山賊 さん プロフィール

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山賊さん: 世界の貧困を伝える旅
ハンドル名山賊 さん
ブログタイトル世界の貧困を伝える旅
ブログURLhttp://travelfortellingpoverty.blogspot.com/
サイト紹介文貧困は考え方。スラム街、難民キャンプ、農村でボランティア
自由文ハイチ避難民キャンプ、メデジン(コロンビア)のスラム、リオデジャネイロのファベーラ、ヨハネスブルグ郊外タウンシップ、ジンバブエ農村部、キベラスラム(ケニア)、エチオピア、シリア難民キャンプ(レバノン)でボランティア。貧しさや豊かさについて考えています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供6回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2013/12/23 05:31

山賊 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • エチオピアのミステリー4 『エノク書』はなぜ隠されるのか
  • <エチオピアのミステリー>1. 序章2. 人類発祥の地は本当か3. 1974年以後のエチオピア4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか『エノク書』はエチオピア正教の聖典の一部である。「聖典の一部」という表現が分からない人にも分かるように説明していこうと思います。聖書というのは、一冊の本ではない。複数の書物で構成されている。『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』・ [続きを読む]
  • エチオピアのミステリー3 1974年以後のエチオピア
  • 1. 序章2. 人類発祥の地は本当か 3. 1974年以後のエチオピア前回は、エチオピアが「人類発祥の地」と言われていることについて書きました。信仰心の篤いエチオピアの人々(特にエチオピア正教の信者)が、猿から人間に進化したというダーウィンの進化論よりも「神が自分に似せて人間を創った」という聖書の記述を重視しているという話をしました。猿人の化石人骨の発見を根拠にして、エチオピアを「人類発祥の地」と主張しは [続きを読む]
  • エチオピアのミステリー2 「人類発祥の地」は本当か
  • 前回は序章ということで、簡単に『ケブラナガスト』と『エノク書』についてふれました。Youtubeにも載せました。よかったらチャンネル登録してください。エチオピアについて言われていることの中には多くの矛盾と誤解があります。不名誉なレッテルもはられていたりします。そんな不名誉なレッテルをひっぺがして、真実にせまっていこうと思います。エチオピアの歴史に埋もれた真実を解き明かすことで、本当に世界がひっくり返るか [続きを読む]
  • エチオピアのミステリー1 序章
  • この2年ほど、エチオピアについて研究しています。テーマはエチオピアの開発についてです。英語教科書を分析し、開発計画がどのような言説として展開されているのか、そして、農村という小さな世界が、国際社会とどのように結びついているのかを調べています。エチオピアの研究をしていて、いろんな謎にぶち当たりました。「エチオピアはアフリカで唯一植民地になっていない」と、言葉だけ聞くと、へぇ〜、すごいな〜と流してしま [続きを読む]
  • 路上からの再出発(3つの発表)
  • 私が初めて「途上国」と呼ばれる国へ行ったのは、2013年のハイチでした。そこから現地での活動が始まりました。出発する前からの構想を含めれば、2012年頃からなので、もう5年が経ちます。「貧困」に対して何ができるか、と考え、まずは知ることから始めようと思いました。貧困問題を解決するために活動しているNPOのホームページや、各地の小さなプロジェクトやニュースの記事を日本語に訳して紹介するようなことをしました。まだ [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅 #6
  • 前回は、ソロモン王朝の権威と、長い外交の歴史から、現在のエチオピアが国際的な地位を確立した可能性について考えました。それゆえに、エチオピアはアフリカで唯一、植民地支配を逃れ、国際連合の原加盟国となり、多くの援助を受けているのではないだろうかと考えていきました。http://travelfortellingpoverty.blogspot.jp/2016/09/2016-5.html前回はラリベラの教会群(世界遺産)に行ったところまでを書きました。教会の中で、 [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅 #5
  • ウォルディアからラリベラへ向かいました。乗り合わせのハイエースと言ったらアフリカや中南米へ行ったことのある人なら分かるかと思います。途中に休憩で止まったときにパートナーのヤレムがサトウキビを大量に買ってきました。そして乗り合わせた乗客みんなに配っていました。余った分は窓の外から手を伸ばしてきた子どもにあげていました。アノー、ボクノオカネナンダケド。と思ったけれど、そこで腹を立ててしまっては、所有す [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅 #4
  • Dessieでムスリムの爺さんと別れた後、Hayk(ハイク)へ向かいました。規模で言えば町になるのだろうと思います。大きなマーケットがありました。そこでは、野菜や家畜やテフの粉などが売られていました。少女たちがテフの粉をサラサラと袋から袋へ移していて、近くで見せてもらおうとすると恥ずかしそうにしていました。恥じらうという意味ではなく、照れているという様子で、外国人の僕が興味を持ったことに対して、嬉しそうにし [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅#3
  • 3月3日、ヤレムと2人、早朝のバスでDessieに向かいました。バスで近くに座っていた爺さんとヤレムが仲良くなり、爺さんが家に泊めてくれることになりました。Dessieには昼過ぎに着いて、昼飯を食いました。爺さんはムスリムなので、違う店で食事を済ませた後、合流しました。Dessieはそこそこ栄えていて大きい街でした。古い家が多く、ところどころスラム化しているところがありました。乗り合わせのタクシー(現地のバスみたいな [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅 #2
  • 書こう書こうと思いながら、全然書いていませんでした。2016年3月、ドーハ経由でエチオピアへ。日本を出発したのは2月29日で、エチオピアに着いたのは3月1日の深夜1時過ぎでした。2年前に知り合ったヤレムが空港に迎えに来てくれてるはずだったのですが、すぐに会えず、深夜の4時くらいに合流できました。別れ際はいつも「また来るから」と言うのですが、本当にまた来れるかどうかは自分でも分からないし、嘘を言うつもりはない [続きを読む]
  • 2016年エチオピアの旅 #1
  • エチオピアへ入国したのは、実は3回目のことです。1回目は、ブラジルから南アフリカへ移動したときのことです。2013年の9月7日のことでした。リオデジャネイロ → サンパウロ → トーゴ → エチオピア → ヨハネスブルグ という移動だったと思います。あの日のことはよく覚えています。2か月近くお世話になったビクターの家で、荷物をまとめ終わり、出発しようとしたころ、ビクターのお父さんが、次のオリンピックは東 [続きを読む]
  • エチオピアから帰国しました
  • 超久しぶりにブログを更新します。(これからコツコツ更新していこうと思います)2月末まで福島で働いていたのですが、退職しました。そのあとすぐに3月1日から31日までエチオピアに行ってきました。村の民家に滞在させてもらい、また修行してきました。子ども達と遊んだり、水を汲みに行ったり、畑仕事をやらせてもらったり、全身にアレルギーが出たり、犬に噛まれたり、クレジットカードがATMに飲まれたり、2年前に会った人達と [続きを読む]
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