mokkousan さん プロフィール

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mokkousanさん: もっこうさんリターンズ
ハンドル名mokkousan さん
ブログタイトルもっこうさんリターンズ
ブログURLhttps://mokkousan.blog.fc2.com/
サイト紹介文菅原木工という工務店のこれまでの施工例や建築に関する情報。その他歴史など趣味の情報をお届けします
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供29回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2014/06/09 18:06

mokkousan さんのブログ記事

  • 【菅原木工施工例】 紋縁畳交換をしてきました。
  • 先日、仙台市内の寺院にて、本堂の畳交換が完了しました。  本堂の建立いらい25年以上畳替えをしていないとのことで、畳にへたりが生じていました。  本堂大間の畳替えということで、畳のヘリは紋縁の仕様になっています。  そこで、これまで数々の寺院等に紋縁の畳を多数納めていただいた、一関市内の畳店「菅原畳店」へ連絡。  その後、採寸、加工を経て現場に納品していただくが出来ました。 紋縁の畳は隣 [続きを読む]
  • 【松島町】 明治潜穴公園を見てきました。
  •  国道45号線より国道346線を北上すると国道沿い松島町幡谷地区にレンガ造りの建造物を見ることができます。ここが「明治潜穴公園」です。  公園より国道346号線を北上した水田地帯が、品井沼干拓地です。品井沼は北部の大松沢丘陵、南部の松島丘陵、西部の奥羽山地、そして東部を流れる鳴瀬川に続く大きな沼でした。  江戸時代、仙台藩二代藩主伊達忠宗は新田開発に力をそそぎ、品井沼沿岸地区の荒地を拓き [続きを読む]
  • 【黒川郡 大和町】 八谷館跡を散策してきました。
  •  東北自動車道大和I.Cから仙台北部中核工業団地に向かい、東北自動車道の高架下を通ると八谷館跡を見ることができます。  八谷館は、大きく北側と南側に分かれていて、公園は南側となっていて、北側は昭和47(1972)年、東北自動車道建設のため今は跡形もありません。  東北道建設に伴う調査によって、南北約130m、東西約70mほどの規模だということが確認できました。  消滅してしまった北側は、大きく三つの郭から成っていて [続きを読む]
  • 【登米市】 佐沼城を散策してきました その2
  •  佐沼城本丸より150m程北西へ歩くと、住宅街の間の小高い丘に西館跡という標柱を見ることができます。 (西館跡 津田家御廟所)  西館は南北約100m、東西約35mの平城で、本丸西側に2ヶ所、本丸の裾から南北に走る高さ約2m程の土塁があります。 (西館 土塁跡)    天文年中に大崎氏の家臣である石川氏が四代に渉って居城としましたが、その後佐沼城西側の防御施設の性格が濃くなります。  [続きを読む]
  • 【登米市】 佐沼城跡を散策してきました。 その1
  •  登米市市中心部国道389号線と県道36号線の交差点近く登米歴史博物館脇に佐沼城跡は位置してます。  鹿ヶ城とも呼ばれるこの城の築城年代は不明ですが、「佐沼古戦場記」に文明五(1473)年の城主佐沼右衛門直信という記述があります。天文年間には、数度にわたって葛西と大崎の間で合戦があったことが軍記ものなどに見え、地理的にも佐沼地域が葛西・大崎の境目の地域であったことがうかがえます。 十六世紀中ごろから [続きを読む]
  • 【パソコン】NEC Versa Pro VK18E/AのCPUを交換してみました。
