タケシオン さん プロフィール

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タケシオンさん: 人生の羅針盤
ハンドル名タケシオン さん
ブログタイトル人生の羅針盤
ブログURLhttps://ameblo.jp/aura-treatment/
サイト紹介文聖書のキーポイントであるイエス・キリストを正しく知ることの素晴らしさを分かち合えたらと思います。
自由文はじめまして! 復活のイエス様の命を語る男タケシオンです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供372回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2014/06/01 08:24

タケシオン さんのブログ記事

  • 人間から見て遅れていても、神から見れば遅れていない
  • いつでも神の目。 そして人間の目。 この二つがあります。 神の常識内。 人間の常識内。 時として人間の常識は神の非常識。 神の常識は人間の非常識。 いつの時代も相まっている。 人間から見れば遅れていることでも、神の目から見れば正常だ。 人間の目から見ると非常に遅いことでも、神の目から見るならば神の常識内だ。 人間の考えからすると遅すぎることは、神のみ心の尺度では遅れていない。 人は遅い遅いと言うが、神 [続きを読む]
  • 現実スクリーンに映し出す魂のデザイン
  • いつも言っていますように、この世の現実はスクリーンです。 影です。 では本質はどこ? 映写機です。 元になります。 元を入れ替えればスクリーンという現実が変わります。 いくら現実を変えようと頑張っても変わらないものです。 そうでなくて元のフィルムを入れ替えれば良いのです。 現実が変わり出す。 本当です。 私たちの内側が変えられたからです。 現実とは魂のデザインを明確に映し出します。 デザインとは? キリ [続きを読む]
  • イエス様に飛び乗れ!
  • 人生とは? 自分の力や知恵で進んで行ける旅路ではない。 誰かと一緒に歩む旅。 その旅は栄光の旅。 誰と歩むかが重要だ。 私はイエス・キリストと歩んでいます。 別の言い方をするならば唯一まことの神様です。 なので安心。 なので恐れは無い。 今日もイエス様に飛び乗りましょう。 主の真理の聖霊様はイエス様の霊の世界を教えてくれます。 復活の主にありて 人生の羅針盤タケシオン にほんブログ村←上下どちらかの [続きを読む]
  • 「酒でも飲まないと・・・やってられないよなぁ〜」
  • お店を持っていた頃よくお客様が言っていた言葉がある。 「酒でも飲まないと・・・やってられないよなぁ〜」 聞く方も嫌になってくる。 脳は連鎖するからだ。 脳は無線ランでつながっているからだ。 集団意識ともつながっている。 その意識とは? 否定的だということ。 その意識とは? 絶望だということ。 特に日本人は否定的なマインドの人が多いのです。 そして人の目を気にし過ぎる民族だ。 自意識過剰。 人から少しでも良く見 [続きを読む]
  • 「私には何の問題もありません!」 これって本当ですか?
  • 私は充分生きています。 私の家庭では何の問題もございません。 人に対して思っていることは? 実は自分に対して思っている。 自分に対して怒ってしまう。 憎しみは変装が上手い。 本当の感情だろうか? 感情労働という仕事がある。 教師や医師や看護師やCAなど。 これはすべて外側の問題。 この世には様々な問題がある。 しかし、一番の最優先の問題は何なのか? それは自分という問題。 「私という問題」 です。 それ [続きを読む]
  • 神を主とする生き方
  • 聖書の色々な箇所に書かれていることばがある。 渡されたとか任せられた。 この意味は神が手を出すことができないになる。 神は忍耐、寛容、慈愛をもって私たちを待っておられる。 これらをもって私たちが悔い改めるのを待っておられるのです。 人間の範囲を超えている大きな心で。 私たちクリスチャンの中には自分という王も預言者も住んでいる。 預言者とは神に聴く者。 そして神に従う神の代理人。 その使命は王に告げること。 [続きを読む]
  • イエス・キリストは愛の王
  • 王とはこの世の力の代名詞。 神もこの世の王も必要ですか? この世の王は私たちを守るのではなくて自分(王)を守るのです。 この世の王は戦わないのです。 多くの人は自分が王になるために神を退けてしまうのです。 人間的にできているのと神に従うことは違います。 イエス様は国家の王であり世界の王になりたい。 家族の王になりたい。 この世の王とは違う。 私たちのために私たちに仕える王になりたいのです。 イエス [続きを読む]
  • 命には命がもっと必要!
