huian さん プロフィール

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huianさん: ギンレイの映画とか
ハンドル名huian さん
ブログタイトルギンレイの映画とか
ブログURLhttps://ameblo.jp/shangyou/
サイト紹介文主に東京飯田橋のギンレイホールでみた映画について、昔みたのは日記より書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供157回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2014/06/29 21:50

huian さんのブログ記事

  • 牢獄 2018.12.9 フィルムセンター
  •  映画監督の仕事は多岐にわたる。撮り始めてしまえば撮影終わりまで一気に進む。問題は何を撮るか、これに尽きる。なんの計画もないまま作りはじめることは可能だが、出来は保証されない。保証どころか無謀すぎる。いくら万能な監督でも準備不足のまま撮り始めることはしない。即興は映画に似合わない。  映画監督マッティンの撮影現場に恩師のポールが来て、地上の地獄を撮ってみることを勧められる。いきなりでしかも難問の題 [続きを読む]
  • 22年目の記憶 2019.1.5 シネマート新宿1
  •  過去から現在に至るまで韓国と北朝鮮の間に少なからぬ交渉はあった。特にこの1972年の共同声明は画期的なものだった。ただしそれが即実行に移されたことではなかった。双方の希望は統一しかない。しかし問題はどのような形態の政府、政治環境にするかにかかっている。もちろん言うまでもなく、北は北の、南は南の体制を維持したい。  統一はしたい、でも体制は変えたくない。無理な相談だ。それならいっそ一国二制度にすればい [続きを読む]
  • 天使のともしび 2018.12.22 フィルムセンター
  •  田舎の子は友だちがいない。近所に家さえない。だから遊ぶのは一人だけ。父は牧師、母もいつも忙しそう。家でも外でも一人だ。 そんなヨセフィンの家に庭師としてきたギュードマソンは、仕事はそこそこのんびりとやっている。雇い主もうるさいことは言わない。プロに任せたのだから、結果を見ましょう、という感じ。  庭師は近所の人のようで、知り合いがやってくる。ちょうどヨセフィンと同じくらいの男の子ユーゴだ。大人と [続きを読む]
  • 異母兄弟 1976.11.12 文芸地下
  •  この映画の強靭さは、三國連太郎の個性にかかっている、といっても良いだろう。大正、昭和の軍国日本の軍人たる男の激しさ、厳しさ(それはもちろん愚かなものであったが)を十分に表現していた。  俳優はどれほどの覚悟で演技に臨むものだろうか。テレビドラマでの薄っぺらな学芸会並みの演技から、舞台での真剣勝負のような演技、映画はまた特別な位置にある。どんな役でも自分のものにしてしまう器用な役者がいれば、不器用 [続きを読む]
  • いつか家族に 2018.12.29 シネマート新宿1
  •  原作が中国の余華「血を売る男」で、話を韓国に置き換えてある。中国なら大いにありそうな話だ。血を売るというのは実感できない。日本でもあったことは知っていた。五木寛之が売血していた話を聞いたことがある。  今は血は売るものではなく、献血でただで取られてしまう。売って金になるなら、売血の制度はあったほうがいいと思う。血液の安定供給は大事だからだ。どうしてなくなってしまったのだろう。  血を売ったことは [続きを読む]
  • ワンダー君は太陽 2018.12.4
  •  オギー=ワンダーが遺伝子の病気で見かけが特異な姿で生まれた。身体のハンディキャップは補う道具が助けてくれる。でも顔などにハンデがあると外出しないか顔を隠すかになってしまうのは変だと思う。はげの人がカツラをつけるような具合に、お面を被るればいいのだろうか。隠すか隠れるかの差は大きい。外に出ないで学校にもいかない、これでは社会生活を営んでいない。  でもオギーとは違う理由で、自分の部屋に閉じこもる人 [続きを読む]
  • 王になろうとした男 1976.5.27 ヤクルトホール
  •  19世紀のイギリスは多くの植民地を持っていた。そこで、さらなる土地を求めて世界をさすらうイギリス人たちがいた。彼らは未だ未踏の地に乗り込んで、そこを征服しようと企んでいた。それもイギリスの植民地にするためではない、自分がそこの王になる目論見なのだ。  ダニエル・ドレイボット(ショーン・コネリー)とピーチ・カーネハン(マイケル・ケイン)はヒマラヤのさらに奥地のカフリスタンで王になると宣言して旅立った [続きを読む]
