huian さん プロフィール

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huianさん: ギンレイの映画とか
ハンドル名huian さん
ブログタイトルギンレイの映画とか
ブログURLhttps://ameblo.jp/shangyou/
サイト紹介文主に東京飯田橋のギンレイホールでみた映画について、昔みたのは日記より書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供157回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2014/06/29 21:50

huian さんのブログ記事

  • カメラを止めるな! 2018.8.18 シネマイクスピアリ4
  •  映画は情報が少ないほど楽しめる。ただしそれだと面白いか、自分の好みのものであるかがわからない。まるきりフリーの状態で映画に臨むことはない。だから最低限の情報を得て、みるかどうかを決める。監督や俳優が誰であるかなど、特に監督が重要で、ほぼそれだけの知識だけで良いくらい。しかしこの映画は監督や俳優の名前からは何にも伝わってこない。知らないからだ。しかも喧伝されている情報は少ない。なるべく知らずにみ [続きを読む]
  • めぐみ 引き裂かれた家族の30年 2018.9.12
  •  日本人を拉致した謎が聞けた。産経新聞の記者の言うことでは、日本にスパイを潜入させるには、日本語はもちろん日本人のしぐさや癖などを徹底的に教えこませる必要がある。その先生役に日本人がなるのが一番という。いちおう納得できるが、そこまで徹底させる必要があるだろうか。見た目はほぼ同じだし、言葉を完璧にすればだまされるのじゃないか。拉致された日本人の教育を受けた工作員、つまり日本には北のスパイが来ている [続きを読む]
  • お葬式 1984.12.16 テアトル新宿
  •  人が死ぬと即葬式と言う儀式の始まりとなる。その準備とか何やらで忙殺され、静かに悲しむ時など与えられないようになっている。でもそこはうまくできていて、忙しさにかまけるからこそ、悲しさや寂しさが直接に来ないで、諸々のことがすんでからやってくると言う、二段階になっている。それはひとつの知恵とも言える。  葬式はどこの国でも同じようにあるから、同じような効用があるのだろう。もちろんその反面、儀式としての [続きを読む]
  • 1987、ある闘いの真実 2018.9.8 シネマート新宿1
  •  なかば韓国映画専門館化したシネマート新宿。ここにきて貼られているポスターを見、予告編を見ると韓国映画のエネルギーに満ちた勢いに負けそうになる。韓国映画はイコール韓国人だから、韓国人はエネルギー満帆なのであろう。映画に勢いがある、迫力がある、気構えが違う。ここでやるのにすべて付き合っていたら、素敵な韓国通になることうけあいだ。でも優しいヨン様風ではなく、暗黒街のお兄様風になるだろう。映画館ではテ [続きを読む]
  • 結婚しない女 1978.7.19 イイノホール
  •  ニューヨークのウォール街で働いてるなんて、まさに経済の中心にいる感じだ。資本主義の象徴のようなところだから。ここは何かを生産することがないのに、一番偉そうにしている。  結婚しない女、じゃなくて単なる結婚していない女というだけのようだ。その上きっと結婚するよ、画家のソールと。しないのは、前のがまだ残っているからだ。懲りているからだ。  結婚している状態で、その中に安住しちゃっていて、ふとある日、 [続きを読む]
  • 追想 2018.8.11 TOHOシネマズ シャンテ1
  •  1962年の話か、この前のソ連映画「娘たち」と同年だ。同じ頃の若者の生態が、これほど違うとは。所と政治体制の違い以上に違いすぎている。もっとも今作はいま作った62年の話で、ソ連のは62年製の映画。現在を見る目と過去を描く目との違いはあるはずだ。現在を知った上での過去と、ただ現在を描くことの違いはあるはず。だがその違いを公平に比べるのなら、全く同じ話で比べなければならない。この実験をやった人はいない。試 [続きを読む]
  • 破戒 2018.8.25 フィルムセンター
