campos さん プロフィール

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camposさん: 多系統委縮症camposのブログ
ハンドル名campos さん
ブログタイトル多系統委縮症camposのブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/campos114/
サイト紹介文多系統委縮症という神経難病の情報を患者目線でお伝えしています
自由文私は、多系統萎縮症のために、50歳にして要介護認定を受けました。なってみてわかったことを患者目線でお伝えします。神経難病の患者さんに、少しでもお役に立てることがあれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2014/05/26 09:32

campos さんのブログ記事

  • コミュニケーションの大切さ
  • 時々にお伝えしていることではあるが、症状が進むにつれ思うことがある。 それh、コミュニケーションの大切さである。それに、未だに解決法を見いだせていない。 コミュニケーションができないと、患者が必要だと思うケアを受けることができない。介護者の側も、患者がこう思っているだろうと想像してケアをしなければならない、 これは、お互いにやりにくい。だから、コミュニケーションが大切だと思うのだが、うまいつーるが [続きを読む]
  • 御礼申し上げます
  • 大変勝手ながら、更新を原則止めることにしました。理由は、症状の進行による体調の悪化です。ここまで皆様に支えられてブログを続けてきました。もちろん、気まぐれで更新することがあるかも知れませんが、一旦、区切りをつけたいと思います。なお、もしコメントをいただいた場合でも、多分、返信いたしませんので、ごかんべんください。いままでありがとうございました。皆様のご多幸を願っています。 [続きを読む]
  • とにかく眠い
  • 最近は、とにかく眠い。 夜は、気づかず眠っている。眠ったことも覚えていないし、眼鏡を外してもらったことも気が付かない。 昼はいつの間にか眠ってる。目覚めた時、午前中か午後かもわからない。 訪問スタッフに築いて目覚めることもしばしばだ。そして、覚醒するまでに時間がかかる。 健康な時は、寝覚めがが良かっただけに、この変わりように驚く。きっと、脳貧血なのだろうと思う。 だが、眠れないより良いと思っている [続きを読む]
  • いろいろなことができなくなるということ
  • これは、あくまで私の場合だ。 何かができなくなる時、急に機能を失うことはなかった。だが、物事がやりにくくなったり、時間がかかるようになった。 それは、半日ごと、時間単位で感じられる。気づくと、ちょっとずつ物事がやりにくくなっている。 顕著なのは尿取りパッドの交換だ。以前は、20分あれば余裕だったのに、今では小1時間かかる。 時々、いろいろなことができなくなったらどうしようと不安なることがある。 [続きを読む]
  • ヘルパーさんは「ヘルプしてくれる人」
  • 私は、当初、「調理支援」でヘルパーさんに入ってもらっていた。 今では調理のウェイトは下がってはいるが、それでも、お世話になっていることに変わりはない。他のウェイトが上がって、むしろ、依存度は上がっている。 ヘルパーさんには、命をつないでもらっているのだ。自分でできないことが増え、そこをヘルパーさんにカバーしてもらっている。 だから、ヘルパーさんは文字通り「へルプをしてくれる人」なのだ。もっとも、私 [続きを読む]
  • 患者の人生を生きるのは大変だ
  • この病気になると、自分のことができなくなり、それは介護者にやってもらわなければならない。 好むと好まないにかかわらず、また、意識する・しないにかかわらず、家族などの介護者は患者の人生を生きている。例えば、患者の歯を磨き、自分の歯も磨かなければならなくなる。 すると、時間は取られるし、患者のやり方を考えなければならない。それは大変なことだと思う。 とはいえ、患者本人が望む「いいやら方」になっていると [続きを読む]
  • 社会保障を受けることにためらいがあってはならないと思う
  • 健康で文化的な最低限度の生活を送る権利。 憲法25条で保障された生存権だ。仕事ができない私が暮らしてゆけるのは、間違いなく社会保障のおかげだ。 もちろん、ゆとりのある生活ではないが、何とか生きられる。別に怠けているわけではないが、社会保障を受けて生きられるのは、憲法上の権利なのだ。 現役時代、私は当然のように社会保険料を払っていた。そこから給付を受けなくても。世代間扶助として当然のこととおもっていた [続きを読む]