  • 新幹線大爆破 1976.2.16 並木座
  •  新幹線は安全な列車であることは実証されている。今後どうなるかは分からないが、ATCをはじめ運行はコントロールセンターで一括して制御されている。そうは言っても事故はあるもので、いつか起こるだろう。このように外的に仕掛けられたら防ぐのは難しい。  なんとも驚いた。やればできると言う見本。アイディアさえあれば「ジョーズ」くらいは日本でも作れる。「タワーリング・インフェルノ」のように、お金をかけられないの [続きを読む]
  • 炎は燃える 2018.12.15 フィルムセンター
  •  説明のないまま見はじめて、内容がつかめないし分かりづらい。あとで解説をみて、当時の状況が少しわかった。  スウェーデン映画ではあるが、スウェーデンの話ではない。ノルウェーを舞台にした第二次世界大戦時の話だ。当時ノルウェーはドイツに占領されていた。  この映画はドイツとノルウェーの話と思って差し支えない。  スウェーデンは第一次世界大戦および第二次世界大戦で中立を宣言していた。よって戦争に関わりを持 [続きを読む]
  • タリーと私の秘密の時間 2018.12.18
  •  これは「カメラを止めるな」に匹敵する、話してはいけない映画だ。内容は一言で説明できるし、もしかしたら知っていてみるのも良いかもしれない。でもやっぱり作者の狙いは知らないに越した事はない。従ってここにストーリーは書けるが肝心な事は触れない。  シャーリーズ・セロンは妊婦とは言え、ひどい顔して体もぶくぶくで出てくる。彼女は体重を増やしたり減らしたりするのは、俳優として当たり前だと考えているらしい。痩 [続きを読む]
  • 道化師の夜 2018.12.9 フィルムセンター
  •  ゆれる馬車の中で中年の男性と若い女性が寝ている。男性が起きて服を身につけて、室内から外に出て馭者の隣に座る。同じような幌馬車が連なっている。外は大雨。サーカスはここで公演の準備を始める。テントを設置するのは大仕事だ。クレーンなどの機器はないので全て人力だ。雨をもろともせずに作業は続く。  現実のサーカスの世界は知らないが、映画で描かれるサーカス団はうらさみしい悲しみをたたえている。ジプシーのよう [続きを読む]
  • アデルの恋の物語 1976.4.7 日経ホール
  •  アデルの恐ろしいほど凄まじい恋慕の思いはどこまでいくのだろう。単に1人の女が1人の男に恋してどうのというものではない。アデルは好きな英国騎兵中尉アルバート・ピンンンの後を追って新大陸カナダにやってくる。それは旧大陸、強いて言えば旧体制からの脱却だ。アデルは決意する女性であるがゆえに、強情を張っても両親には自分自身を認めさせたかった。父がビクトル・ユーゴであることの重圧感があっただろうし、父親とし [続きを読む]
  • 悲しみに、こんにちは 2018.12.4
  •  スペインで幼い女の子で、で思い出すのは「ミツバチのささやき」。子供の頃の思い出は人それぞれだが、一体何歳のことを覚えているだろう。多分小さいときにはそれなりに覚えていても、大人になるにつれて忘れていくと思う。思い出せるのはエポック的なことだけで、それもあやふやな記憶にすぎない。誕生日とか入学式とか正月とか、何かの祝いの時とか旅行とか以外の何もない日はいくら積み重ねても思い出とはならない。いま昔 [続きを読む]
  • おかしなおかしな大冒険 1976.1.24
  •  自分の創造した主人公に振り回され、自身はあまりかっこよくない男が、かっこいい主人公ボブを振り回すと言うお話。作り方が凝っている。  フランソワ・メルランは人気の冒険小説家だ。まずは小説の中から始まる。007なんかおよびもつかないほどかっこよくて素敵な男、これがなんと小説家と同一人物。自分を不死身のスパイにして世界中を駆け回って、事件を解決していく。小説家は夢みたいなことを書けて、しかも自分が主人公 [続きを読む]
  • さよなら、僕のマンハッタン 2018.11.20
  •  ニューヨークのハイソなセレブの暮らしはまぶしくてついてけない。なんてハイソとセレブの意味も確認せずに使ってしまった。ようするにニューヨークは、そんな金持ちしか暮らせない大都会ということ。  上流社会や有名人が住むのに一番似合う街がニューヨークである。よって私には似合わない。この映画の主人公トーマスの家庭は優雅な暮らしのようで、大学は卒業したものの仕事にもつかずぐーたらしている。暮らしに困らること [続きを読む]
