芳瑩 さん プロフィール

  •  
芳瑩さん: 神旅 仏旅 むすび旅
ハンドル名芳瑩 さん
ブログタイトル神旅 仏旅 むすび旅
ブログURLhttps://ameblo.jp/taishi6764/
サイト紹介文幼少から、次元の越える不思議体験をしてきました。導かれるように全国の神社仏閣を訪れています
自由文1000社以上の神社仏閣に参りました。ただ現世利益やパワースポットなどを求めるものではなく、摂社末社に至まで信仰の歴史があります。その忘れつつある信仰の歴史の意味を大切にご紹介して行こうと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供234回 / 365日(平均4.5回/週) - 参加 2013/12/29 13:36

芳瑩 さんのブログ記事

  • 三河国一の宮 砥鹿神社(とがじんじゃ)里宮
  • 【三河国(みかわのくに)】 三河国(みかわのくに)は、三の大字を用いて参河国(參河國)とも表記する。東三河はもともとは三河国ではなく穂国造の治める穂国(ほのくに)であり、三河国とは三河国造の治めた現在の西三河地方のみを指したという説がある。律令時代になると、穂国と三河国は合併させられ、合併した際の令制国名は「三河国」となった。この三河国の国府、一宮、総社、国分寺および国分尼寺のすべては、旧穂国の東 [続きを読む]
  • 諏訪大社・上社前宮
  • 諏訪大社・上社前宮ブログ?信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り長野県茅野市宮川【主祭神】  八坂刀売神【神体】  御山(神体山)??前宮は、諏訪信仰発祥の地と伝えられ一説によると、本宮よりも「前にあった宮」との意味から、本宮祭祀以前から祭祀が営まれた場所として、前宮の称が附けられた。??諏訪大社上社の前原は、御左口神を統括する祭祀場で、ここでの「御室神事」などは、タケミナカタとしての諏訪神 [続きを読む]
  • 本能寺の変の勃発原因? 諏訪大社上社神宮寺「法華寺」
  • 諏訪大社神宮寺「法華寺」ブログ?信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り長野県諏訪市中洲神宮寺 856鷲峰山(しゅうぶせん)臨済宗??諏訪大社上社の神宮寺神宮寺とは、神仏習合で神社に付属して造られた寺院のこと元々、天台宗の寺であったが、鎌倉時代に領主・蓮仏入道盛重が中興し、建長寺蘭渓道隆を招いて臨済宗に改めたといい、諏訪大社上社神宮寺であった法華寺は、往時は七堂伽藍が揃った規模の大きな寺院であった [続きを読む]
  • 諏訪大社・上社本宮
  • 諏訪大社・上社本宮ブログ?信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り長野県諏訪市中洲宮山【主祭神】  建御名方神【神体】  守屋山諏訪大社は、前宮を除き、本殿を持たない神社です。本宮の社殿は、安土桃山時代に織田信長の軍による焼き討ちに遭い、山中に逃れた神輿の他はすべて焼失しています。その後、江戸時代初期に再建されますが、さらに江戸時代後期には八年の歳月をかけ改修、再建が行われ、現在に至ります。旧 [続きを読む]
  • 諏訪大社下社 春宮 (はるみや)
  • 下社 春宮 (はるみや)ブログ?信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り長野県諏訪郡下諏訪町下ノ原【主祭神】  建御名方神  八坂刀売神(建御名方神の妃)  八重事代主神(建御名方神の兄神)【神体】  スギ(神木)諏訪湖の北岸に諏訪大社下社の秋宮と春宮が鎮座しています。秋宮からもほぼ1kmの地点で、旧中仙道沿いに鎮座しています。上社は、前宮が本宮の摂社だった時代もあったのですが、下社の二社は同 [続きを読む]
  • 諏訪大社下社 秋宮 (あきみや)
  • 下社 秋宮 (あきみや)ブログ?信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り長野県諏訪郡下諏訪町5828【主祭神】  建御名方神  八坂刀売神  八重事代主神【神体】  イチイ(神木)諏訪湖の北岸に諏訪大社下社の秋宮と春宮が鎮座しています。春宮からも東へほぼ1kmの地点で、旧中仙道と甲州街道の分岐点の要所に鎮座しています。上社は、前宮が本宮の摂社だった時代もあったのですが、下社の二社は同格でした。春宮 [続きを読む]
  • ⑨信濃国一宮 諏訪大社(すわたいしゃ)四社参り
  • 信濃国 神代ブログ?信濃国(しなののくに)神代、出雲の国譲りに反対していた大国主神の長男建御名方神が大和方の建御雷神と相撲をとって敗れ、助命されて科野国諏訪郡に住まわされたと伝わる。その地には諏訪神社が建立され、信濃国一の宮の格式を誇り武芸と開拓の神として尊崇を集めた。祭祀が始まった時期は不詳。文献上は『日本書紀』の持統天皇5年(691年)8月に「信濃須波」の神を祀るというのが初見。平安時代には「建御 [続きを読む]
  • ⑧諏訪大社の御柱祭の起源は?
