pearlwhite さん プロフィール

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pearlwhiteさん: 戦争遺産・・・時々現実逃避旅♪
ハンドル名pearlwhite さん
ブログタイトル戦争遺産・・・時々現実逃避旅♪
ブログURLhttps://ameblo.jp/ns-c35-235/
サイト紹介文戦争遺産をメインにウロウロしてます。近代化遺産や、お城、寺院神社などにも興味ありでアップしてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供84回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2014/07/18 21:55

pearlwhite さんのブログ記事

  • 釣りとか・・・
  • 年に1〜2回の釣り・・・鳴門はウチノ海の鯛釣りに行ってました(^^)北西の風が少し強く朝は肌寒かったですが、太陽が昇るとポカポカでしたよ。毎年恒例ですが、釣友のシゲルと・・・釣果は・・・少し時期が早くて鯛は辛うじて1匹wと・・・かわいいカレイが(^^;)後・・・名前は鯛なんですけど・・・引きも味も三流の黒鯛(どチヌ)は・・・さっさと海にお帰りいただきました(笑)そんなウチノ海の鯛釣りでしたとさ。そうそう・・・5月は家の庭が少し賑やかで [続きを読む]
  • 仙崎砲台(前編)
  • 『仙崎砲台』所属 佐伯海軍防備隊着工 昭和14年起工 終戦により未完備砲 不明(15?加濃砲説が有力なんですが・・・30?加濃砲説や15?臼砲説があり)基本的に海峡(水道)防備の砲台は陸軍所属になるんですが、ここ仙崎砲台に関しては海軍に所属するとても珍しい特異は砲台でした。砲座は3ヵ所残っており、岬側から第一・第二・第三砲座となってます。また、岬の突端には海峡に侵入する敵潜水艦を探知する『仙崎防備衛所』が残って [続きを読む]
  • 蒲江回天格納壕
  • 蒲江回天格納壕・・・大分県佐伯市蒲江・・・大分県南部に残る戦争遺跡です。回天壕とされてますが、詳細は不明。ちなみに、完成前に終戦となっています。現在は埋め立て等の護岸整備で海岸線より少し入った場所になってますが、昭和20年当時は海岸線に近かったと思います。壕は複数あったとされてますが、現在残ってるのは1つだけと思われます。壕の残る山裾は現在高い擁壁が造られ、外から壕の存在は確認できません。擁壁の裏側を少し [続きを読む]
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構④
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構・・・最終回でございますw濃霞山に残る壕です。確認できなかった壕もありますが、多くの壕が残ってます。各壕とも柵で閉ざされて入れません。いや・・・一部柵が壊れてて入れますがwww『砲術科』『掃海部』『側圓部防空壕』『内務科特務部』『工業部』のり面崩落防止処置のモルタルが吹き付けられた場所にも辛うじて残された壕の坑口・・・扁額の無い壕①②③濃霞山南側登り口付近の壕①隙間より・・・②隙間より・・・③ [続きを読む]
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構③
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構・・・続きます(^^)今回は濃霞山に残る「防空指揮所」です。平和祈念館等での資料では「防空指揮所」となってますが、詳細は不明。監視哨を兼ねた造りにも見えます。濃霞山西手側の遊歩道を登り始めてすぐの左手に見えます。旧軍道よりの階段部は壊されてますが、その他の外観状態は良いです。が・・・・・・内部がね。。。最悪ですw数々の戦争遺跡を訪問し内部の状態を見学してますが、ワースト1かもしれません。ま [続きを読む]
