へーぼー さん プロフィール

  •  
へーぼーさん: 神社巡って南船北馬〜神社と御朱印〜
ハンドル名へーぼー さん
ブログタイトル神社巡って南船北馬〜神社と御朱印〜
ブログURLhttp://jinjyameguri.blog.fc2.com/
サイト紹介文参拝した神社と、拝受した御朱印を掲載しています。諸国一の宮巡り、建武中興十五社巡り実施中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供35回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2013/12/24 23:39

へーぼー さんのブログ記事

  • 浅草寺
  • 浅草寺東京都台東区浅草2丁目3番1号御朱印帳もあります。種類もいくつかあり。ベタですが、今回の東京滞在の最後は浅草寺です。何度もきたことありますが、御朱印をいただくのは初めて。仲見世通り。家賃上がるとうわさがありましたね。観光客多いなー相変わらず立派な寺院や。この後、いただいた御朱印帳を持って寺巡りを試みるが、体調が悪くなってきたので退却。どうも熱が出てきたっぽいので、安静にすることに。本当は家系ラ [続きを読む]
  • 夫婦木神社
  • 夫婦木神社東京都新宿区大久保2丁目27−18朝は吉野家の牛丼豚汁おしんこセットから開始。豚丼を頼んだような気がするが、まあいい。繁忙そうなオペレーションを見て交換を頼む気にはならない。「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれたことに好感。YJカードを出せてうれしい。YJカードの出番は少ないからね、仕方ないね。韓流ショップが林立する職安通りから住宅街に入ると神社発見。東京に来て感じるが、腕に絵を描いた [続きを読む]
  • 鎧神社
  • 鎧神社東京都新宿区北新宿3-16-18醍醐帝の治世(898年-929年) - 円照寺が創建され、寺の鬼門鎮護の神祀として鎧大明神創建されたと思われる天暦(947年-)の初め - 平将門公の鎧を埋めたという伝承がある明治中頃 - 天神社を摂社として境内に移設現在、境内敷地内で保育園を開設。広大な敷地を地域へ還元している。以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5% [続きを読む]
  • 居木神社
  • 居木神社東京都品川区大崎3-8-20創建に関しては明らかになっていないが、江戸時代初期には目黒川のゆるぎ橋(現在の居木橋[1])付近にあったといわれている。川の近くにあったため風水害の被害を受けやすく、村民らによって現在の地に遷座されたという。それと同時に神社付近に人々も移り住み、新しい村づくりがなされたといわれている[2]。言い伝えによると当初は「雉子ノ宮」と称していたが、現在地に遷座される際に村内の貴船明 [続きを読む]
  • 地蔵寺
  • 地蔵寺徳島県板野郡板野町羅漢字林東5寺伝によれば弘仁12年(821年)、嵯峨天皇の勅願により空海(弘法大師)が自ら1寸8分(約5.5cm)の勝軍地蔵菩薩を刻み、本尊として開創したと伝えられる。嵯峨・淳和・仁明の3代の天皇の帰依が篤かった。熊野権現の導師であった函上人が、権現の霊木に2尺7寸(約80cm)の延命地蔵尊を刻み、大師が刻んだ地蔵菩薩を胎内に納めたという。本尊が勝軍地蔵というところから源義経などの武将の信仰も [続きを読む]
  • 金泉寺
  • 金泉寺徳島県板野郡板野町大寺66寺伝によれば天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅願により行基が本尊を刻み、金光明寺と称したという。弘仁年間(810年 - 824年)に、空海(弘法大師)が訪れた際に、水不足解消のため井戸を掘り、黄金井の霊水が湧出したことから寺号を金泉寺としたという。亀山法皇(天皇在位1259〜1274)の信仰が厚く、京都の三十三間堂をまねた堂を建立、千躯の千手観音を祀った。また、背後の山を亀山と名 [続きを読む]
  • 極楽寺
  • 極楽寺徳島県鳴門市大麻町桧字ダンノ上12番地寺伝によれば、奈良時代(710年 - 784年)、行基の開基という。弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がこの地での三七日(21日間)の修法で阿弥陀経を読誦したところ満願日に阿弥陀如来の姿を感得したため、その姿を刻んで本尊としたといい、この阿弥陀如来の後光は遠く鳴門まで達し、魚が採れなくなったため、困った漁民たちが本堂の前に山を築いて光をさえぎったということから「日照 [続きを読む]
  • 霊山寺