  • 御柱祭??「御柱祭」は日本三大奇祭の一つ諏訪大社の御柱祭(正式名称は「式年造営御柱大祭」)は、むかしから式年つまり干支の寅と申の年ごとに、上社・下社の宝殿を はじめ建造物の建て替えがおこなわれる。ほんらいは祭のたびごとに社殿を建て替えたのだが、 財政的理由もあって、現在のように御柱だけが6年おきになった。??上社の場合は八ケ岳 の御小屋山から、下社の場合は東俣の御林からそれぞれ木を 曳行してくる。本宮 [続きを読む]
  • ⑦諏訪の土着神「洩矢神」は物部氏?
  • 守矢氏は物部氏という説明神入諏神話の最古の記録は、宝治3年(1249年)に諏訪上社の大祝(おおほうり)の諏訪信重から鎌倉幕府に提出された、宝治3年(1249年)の『諏訪信重解状』(上社と下社間でいずれが本宮であるかと争った際、上社大祝(おおほうり)の諏訪信重から鎌倉幕府に提出された訴文)が語る地元の伝承によると、天から降臨した諏訪明神は、守屋大臣(もりやだいじん)の領地を手に入れるために、藤鎰(かぎ)を持ち [続きを読む]
  • ⑥洩矢神は縄文時代から存在していたのか?
  • 諏訪大社上社の大祝の忌籠り、御狩神事大祝の忌籠りは、上社前宮の神原の「御室神事」だけではなく、八ヶ岳麓での4回の「御狩神事」にも忌籠りしていたと言います。全体的神事を見ると稲作儀礼で、今でも稲作をされている方などは、その日付をみれば、そう稲作周期にあった神事です。 5月2日より三日間 押立御狩神事←田植え前 6月27日より三日間 御作田の御狩神事←田植え時 7月26日より三日間 御射山御狩神事←稲 [続きを読む]
  • ⑤「御室神事」ミシャグチ神とソソウ神との聖婚による懐妊儀式
  • ミシャグジミシャグジは古来より日本に伝わる神である。長野県の諏訪地方をはじめ、主に東日本(中部・関東地方中心)に祀られている。今井野菊によると、長野県には750余りのミシャグジ社が存在し、そのうち諏訪109社、上伊那105社、下伊那36社、小県104社などが多い郡であるという。全国では山梨県160社、静岡県233社、愛知県229社、三重県140社、岐阜県116社、滋賀県228社のほか関東各県にも見られる考古学的成果としては、洩矢 [続きを読む]
  • ④守矢氏は諏訪の土着神「洩矢神」後裔なのか?