  •  瀬川丑松は被差別部落出身を隠して教師となっていた。当時すでに公には差別はなくなっていた。江戸以前からあった身分制度は廃止されていた。だが実際には人々の差別意識がなくなっていたわけではなかった。  藤村の「千曲川旅情の歌」が映画の中で、丑松と友人の土屋銀之助によって朗唱された。これは変だ。趣向の一つをやったものか。部落については全く知らなかった。あえて知ろうとしなければ、全く知らないままで済んでい [続きを読む]
  • まぼろし 2018.9.1 シネマ ブルースタジオ
  •  夏のバカンスを海のそばにある別荘で過ごすのが毎年のことだった。この夏もパリから車でやってきた。かなりベテランの夫婦マリーとジャン、結婚して25年で老年ではないが、二人の様子はすっかりおちついている。日常がこの地に移ってきただけのような、フランス人のバカンスはこういう感じなのだろう。田舎でのんびりと夏を過ごす。毎年のことで慣れた暮らしぶりだ。  どちらかが先に起きてコーヒーを入れる。妻は紅茶派だ。決 [続きを読む]
  • 男はつらいよ寅次郎真実一路 1984.12.29 銀座文化1
  •  失踪した人の職場が証券会社であるというのは、一般的に言って証券会社と言うものが、あのように忙しく、精神的にまいらせるような会社であると理解されているわけであるのだろうな。 資本主義社会の総本山のようなところだから、社員も大変だ。  実際そう思われて当然と言う状況があるのだから、いやよりひどいこともあるに違いない。営業のノルマはきついと聞いた。  とにかく特にそういう会社だけでなく、日本の猛烈社員 [続きを読む]
  • ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 2018.8.28
  •  政治家と近づきになれば、ニュースが取れる。友人になればさらに情報を得やすい。したがって新聞人は積極的に政治家に近づいた。しかしそれにはマイナス要素もある。政治家に寄りすぎてしまったことにより、その政治家本人及び彼の属する団体に批判的な意見を書くことが難しくなる。この2つの要素を天秤にかけると、新聞屋にとってはマイナスが大きくなる。なぜなら新聞などのマスコミは、政治に対して冷静かつ正しい報道が望ま [続きを読む]
  • 歌っているのはだれ? 1984.11.2 岩波ホール
  •  おんぼろバスはなんと木材を燃料に走る。道もはっきりとついていないような山道を進む。したがって乗客もおんぼろというわけでもないが、それぞれが個性的な人たちで、ほとんど自分のことしか考えていない。しかしバスの目的地が一つなように、目指す地は同じである。国と言うもの、人の集団と言うものの雛形がバスの中にある。それをまとめて行かなくてはならないから難しい。みんながおとなしく黙って乗っかっていれば問題は [続きを読む]
  • ウインド・リバー 2018.8.14 角川シネマ有楽町
  •  インディアンという言い方が半世紀ほど前まで一般的であったことに驚く。彼らは明らかにインド人ではない。またそれにすぐ気づいたはずだ。それなのに別の正しい言い方に改めようとはしなかった。アメリカ原住民もインド人も違いはないとされたのだろう。どの民族も人として異なることはない同じ人間である、という考え方からそうしたのではない。いずれにせよ遠くの知らない民族みたいなものだからインド人で構わないと思った [続きを読む]
  • スリー・ビルボード 2018.7.18
  •  道ばたに大きな宣伝看板を設置した映画は、そのビルボードと似たような残念な印象だった。ビルボードを設置したミルドレッドの狙いが半ば成功し半ば失敗したのと同様に、映画としても成功と失敗が同時に見える。  三つの大風呂敷を広げたミルドレッドの思惑は外れた。叩くべき相手を間違えたようだ。エビングの警察署長ウィロビーに向けた訴えは、目立つ場所になかったことでニュースに取り上げられなかったら、広く知られるこ [続きを読む]
  • 幕末太陽傳 1975.5.3 並木座
  •  落語が好きだと思っていたのに、実はあまり聞いてないことに気づいた。寄席に行ったのは多分5、6回しかなく、とてもじゃないが趣味の範疇にも入らない。よってこの映画の中で何を題材にとったかをきちんと指摘することができない。話の内容からして廓の話であり、思い浮かぶのは2つ。居残り佐平次と首ったけ。志ん朝で聞きたい。  寄席に行く面倒を避けるにはラジオとかテレビとかレコードだったが、今は音声だけでなく動画も [続きを読む]