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構②
  • さて・・・少し時間が空きましたが、佐伯防備隊跡に残る遺構、其の②ですw今回は、濃霞山に残るトーチカです。濃霞山の東手より山手側に目を凝らしながら遊歩道を暫し上がると、結構上方の藪に微かに構造物が目視できます。実は一度見過ごして山頂まで行ったのは内緒wwwトーチカまでの道は無く、最短でよじ登ります(;^_^Aもう少し・・・とうちゃこw銃眼は3か所、大型のトーチカですね。上部は石積みで偽装。トーチカ入口・・・内部へ・・・銃 [続きを読む]
  • 長崎・・・
  • あ・・・帰ってきておりますwてか、行ってました(^^ゞ各訪問場所についての詳細は後日・・・ダイジェスト版でwww今回のメインは、某炭鉱跡です。3年程前より訪問計画はしてたのですが、中々時間が無くて・・・この度、やっと訪問できました♪佐世保要塞の砲台1か所と堡塁2ヵ所・・・某砲台・・・100年以上前の扉が今も状態良く残る掩蔽部でピンとくる方もいるはず。某堡塁門柱と・・・掩蔽部前で朽ち果てた赤い廃車でピンときますよね。砲座部に [続きを読む]
  • 佐伯防備隊跡に残る遺構①
  • 佐伯には航空隊に隣接するように、防備隊の遺構も沢山残っています。ちなみに、佐伯防備隊は昭和14年に開隊。佐伯港を見下ろす濃霞山の山裾に(佐伯海上保安署)の前に残るのが、佐伯海軍防備隊の弾薬庫です。ちなみに同防備隊の任務は主に豊後水道へ侵入する潜水艦の探知。防備隊弾薬庫・・・建物両サイドは高さ3m超の爆風避けのコンクリート塀、裏は濃霞山で守られてます。弾薬庫入口上部に描かれた直径m程の白丸・・・『空襲時に最 [続きを読む]
  • さくら・・・
  • 今年も終盤ですね。日曜・・・ランチついでに立ち寄った穴場?にて・・・ダムと桜・・・ダムと桜と23・・・そんな場所www長崎遠征予定中。。。行きたい場所がありすぎて・・・予定立たず(^^;)まぁ・・・基本行きたい場所はこんな場所なんですけどね。。。でも・・・今回は少し路線の違う散策になるかもです。まぁ、若干の藪はありますが(笑)当時はコイツの車高のお陰で行ける場所も限られましたが・・・今はほぼ無敵(笑)走らねーーーけどwwwさて・・・何 [続きを読む]
  • 佐伯海軍航空隊跡に残る遺構④
  • 佐伯航空隊跡に残る遺構・・・今回が最後です。次回からは、佐伯防備隊の遺構に移ります(^^)と言う訳で今回は、興人佐伯工場内に残る「航空隊戦闘指揮所」です。永らく放置されてる感じで正直状態はよろしくありません。。。少し脱線しますが。。。「平和祈念館やわらぎ」の館長さんとも少しお話したんですが、この佐伯周辺に残る遺構の活用について、自治体からも少しずつ理解も得られ保存活用予算も少し出る様になってきたそうです [続きを読む]
  • 鶉野・・・
  • 旧海軍の鶉野飛行場跡に残る遺構・・・周辺に残る遺構等の研究保存等で活動されてる方から、お誘いがあり加西市へ。。。前回訪問した場所も整備が終わり見学がしやすく、案内看板の設置もあり、とてもきれいな状態となってました。弾薬庫・・・コの字型防空壕・・・発電機壕・・・今回訪問の目的は未訪問の遺構探索でした。まだまだ知られてない遺構が沢山存在してる可能性があります。小型の壕・・・少し大きめの壕・・・長さ9.5m程の壕が2ヵ所・・・ [続きを読む]