  • 十年 TEN YEARS JAPAN 2018.11.17 キネマ旬報シアター1
  •  キネマ旬報社が映画館を作った。知ってたけど遠いのでわざわざ行くことはなかった。柏に行くのはレイソルの試合を見るくらいしかない。柏のホームスタジアムは手頃な大きさで見やすいのがいい。  さてこの映画はテアトル新宿でやってが、もうおしまいだった。油断するとこうだ。他のやってるとこを探したら柏だ。仕方ない柏に行くしかない。  キネマ旬報シネマは出版社の道楽でやってるのだろうと思ったらさにあらず、上映作 [続きを読む]
  • 俺たちはモッズと呼ばれる 2018.12.1 フィルムセンター
  •  1968年に作られた、まさに1968年の映画だ。映画は過去をふりかえって作ることはできる。でもいくら時代色を出して、服や化粧や髪型などを真似したりCGを駆使しても、できたものは模倣に過ぎない。でもその時代に作ったものは、あえて意識することなく時代をそのまま写している。それは自然な強みだ。劇映画でなくても同様で、家庭の8ミリ映画でも立派に時代を切り取っている。  1968年当時のイギリス映画の怒れる若者たち、ア [続きを読む]
  • 噂の女 1978.7.24 フィルムセンター
  •  田中絹代の一人舞台。  何がいいって、客を迎える時のはしゃぐ仕草のすごいこと。手をひらひらさせて、浮き足立った姿は、これは見ものでした。彼女があまりにもすごいので、他の名優たちもここでは単なる添えものとしか見えないくらいだった。  夜の女たちは、なりたくてなったのではない。仕方なくなってしまったのだ。這い上がろうにも這い上がれず、せめてもの気休めは、話のわかるお母さんだけだ。  浮き上がろうとする [続きを読む]
  • ロリーポップ 1976.3.8 よみうりホール
  •  南アフリカはアパルトヘイトの国。世界中から非難の声が上がっているのに聞く耳を持たないようだ。白人の天下は何もここだけが特許ではない。政策として決められていないが、似たような状況にある国がある。強いて挙げればアメリカだって、そうかもしれない。  そんな国でも子どもは肌の色を気にしない。ジャニーとツェッポの2人は仲良し。アフリカの草原を走り回る。素敵な遊び場、蛇やカエルは仲間たち。ふと降りかかった事 [続きを読む]
  • 30年後の同窓会 2018.11.20
  •  同窓会の話じゃないじゃん。1つケチがついた。  ベトナム戦争から30年、サルバドール・ニーロンの酒場に1人の男がふらっと入ってきた。ビールをたのみ飲み始める。この店の客はもう1人いるだけ。流行りの店とは言えない。店主が酒を自由に飲むためにあるような感じだ。アル中にはもってこいの商売だ。  少し話してみると、どうやら知った奴らしい。こんなふうに話がはじまる。  酒場の店主サルバドール通称サル、客はラリー [続きを読む]
  • 結婚記念日 1991.10.19
  •  ウディ・アレンをウェストコーストにもってきて、彼自身が決して着ないような服を着させているのがおかしい。あとは彼が俳優としての良さがよく出ているし、彼を知っている人が作っているのがよくわかる。ウディ・アレン自身が作ったと言っても変じゃないと思う。  しかしやはり彼がこだわって作り続けてきたものとはまるで違う。ウディ・アレン臭さがなくなっている。そうだ、彼の出ないウディ・アレンものに彼を出したら、こ [続きを読む]
  • チャルラータ 1976.1.13 岩波ホール
  •  19世紀後半のカルカッタ。イギリスの植民地であったインドにおいて、イギリスに批判的な新聞を発行していたブパチ・ダットは経営と編集長も兼ねていた。進歩的な考え方は持っていたが、家庭のことは妻まかせであり、女性が働きに出ることには無関心であった。妻のチャルラータの日常は退屈であり、時間を持て余していた。  チャルラータの兄ウマパダが仕事を求めてきた。その義兄とその妻マンダキニを呼び寄せ、自分の新聞社を [続きを読む]
  • 特別な一日 1984.11.30 キネカ大森
  •  誰にとっても特別な日はある。個人のそれは歴史に残ることもないし、他の人にとってはどうでもいい日かもしれない。それでも構わない、自分にとっても特別な1日があれば。  この日、イタリアにとっては特別な日であった。朋友のヒトラーがイタリアのローマにやってきたのだ。迎えるのはムッソリーニ。イタリア人は総出で迎えたのだろう。レジスタンスもいたから、誰もが同じ気持ちで有難がったわけではない。また日々の生活に [続きを読む]