  • グレイテスト・ショーマン 2018.7.31
  •  P.T.バーナムなる人物の仕事に対する愛が思い切り伝わってくる。ショービジネスは常に賭けのようなもので、成功があれば失敗もある。人を集め劇場を借り興行を打つ。この流れはあっても、何を見せるか、それは人を惹きつけるものなのか、やってみないことには成果は見えない。そこに興行の面白みがあり、怖ろしさがある。  話の中のショーを含め、映画自体がミュージカル仕立てになっている。歌の得意なヒュー・ジャックマ [続きを読む]
  • しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス 2018.7.31
  •  割れ鍋にとじ葢のたとえを二人に当てはめていいかな。相性なんて良いか悪いかは当人にしか分からない。周りからどう思われようと気にすることはない。二人のめぐり合わせが良い方向を向いたことは本当に良かったと思う。  エベレットは自分の生活を維持するので精いっぱいなだけだ。女性に気を使うとか雇い人を優遇するとかまで気が回らない。何も無理して威張ってるわけでもない。愛想よくすることに気づかないだけだ。彼の [続きを読む]
  • セ ラ ヴィ!  2018.7.7 シネマイクスピアリ7
  •  フランス映画の題名でセラヴィはないでしょ。フランス映画の大半はセラヴィで言い表わせられるから、よほどぴったりの内容でなければ、この題はつけない。あんのじょう原題は違っていた。  結婚式もところ変わればさまざまだ。ヨーロッパ映画での結婚式は、役所に届出して、教会で式をして、家の庭にテーブルを並べて乾杯をして食事。そのうち音楽が流れダンスがはじまる。こういうのをよく見た。式場ではなく自宅でやるのは [続きを読む]
  • あなたの旅立ち、綴ります 2018.7.3
  •  新聞に訃報記事が載るのは相当な有名人でなければない日本と事情が違うようだ。他にも結婚が役所に掲載されるとか、個人の情報をまるで官報のように公表することがあるようだ。だがそういう慣習があるなら仕方ない。  訃報記事が書かれても自分は読めない。これが気になる。気にして当然とは思うが、どうにもできないと諦めるところを、なんとかしようとする人がいた。 ハリエットは成功者だ。社会的成功、とくにビジネスで [続きを読む]
  • 娘たち 2018.7.28 フィルムセンター
  •  大きな丸太がトロッコに乗って運ばれて行く。周りは雪景色、トロッコの走る隙を見つけて線路を横切る少女トーシャ。朝これから新しい勤め先に向かう。彼女は材木加工工場のコックとして働くことになっている。  森林の中に切り開かれた工場や寮がある。そこの一つの建物がトーシャが暮らすことになる寮だ。半端な時間で誰もいない。室内でも寒い。まずはストーブを点ける。慣れた手つきである。  見まわすと食べ物がある。こ [続きを読む]
  • レディ・バード 2018.6.30 TOHOシネマズ シャンテ2
  •  作者は自分を表現することから始める。その後いくら時を経ても形を変えても、けっきょく自分のことを題材にし続ける。とすると監督の故郷サクラメントの高校生を描いたのはごく自然なことだ。  ほぼ自分を描き背景も見知ったところ、これは身近すぎてあんがい難しいかもしれない。でもこれを作らないと先に進めない気がするということかな。どのくらい自分を出したかは、当人と家族と友人と先生と隣人と等々ずいぶんたくさん [続きを読む]
  • アンボンで何が裁かれたか 1991.4.26 シネマスクエアとうきゅう
  •  戦争犯罪を裁判にかけること自体に首を傾げざるをえない。裁く側が戦勝国であることも公平とは言えない。どうしても裁判したいのなら、中立国において裁かれなければならない。そうでなければ公平性が保たれない。裁判がそぐわないのだから、どういう理屈をつけても裁判に正当性がない。それでも裁判は行われた。ニュールンベルクや東京でのそれは映画になったが、ここアンボンでも裁判があった。それは裁判では何も捌けないこ [続きを読む]