  • 神の愛によって人を愛せるようになる。 神のことばによって前進できる。 神の痛みによって私たちは癒やされた。 スタートは神。 今日も命のパンを水に投げましょう。 水とは・・・? 神です。 パンは私たち自身。 明け渡していきましょう。 水に浸すのではなくて、水の中にとどまることが理想。 神とひとつとなる。 神が私たちの中にいて、私たちが神の中にいる。 同時に起きているのです。 パンとは・・・? 神の恵み [続きを読む]
  • 何かをするのではなくて、神から受け取っていく生き方
  • 私たちは何かを主にしたいと思います。 主に仕えたいと思います。 しかし、それは逆方向です。 信仰とは神が私たちに用意したものを受け取ること。 そして従い行うことです。 自分勝手に行うこととはまるで違います。 神の時が満ちるまで信じて待つ。 これが信仰生活です。 祈りです。 自分の願いを神に叶えさせようとするのが信仰による祈りではないのです。 神の願いです。 主に仕えるとは・・・? 主に仕えてもらうこと。 神は [続きを読む]
  • 勝利はイエス・キリストしかできない現実を受け止めよう
  • 信仰の戦いとは・・・? 私たちが頑張って戦うことではない。 奪い取る戦いではない。 守る戦いなのです。 キリストをどんな出来事の中でも絶対に離さない戦いなのです。 つまり、キリストに結びつき続ける戦いです。 キリストの手を離さない戦いです。 キリストと交わり続ける戦いです。 キリストにつながり続ける戦いです。 これが人間の戦いなのです。 私たちが勝利するのではないのです。 キリストが勝利するのです。 自分自身 [続きを読む]
  • 右手で神をつかみ左手でこの世をつかんではならない
  • 日本は茹でガエル状態。 気がついた時にはもう脱出する力や気力が奪われている。 怖ろしい霊の攻撃だ。 最初は水で気持ち良い。 段々と分からないようにお湯になっていく。 もっと気持ちが良くなっていく。 気がついたらもう身動きできない。 麻痺してのぼせている。 サタンの手に落ちてしまうのだ。 多くのクリスチャンは右手を挙げて礼拝する。 神を信じているのです。 主を尊重しているのです。 しかし、左手は下ろし [続きを読む]
  • 神は私たちの命の部分を救いたい
  • 自分で自分のことを決めるのではなく、世界によって自分を決めるのでもなく、主のことばによって自分の姿を知り、主の前に正しく私たちが立ち続けることが主の望みであるはず。 神を王として生きる。 決して人間の王ではない。 イスラエルの王は人々をまことの神に向けさせるための王でした。 人々が神に向かうための王でした。 神に人々を導くことでした。 敵に向かって行く王ではなかったのです。 敵とは人間主義。 敵とは日本の [続きを読む]
  • 自分の力で神の世界にいても不安になるだけ
  • 人は自分で頑張って神の世界に入ろうとする。 契約の箱を担いて動かしてしまったり、サウル王のように神を待つことをやめて自分で全焼の生けにえを捧げてしまう者。 多くのクリスチャンに言えることだと思います。 私にも言えることです。 そして自分で問題を解決しようとしてしまうのです。 これはやってはならないこと。 信仰を働かせていないからです。 祈りの欠乏です。 神を自分で動かそうとしていることです。 さあ [続きを読む]
  • 人間の不安は実は人間からは出ていないのです
  • 人間は・・・ 自分の弱さが不安なのではない。 自分の能力がないのが不安なのではない。 学歴や血筋が不安なのではない。 貧乏が不安なのではない。 不健康が不安なのではない。 老いが不安なのではない。 不安に見えますが・・・ 実は違うのです。 お金がないことが不安なのではない。 病気が不安なのではない。 弱さが不安なのではない。 頑固さが不安なのではない。 怒りやすいことが不安なのではない。 心が安定していないこと [続きを読む]
  • 早飯は消化に良くない
  • よく噛んで食べなさい。 一度は親から言われたと思います。 それは正しいですね。 身につかないから。 消化に良くないから。 胃に対しても良くないから。 感謝して食べているだろうか? 味わって食べているだろうか? 早飯は消化に悪いのです。 さて。 キリスト者として。 食べ物は神の純粋なるみことば。 味わって食べましょう。 早く早くではなくて、時間を掛けて身につきます。 不完全消化では身にならないのです。 早食いは消 [続きを読む]
  • 敵は変幻自在の連中だ!
  • 政治に文句を言っている人たちがいる。 教育に文句を言っている人たちがいる。 間違った情報に文句を言っている人たちがいる。 自然災害に文句を言っている人たちがいる。 日本列島に文句を言っている人たちがいる。 悪者に文句を言っている人たちがいる。 詐欺集団に文句を言っている人たちがいる。 家族に文句を言っている人たちがいる。 法律に文句を言っている人たちがいる。 税金に文句を言っている人たちがいる。 格差社会に [続きを読む]
  • 何となく中途半端で何となく上手く流れに乗ろう?
