denkouriki さん プロフィール

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denkourikiさん: 大相撲!土俵の目撃者
ハンドル名denkouriki さん
ブログタイトル大相撲!土俵の目撃者
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/taguchi_sumo/
サイト紹介文写真付きで大相撲をさまざまな視点で捉えます!一見の価値あり!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供336回 / 365日(平均6.4回/週) - 参加 2014/06/22 11:00

denkouriki さんのブログ記事

  • 大英断!幕内・十両の大幅枚数削減
  • 現在幕内の人数は42人、十両は28人である。平成14年十一月場所では幕内40人、十両26人であった。平成15年から北の湖理事長が公傷制度廃止を決定した。これは常に休場者が出る現状に楔を打つためであった。その救済措置として翌年の一月場所に幕内を2人、十両を2人増員した。八百長による関取減のとき一時的に幕内40人、十両26人になったことはあるが、その後幕内の人数は42人、十両は28人で今に至っている。<北の湖理事長>とこ [続きを読む]
  • 大相撲優勝・次点力士5 昭和40年代
  • 昭和40年から部屋別総当たり制が始まった。これはNHK解説者の玉の海梅吉氏が、時津風(元双葉山)理事長に進言したことに始まる。時津風理事長は、好取組が増えるという世論をバックに協会内の反対論を「いまや人情におぼれているときではない」と一括し、実現した。次点は当然優勝者に次ぐ成績の力士だが、横綱・大関と対戦のない力士及び部分対戦力士ははずした。複数いるときは上位力士とした。昭和40年一月場所後、佐田の山 [続きを読む]
  • 今は昔 系統別総当たり制
  • 系統別総当たり制は昭和7年から昭和14年及び昭和22年夏場所から昭和39年十一月場所に施行された取組編成方法である。それでは系統別総当たり制とはいったいどういうものか。本家、分家を中心として大阪相撲の流れの部屋を組み込んだものが系統である。具体的にみていこう。以下系統と相撲部屋、所属幕内力士を示したものである。幕内力士は部屋別総当たりが始まった昭和40年一月場所の番付による。相撲部屋は昭和39年十一月場所時 [続きを読む]
  • 大相撲優勝・次点力士4 昭和30年代
  • 昭和33年名古屋が本場所に昇格し、年6場所制がスタートした。あまりの間隔の短さに「優勝候補は先場所の優勝者になるのでは」という見方がされたほどであった。また、大日本相撲協会が日本相撲協会に改称した年でもある。<栃錦のブロマイド>次点は当然優勝者に次ぐ成績の力士だが、横綱・大関と対戦のない力士及び部分対戦力士ははずした。複数いるときは上位力士とした。栃錦、若乃花が激しく優勝を争った時期である。栃錦が引 [続きを読む]
  • 外国人力士の先駆け高見山
  • 今でこそ外国人力士は珍しくもないし、人数も大勢いる。現代なら情報がはいりやすいし、先人が築いてきた道を歩んでいける。ところが純粋な外国人力士第1号となるとそうはいかない。大相撲で成功した外国人第1号が高見山である。高見山はどういういきさつで入門し、いかに成功したのか。高見山はハワイ出身である。高見山ことジェシー青年は高校でフットボールをしていた。ハワイは日系人が多く、相撲がさかんであった。独立記念 [続きを読む]
  • 大相撲優勝・次点力士3 戦前〜戦後 場所数変遷期
  • 昭和7年から系統別総当たり制になった取組は、昭和15年東西制に戻った。これは出羽海部屋の力士が半数近くなったことが大きかった。9年ぶりの復活だが、以前の東西制を知る力士は、男女ノ川、幡瀬川くらいになっていた。次点は当然優勝者に次ぐ成績の力士だが、横綱・大関と対戦のない力士ははずした。複数いるときは上位力士とした。この時期は双葉山の円熟期から衰退期であった。双葉山の陰に隠れたのは、羽黒山であった双葉山 [続きを読む]
  • 貴乃花の再出発
  • 貴乃花親方が貴乃花一門の一門名を返上した。ゼロからのスタートに貴乃花という一門名はふさわしくないとの判断である。一門を解散するとかはなさそうだが、自分が一門を離脱するということに関しては微妙である。それにしても、理事の座を失い、理事候補選挙に負けを承知で出馬し、テレビで日馬富士暴行事件の異論反論を展開し、内閣府へ告発状を提出までした。ここまでは強気の姿勢だったように見えた。大阪府立体育館には無断欠 [続きを読む]
  • 大相撲優勝・次点力士2 戦前編
