日蓮仏法普及会 さん プロフィール

  •  
日蓮仏法普及会さん: 21世紀の日蓮仏法
ハンドル名日蓮仏法普及会 さん
ブログタイトル21世紀の日蓮仏法
ブログURLhttp://nitiren21.blog.shinobi.jp/
サイト紹介文現役学会員が日蓮仏法を初心者の方にも分かりやすく解説します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供253回 / 365日(平均4.9回/週) - 参加 2013/12/04 21:13

日蓮仏法普及会 さんのブログ記事

  • なぜ激励されても歓喜が無いのか
  • 今の創価学会の最大の問題点が「指導激励が形式になっている」ことです。あなたも、激励を受けたものの、分かり切った話を聞かされるだけで、全然歓喜を感じられなかったという経験を持っているはずです。特に、大きな悩みを抱えている時、同じような悩みを乗り越えた経験のない幹部に「祈れば必ず解決する!」と言われても、説得力がありません笑間違ったことを言われているわけではないのに、なぜか心に響かないのです。要は [続きを読む]
  • 池田先生「子どもが無くても幸せになれる」
  • 法華経の智慧より子どもが無い人は、子供が欲しいと思うものだが、よいこで無ければ苦しむだけです。子どものことで悩んでいる人も、それによって信心が強情になれるのです。なかなか子宝に恵まれないという悩みを持つ人は多いでしょう。今の日本では、様々な理由により、半数近い女性が、一生出産しないと言われています。しかし、幸せは子どもの存在に左右されるものではありません。自分の子どもに殺されてしまう親だってい [続きを読む]
  • 「大阪の戦い」は折伏戦だった
  • いまや伝説となっている、1956年の「大阪の戦い」では、創価学会文化部の白木義一郎がまさかと言われる当選を果たしました。その責任者は、当時28歳の池田大作青年室長です。池田青年は、どのようにして不可能を可能にしたのでしょうか。池田青年が大阪入りした当時、学会の所帯数は3万ほどでした。一世帯に有権者が平均2人としても、6万票です。しかし、当選ラインは20万票とされており、誰の目にも不可能な目標に見えました [続きを読む]
  • 池田先生「末法は冥益が中心」
  • 法華経の智慧より末法は「顕益」ももちろんあるが、「冥益」が中心となる。「初信の功徳」といって、入信後、当座の悩みが必ず解決する。それで確信をもって、さらに信心が進めば、今度は前と比較にならない大功徳がある。それは「生命力が絶対的に旺盛になる」ということです。生命力が「1」しかない人は、ちょっと何かあると、「2」か「3」の悩みでも、あわてふためいてしまう。しかし、そんな悩みは、生命力が「100」になり [続きを読む]
  • 池田先生「無駄な会合は悪」
  • 法華経の智慧より無駄な会合は悪です。会合は手段です。それが会合をこなすだけの組織になっては本末転倒です。人を集めるときは、覚悟して集めなければならない。それぞれ予定を持っている人、忙しい人を集めるのだから、皆が「来てよかった!」「行かなければ損だ!」という会合にしなければならない。長くやらなければいけないというわけでもない。短時間で終われたら、そのほうがいい「新・人間革命 勇将」より「今、幹部の [続きを読む]
  • 池田先生「不要な報告を取るな」
  • 法華経の智慧より皆を消耗させるだけの、不必要な報告も、「実質本位」とは言えない。数字をいじくっても、何も出てこない。少ないお金を何回、計算し直しても、それでお金が増えるわけではない(笑い)そんな暇があるなら、稼いだ方がいい(笑い)報告や集計や書類づくりのために、大切な皆が疲れては本末転倒です。しかも、いやいやながら報告させても、うそが多くなる(笑い)。それでは組織が、よどんでしまう。師匠は、現場のこ [続きを読む]
  • 戸田先生「法華経の顕益とは」
  • 戸田先生は、観音品に即して、法華経の顕益を10種に大別して語られました。1.災難を逃れられる2.害を加えようとする相手が現れると、相手が逆にひどい目にあったり、大損するはずが、かえって得したりする。3.煩悩も悟りとなり、病魔も軽減される。4.事故に遭ってもケガをしない5.地位を奪われそうになっても、かえってその相手が地位を失う。6.人に憎まれていても、憎しみの心が変わってしまう7.死刑の宿業から逃れられる(刀 [続きを読む]
  • 池田先生「観音は御本尊の一分」