  • メモリの増設に引き続き、CPUの交換をしてみました。 このPCに搭載されているCPUはintel Sandy Bridge世代のCeleron B730(1.8GHz 1コア、2スレッド)です。 交換するCPUはIntel Core i3 2310M(2.1 GHz 2コア、4スレッド)です。 簡単な作業手順は下記の通りです。 1 バッテリーを外します。 2 メモリと同様に背面の大きなカバー(ネジ×4)を外します。 3 CPUを止めて [続きを読む]
  • 【パソコン】NEC Versa Pro VK18E/Aのメモリを増設してみました。
  •  今回もヤフオクで購入したノートPC、 NEC Versa Pro VK18E/Aのメモリを増設してみました。 このPCは2012年発売で、CPUはCeleron730(1コア/2スレッド)です。 メモリは現在1GB×2枚のを、2GBを1GB+2GBに増設します。 作業前にバッテリーを外します。 メモリの増設は、PC本体背面中央部にあるカバー(ビス×4)を外すと、クーラーの下にメモリのソケットがあります。    メモリの1枚を取り外し、2GBに [続きを読む]
  • 【東松島市】 小野館(梅ヶ森館)跡を散策してきました。
  •  (梅ヶ森館頂部)  梅ヶ森館は桜ヶ森館の南面、東松島市立鳴瀬桜華小学校の北側にあり、南面が25〜30mの崖、北側は沢に面する急斜面で自然地形に防御された狭長な丘陵を利用する城館です。  (梅ヶ森館跡 土壇)    城内は、段差や堀切によって4ヵ所の郭に区分されます。東端の郭が主郭とされますが、西端の郭が土塁や堀切が最も厳重で、平成十五年の発掘調査によって三時期の変遷を示す大型の建築物が確認されてい [続きを読む]
  • 【東松島市】小野館(桜ヶ森館)跡を散策してきました。
  •  東松島市内、三陸自動車道鳴瀬奥松島ICを降り、県道150号線を鳴瀬町内方面へ向かう途中の丘陵が桜ヶ森館跡となっています。  小野館は構造の異なる二館を総称して呼びますが、その名称については、近世史、文献等で混同しています。今回は、北側を桜ヶ森館、南側を梅ヶ森館として、一括して小野館とします。    小野館は鳴瀬川が太平洋に流入する河口の2?手前に位置し、北から延びてきた丘陵端部にあります。先端部 [続きを読む]
  • 【大崎市】 小野城跡を見てきました。
  •  (小野城址 標柱)  宮城県大崎市古川小野、国道4号線より田尻方面へ向かう広域農道近く、「天神山 梅香院」という寺院脇に、小野城址と書かれた標柱が建っています。 (天神山 梅香院)  中世後期に奥州探題として君臨した大崎氏の居城は、これまで、名生城、中新田城に比定されることが多かったのですが、近年、両城はいずれも十六世紀後半の大崎氏凋落のころの居城であることが知られていました。 代わって大崎氏全盛 [続きを読む]
  • 【菅原木工施工例】 トイレ増築工事が完了しました。
  • トイレ及び洗面室増築工事が完了しました。 一関市内にある築40年以上の住宅ですが、この建物内には新築時より内部にトイレなく、外部の便所を利用していましたが、建物の老朽化に伴い今回、トイレの増築ならびに洗面室の増築工事をすることになりました。 トイレは簡易水洗式のトイレを設置、隣には洗面化粧台を置いています。 外部からのトイレの利用も出来るように、外部用ドアを取り付けています。 【簡易水 [続きを読む]
  • 【大崎市】 千石城跡(コスモス園)を散策してきました。 その2
  • (本丸南側郭跡)  千石城は文覚上人(遠藤盛遠)が築いたとも云われている城です。  千石城の初見は天正十六(1588)年の大崎合戦のときで城主は遠藤高康です。  千石城は、標高1000m前後の丘陵地帯が続く大松沢丘陵の北側近くに所在しています。戦国期の千石郷は東に長江氏、西に大崎氏、北に葛西氏といった強大な勢力に囲まれた地域で、伊達氏の領国からは突出した地域でした。十六世紀中ごろの「御段銭古張」により、遠藤氏 [続きを読む]