  • 大正15年4月、摂政宮殿下(後の昭和天皇)の御下賜の金一封で賜杯がつくられた。当時は摂政賜杯と呼ばれ、幕内最優秀成績者に渡されることになった。大正15年春場所から協会が個人優勝制度を正式にスタートさせ、表彰するようになった。それにともない、取り直し制度、不戦勝・不戦敗制度が整備されていった。優勝力士はよく知られているので、ここでは次点力士を中心に見ていこう。次点は当然優勝者に次ぐ成績の力士だが、横綱・ [続きを読む]
  • 大相撲優勝・次点力士1 明治・大正編
  • かつて相撲博物館は優勝力士100人と称した展示をおこなった。この優勝というのは実は両国国技館が開設された明治42年夏場所を起点としているものだった。これは時事新報社が幕内最高成績力士の額を国技館に掲げたものであった。当然相撲協会の表彰はなかった。協会が定めたのは東西対抗の団体戦であった。勝った方屋に優勝旗を渡した。従って本来は個人優勝と呼べるモノはなかった。<太刀山のブロマイド>優勝を決める上での矛盾 [続きを読む]
  • 協会の女人禁制の理由は不明確
  • ちびっこ相撲で女子が締め出された理由は「女の子に一生残るような傷を負わせてはいけない」というものだった。いかにもとってつけた理由である。ケガをするとしたら、力士の対応のまずさにある。またこれまで男女を問わず、一生残るケガをさせたケースがどれくらいあったというのか、数字を明らかにすべきである。<土俵>女子の格闘技は柔道、レスリング、ボクシングと進出している。オリンピック種目にもなっている。プロレスも [続きを読む]
  • 横綱高安時期尚早論
  • 高安が連続12勝をあげたことで、五月場所の成績次第では横綱昇進と意気込む方がいる。しかし、高安の大関の成績をつぶさにみると以下になる、9勝6敗 1勝2敗13休 8勝5敗2休 12勝3敗 12勝3敗つまり高安は大関としては不成績が続いた後、連続12勝したに過ぎない。横綱は品格力量抜群という基準がある。この成績のどこが力量抜群だというのか。<高安土俵入り>高安は取りこぼしが目立つ。先場所は連敗スタートであった。まさ [続きを読む]
  • 異常人気が続く大相撲
  • 最近の相撲チケットは1日というより短時間で完売する傾向が続いている。土日ともなると数分である。まさに異常人気である。一昔前プロ野球といえば巨人戦の中継が中心だった時代、巨人戦のチケットはプラチナペーパーと呼ばれていた。いまや大相撲のチケットはプラチナペーパー化している。<満員御礼>この人気は琴奨菊が日本出身の日本人として10年ぶりの優勝の翌場所から始まった。だから2年以上続いていることになる。ただし [続きを読む]
  • 土俵の変遷
  • 古代・中世に土俵はなかった。従ってすもうといっても力比べや殺伐とした荒っぽい格闘技であったと思われる。日本書紀にある野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)の戦いは古代の話である。信長が少女に相撲をとらせたというが、これはどうも小説であるようだ。当然信長の時代も土俵はない。土俵の前提となったのは、人方屋と呼ばれる戦う2人のまわりを力士が囲んだものである。これが歴史的にいつ発生したものか [続きを読む]
  • まだまだ続く土俵女人禁制問題
  • 伝統に配慮して、古くからのしきたりでという言葉でこれまで、女性が土俵に上がるのを拒んできた。それでは女性はなぜ土俵に上がれないのか。その理由は公の場ではけして話されることはなかった。<土俵>その行き着く先はけして口にはできない女性は穢れているである。血穢(けつえ)といって血の穢れという考え方から来ている。土俵は神聖なもの。男が命がけで戦う場であるから汚されたくない、というわけである。八百長をやっと [続きを読む]
  • 平成30年五月場所チケット事情
  • 五月場所の前売りが始まった。大相撲は暴行や命より優先されるしきたりなど不祥事続きであるが、チケットの売れ行きにまったく影響が出ていない。むしろ、悪名は無名に優るかのごとく話題が尽きることのない大相撲が、脚光を浴びてすさまじい売れ行きになっている。14日目をねらった2人はまったくかすりもしないうちに、わずか、1、2分でチケットがなくなった。それは7日目も同様であった。わずかに8日目をねらった2人のうち [続きを読む]
  • 土俵女人禁制問題再び
  • 土俵の女人禁制が波紋を続けている。宝塚市の巡業で女性市長が土俵で挨拶をしたい旨申し入れたが、拒否された。そのため土俵下の挨拶となった。挨拶では「女性市長ですが人間です。男性の市長は土俵の上に立ってご挨拶します。(中略)女性ということで土俵の下で挨拶。悔しいです。つらいです。考えてもらいたい。(中略)伝統は大事。女性の市長も増えてきています。そのとき女性は土俵の上に上がってはいけないのでしょうか。み [続きを読む]
  • 永遠のテーマ?女性土俵問題