  • バブル崩壊後の日本の大企業に勤めていた人へのインタビューを思い出した。 「何となく中途半端で何となく上手く流れに乗ろうとしていたことが、一番悪い結果になってしまった。誰も予想していなかった。」 これが仕事の面だったら生きてはいけるが、命の面だったらどうだろうか? まことの神が分からないまま 「何となく中途半端で何となく上手く生きようとして何となくみんなに合わせて日本文化の流れに乗って行こう!」 これで [続きを読む]
  • 傘を持っているのと、傘を用いるのとでは違う
  • 自転車を持っているのと、晴れた日に自転車に乗るのとではまるで違う。 傘を持っているのと、雨の日に傘を用いるのとではまるで違う。 パウロは言いました。 「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。」 パウロは信仰を用いたのです。 信仰を働かせたのです。 猛獣と戦った時にも信仰を働かせたのです。 鞭打たれた時にも信仰を用いたのです。 そして勝利しました。 この勝利はパウロが成し遂げた勝利ではありま [続きを読む]
  • 人には滅びる自由もある
  • 人は自由という言葉に弱い。 この自由という名のもとに様々な苦痛の出来事が起きている。 命を得るのも自由だ。 また滅びるのも自由だ。 人には滅びて行く自由もある。 滅びとは? 命が無いこと。 命を得ていない状態の延長線上にある。 言い換えれば・・・ すでに裁かれている状態だ。 滅びの穴が待っている。 人が死んだら死人の国に行くのか楽園に行くのかだ。 人が死んだら死者の部屋に落ちるか喜びの園に入るかだ。 はっきり [続きを読む]
  • 主の前に立つ生き方
  • 聖とは? 神によって分けられること。 神のために区別されること。 私たちクリスチャンの中には聖は無いです。 イエス・キリストの中に聖はあります。 私たちがイエス・キリストとつながり交わる時に私たちは聖となります。 愛なしに聖はありません。 土台はいつも愛です。 愛の土台の上に真理です。 私たちがどんな状態でも主の前にそのままの姿で立つ時に主は聖とみなしてくださる。 アダムのように自然界に隠れていて [続きを読む]
  • サタンが最も成功している国・・・日本
  • リバイバルは失望と希望から生まれる。 リバイバルの底にメッセージがある。 霊の戦いとは? 御霊によって戦う戦いだ。 福音によって戦う戦い。 福音とは? イエス・キリストとイエス・キリストの御業。 私たちの戦いは? しっかりとキリストに結びつく戦いだ。 日本にはサタンに依存してしまっている魂が多い。 捕らわれている魂をサタンから勝ち獲る戦いこそ霊の戦いだ。 神を求める芽が出る前に摘み取られてしまっている現状。 [続きを読む]
  • 【自分の道】 を自分で切り開いてはならない
  • 士師記の最後のことば。 その頃イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。 まさにこれこそが目に見えない大きな罪なのです。 神の目でなく、自分の目に従ってしまったからです。 自分の道を自分で作ってはならないのです。 自分の道を自分で切り開いてはならないのです。 クリスチャンは神の道を歩むべきです。 出発と未来がはっきりと分かることが重要。 出た所と行く所。 裁きは終わったと [続きを読む]
  • 諸々の世の宗教には永遠という時制はない
  • 神に働いてもらうには? 自分が生きていては駄目。 ひざまずく信仰生活。 信仰生活とは? 神に働いてもらうこと。 神の永遠を刻む真理の時計がある。 心に永遠の春が来た。 神の時があります。 肉の部分を切り倒してください。 神の時計の中で行われています。 今日も主に主権をとっていただく。 神の時は一つの時制(過去・現在・未来・過去完了・未来完了・継続)中に一緒にある。 アブラハムは私であるということ。 過去の私で [続きを読む]
  • 裁きをもってこの世界を完成される主
  • 肉の命で生きている者は霊の命で生きられない。 神は悪人をも救いたいから放っておくのです。 ご自分の命を与えたい。 神は100%準備したのです。 主は裁きをもってこの世界を完成される。 それを受け取るか受け取らないかは人間の責任。 神は神を裁くことを喜んだ。 私たちを回復するため。 神は苦しみの実りを見て満足したのです。 裁きと繁栄はイエス様の十字架によって行われた。 礼拝の中心はメッセージや賛美ではない。 [続きを読む]
  • 聖書は私たちに示唆を与え続けている
  • 主の日は正義を行う日。 主の日は神様の義が実行される日。 過去にあり、今あり、未来に備えられている。 もう来ていて、これから来る日。 そして今も続いている。 裁きとは? 判断。 裁きとは? 選り分けられる。 生と死が分けられる。 魚は大きさによって分けられるのではない。 神の義によって分けられる。 要するに命に直接関わることなのです。 神の基準が分けるのです。 神の命を持つか神の命を持っていないかとい [続きを読む]