常夜燈 さん プロフィール

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常夜燈さん: IL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ハンドル名常夜燈 さん
ブログタイトルIL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ブログURLhttp://koshaji.blog.jp/
サイト紹介文関西を中心に、神社仏閣の参拝記録と御朱印の紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2014/05/26 22:46

常夜燈 さんのブログ記事

  • 大圓寺〔大阪市住吉区墨江〕 快慶作阿弥陀如来像特別公開
  • 大圓寺の寺歴 大阪市教育委員会による企画「大阪の歴史再発見」の一環として、大阪市内の寺院の非公開文化財が不定期で特別公開されている。去る平成三十年(2018)一月二十三日、住吉区墨江の大圓寺で本尊阿弥陀如来立像をはじめとする仏像群が公開されていたので参加して来た。大圓寺 山門鏡智山大圓寺【きょうちざんだいえんじ】所在地:大阪府大阪市住吉区墨江三丁目玉水17-8宗派:浄土宗御本尊:阿弥陀如来創建:元和五年(A [続きを読む]
  • 羽曳が丘神社〔羽曳野市羽曳が丘西〕 あらゆるものに神は宿る
  • ヤマトタケルと羽曳野 日本武尊【やまとたけるのみこと】は伊勢能褒野【のぼの】で客死するが、その魂は白鳥と化して、大和琴弾原【ことひきのはら】に降り立ち、さらに飛んで河内古市に留まったのち、天高く翔け昇ったと『日本書紀』にいう。 大阪府羽曳野市古市に鎮座し日本武尊を祀る白鳥神社の縁起には、天へと昇る姿を「埴生野【はにゅうの】の丘を羽を曳くがごとく飛び立った」と記す。これが「羽曳野」の地名の由来となっ [続きを読む]
  • 河内西国巡礼 第七番 壺井寺〔柏原市法善寺〕 雷を封じた観音さま
  • 法禅寺より受け継ぐ法灯 大阪府柏原市法善寺には、地名の由来となった法禅寺という寺院がかつてあった。 法禅寺は神護景雲年間(767〜770)の創建と伝わり、七堂伽藍を備えた大寺だったが、天授年間(1375〜1381)の兵火で堂塔をことごとく失い廃寺となったという。なお、『大阪府全志』は廃寺の時期を南北朝期の天授ではなく、織田信長・豊臣秀吉時代の天正年間(1573〜1593)とする。 法善寺字家の尻には、その法禅寺の一院で [続きを読む]
  • 生國魂神社〔大阪市天王寺区生玉町〕 戊戌歳干支朱印拝受|八兵衛狸のはなし
  • 恭賀新年 恭んで新春のお慶びを申し上げます。 本年も宜しくお願い致します。平成三十年 初春  いくたまさんにお詣りし、戊【つちのえ】戌【いぬ】歳の御朱印を受けてきました。生國魂神社 干支朱印 戊戌歳 どこぞの「お父さん」にちょっと似てますね。生國魂神社 御朱印生國魂神社 干支朱印辛卯歳(平成二十三年)壬辰歳(平成二十四年)癸巳歳(平成二十五年)甲午歳(平成二十六年)乙未歳(平成二十七年)丙申歳(平成二 [続きを読む]
  • 池之原神社〔大阪狭山市池之原〕 街道を辿って来臨した熊野の神
  • 池之原神社 石段と二の鳥居池之原神社の神域 四天王寺を起点として南にのびる下高野街道は、狭山池にぶつかって二つに分岐する。池の東側へ回り込めば中高野街道に合流し、西の道をとると岩室を経て西高野街道に合流する。また岩室で西高野街道から分岐する天野街道を進めば、女人高野といわれた天野山金剛寺に至る。 これら主要な交通路の集まる河内国丹南郡岩室村には、産土神として熊野権現が祀られていた。今は池之原神社と [続きを読む]
  • 天満宮〔堺市西区山田〕 村の鎮守の帰還
  • 天満宮村社山田神社 堺市立福泉中学校の南、山田公民館に隣接して小さな神社が建っている。 北側から境内に足を踏み入れる。左手に一対の灯籠と石鳥居、そして西面する銅板葺屋根の社殿。境内の西半分は児童公園になっている。天満宮天満宮【てんまんぐう】所在地:大阪府堺市西区山田二丁元禄東94御祭神:菅原道真公【すがわらのみちざねこう】創建:不詳社格等:旧村社別称/旧称:山田神社天満宮 この山田天満宮は和泉国大鳥 [続きを読む]
  • 山井神社〔堺市南区片蔵〕 清泉に宿る水の女神
  • 栂の天神社 延喜式内社にして和泉国大鳥郡上神谷【にわだに】上条の総鎮守櫻井神社の社殿前に、立派な石碑が建てられている。碑には櫻井神社を含め三つの式内社の名とその祀る神が刻まれている。 明治の終わり、近隣にある十の神社が櫻井神社に合祀されたが、そのうちの二社は式内社で、それぞれ櫻井神社本殿の左右に境内社として祀られた。本殿の向かって右が鉢ヶ峯寺村にあった國神社、そして左に建つのが栂【とが】村鎮守山井 [続きを読む]
  • 櫻井神社〔堺市南区片蔵〕 八幡神降臨伝説と桜井氏祖神の謎