  • 佐伯海軍航空隊跡に残る遺構③
  • 今回は「興人ライフサイエンス佐伯工場」内に残る掩体壕を2基・・・現在は残ってませんが、現興人サイエンス内に滑走路がありました。(ザックリですが、滑走路を書き込んでおきましたw)現在、興人サイエンス内には掩体壕が2基と指揮所が残ってます。今回は掩体壕2基のアップです。工場の門衛にて見学希望の受付をして、工場内へ。。。1基目・・・説明看板はありますが・・・いや。。。零式艦上戦闘機は分かるけど飛燕は絶対ないですよね( [続きを読む]
  • 佐伯海軍航空隊跡に残る遺構②
  • 佐伯海軍航空隊跡に残る遺構ネタ・・・続きますw今回は、先にアップした機銃座のある長島山の麓に残る壕です。平和祈念館の裏手、長島山麓の遊歩道沿いには、多くの壕が残されてますが、その多くは埋められてます。写真は平和祈念館裏手にある「連合艦隊機動部隊真珠湾攻撃発進の地」の碑小さな壕の殆どはこんな状態www1つ目・・・2つ目・・・3つ目・・・4つ目・・・近づけませんwww少し移動して、中江川沿いに残る大き目の壕・・・「航空隊火工品庫 [続きを読む]
  • 佐伯海軍航空隊跡に残る遺構①
  • 『佐伯海軍航空隊』昭和6年  佐伯海軍航空隊建設決定により着工昭和9年  佐伯海軍航空隊開隊昭和14年 佐伯防備隊開隊昭和16年11月4・5・6日 佐伯湾にて真珠湾攻撃の最後の演習昭和16年12月8日 真珠湾攻撃〜太平洋戦争勃発 佐伯も機動部隊出撃の地となる昭和17年 日本本土が初めて空襲を受ける昭和20年3月18日 佐伯が初めて空襲を受ける昭和20年4月26日 佐伯市街地に空襲、馬場通りの共同防空壕に直撃弾を受け避難中の [続きを読む]
  • 苺・・・
  • そう・・・毎年恒例の苺狩りに行ってきました。例年シーズン終盤の5月に行ってるんですが、今年は少し早めです。この15日に徳島を離れ、遥か南の島へと旅立つS夫妻・・・奥さんが、前々から1度行ってみたいと言っていたのもあり、引っ越し前の最後の日曜と言う事で本日決行♪仲が良かったので寂しくはなりますが・・・南の島で夫婦仲良く頑張ってほしいものです。家から10分・・・毎年お世話になってる「大住いちご園」さんへ。「紅ほっぺ」と [続きを読む]
  • 鷹ノ巣低砲台(後編)
  • 『鷹ノ巣低砲台』所属 広島湾要塞起工 明治30年8月竣工 明治33年3月備砲 9?速射加濃砲 1砲座2門×2砲座 計4門 27?加濃砲 1砲座1門×4砲座 計4門 全8門廃止 大正15年そんな訳で後編w27Kの砲座より・・・2連造りの砲側庫を挟む様に、左右に2門ずつ・・・4門あったんですが、左翼2門分の砲座は先にアップした9Kの砲座同様、海にずり落ちてしまってます。わずかに残る砲座土台部・・・9Kの砲座とは明らかに大きさの違う27Kの砲座・・・砲座横 [続きを読む]
  • 息抜きに舞鶴w
  • 仕事忙しすぎて病みそうだったので・・・強硬現実逃避で舞鶴に行ってましたw戦争遺跡を3か所程・・・と。観光1か所♪ま、いつものように詳細は後日って事で(;^_^Aそんな舞鶴www     〜おしまい〜人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 鷹ノ巣低砲台(前編)
  • 『鷹ノ巣低砲台』所属 広島湾要塞起工 明治30年8月竣工 明治33年3月備砲 9?速射加濃砲 1砲座2門×2砲座 計4門 27?加濃砲 1砲座1門×4砲座 計4門 全8門廃止 大正15年では・・・高砲台より一度、舗装路に下り入浜方向に歩きます。この舗装路も、当時の軍道を拡幅した物だと思うんですが、所々軍道の面影が残る石積みや水路も確認できます。また、陸・海軍の標柱も幾つか確認できます。場所によれば仲良く並んでる場所もあります♪ [続きを読む]