  • 意識がはっきりしているということ
  • この病気は、意識がはっきりしたままだという。 意識がはっきりしたままということは、考えていることが前と変わらないということだ。実際に、私の場合、考えてることは変わらない。 だが、言葉が出ないのだ。純粋にアウトプットの問題なのだが、反応がないと、いうことを理解してない・聞こえていないと思われがちだ。 だから、以前に比べて放しかけられなくなった。まあ、このような病気が少ないから仕方ないのだが。 この世 [続きを読む]
  • 利き手と反対側の手も使えた方が良い
  • この病気は、左右同じように動きが悪いうなることは少ないようだ。 どちらかの手が動かなくなってくる。私の場合、利き手の右だった。 だが、幸いにもひだりてもけっこうつかえるので、何とかなっている…不便ではあるが。だから、利き手と反対側の手も使えた府が良いと思う。 もちろん、利き手が大丈夫なこともあるが、どちら側から動きが悪くなってくるかわからないのだ。だから、生活をできるだけ延ばすために、逆手も使えた [続きを読む]
  • いるだけで苦痛
  • この病気になると体が動かなくなる・でも苦痛はないと言われる。 でも、症状が進むにつれ、そんなことはないのではないかと思ってしまう。少なくとも、私はそうだ。 たとえば、今私はベッドで横になっている。このもっとも楽に思える姿勢でさえ、私には楽ではない。 横になった姿勢を保つだけで筋力を使う。そうすると、自然に体に力が入る。 私は幸いにも医療行為受けてはいない。それでこれだけ苦痛なのだから、もっと症状が [続きを読む]
  • どっちでも良い
  • 「どっちでも良いです「。 こう答えることが増えた。この病気になると多くのことにこだわりがなくなるらしい。 どっちでも良い、の意味は、「やりやすい方法でやってください。」である。もちろん、どっちでも良くないこともあるが、それは、必然で言っていることがほとんどだ。 私の最優先は、快適に生きることである。その前では、いかなる好みもどっちでもよいのである。 こうして、ますます「どっちでも良く」なって来るの [続きを読む]
  • 五十音表の併用
  • 最近、ますます聞き取りにくくなってきた、 そこで、話す時に五十音表を指さしながらはなしている。指の動きでも言葉が分かる。 また、指をさしながらなので、どうしてもゆっくりと話すようになる。その結果、ヘルパーさんなどに伝わりやすいようだ。 もちろん、ヘルパーさんは、手を止めて私の方にこなければならないから、自由には話せない。しかし、伝わりやすいし、何より、幸い私は左腕が動くので、早いのだ。 事前に登録 [続きを読む]
  • あたまはクリアな方が良いと思う
  • 多系統萎縮症になると、意識がはっきりしたまま体が動かなくなるという。 それげあれば、訳の分からない方が良いのではないか。私も以前はそう思っていた。 しかし今は頭がクリアで良かったと持っている。良かった最大の点は、家族やヘルパーさんなどの介護者が話すことがわかるということだ。 話が分かれば、話しかけてもらえるし、介護者の意図に反することも少ないと思う。それに、アイデンティティを保てる。 自我こそが [続きを読む]
  • 真実はいつも一つ…?
  • 「真実はいつも一つ!」。 某有名漫画・アニメの主人公の決め台詞だが、一つなのは、「事実」のような気がする。もちろん、作品にケチをつけようとするなどのつもりは毛頭ない。 事象は、人というフィルターを通って認識される。それが正しいかどうかなど誰にも判断できないと思う。 ただ一つあるのは事実だけで、真実は、人の数だけあると思う。ただ、それで良いし、そういうものだと思う。 だから、この病気についての真実は [続きを読む]
  • 世代間ギャップ
  • 私は10名を越える訪問スタッフにお世話になっている。 ほとんどが年下だが、話を合わせてもらっているせいか、普段はあまり世代間ギャップを感じることはない。特に、体力勝負のところのある訪問入浴は、20代〜30代が中心だ。 だから、こんなオッサンに話を合わせるのは大変だと思うが、そこはさすがプロ。見事に私に世代間ギャップを感じさせない。 でも。ヘルパーさんの親御さんが年下と知った時は、サスガに世代間ギャップを [続きを読む]
  • 人生観、のようなもの