  • 守矢氏(もりやし)・代々諏訪大社上社の神長官(じんちょうかん)を務めてきた社家。・建御名方神の諏訪入りに抵抗したとされる洩矢神の後裔。・大祝の即位式を含め上社の神事全般を掌握し、祭事に中心的な役割を果たしたミシャグジという神を降ろしたり上げたりすることができる唯一の人物とされた。??ミシャグジとはミシャグジは古来より日本に伝わる神だという。当初は主に石や樹木を依代とする神であったとされる。地域によ [続きを読む]
  • ③諏訪明神の竜蛇信仰
  • 諏訪明神は蛇の化身ブログ?諏訪大社の祭神 諏訪明神(タケミナカタ)??出雲の『神在祭(かみありさい)』 「昔、日本中の神々が初めて神無月に出雲に集まったとき、蛇体の諏訪明神(タケミナカタ)はあまりに体が大きいので、すでに頭は出雲に到着しているのに、尾はまだ諏訪湖にあり、神々の集いの邪魔になったから、出雲大神は「お前だけはもう来るな」と言われ、それから神無月になっても、諏訪の神様だけは出雲に行かない [続きを読む]
  • ②諏訪大社の祭神 諏訪明神(タケミナカタ)
  • 諏訪大社のタケミナカタブログ?古事記〜大国主(大己貴命)の国譲り〜??『古事記』『先代旧事本紀』では、天照大御神の孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)の降臨に先立ち、建御雷神(たけみかづちのみこと)が大国主神に国譲りするように迫ったとされる。これに対して、大国主神の次男である建御名方神が国譲りに反対し建御雷神に戦いを挑んだが負けてしまい、科野国(信濃国)の州羽海(すわのうみ:諏訪湖)までまで逃れた。その [続きを読む]
  • ①信濃国(しなののくに)
  • 信濃国(しなののくに)長野県の古名である信濃は、古くは「科野」と記したが、シナノキを多く産出したからだともいわれている。樹皮は「シナ皮」とよばれ、繊維が強く主にロープの材料とされてきた。7世紀末の藤原宮跡から出土した「科野国伊奈評鹿□大贄」と見えるもので、当時は科野国と書いたようである。これが大宝4年(704年)の諸国印鋳造時に信濃国に改められた。平安時代末期から鎌倉時代初期の禅宗の僧によって「信州」 [続きを読む]
  • 諏訪に行ってきましたよ
  • お久しぶりのブログです。数カ月おとなしく過ごしておりましてまぁ、嵐が過ぎるのをじっと待っていたとも言えるのですが天皇陛下退位で、世代交代と目の見えない次元の嵐の渦といったのを感じておりまして我が一族でも、我が家も含め、長老たちがこの一年のうちに六人も亡くなりました。古い家だけが残され、今後その家をどうしたものか?と後継たちが悩んでおります。さて、この秋から爺さんが亡くなってほったらかしていた畑を耕 [続きを読む]
  • 戸隠神社 九頭龍社(くずりゅうしゃ)
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 戸隠神社 奥社(おくしゃ)
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 戸隠神社奥宮への参道
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 戸隠神社 中社(ちゅうしゃ)
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 戸隠神社 火之御子社(ひのみこしゃ)
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 戸隠神社 宝光社(ほうこうしゃ)
  • ブログ?戸隠神社五社巡り戸隠神社は、奥社、九頭龍社、宝光社、中社、日之御子社の五社で構成されています。戸隠は江戸時代まで顕光寺というお寺で、平安時代末期から比叡山の末寺と位置づけられ修験の行場で仏教寺院でした。戸隠神社本社(奥社)に祭られている神様は、天の岩戸を開けた手力雄命。中社は天照大御神を岩戸から引き出すためのアイディアを出された天の思兼命。宝光社は思兼命の御子である天の表春命。火の御子社に [続きを読む]
  • 野鳥になつかれた!
  • 早起きは三門の徳といいますが早朝、二匹の犬の散歩をしていると近所の畑をしている方から、キュウリやトマトや頂いて本当に徳をする。それに、最近野鳥が、ついて来るようになった。始めは、様子を伺うようについてきていたのですが何日かたつと私の頭の上にのったり肩にのったりして、そのまま、二匹の犬と野鳥の散歩になった。今朝、帰り道で急に飛んできて頭の上にのったまま家の中までついてきたのでどうしようかと野鳥との散 [続きを読む]
  • 戸隠神社五社巡り
  • ?戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなり、戸隠神社は江戸時代までは顕光寺といわれたお寺でした。?天照大御神の岩戸開き信州戸隠山の開山は、天岩戸神話に由来し、天手力男命(あめのたちからおのみこと)が天岩戸を投げ隠した地であり、その後、考元天皇5年(前207年)命の子孫、阿智族に依り先住の九頭龍神と共に祀られたと伝えています。しかし、岩戸開きの話が載ってい [続きを読む]
  • 小堀遠州の庭 天柱山 頼久寺
  • ブログ?日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ小堀遠州の備中高梁の町づくり頼久寺所在地 岡山県高梁市頼久寺町18番地山号  天柱山宗派  臨済宗永源寺派本尊  聖観世音菩薩創建年 不詳(1339年再興)開基  寂室元光禅師正式名 天柱山 安国頼久寺札所等 備中西国第5番札所    瀬戸内観音霊場13番札所文化財 頼久寺庭園(国の名勝)絹本著色釈迦三尊像(国の重要文化財)    石灯篭(市文化財)起源については不詳。 [続きを読む]