  • 櫻井神社 拝殿櫻井神社参詣道 鉢ヶ峯の堺公園墓地から続く道を北へ辿り、丘陵を切り開いて貫く府道二〇八号(堺泉北環状線)を跨ぐ橋を渡って坂を下る。「きつね坂」というらしい。 間もなく「櫻井神社」「上神郷総鎮守」と刻まれた一対の石柱が現れる。ここから先は櫻井神社の神門に向かって道が真っ直ぐにのびている。神門前を横切る道ができて分断されてしまったが、この直線道はかつて櫻井神社の馬場だった。櫻井神社 参道櫻 [続きを読む]
  • 井伊神社〔彦根市古沢町〕 八幡神の化身として生まれた井伊家始祖
  • 八幡神の化身 寛弘七年(1010)正月元日の早朝、遠江国引佐郡井伊谷(現静岡県浜松市北区引佐町井伊谷)に鎮座する八幡宮の神主が、神田の傍らにある御手洗の井戸で赤子が泣いているのを発見した。 抱き上げてみれば、顔立ちは秀麗、黒目がちの瞳からは聡明さが溢れ出ている。常人ではないと悟った神主。八幡神の化身に違いないと信じ、連れ帰って大切に育てた。 男児は七歳になり、神童と称され評判となっていた。遠江介(国司 [続きを読む]
  • 大物主神社〔尼崎市大物町〕 平清盛・源義経の伝承と祭神の謎
  • 港湾都市大物 兵庫県尼崎市に「大物【だいもつ】」という地名がある。 淀川の支流神崎川の河口部に位置し、平安時代末期から鎌倉時代にかけて港町として賑わった。西日本各地から運ばれた材木の集積地として栄え、材木の特に大きなものを指す「大物」が地名の由来ともいう。 材木のみならず、各地の荘園から都へ送られる年貢米や都で売買される特産品など、様様な物資が集まり、水運業者・商人・漁師・職人・勧進僧・遊女など、 [続きを読む]
  • 大将軍神社〔高槻市下田部町〕 禍を祓う境界の神
  • 境界神 道は、人が往来し、物資や文化をもたらすとともに、時には疫病のような災厄も運んで来た。 悪しきモノの侵入を防ぐため、辻や村境に神が祀られ、「道切り」が行われた。その神は「道祖神【どうそじん】」「道陸神【どうろくじん】」「塞神【さえのかみ】」など様様な名で称ばれる。 旧摂津国島上郡下田部村(現高槻市下田部町)の大将軍神社は、魔の侵入から村を守るため、いつの頃からかそこに祀られている。◆大将軍神 [続きを読む]
  • 観心寺〔河内長野市寺元〕 国宝如意輪観音御開帳
  • 千二百年の眼差し 毎年四月十七日と十八日の二日間、大阪府河内長野市の観心寺において、秘仏如意輪観世音菩薩(国宝)の厨子が開扉される。 平成二十九年(2017)四月十八日、仕事の休みが合い、念願のその姿を拝むことができた。◆観心寺 金堂檜尾山観心寺【ひのおさんかんしんじ】所在地: 大阪府河内長野市寺元475宗派: 高野山真言宗御本尊:如意輪観世音菩薩創建: 大宝元年(701)開山: 役小角寺格等: 高野山真言宗遺跡 [続きを読む]
  • 湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕 悲劇の英雄楠木正成〈後編〉
  • 前編はこちら湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕悲劇の英雄楠木正成〈前編〉楠木正成終焉の地 湊川神社の鎮座地は楠木正成が最期を迎えた場所と伝わる。 境内の西北隅に、玉垣で囲われ門が設えられた一角がある。石標には「史蹟 楠木正成戦歿地」と刻まれている。この場所こそ、延元元年(1336)五月二十五日、楠木正成が将士七十余人とともに殉節を遂げた地だという。 また、正成の墓所は境内の東南隅にある。◆湊川神社 楠木正成 [続きを読む]
  • 湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕 悲劇の英雄楠木正成〈前編〉
  • 神戸の楠公さん 湊川神社は南北朝時代の英雄楠木正成を祀る霊廟として明治五年(1872)に創建された。 南朝方に属した皇族や武将を祭神とする建武中興十五社の一つであり、国家の為に功労のあった人臣を祀る神社の社格として設けられた別格官幣社に列した最初の神社。 また生田神社・長田神社という二つの古社とともに神戸三社に数えられる。◆湊川神社 拝殿湊川神社【みなとがわじんじゃ】鎮座地: 兵庫県神戸市中央区多聞通三 [続きを読む]
  • 皇大神宮社〔宇治市広野町〕 街道の分岐点広野新田
  • 広野新田 永井信濃守尚政が山城淀十万石の藩主として淀城に入ったのは大御所徳川秀忠の死の翌年、寛永十年(1633)のこと。尚政は十六歳で秀忠の小姓となって以来秀忠の側近として仕え、老中まで務めた。同じく老中井上正就・京都所司代板倉重宗と共に秀忠近侍三臣と称された。 三代将軍家光にとって尚政の淀藩入部は、京・大坂の治安を守るのみならず、西国諸大名へ睨みを利かせる意味においても重要だったものと思われる。 尚 [続きを読む]
  • 麓神社〔宮津市難波野〕 悪逆の雄略天皇と仁愛の顕宗天皇・仁賢天皇
  • 逃避行 急な出立だった。 明日の朝、この村を出て三重谷へと向かう手筈になっていたので、道中召し上がっていただこうと村人たちは夕刻から餅米を蒸し、小豆を炊いてぼた餅を作る準備をしていた。それが急遽夜のうちに出発することになり、仕方ないので蒸しあがったばかりの米に小豆を投入して軽く混ぜ、丸めて竹皮に包むことにした。 日下部連使臣【くさかべのむらじおみ】と吾田彦【あたひこ】の父子が一人の女性とその子であ [続きを読む]