恭次郎 さん プロフィール

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恭次郎さん: 帝都を歩く
ハンドル名恭次郎 さん
ブログタイトル帝都を歩く
ブログURLhttp://teitowalk.blog.jp/
サイト紹介文明治期から現在までの帝都の道を探るため、戦争遺跡や歴史的建造物、資料館やB級スポット等を探訪します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2014/04/29 14:26

恭次郎 さんのブログ記事

  • 子供たちとプラレールで遊んでいます
  • 季節はもう冬ですね…だんだんと大きく、そして口達者になって聞き分けのなくなってきた娘と息子。寒くなってきたこともあり、最近は室内で誕生日に買ってもらったプラレールで遊んだりしています。東武博物館に行った影響か、我が家の子供たちは走る列車が大好きです。子供用玩具のプラレール…なんですが、これがなかなか面白く、気がつくと子供そっちのけで私がレールを組み直したりしています。いかに複数の列車を脱線・衝突さ [続きを読む]
  • 第二次世界大戦最後の空襲「小田原空襲」跡地を歩く
  • 今回は第二次世界大戦最後の空襲を受けた、神奈川県小田原市本町を歩いてきました。現在地は小田原城址公園に近い、国道一号線、東海道上に位置する本町交差点です。東海道はこの交差点を経て、北から西へと曲がって箱根方面へと延びていきます。この本町交差点には小田原市の観光案内所、小田原宿なりわい交流館が交差点角に建っています。小田原宿なりわい交流館は昭和7(1932)年に建造された旧網問屋を再整備した地域交流館兼観 [続きを読む]
  • ふるさと納税を活用した戦争遺跡保存「陸軍桶川飛行学校」
  • 以前に訪問した「旧熊谷陸軍飛行学校桶川分教場」。施設老朽化で崩壊のおそれがあったため現在は立ち入り禁止・施設解体となり、桶川市が施設再公開に向けた復元整備を行っております。しかし総事業費が4億4000万円なのに対し、2014年に募り始めた寄付金が本年10月末の時点で1200万円にしかなっていないそうです。2020年度中の施設公開を目指しているそうですが、資金繰りが大丈夫なのか心配です。関連記事はこ [続きを読む]
  • 二・二六事件の叛乱将校が入院・自決した「熱海陸軍病院跡」
  • 静岡県熱海市春日町にある軍事遺跡、臨時東京第一陸軍病院熱海分院跡を歩いてきました。東京駅から新幹線で一時間とかからない位置にある温泉地、熱海にやってきました。熱海駅には2016年11月に建造された大型ショッピングモール「ラスカ熱海」があり、駅前は観光客で賑わっています。バブル崩壊後、観光客が大幅に減少し衰退した熱海ですが、近年は再び人気の観光地となっているそうです。熱海駅ロータリーには熱海鉄道7号蒸気機 [続きを読む]
  • 千葉のデンマーク「ふなばしアンデルセン公園」を歩く
  • 千葉県船橋市の市立公園、ふなばしアンデルセン公園を子供たちと歩いてきました。夏休みを利用して、子供たちとやってきたふなばしアンデルセン公園。ふなばしアンデルセン公園はデンマークの童話作家・アンデルセンによる童話の世界をテーマにした総合公園です。我が家もたまには、普通のファミリースポットに行くのです。ふなばしアンデルセン公園は、ワンパク王国、メルヘンの丘、こども美術館、自然体験、花の城の五つのゾーン [続きを読む]
  • 防空壕は帝都山手の邸宅下にも造られた「旧安田楠雄邸」
  • 文京区千駄木にある近代建築、旧安田楠雄邸と防空壕を歩いてきました。 東京メトロ千代田線千駄木駅から徒歩6分のところにある旧安田楠雄邸庭園。旧安田楠雄邸は、大正8(1919)年に豊島園の開園者である実業家・藤田好三郎によって建てられた和風の近代建築です。大正12(1923)年、安田財閥の創始者安田善次郎の娘婿善四郎がこの建物を購入し、昭和12(1937)年に長男楠雄が相続したことで、現在では旧安田楠雄邸庭園として一般公開さ [続きを読む]
