飯の味を知る人は稀妙心寺関山国師は、公案一則だけで悟道したが、今三百則をやらせるのはどういうことなのかと問う人に、至道無難「朝夕ご飯を食べているが、その味を知る人は稀である。もし知る人があれば、それは食べない人である。」。若い法師に、「善悪は同じか不同か」と問うた。口を動かそうとする時に、一棒を与えて「何の邪正かある」と言ったら悟った。ある貧乏な人が、身のカルマと言って苦しむ。無難は、「 [続きを読む]
  • 殉教者ペルペトゥアのチーズ
  • ◎殉教者フェリチタスとともに3世紀初めの殉教者ペルペトゥアのことは、ユングの本で読んでいた。後にイスラムの殉教者の刑執行時の反応がとても似ているのに気づき、その一方でそこまでの受苦を迫られなければならないものかと、人間の使命と幸福、運命について様々に思い巡らせることになったものだった。カルタゴにおいて、彼女と同時にフェリチタスも同時に殉教した。ペルペトゥアは貴族出身であったのに対し、フェリチタスは [続きを読む]
  • イエスの黄泉下り
  • ◎イエスの多忙な復活前の三日三晩イエスは、十字架にかけられて亡くなったので葬られ、黄泉に下り、三日目に死人の中からよみがえった。だが、このことは、ペテロの第一の手紙4-6に『死人にさえ福音が宣べ伝えられた』とか、マタイ伝27-52,53に『また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。 そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。』などと漠然と死者の間にも宣教した [続きを読む]
  • 主観と客観
  • ◎カルトや邪教、邪境にあっても悟りを開くことは可能OSHOバグワンが、主観と客観について、説明する。『対象と主観の認識は、悟った者でも、悟っていない者でも同じだ。しかし前者には偉大な点が一つある。それは、つねに主観的な姿勢の中にとどまり、物事の中に失われないことだ。』(ヴィギャンバイラブタントラ10空の哲学/OSHOバグワン/市民出版社 P17から引用)これは、タントリズムの経典ではあるが、あらゆる宗教に共通な要 [続きを読む]
  • 芭蕉、無庵を庵とす
  • ◎絶対的な孤独芭蕉の幻住庵記には、ここ5、6年旅心が日常の心となってしまって、深川の芭蕉庵も住み捨ててしまい、庵のないのを庵とし、どこにも住まいのないことをもって住まいとしている、というくだりがある。(無庵を庵とし、無住を住とす)漂泊と言うのは簡単だが、覚者の代表的心境に絶対的な孤独というのがある。イエスもそう。マタイによる福音書8章20節『イエスはその人に言われた、「狐には穴があり、空の鳥には巣があ [続きを読む]
  • 自分だけのための冥想
  • ◎生きとし生けるものすべての孤独釈迦は対機説法と言って、同じことを質問されても、相手が変わると全く違う回答をしてみせた。禅家でも二人の人物が同じように御簾を巻き上げても、一人はだめで一人はOK。そういうことは、まともな宗教家なら皆同じ。OSHOバグワンは、釈迦も釈迦だけの道に沿って進んで行ったように、各人には、各人だけの冥想の道、各人のためのヨーガがあるとする。そしてあれだけ講話を重ねたにもかかわらず、 [続きを読む]
  • 冥想の4か条−4
  • ◎そもそもの最初から備わっているような何かOSHOバグワンの冥想の4か条の続き。『第四番は深刻さだ。瞑想について考えたり話したりする人々は、瞑想を深刻なものと受け取っている。彼らは、それを仕事のようなものとして受けとめており、遊びのようなものとしては受けとめていない。だが、もし瞑想を深刻なものとして受けとめるなら、瞑想が起こるような状況は創り出せない。深刻さとは緊張だ。そして緊張した心は、決して瞑想の [続きを読む]
  • 修道院でのパンの施し−2
  • ◎死者への施しイエスの言葉の中に修道院でのパンの施しの原因となる言葉が見られる。マタイ伝25-31〜36『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが飢えていたときに食べさせ、渇いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、牢獄にいたときに尋ねてくれたからである』。さらにマタイ [続きを読む]