ダダさん さん プロフィール

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ダダさんさん: 日本史探訪、オノコロ共和国
ハンドル名ダダさん さん
ブログタイトル日本史探訪、オノコロ共和国
ブログURLhttp://ten-f.seesaa.net/
サイト紹介文邪馬台国の卑弥呼から、オオクニヌシの出雲神話、お江戸の人気浮世絵師・東洲斎写楽の正体探しなど。
自由文オオクニヌシの正体は天津彦根命だった。そんな妄想に近い推理を展開する、歴史専門のブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供66回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2014/03/11 14:07

ダダさん さんのブログ記事

  • レモンは
  • 自家製チューハイには欠かせない果物だが、赤ん坊の頭ほどにも育つ、大きなジャンボレモンは何に使うものなのだろう。近隣の畑には何か所か植え付けられている。 「オノコロ共和国・日本史探訪」   http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 同人誌を
  • かつて一緒に刊行していた仲間の一人が急逝した。プロレスが大好きで、分厚い胸板のゴツイ体格の持ち主で、こんなに早く彼岸に行くとは思わなかった。 「日本史探訪・オノコロ共和国」  http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 柿の木を
  • 庭木として植えるのは、非常時に備える意味があったと言う。飢饉などと聞くと、遠い昔話のようだが、昭和になってからでも起きているのが現実だ。 「オノコロ共和国・日本史探訪」   http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 秋の桜が
  • 今年も咲いていた。春には咲かず、この時期に花を開くのには、それなりの理由があるのだろうが、樹にとって、どのような利点があるのだろうか。 「オノコロ共和国・日本史探訪」  http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 蔦屋は
  • 絵師、葛飾北斎の才能を早くから認めていたようです。一部には東洲斎写楽の実像を北斎の変名だとする説もあります。  「葛飾北斎と蔦屋重三郎」    http://www.ten-f.com/hokusai-to-tutaya.html [続きを読む]
  • 葛飾北斎は
  • 長崎にあったオランダ商館の責任者が、数年毎、江戸に参府するのに同行してきたシーボルトと、長崎屋で会っていたようです。二人の間で、一体どんな話がなされたのでしょう。 「葛飾北斎とオランダ長崎屋」   http://www.ten-f.com/hokusai-to-nagasakiya.html [続きを読む]
  • 山東京伝は
  • 江戸でも一二を争う、人気の戯作者でした。また、謎の浮世絵師・東洲斎写楽の実像を知っていた可能性もあります。そんな彼が出版した本の内容を幕府にとがめられ、手鎖五十日という重い処罰を受けたのが、寛政三年のことです。  「蔦屋と山東京伝の筆禍」    http://www.ten-f.com/kansei3nen.html [続きを読む]
  • イチジクは
  • 昭和の中ごろ、家庭の庭木として珍しいものではなかった。幼い頃に暮らした家にも、結構太い幹の樹があり、根元ちかくは洞のようになっていた。折れやすいので枝には登るな、と云われていた。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 江戸の後期
  • 天明以降、狂歌が大いに流行りました。裕福な商家たちは、競い合って狂歌絵本を作らせます。今では超有名人の北斎も、そのような入銀物の挿絵を描いていました。  「狂歌絵本・駿河舞と版元・蔦屋重三郎」    http://www.ten-f.com/surugamai.html [続きを読む]
  • 先生は言った
  • 「ほんなら、お前は、先生が死ね言うたら、死ぬねんな」英語担当の教師は、補講について尋ねた生徒に対し、「出欠は生徒自身の判断で行ってよろしい」と明確に答えていたにもかかわらず、翌朝、担任は補講を欠席して部活を行った生徒を職員室に呼び出し、冒頭の言葉で十二歳の子供の心をズタズタにした。今回の『報道』は、正に白昼過去の亡霊を観た思いだった。事実が知りたい。  「田舎中学三文オペラ」第二部    http://w [続きを読む]
  • 銭湯の
  • 広い脱衣場の高い天井には、大きな木製のプロペラのような扇風機が、ゆっくりと回っている。湯上りに飲むラムネはとても美味しかった。コーヒー牛乳も、また旨かった。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 桃栗三年
  • などと昔から言うように、クリは育てやすい果樹の代表とされているが、どうも結実させるのには、それなりの対処が必要らしい。近所にも大きなクリの木があるのだが、毎年、実になる前に毬が落ちてしまっている。  サイトのトップページ「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • カンナは
  • 小学校の通学路のあちこちで、普通に見かける花だった。その蜜は、結構甘く、子供たちにも人気だった。大きな花なので、植えるには広い庭が必要だ。 「田舎中学三文オペラ」第一部   http://www.ten-f.com/opera1.html 「日本史探訪・オノコロ共和国」   http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 写楽の周辺には
  • 多くの才能ある人材がいました。版元の蔦屋自身が、とても豊かな発想を持っていたと思います。江戸では天明から寛政にかけての時期、狂歌が流行ります。今回は、そんな頃のお話しです。    「金鶏と蔦屋と狂歌」       http://www.ten-f.com/kinkei.html  サイトのトップページ「日本史探訪・オノコロ共和国」       http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • ヒマワリは
  • 極身近な花だった。家々の庭に、野辺にも、どこにでも咲いていたように思う。ただ、夏休みに関連した記憶は無いので、幼い頃の風景としては、当たり前すぎて印象に残っていないのかも知れない。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 納屋の
  • 屋根裏を急改造した三畳ほどの空間が「私」の宇宙だった。明り取り用の窓が一つあり、数十センチ四方の向こう側には隣家の屋根が見えていた。その先には狭苦しい空があるだけだったが、少しばかりの希望も見えていたように思う。  サイトのトップ頁 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • アジサイは
  • その青や紫などの花びらが、うっとおしい梅雨時に、ほんの少し清涼感をもたらせてくれる、が、白い花びらのものは、どこか物悲しい。 サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」   http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 木苺には
  • 多くの種類があるらしい。近くで目にする品種は、とても大きくて黒く熟すものだが、かつて遊びながら食べた木苺は、もっと小ぶりで、色も黄色がかっていた。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 桃には
  • 人智の及ばない霊力があると、古代の人々は信じていたらしい。そう言えば、果樹園の番人をさせられていた、あの孫悟空も、大切な桃を食い散らかして大騒動になっていた。夏の午後、冷えた桃は、ほんの少しの幸福をもたらす。  サイトのトップページ「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 野球盤で
  • 遊んだ経験があるのは、四十歳代くらいまでの人たちだろうか。当時、野球は人気も高く、TVでもアニメの放映があったりして、家庭で楽しむゲームとして流行ったものだった。 「雙六と野球盤」  http://www.ten-f.com/sugoroku.html  「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • 梅雨らしくない
  • 青空が広がり、洗濯日和。毎日、雨ばかりというのもナニだが、空梅雨で水不足もよろしくはない。何事もほどほどが肝要なのだ。いきなりのゲリラ豪雨は勘弁して欲しい。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」   http://www.ten-f.com/ [続きを読む]
  • ミカンなど
  • 柑橘系の葉っぱは、蝶の幼虫たちの好物らしい。この時期、黒いゴマのような物が付着しているのは、彼らが産み付けた卵である。  サイトのトップページ 「日本史探訪・オノコロ共和国」    http://www.ten-f.com/ [続きを読む]