  • 霊山寺徳島県鳴門市大麻町板東塚鼻126番地寺伝によれば奈良時代、天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅願により、行基によって開創されたという。弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がここを訪れ21日間(三七日)留まって修行したという。その際、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が仏法を説いている姿に似た様子を感得し天竺の霊山である霊鷲山を日本、すなわち和の国に移すとの意味から竺和山霊山寺と名付け持仏の釈迦如来を納 [続きを読む]
  • 石鎚神社 土小屋遙拝殿
  • 石鎚神社 土小屋遙拝殿愛媛県上浮穴郡久万高原町 石鎚スカイライン終点土小屋自動車道・石鎚スカイライン終点の土小屋、1,500mに鎮座。昭和46年創設。天を衝くように切り立った石鎚山が本殿の向こうにそびえ、周辺に群生するウラジロモミのさわやかな香りに包まれています。月々の祭典や神事、行事を奉仕し、一般登拝の方のご祈願等も受け付け、成就社と並び山頂登拝の重要拠点で、4月1日〜11月末、神職が常駐しています。以上、石 [続きを読む]
  • 黒木神社
  • 黒木神社島根県隠岐郡西ノ島町別府276黒木御所の御朱印もいただけます。碧風館で二つ500円で書置きをいただきました。西ノ島町、最後に立ち寄るのは黒木御所・黒木神社です。後醍醐天皇が住んでたところらしいです。が、島後の隠岐国分寺に住んでたという説もあるとのこと。真相は藪の中。なんかアブ?ハチ?がめっちゃブンブン言うてて恐ろしい。建武中興発祥の地!建武中興十五社巡りをした人間としては、感慨深いものがあり [続きを読む]
  • 由良比女神社
  • 由良比女神社島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922「隠岐国一の宮」延喜式神名帳に見える古社で漁業神、海上守護神として島内の信仰を集めています。鳥居が海中に立ち、その入江にイカの大群が押し寄せることで知られております。その昔、神社の前の海岸には毎年12月から正月にかけてイカの大群が押し寄せました。イカを「拾う」というのもこの地域だけで、カゴですくったり、手づかみでイカを取ったようです。西ノ島町観光協会ホームペ [続きを読む]
  • 玉若酢命神社
  • 玉若酢命神社島根県隠岐郡隠岐の島町下西701玉若酢命を主祭神とし、本殿は隠岐造りと言われ、随神門、旧拝殿、ともに国指定重要文化財に指定されています。毎年6月5日には、島後三大祭りの一つである「御霊会風流」が行われ、 馬入れ神事や流鏑馬などが行われています。境内には、「八百杉」と呼ばれる樹齢千数百年の杉の巨木が存在感を出しています。若狭国からきた八百比丘尼が植え、800年後の再訪を約束したことから八百杉と呼 [続きを読む]
  • 水若酢神社
  • 水若酢神社島根県隠岐郡隠岐の島町郡723延喜式神名帳に名神大社と記されている隠岐国一宮。水若酢命を主祭神とし、本殿は隠岐造りで国指定重要文化財に指定されています。神社内には土俵があり、映画「渾身 KON-SHIN」のロケ地にもなりました。 西暦偶数年5月3日には、島後三大祭りの一つである「水若酢神社祭礼風流」があり、山車曳き・流鏑馬・神幸祭・大楽・獅子舞といった神事が行われます。隠岐の島町観光協会ホームページ [続きを読む]
  • 松江護國神社
  • 松江護國神社島根県松江市殿町1-15明治維新後の国難に殉じた旧出雲国・隠岐国出身の戦没者2万2千余柱を祀る。島根県内には他に濱田護國神社がある。昭和10年(1935年)に島根県招魂社建設奉賛会が組織された。昭和14年(1939年)3月に松江招魂社として創建・鎮座したが、同年4月、招魂社の制度改革により松江護國神社となった。第二次大戦後は島根神社と称していたが、日本の主権回復後の昭和28年(1953年)に元の社名に復した。以 [続きを読む]
  • 久富稲荷神社
  • 久富稲荷神社東京都世田谷区新町2丁目17−1アニメぎんぎつねの舞台となっているそうです。銀太郎のイラスト入り御朱印です。わたしはぎんぎつねは1話だけ偶然アニメをみただけなので、あまり語れません。桜神宮から東進。参道発見。長ーい参道。手水舎ふくろうがいたんですか。うお!!メンフクロウは急にでてくるとびっくりしますね。メンフクロウではなさそうですね。かわいい。まだ少し早いですが、羽田空港に向かうことに [続きを読む]
  • 桜神宮