  • 人の人生観を否定するつもりは毛頭ないし、ましてや、倣えなどというつもりもない。 一つの参考意見として見ていただければ幸いである。基本的な考え方としては、「人一人の一生は、人類という『大河』の一滴だ」ということだ。 そして、生きる目的や、自分らしさなどは見つけられなくても良いと思っている。もちろん、「私は〜のために生きている」と言えることは素晴らしいことだし、その考えを尊重するものである。 生きる究 [続きを読む]
  • フォームが大切
  • この病気になると、筋力が低下してくる。 たとえば、スマホの電源ボタン。代替の人が、問題なく押せる。 しかし、私は筋力がなくて押しにくい。だから、少しでも押しやすいようにしている…つもりだ。 具体的には、なるべく垂直にボタンを押す。ボタンの反対側に垂直に力をかける。 そして、大切なことは、力が入りやすいフォームを探すことだ。ほんの数センチ違っただけでも、力の入り具合が違ってくることがある。 だから、 [続きを読む]
  • 笑顔で応対しよう
  • 私は、感情のコントロールができないし、ほとんど聞き取ってもらえない。 だから、笑いが止まらないことが良くある。訪問スタッフの中には、私を笑い上戸だという方もいる。 だが、私は笑い上戸ではない。むしろ、笑いが訪問スタッフに失礼になるのではないかと思う。 しかし、それは杞憂セ、笑って応対数と相手も嫌な気はしないようだ。だから、応対するときは、笑顔で応対した方が良いと思う。 すく幕とも、悪い気はしないは [続きを読む]
  • いろいろなことができなくなるということ
  • 「多系統萎縮症になると、いろいろなことが徐々にできなくなります」。 多くの患者さんは、医師から病気の説明を受けた際、このようなことを異口同音に言われたと思う。では、いろいろなこととは?できなくなるとは?実感として、今はこう思う。 いろいろなことには、スポーツであったり、芸術であったりといったその人ならではの趣味などのこともあろう。だが、ここではだれでもに共通な、最低限の健康を保つためのことを考える [続きを読む]
  • 答えの出ない問いは考えてても仕方ないと思う
  • 私は答えの出ない問いはなるべく考えないようにしている。 他に考えることがあるからだ。どうしたら、今の生活を維持し、より快適に過ごすかということなど…。 答えの出ない問いとは、例えば、「なぜこの病気になってしまったのか」。もちろん、診断を受けた当初は、それに考えを巡らせるだろう。 それは仕方ないことだと思うし、自然なことであろうと思う、だが、いつまでも答えの出ない問いを考えても仕方ないと思う。 専門 [続きを読む]
  • ヘルパーさんは万能ではない
  • 「ヘルパーは万能じゃないのですよね」。 あるヘルパーさんの言葉だ。確かに,調理支援・食事介助ではいってもらいながらも、「料理が得意ではなさそうだ」と思うことがある。 でも、そういうヘルパーさんは、他の分野が上手だったりする。料理が苦手なヘルパさんもいるし、器用でないと公言するヘルパーさんもいる。 ヘルパーさんにも個性があり、得意分野、苦手分野があるのだ。それを、「ヘル [続きを読む]
  • 気持ちも萎縮する
  • 先日、職場時代の同期がお見舞いに来てくれた。 本当にありがたいことだが、私としては、結構接客がきつい。人と会うのが大変になり、限られた人の中でじっとしていた方が楽だと思うようになった。 時間どうりにきてくれる訪問スタッフ。主にヘルパーさんなのだが、もしヘルパーさんが来なくて食事が食べられなくても、それはそれで楽だなと思うほどだ。 外に出るのも億劫だ。あれほどフットワー [続きを読む]
  • いつまでも同じ体制でいられるわけではない
  • せっかく作った看護・介護体制だが、いつまでも同じではない。一つは、体調の変化に合わせて変わるケース、もう一つは、異動のケースだ。 私も、開度生活が長くなり、チョコチョコ体制が変わっている。しかし、これほど大きい変更は初めてだ、 ①ヘルパーさんが変更になった、②STさんが変更になった。③OTさんが変更になった。④主治医が変更になった。 そのほかにも、往診のドクターの診察日が [続きを読む]
  • yes,no以外の会話にアイデンティティが表れる
  • 会話が不自由になるにつれ、コミュニケーションの大切さを感じる。 先日、訪問看護師さんと話している時のことだ。私が、「ロシア」とキーワードを言ったら、「プーチン」と、言いたいことが返ってきた。 私はいたく感動したのだが、看護師さんも、「ヤッタ」感があったそうだ。この看護師さんは。一番話が分かる。 きっと。選択肢の中に私の言いそうなことがリストアップされているのだろう。患 [続きを読む]