  • 観音崎砲台跡にできた博物館「観音崎自然博物館」とタコ壺
  • 神奈川県横須賀市にある自然史博物館、観音崎自然博物館を歩いてきました。神奈川県横須賀市の軍事遺跡、観音崎砲台跡を訪問した際に、観音崎公園内の観音崎自然博物館を訪問しました。博物館の歴史は古く、創立は太平洋戦争の敗戦から八年後の昭和28(1953)年のことです。観音崎自然博物館では観音崎の森や海の動植物を生体状態で展示し、観音崎や三浦半島の生態について学ぶことができます。この博物館の庭に、水生生物に触れるタ [続きを読む]
  • 特攻機は帝都の空に舞い上がった「成増陸軍飛行場跡」
  • 練馬区光が丘にある戦争遺跡、成増陸軍飛行場跡を歩いてきました。練馬区光が丘と旭町、板橋区赤塚新町にまたがり、敷地が約60万?に及ぶ広大な都市公園・光が丘公園。広大な都市公園と高層の光が丘団地が建ち並ぶ光が丘エリアは練馬区の中でも異質なエリアですが、この辺りはかつての太平洋戦争中、帝都防空のために設立された「成増陸軍飛行場」があったところでした。写真は国土地理院のホームページから抜粋した昭和19(1944)年 [続きを読む]
  • 陸軍と軍馬の街、目黒駒場野「陸軍輜重兵第一連隊跡」
  • 目黒区大橋にある軍事遺跡、陸軍第一師団輜重兵第一連隊跡を歩いてきました。現在地は玉川通りの大橋交差点直近にある神社、上目黒氷川神社前です。最寄り駅は東急田園都市線の池尻大橋駅で、鳥居のすぐ隣には警視庁目黒警察署の大橋交番があります。玉川通りに面する神社の入り口は、こう配の急な石段になっています。参道の石段を登り切ると、正面に上目黒氷川神社の社殿があります。上目黒氷川神社は旧上目黒村の鎮守で、天正年 [続きを読む]
  • [心霊スポット?]慟哭の湖「西湖」湖畔を歩く
  • 山梨県南都留郡富士河口湖町にある湖、西湖の湖畔を歩いてきました。富士五湖のひとつ、西湖。「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつとして、2013年に世界文化遺産に登録されています。また2010年には、絶滅したと思われていたクニマスが発見されたことでも話題になった湖です。現在地はそんな西湖の北西端にある根場浜です。根場浜から樹海越しに富士山が見えるということでやってきたのですが、本日は残念ながら [続きを読む]
  • 土石流に呑まれ消滅した集落を復元「西湖いやしの里根場」
  • 山梨県南都留郡富士河口湖町にある野外博物館、西湖いやしの里根場を歩いてきました。子供たちを連れて、富士五湖のひとつ西湖の湖畔にある西湖いやしの里根場にやってきました。西湖畔の根場地区には、かつて美しい富士山を背に茅葺屋根が並んでいたとされ、西湖いやしの里根場は、失われた日本の原風景である茅葺屋根の集落を復元した野外博物館です。西湖水系の二級河川、本沢川の両岸に約20棟の復元された茅葺民家が立ち並んで [続きを読む]
  • 玉砕の島サイパンから帰った戦車「陸軍少年戦車兵学校跡」
  • 静岡県富士宮市上井出にある軍事遺跡、陸軍少年戦車兵学校跡を歩いてきました。現在地は昭和59(1984)年10月に創建された富士宮市の若獅子神社前です。若獅子神社は大日本帝国陸軍少年戦車兵学校の跡地に建てられた神社です。太平洋戦争において戦没した同校の教官や生徒六百余を祭神として祀っています。昭和14(1939)5月から9月にかけ、満州国とモンゴルの国境線において、大日本帝国陸軍とソビエト労農赤軍の間で大規模な軍事衝突 [続きを読む]
  • 陸軍演習地は酪農地域に変わった「富士ミルクランド」
  • 静岡県富士宮市上井出にあるレジャー施設、富士ミルクランドを子供たちとともに歩いてきました。富士山西麓標高700〜1000mに広がる高原、朝霧高原。朝霧高原は酪農を行う牧場が多数点在する高原です。富士ミルクランドは、そんな酪農地朝霧高原で牛の乳搾り体験やバター作り、動物たちとの触れ合いが楽しめる自然体験スポットです。富士ミルクランドの名物は、新鮮な牛乳を使ったジェラート。口に入れるとふわっと溶ける作りたて [続きを読む]