  • 法華経の智慧より観音菩薩とは、寿量品で示された久遠の本仏の生命の一分です。久遠の本仏を離れては、観音菩薩の生命はない。魂のない抜け殻のようなものです。御本尊の中に、観音菩薩も含まれている。妙法の功力の、ごく一分が観音菩薩の働きなのです。(法華経)観音品は、あらゆる仏典の中で、観音菩薩が登場した一番古い経典です。観音は日本人に最も人気のある仏菩薩のひとつですが、いわゆる「観音経」が、法華経の一部分 [続きを読む]
  • 連載四半世紀「新・人間革命」が完結
  • 本日、四半世紀に渡って執筆・連載されてきた「新・人間革命」が、とうとう完結しました。連載は、池田先生が65歳の時に開始されました。そこから90歳を過ぎるまで、たゆまず執筆を続けられたのです。これほどの高齢まで代表作を発表し続けた文豪は、歴史的にもほとんど例がありません。人類史に永遠に残る偉業です。まして、若き日の池田青年は、医師から「30歳まで生きられない」と宣告されたほどの病弱な身体でした。まさ [続きを読む]
  • 諸天の怒りは治まらず
  • 台風で関空が閉鎖されるなど、関西で甚大な被害を受けた矢先、今度は札幌を大地震が直撃しました。近年、激甚災害があまりにも多すぎます。仏法に照らし合わせると、諸天善神が怒って国土を去り、悪鬼魔人が跳梁跋扈していることは明らかです。このブログでは以前より、「国主である安倍総理が靖国への帰依を捨てない限り、諸天の怒りは治まらない」そう警告してきました。残念ながら、これは的中してしまいました。総理は、例 [続きを読む]
  • 池田先生「宗教と文化は不可分」
  • 法華経の智慧より信心で得た「境涯」も、なんらかの「表現」によって、初めて人々のもとに光は届く。 「文化」は、その代表です。 宗教は大地です。大地だけで、花も木もなかったら、不毛です。 反対に大地がなければ、根無し草の文化になってしまう。小乗経の戒律では、歌舞を鑑賞すること、化粧することすら禁じられています。煩悩の否定は、結局は文化そのものの否定につながってしまいます。学会が盛んに文化活動を行うの [続きを読む]
  • 池田先生「健康法も仏道修行」
  • 法華経の智慧より生命が健康であってはじめて、永遠の生命を悟る素地ができる。 不惜身命といっても「無理をする」ということではない。無理は続かない。 仏法は道理です。道理にのっとった賢明な信心即生活でなければ反価値になってしまう。 「信心しているから」「幹部だから」自分は大丈夫だというのは「慢心」です。 「死」も生命力の充電です。 老いたり、病気になった体は、いったん宇宙生命の「蘇生の海」に帰って、さ [続きを読む]
  • 戸田先生「少しでも祈りが叶ったら感謝せよ」
  • 法華経の智慧より少しでも(病気が)良くなったならば、心から感謝することです。 それなのに、まだ悪いところがある、まだ良くならないと、まるで御本尊様に貸しでもあるように考えているのではないですか。それではだめです。 不治恩の行動に出ると、治ったものまで悪くなります。風邪ひとつ引かない健康な仏ばかりであれば、誰も病人の悩みを理解できず、病の衆生を救うことはできません。したがって、仏はあえて重病の宿業を [続きを読む]
  • 池田先生「不老不死とは」
  • 法華経の智慧より(不老不死とは)「老いない」「死なない」ということではない。そんなことになったら、ただでさえ人口問題が深刻なのに、大変なことになってしまう(笑い)「老苦」「死苦」がないということです。名作医療マンガ「ブラックジャックによろしく」には、「死が敗北なら、人間は負けることしかできない生き物なのか」という、究極の問いがあります。本来、死は人生の完成であり、「勝利」だったはずです。死の、本来 [続きを読む]
  • 「妙」は「開く」の意義
  • 法華経の智慧より池田名誉会長 「妙」には「開く」という意義がある繁栄している国家社会は、必ず開放的です。独裁国家やカルトは、必ず閉鎖的です。開放は多様化をもたらし、生命力を高めます。しかし閉鎖は画一化をもたらし、生命力を奪ってしまいます。個人の身体においても、生体は常に開かれ、呼吸・飲食・発汗・排泄などを通じて外界と物質交換を行っています。仮に、環境から完全に閉鎖されてしまえば、まず呼吸ができ [続きを読む]
  • 池田先生「生命にはいかなる代用も効かない」
  • 21世紀への対話より生命が尊厳であるということは、いかなる等価物ももたないということです。何ものも、それと代替することはできないのです。ある意味で、このご指導には、仏法の全てが含まれているといえるかもしれません。たとえ世界中の財宝を集めても、虫けら1匹ですら、生き返らせることはできません。まして、自分自身の命が失われることは、全てが失われることとイコールです。まさに生命の価値は無限大です。戸田先 [続きを読む]