  • 舞鶴巡業で思わぬことが起こった。舞鶴市長が挨拶中に土俵に倒れて動かなくなったのである。この緊急事態に土俵に駆けつけ応急処置をほどこした中に女性が何人か含まれていた。女性は心臓マッサージを開始。場内アナウンス担当の行司は周囲の声もあり、「女性の方は土俵を下りてください」とアナウンスを連呼したのである。土俵は女人禁制の伝統がある。しかし、ことは人命であり、緊急を要する。このアナウンスはあまりにも表面的 [続きを読む]
  • 鶴竜優勝の足跡
  • 三月場所は千秋楽を待たずに鶴竜が4回目の優勝を決めた。昨年(平成29年)は6場所中5度休場という窮地に陥った。フル出場した三月場所も10勝5敗と平凡な成績に終わっている。それを思えば、よく立ち直ったものである。<H30年三月場所 鶴竜4回目の優勝>鶴竜は技能賞を6回受賞していることからわかるように、うまさで取る相撲である。うまさが手順通りにいけば問題はないが、パワーに圧倒されると勝利の方程式が崩れる。それ [続きを読む]
  • 40回優勝の白鵬でも破れない優勝記録
  • 2勤1休のペースできた白鵬が三月場所休場して、初めて連続休場した。既に前人未到の40回優勝を達成して偉大な横綱にかわりはない。しかし、そんな白鵬でも優勝に関する記録で抜けない記録が実はある。<白鵬の優勝パレード 旗手石浦>◆入幕した年から引退する年まですべて優勝これは大鵬がもつ記録である。大鵬が入幕したのは昭和35年一月場所であるが、その年の十一月場所は関脇で初優勝して、大関昇進を決めている。以後毎年 [続きを読む]
  • 貴ノ岩十両15日間の戦い
  • 暴行のケガで2場所全休の貴ノ岩が本場所に戻ってきた。相撲の稽古は京都入りしてからのため、いかにも時間が足りなかった。本当に戦えるのか不安はあったが、本人の意志で出場に踏み切った。貴ノ岩の十両15日間の戦いをみてみよう。<初日〇 翔猿>             <2日目〇 志摩ノ海><3日目● 照強>             <4日目● 明瀬山><5日目〇 炎鵬>            <6日目● 栃 [続きを読む]
  • 貴乃花親方の変身
  • 貴乃花親方がこれまでの言動を平謝りに謝って一見落着した。平成28年の理事長選挙に2対6で敗れたときは「すがすがしい気持ち」とか「八角理事長のもとで」と語っていたが、日馬富士暴行事件勃発後に協会首脳と表立った対立関係にはいった。その言動は留まることを知らず、三月場所直前、内閣府への告発状にまで発展した。1.言いたいことがあるなら、協会内部で堂々と議論すれば。2.協会から給料をもらいながら、協会に非協力 [続きを読む]
  • 相撲界の暴行はなくせるか
  • 暴行はよくない、と言葉で言うのは簡単である。関取・親方を集めて戒めてもいっこうになくならない。男社会で共同生活、上下関係がつきものの相撲ムラでは、脈々と伝わってきた暴行の伝統がある。貴ノ岩の暴行現場にいながら、誰もすぐにとめようとしなかったことからもわかる。<貴公俊>貴公俊が付け人貴西龍を殴った背景を考えてみよう。付け人というのは、関取の身の回りを世話する。関取は偉い。付け人は召使い。こうした意識 [続きを読む]
  • 最悪の事態は避けられた貴乃花
  • 今日の理事会で貴乃花親方と貴公俊の処分が決まった。貴乃花親方は委員から年寄への降格、貴公俊は1場所出場停止であった。貴乃花親方への処分は最下位クラスという厳しいものであるが、最悪の事態は避けられた。年寄は主に新米親方が最初に入るクラスである。これによって理事の月給144万8000円から80万8000円へと激減する。ボーナスが年2回出るから年間では896万円差になる。<スポーツ報知の記事>貴乃花親方は弟子を思うあま [続きを読む]
  • 今までの貴乃花をかなぐり捨てた貴乃花
  • 臨時年寄総会が大阪で開かれ、貴乃花親方に説明を求めたという。協会のルールをこれほど守れないのなら契約解除もという声が事前にあったようだ。契約というのは協会から部屋をもって弟子を育成する委託契約を指す。その契約を解除するという意見があるというのである。<スポーツ報知の記事>ルール違反というのは許可を得ないでテレビ出演した。その内容は告白であった。弟子を力士会に欠席させた。府立体育館に無断欠席。出勤し [続きを読む]
  • 平成30年三月場所総評 土俵編
  • ★相撲人気は相変わらずの過熱で、15日間満員御礼となった。どんな不祥事も人気に影響は出ていない。異質の人気といえる。以前はスーパースターでもっていたが、今は個々の思い入れの力士や楽しみ方の幅が広がっている。★今場所も十両以上8人と多くの休場者をだした。休場者数はいっこうに止まらない。体重が重すぎる。体重が重いのは破壊力や押されない利点がある反面、膝、足に負担がかかる。現代は膝の故障者がかなり目立つ傾 [続きを読む]