  • 【大崎市】 千石城跡(コスモス園)を散策してきました。 その1
  •  (松山御本丸公園) 大崎市松山町中心部、県道242号線を南下した東の丘陵を登ると、千石城跡があります。    (本丸跡)  松山城ともいわれるこの城は、本丸・二の丸・三の丸がまっすぐに並んだ連郭式山城で、各郭ごとに堀切ではっきりと仕切られています。 松山一帯は、室町時代から戦国時代にかけて遠藤氏の支配下にありました。  (堀切跡)  応永八(1401)年、関東公方足利満兼により、十一代遠藤盛継 [続きを読む]
  • 【栗原市若柳】 斐ノ城跡を見てきました。
  •  東北自動車道若柳金成I.Cからほど近い、宮城県栗原市若柳有賀の県道186号線沿い、曹洞宗の寺院「官庭寺」の墓地裏山の頂部に「斐ノ城跡」の標柱があります。 康平六(1063)年に八幡太郎義家がこの地で年を越し、その後十三世紀はじめの建暦年中に、八幡神社の別当清原氏が居住したと云われています。 その後、天正年間、葛西氏の家臣渋谷備前城主の時、渋谷氏の戦死によって廃城となったとされています。「標柱より」 [続きを読む]
  • 【パソコン】NEC LAVIE LL550/GのCPU交換をしてみました。
  •  今回も、中古で購入したノートパソコンのCPUを交換してみました。交換したPCはNEC Lavie LL550/Gです。  もともと搭載されているCPUは AMD Sempron(TM) プロセッサ 3200+(1.60GHz)です。  これを同じソケットSocket S1のTurion 64 X2 TL-52(1.60GHz)に交換します。  交換の手順は以下のとおりです。 1 本体のバッテリーを外す。 2 背面のカバー(ネジ×2)を外す。 3 ファンのコネクタを [続きを読む]
  • 【陸前高田市】 宝尾山 長圓寺
  • 気仙隕石落下の地  陸前高田市の国道45号線沿いにある長圓寺は、永禄年間の開山、開基が権大僧都長円法印の真言宗智山派の寺院です。  (気仙隕石落下の石碑)  境内には嘉永三(1850)年に落下した日本最大の隕石「気仙隕石」石碑が建立されています。 気仙隕石自体は、養蚕や疾病・漁業にご利益があると信じられていたために、もともと135?あった隕石は、少しづつ削り取られ、106?まで減ったという逸話がのこって [続きを読む]
  • 【一関市室根町】 柴股城跡を見てきました。
  •   国際医療福祉専門学校一関校(旧釘子小学校)前の市道を東方向の小松集落へ進むと、沼田バス停留所があります。その南面の丘一帯が柴股城跡となっています。丘の高さは約40mほどで、大別すると三つの丘に分かれていて、真ん中の一番高い丘が、東西80m、南北が80m程の平場で楕円形をしているところが本丸と云われています。 周囲は切り立った断崖で北西側は、深い空堀になっています。 二の丸は、南面へ100m程伸び一段と低い [続きを読む]
  • 【菅原木工寺院施工例) 如意山金剛寺 本堂 その2
  •  (本堂正面)  本堂向拝部、柱、虹梁、唐破風、枡、懸魚等はケヤキ材を使用しています。 屋根は瓦屋根かつ棟には鬼面を使用し、本堂らしい風格を表しています。 (脇玄関ホール) 脇玄関のから本堂へのホールです。 本堂及び脇玄関の廻り縁、長押などの造作材、床の松材も寺所有の木を製材したものです。 (内陣脇床の間) 内陣脇の床の間です。床柱には槐の木(300×300)w使用しています。 内 [続きを読む]
  • 【菅原木工寺院施工例) 如意山金剛寺 本堂