  • 池田先生「愛は善にも悪にもなる」
  • 21世紀への対話より歴史は、愛のゆえ、良心のゆえに犯された多くの残虐行為を教えています。十字軍遠征や宗教戦争にみられた残虐行為は、神への愛のゆえであり、神の正義を行うのだという良心の命令で行われたものと想定できます。何に対する愛なのか、どういう原理をもとにした良心なのかということによって、善にもなれば悪にもなるといえないでしょうか。間違った男を愛したために不幸になる女性は、数えきれないほど存在し [続きを読む]
  • 「強いて」は「あえて」の意味
  • とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし 法華初心成仏抄「強いて」とは「強引に」という意味ではありません。「あえて」です。相手の機根や反応に翻弄されるのではなく、あえて関わり、あえて説くのです。※世界を照らす太陽の仏法(池田先生講義)よりこれほど都合よく曲解されてきた御文は無いでしょう。強制で信心する人などいません。「相手に」ではなく「自分に」強いるのです。すなわち、勇気を奮い起こして悪を破折 [続きを読む]
  • 池田先生「国家社会にもカルマがある」
  • 21世紀への対話より社会や制度における宿業(カルマ)の作用というとらえ方には、私も全面的に賛同します。第二次世界大戦時における日本は、まさしくこの宿業の持つ重みを無視し、その暴走を許し、清算のために多大の犠牲を強いられた、明らかな例であるといえましょう。仏法には「三世間」という考え方があります。まず、個人的な世間である「五陰世間」、人間をはじめ動植物共通の世間である「衆生世間」、広く天地山海まで含 [続きを読む]
  • 池田先生「仏にも悪の心がある」
  • 21世紀への対話より仏法においても、生命には性善・性悪がともにそなわっていると説かれています。仏という最高人格においてさえ、性善・性悪は包含されているというのです。 もし仏に悪の心が全く存在しなかったら、凡夫の気持ちを理解できず、誰も救うことができません。したがって仏は必ず悪の心を内包して生まれてきます。大聖人ご自身が「心は三毒ふかく一身凡夫にて候」(四条金吾殿御返事)と言われている通りです。御本 [続きを読む]
  • 池田先生「仏にも悪の心がある」
  • 21世紀への対話より仏法においても、生命には性善・性悪がともにそなわっていると説かれています。仏という最高人格においてさえ、性善・性悪は包含されているというのです。 もし仏に悪の心が全く存在しなかったら、凡夫の気持ちを理解できず、誰も救うことができません。したがって仏は必ず悪の心を内包して生まれてきます。大聖人ご自身が「心は三毒ふかく一身凡夫にて候」(四条金吾殿御返事)と言われている通りです。御本 [続きを読む]
  • 池田先生「神ではなく法を根本にせよ」
  • 21世紀への対話より高等宗教は「神」を根本とすべきか、あるいは「法」体系を根本とすべきか私の考えでは、現代人が持つべき宗教は「法」を根本とする宗教であると思います。世界のありとあらゆる宗教は、神を本尊としています。教祖が神と同一視されるケースもあります。しかし日蓮仏法では、究極の法である「南無妙法蓮華経」を本尊とし、あらゆる諸天善神はその眷属としています。まさに、宗教観の一大革命です。南無妙法蓮 [続きを読む]
  • 池田先生「神道の欠点とは」
  • 21世紀への対話より神道は、たしかに、自然のあらゆる存在に尊厳性を認める思考から生まれた宗教です。しかし(中略)それを裏付ける哲学的体系に欠けています。その根底にあるものは、祖先が慣れ親しんできた自然への愛着心です。したがって、神道にはきわめてナショナリスティックな一面があるわけです。端的なあらわれが、いわゆる神国思想なるものでした。神道の場合、自然に対する融和性はその一面に過ぎず、その裏面に、他 [続きを読む]
  • 池田先生「時間も空間も方便」
  • 21世紀への対話より生命自体には、もともと過去・現在・未来という現象的時間の区別は存在しないと考えられます。そのような区別は、生命が肉体と精神とをそなえた存在として具体的活動を営んでいくとき、初めて現れるにすぎないものといえましょう。生命の発動がなければ、時間も空間もありえないでしょう。熟睡すると、あっという間に朝がやってきます。この事実からも、生命にとって時間が伸び縮みするものであることが分か [続きを読む]