  • 桜神宮東京都世田谷区新町3丁目21−3足の疲れがやばくなってきたので、三軒茶屋のファミマで休憩。昭和女子大って三軒茶屋にあったんですね。女子大生かわいいなあ。三軒茶屋から二駅、桜新町に到着。桜?なんか違うきもする。桜新町だから街路樹も桜と見せかけて違っていたりしないだろうか。引っ掛け問題的な。目的地に到着。野菜を行商してますね。手水舎祈祷中だったので、社務所不在かと思いきや人がいました。ベンチで小 [続きを読む]
  • 池尻稲荷神社
  • 池尻稲荷神社東京都世田谷区池尻2丁目34-15池尻稲荷神社(いけじりいなりじんじゃ)は、東京都世田谷区池尻にある神社。古くから「火伏せの稲荷、子育て稲荷」として住民に信仰されてきた。また大山道(矢倉沢往還)に面しており、江戸からの大山詣で旅人が水を求めて立ち寄ったとされる。「大山道と池尻稲荷」としてせたがや百景に選定されている。明暦年間(1655年〜1657年) - 池尻村、池沢村両村の産土神として創建された。1930 [続きを読む]
  • 上目黒氷川神社
  • 上目黒氷川神社東京都目黒区大橋二丁目16番21号当神社は天正年間(1573年〜1592年)に当地の旧家加藤氏が甲斐国・上野原の産土神をこの地にむかえたものであるといわれている。その後、明治11年(1878年)に上目黒1-8にあった浅間神社を当神社に遷座、明治45年(1912年)に北野神社を合祀したものといわれている。以上ウィキペディアより。桜がうつくしい。中目黒から山手通りを北上。革靴で歩くのはつらい。神社が見えてきました [続きを読む]
  • 廣田八幡神社
  • 廣田八幡神社香川県高松市太田上町1037かわいい御朱印ですね。タヌキ。久しぶりにツーリングに出ます。最近休みの日は寝すぎてしまうので遠方へのツーリングができていませんね。生活リズムを改善しないといけないですね。今日は8時ごろという中途半端な時間に起床。松屋で栄養補給。キムチおいしい。ちょっと通り過ぎてしまいましたが、廣田八幡神社に到着。やっぱり地図はちゃんと見ないとわかんねえな。阿形吽形参道は結構 [続きを読む]
  • 磐井神社
  • 磐井神社東京都大田区大森北2-20-8磐井神社(いわいじんじゃ)は、東京都大田区大森北にある神社である。社格は旧郷社。なお、この神社には「東海七福神」のうちの弁財天(笠島弁天社)が祀られている。この神社の創建年代等については不詳であるが、敏達天皇の代に創建されたと伝えられ、延喜式にも記載された神社で、武蔵国における総社八幡宮であったとされる。江戸時代には、将軍家の帰依を得、「鈴ヶ森八幡(宮)」とも称され [続きを読む]
  • 大森神社
  • 大森神社東京都大田区大森北6-32-12天正年間の創建と伝えられる。当時この辺りは海辺であり、里人達は漁業をもって生活をしていた。ある時黄金色に輝く像が岸辺に流れつき里人達は畏れて沖へ流すこと三度に及んだが元の場所に寄り来たるので社を建てて、この像を祀ったのが当社の起源といわれている。そのため、この社を寄来明神と称し、また寄来神社と称した。明治元年に神祇伯 白川資訓王より大森神社の社号並びに額面を賜わり [続きを読む]
  • 初えびす多賀殿
  • 初えびす多賀殿愛知県名古屋市熱田区神宮2丁目11−12こちら、神社と寺の御朱印があるそうです。私は神社のものをいただきました。熱田神宮の南に看板がありました。建物の雰囲気からすると、神社?神社っぽいですね。社務所の人に、神社なのか寺なのか伺うと、写真の二つの建物は神社で、社務所の上?に寺があるそうです。神仏習合の影響のようですね。ひつまぶしのお店、めっちゃ混んでました。人気店のようです。ひつまぶし [続きを読む]
  • 八剣宮・上知我麻神社
  • 八剣宮・上知我麻神社愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1上知我麻神社の御朱印もいただけます。熱田神宮参拝後、別宮の八剣宮へ向かいます。参道を南へ進む。ニワトリありました。手水舎こちらが八剣宮ですね。こちらが上知我麻神社ですね。お金持ちになれますようにと祈願。生きている人は、金があれば幸福になれるといつも考えているのだ ―オスカー・ワイルド 幸福の王子より― [続きを読む]
  • 熱田神宮
  • 熱田神宮愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社(名神大社)、尾張国三宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。名古屋市南部の熱田台地の南端に鎮座する。古くは伊勢湾に突出した岬上に位置していたが、周辺の干拓が進んだ現在はその面影は見られない。三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつ [続きを読む]