  •  陸前高田市気仙町にあるの寺院「金剛寺」は、正しくは「如意山一乗院金剛密寺」と称し、京都府の智積院を総本山とし、千葉県の成田山新勝寺、神奈川県の川崎大師平間寺及び、東京都八王子市の高尾山薬王院の三山を本山とする真言宗智山派に属しています。 本尊は如意輪観世音菩薩です。開基は仁和四(888)年と伝えられます。「気仙風土草」には、「仁和年中、大江千里が奥州に下向し、氷上権現に詣でて帰洛のことを祈 [続きを読む]
  • 【北上市】 五輪壇を見てきました。
  • 和賀氏累代の墓所  (五輪壇 看板)  北上市二子町地区、東北本線村崎野駅より県道151号線を東へ行く途中、交差点付近に五輪壇の標柱を見ることができます。  地元の人々によって「和賀殿の墓所」と言い伝えられてきたこの場所は、源頼朝の御家人を祖とし、和賀郡に下って約400年にわたってこの地を治めてきた中世和賀氏の墓所です。 (五輪壇)   五輪壇の看板の背後の道を登るとすぐに、「和賀氏累代の墓所」の石 [続きを読む]
  • 【登米市東和町】 竹峰山華足寺を散策してみました。
  • (馬頭観音堂)   奥州霊場三十三観音十五番札所である竹峰山大悲院華足寺は、  登米東和総合支所から国道346号線を行き、本吉町馬籠方面へ曲がり、さらに市道を奥に走ると丘の頂部に見ることができます。  大同年間から馬頭観音堂、華足寺、慈眼寺をはじめとして多くの堂宇を建立して荘厳なたたずまいを醸し出しています。 華足寺は、真言宗智山派、京都智積院の末寺で、境内にある馬頭観音堂は坂上田村麻呂が蝦夷征討の際に [続きを読む]
  • 【登米市津山町】 伊達小次郎の墓をお参りしてきました。
  •  登米市津山町、国道45号線を北上し陸前横川駅手前、県道64号線を石巻方面へ向かう途中に伊達小次郎の墓の案内板を見ることができます。  「伊達小次郎君の墓」と書かれた看板から急な参道を登ること5分ほど、丘の頂部にお墓があります。  伊達小次郎は伊達政宗のただ一人の弟です。  天正十七年会津の蘆名氏を摺上原にて破り黒川城を手にした伊達政宗でしたが、天下統一を目指す豊臣秀吉の小田原の北条氏攻めへの参陣 [続きを読む]
  • 【Panasonic】アラウーノを2台以上設置する場合の設定
  •  Panasonicのアラウーノは、トイレブース等の簡易的な間仕切りで仕切られている場所では、初期設定のままだと、1ヶ所のリモコンで他のアラウーノが同じ動作をするようになります。  そのため、2台以上併設する場合はリモコンのチャンネル変更が必要となります。  今回紹介するアラウーノSⅡ設定方法は下記の通りです。 1 リモコンの乾電池(単三)3個を取り外してください。  (内部回路を完全 [続きを読む]
  • 【石巻市】 殿入沢跡を見てきました。
  •  JR石巻線佳景山駅近く、東浜街道と呼ばれた県道257号線沿いにある小高い山が須江山と呼ばれるところです。須江山の周辺は「深谷」と呼ばれ周囲が茅で湿地帯となっていた場所です。 須江山の東浜街道沿いには「殿入沢(とのいりさわ)跡」の標柱と、「大槻但馬守殞命の地」と彫られた石碑が建っています。    「殿入沢」は豊臣秀吉による奥州仕置きによって、葛西氏・大崎氏の没落ののちにおこった、葛西・大崎の一揆が終息し [続きを読む]
  • 【陸前高田市】 天照御祖神社(外館跡)を見てきました。
  •  国道4号線(奥州街道)と高田街道(国道340号線)を結ぶ今泉街道(国道343号線)沿い、陸前高田市矢作地区、JR大船渡線BRT陸前矢作バス停隣に、天照御祖神社の鳥居を見ることができます。  正和五(1216)年、葛西氏の家臣千葉大蔵大輔廣胤が矢作村を賜り、鶴崎城内館(矢作町島部)、外館(神明前)の二城建築したのち、神社を勧請し古刀一振、兜一頭を奉納し天長地久、武運栄耀、住民の繁栄を祈願しました。 [続きを読む]