  • 車でくぐると無事に帰れない呪いの鳥居「人穴浅間神社」
  • 静岡県富士宮市にある神社、人穴浅間神社を子供たちとともに歩いてきました。2013年に「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部として世界文化遺産に登録された人穴富士講遺跡。富士講とは、戦国時代から江戸時代初期に富士山の溶岩洞穴・人穴で修業した長谷川角行を開祖とする富士山信仰です。人穴浅間神社は、その境内に富士講の遺跡と溶岩洞穴・人穴がある神社です。さて、現在地はその人穴浅間神社の鳥居前です。こ [続きを読む]
  • 明治大正昭和の東武車両が一度に見学できる「東武博物館」
  • 墨田区東向島にある博物館、東武博物館を子供たちと歩いてきました。東武伊勢崎線東向島駅のお隣に位置する、東武鉄道の博物館・東武博物館。東武博物館は東武鉄道創立90周年を記念して、平成元(1989)年5月20日にオープンした博物館です。館内には東武鉄道がその歴史の中で運用してきた電車やバスなどの実物車両が展示されています。博物館屋外に展示されているこの東武1720系デラックスロマンスカーもそのひとつ。デラックスロマ [続きを読む]
  • 目黒はかつて火薬製造の町だった「白金火薬庫軍用線」
  • 目黒区三田にあった軍用軌道、白金火薬庫軍用線跡地を歩いてきました。現在地は目黒区三田の目黒春日神社の境内です。目黒春日神社は境内の狭い小さな神社ですが、都市部の神社らしくきれいに手入れされていました。この目黒春日神社があるところは港区の三田春日神社の元地で、戦国期に太田道灌が神社を遷座しましたが、昭和9(1934)年に改めて当地に社殿を建立したという経緯のあります。目黒春日神社から目黒三田通りを北へ30mほ [続きを読む]
  • 悪魔の爆撃機B-29を撃墜した「保木間高射砲陣地跡」を歩く
  • 7月下旬から始まった夏休みも、そろそろ終わりが見えてきてしまいました。私には、1か月以上に及ぶ長大な夏休みなんてものは、はるか昔になくなってしまいましたが、今年は娘がその長い夏休みを経験しています。娘の幼稚園の宿題に夏休みの思い出帖みたいなものがあって、それを娘と二人で作っていると、自分にも夏休みが戻ってきて、その思い出を作っているように思えて幸せな気分になれています。さて今回は、足立区西保木間三 [続きを読む]
  • 終戦の日殺人事件が起きた「近衛師団司令部庁舎」を歩く
  • 千代田区北の丸公園にある軍事施設跡、旧近衛師団司令部庁舎を歩いてきました。現在地は千代田区の北の丸公園の一画にある東京国立近代美術館の分館、工芸館前です。この工芸館の建物は、明治43(1910)年3月建築の大日本帝国陸軍近衛師団司令部庁舎を再活用したものです。近衛師団司令部庁舎は2階建て煉瓦造り、正面中央の玄関上には小さな八角形の搭屋があり、屋根はスレート葺き、煉瓦壁はイギリス積み、建物の両翼部が張り出し [続きを読む]
  • 進駐軍が撤去できなかった祟りの赤鳥居「羽田の大鳥居」
  • 大田区羽田空港一丁目にある赤鳥居、通称「羽田の大鳥居」を見学してきました。現在地は羽田空港の出入り口にあたる、京急空港線の天空橋駅前です。天空橋とはこの駅の西側を流れる海老取川に架かる人道橋の名前で、駅名はこの橋から取られています。駅周辺は近くに下水道ポンプ場があるためか、若干臭うような気がしました。≪昭和22年ころの天空橋付近の空中写真≫天空橋駅がある海老取川より東側は羽田空港敷地内となっており、 [続きを読む]
  • 南千住にあった軍用被服の製造工場「千住製絨所跡」を歩く
  • 荒川区南千住の軍需工場跡地、千住製絨所跡を息子とともに歩いてきました。かつて、現在の都電荒川線三ノ輪橋停留場と隅田川の中間くらいのところに、千住製絨所という名の工場がありました。千住製絨所は明治12(1879)年、明治新政府によって設立された官営工場で、陸軍所要の布地や毛糸等を製造していたという。今回はこの千住製絨所跡地を訪問したいと思います。「とでん、のる!」電車や都電に乗るのが好きな二歳の息子に引っ張 [続きを読む]