  • 鷹ノ巣高砲台
  • 『鷹ノ巣高砲台』見残しがあったので、低砲台探索時に少し寄り道・・・説明は前回訪問時の記事にてお願いしますw前回の鷹ノ巣高砲台宮島の観光と言えば・・・厳島神社が有名ですが、ここは島の反対側になりますw昔はレンタサイクルもあったんですが、現在は無くなっておりました。桟橋より包ヶ浦まではコミニュティーバスもありますが、時間が合わなかったので行きはタクシーにて高砲台軍道入口まで(^^;帰りは低砲台から包ヶ浦まで歩き [続きを読む]
  • 被爆建造物
  • 原爆ドーム周辺に残る被爆建物・・・原爆ドーム散策時に余った時間を使って付近を散策しました。時間の都合で少しだけですが、アップしときます。大正屋呉服店から燃料会館へ・・・(現広島市平和記念公園レストハウス)昭和4年に建築家、増田清の設計と清水組の施工により、大阪に本店のあった「大正屋呉服店」の新館の店舗として、中島本町(当時の町名)に建てられた。瓦屋根の2階建て木造家屋が立ち並ぶなか、RC造3階のこの建物はモ [続きを読む]
  • 広島大本営跡
  • 『広島大本営』元々この地には本丸御殿があったが火災により全焼、1877年(明治10年)跡地に広島鎮台司令部として建設されたものである。1888年(明治21年)第5師団発足以降はその司令部として使われていた。そして、大本営として用いられた。1896年(明治29年)大本営解散後は第5師団管理の下「大本営址」は文化財として保護され、史蹟名勝天然紀念物保存法施行により「史蹟明治二十七八年戦役広島大本営」として1926年(大正15 [続きを読む]
  • 皆既月食とか・・・
  • 言うてたから撮ってみたけど・・・めっちゃ寒いし・・・手持ちやとこんなもんwww望遠欲しいなぁ。。。気が付けば2月・・・毎日寒いですが、皆さん体調管理には気をつけて下さいねー‼       〜おしまい〜人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 中国軍管区司令部跡
  • 『中国軍管区司令部跡』明治27年の日清戦争勃発とともに、広島城本丸に大本営が置かれます。昭和20年6月には中国軍管区司令部に昇格。本丸下段には司令官室や参謀部のある1号舎の他、比治山高等女学校の生徒宿舎や、今回紹介する半地下の防空作戦室がありました。この付近は爆心地から790m、半地下の防空作戦室も爆風で破壊されましたが地下施設は全壊を免れます。そして、広島壊滅の被害第1報はここから発せられる事になります [続きを読む]
  • 山口県〜広島県・・・
  • 昨年末で退社した、S夫妻(会社で一番仲が良かった相棒)と一緒に・・・と、言っても・・・山口県も広島県も・・・訪問してたのは「島」なんですけどねwしかもほぼ・・・オレの趣味に付き合わした感じで、両島とも島内連れ回しました(笑)そんな訪問先の詳細は後日wま、写真見ればバレバレですけどねwww初日・・・全身筋肉痛の二日目www・・・そんな二日目の島には沢山のカワイイ住民が住んでます。オレは再訪なんですけどね。前回来た時は観光客も [続きを読む]
  • 吉坂付属堡塁
  • 『吉坂付属堡塁』所属 舞鶴要塞着工 明治33年7月竣工 明治35年11月備砲 12cm加農砲 1砲座×1門 2砲座 計2門任務 高浜方面に上陸した敵の舞鶴侵攻の阻止本堡塁の方は3度程訪問してたんですけどね。。。何故か訪問できてなかった付属堡塁wやっと記事にできます(^^;てか、訪問したのはもう1年くらい前なんやけどwww最初に見えてくるのは石積み・・・そして門柱・・・状態は良かったですね。門柱を抜けて右側を振り返ったスペースの広場・・・ [続きを読む]