すずめ さん プロフィール

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すずめさん: キリスト・イエスにお会いする旅へ
ハンドル名すずめ さん
ブログタイトルキリスト・イエスにお会いする旅へ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/suzume1206/
サイト紹介文長年のいちじくの葉のおおいを脱ぎ捨て、皮の衣路線に軌道修正中です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供66回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2014/07/29 15:26

すずめ さんのブログ記事

  • オットマンとルームランナー
  • ひとり掛けのソファについて来たオットマン。その上に物が乗っていなかったことがない。^^;場所を取るので どかそうかな〜息子はオットマンという名前を知らなかったようで、「オットマン? 何する物?」「あの椅子に座って…足を乗せるためのもの」と言ったら、「本来の目的に使われておらんな」と言われ、二人で大笑いした。それだけではない。すぐそっちのルームランナー(ウォーカー)も同じ運命をたどっていた。物を掛け放題 乗 [続きを読む]
  • キリストを信じる人とキリストにある人(2)
  • キリストを信じたことは良かったのだけれど、そこからキリストにある人へ…と変えられなければならなかった・・ニコデモはユダヤ人の指導者として立派な人だったが、「…もう一度、母の胎にはいって生まれ」直すのか…と不思議がった。(以前聞いた話によると、指導者になるまでにはたくさんのことをクリアしなければならないという。) そのすべてを成し遂げ、立派な教師としてやってきたのに…、老年になった今、「新しく生まれな [続きを読む]
  • キリストにある、新しい人…
  • O.ハレスビー 「みことばの糧」より「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。」IIコリント5:17クリスチャンになるということは、想像を超えた超自然的なできごとで、三位一体の神がなしてくださる「新しく生まれる」という奇蹟にほかなりません。パウロが言っているように、神の生み出してくださった「新しく創造された者」なのです。それは、生まれつきの人間にはないもので、神を愛し、罪を憎 [続きを読む]
  • キリストを信じる人とキリストにある人(1)
  • イエス・キリストを救い主と信じて洗礼を受けたら、晴れてクリスチャンの仲間入り・・しばらく教会生活を続けるうちに 奉仕にも加わり…なんとなく、良くも悪くも先輩兄姉の言動を受け継ぐように…似てくる・・^^クリスチャンになった喜び(死後にさばきを受けない)を胸に、大小の問題にぶつかった時も「…でも私たちは救われているので…感謝ですね」と締めくくることが多い。一方で、クリスチャンとして何か役に立ちたい、福音を [続きを読む]
  • 神からでなく、人から出た信仰 (3) 終活に代えて ^^;
  • キリスト信仰の土台となる一番に大事なこととは…神から離れて生きる人間とその罪の問題であり、失われたいのちが再生されることだと思う。聖書は、神の主権とともに、神の聖さと義しさ(=神の厳しさ)そして恵み深さ…が語られている。またその聖書で、人間の堕落・罪深さは、改善の余地がないと教えられる。このことに向き合わないままクリスチャンになり、解決しないまま、「平和だ、安全だ」と平気でいられるとしたら…「人の目 [続きを読む]
  • 神からでなく、人から出た信仰 (2)
  • 神の主権について近頃よく考えさせられる。元々は、神の主権を奪い取ろうとした悪魔に人がそそのかされたことが始まり。神との関係が壊れた人間は 悪魔が支配するこの世で、罪という病を持って生きることとなった。(神はイエス・キリストによって神の権威を守られた・・)神は、何よりも 人が神を知ろうとせず、神を神としないことを怒っておられた。(生まれながら御怒りを受けるべき子らでした〜ローマ2章)神を知らないでいるとい [続きを読む]
  • 神からでなく、人から出た信仰 (1)
  • 鴨居の上に掛けてあった「神は愛である」の木彫りのみことば。ここ何年もずり落ちていたが…(見慣れると何とも思わないのが怖い) 、棒で元の位置に乗せようとして失敗した。大きな音を立てて床に落下させてしまった。幸いどちらにもキズはなくて良かった。ホコリを拭いて 椅子に乗り、ちゃんと掛けなおした。最初からこうすれば良いものを… ^^;また、裏側に書き記してあったことを見て驚いた。◯◯姉より…私の洗礼時に頂いたと思 [続きを読む]
  • (続)ちょっと暗いけど…
  • 突然消えたリビングの蛍光灯ランプ、同じ物を買って来て息子に付け替えてもらった。明っかるい!と喜んだのもつかの間、今度はカバーがなかなかハマらない。 説明の通りに…カチッというまで…回す、何度やってもうまくいかない。よくよく見ていると天井の本体もいっしょに回っていて…どうしようもない。ネットでも同じような問題の経験者が何人もおられた。おかげで構造もわかり、原因を確認できたのは良かったけれど、そこを補 [続きを読む]
  • ちょっと暗いけど…
  • 大相撲放送の終わり頃に、突然リビングの電気が消えた!他は点いているのに。えっ?…一瞬スイッチか器具が壊れたのかと思ったが、どうも電球のような気がした。安定した椅子に乗ってカバーを外そうとしたがチト届かない。私より危なっかしい夫が椅子に上がって…(落ちないように私はウエスト部分を掴み)カバーは無事に外せた。^^;大中小のリングの一部が黒ずんでいたから多分電球を換えれば良いと思うが。ただ、その電球の外し方 [続きを読む]
  • 力を抜いてもっと神に頼ろ…
  • 信仰生活四十うん年と言っても…その多くは目に見えることに頼っていたように思う。初めて行った教会の婦人集会で、聖歌519番を歌った時のことをよく思い出す。特に感情も何もないのに、どうしてか涙が…。三節目の歌詞が一番心に残った。「♪ こころみの時も病む日にも死ぬるまぎわにもそばにいまして力あるうでをわれにのべ やさしくのたもう いと安かれとああ我がためいのちをも 捨てましし友は主なる君のみ」あの時、「ああ我 [続きを読む]
  • 喉もと過ぎれば…眠ってしまう
  • 喉もと過ぎれば熱さ忘れるような信仰〜と思っていた ちょうどその時・・【「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」エフェソ5:14 パウロ書簡は、すべての信仰者に向けて書かれています。ですから、このみことばもまず信仰者に向けられています。「眠りについている者、起きよ」とパウロは信仰者に向かって呼びかける必要がありました。必要がなければこのような呼びか [続きを読む]
  • 神に生かされて生きる1日
  • 温泉一泊に出かける夫を駅まで送り、ついでに暑さの中でボウボウに伸びていた髪をカットしに美容室に寄った。待つ人がいなかったにもかかわらず、意外と待たされた。ま、いいか…今日は急ぐ用もなし。帰り道、車からふと空を見上げると、秋 (^-^)綺麗なそら色の空一面にウロコ雲が広がっていた。ウワォ・・こんなおだやかな空を見たのは久しぶり。暑くて眩しくて長らく空を見ていなかった…今日書いておきたいのは、またか!と言わ [続きを読む]
  • 神の恵みはどこまでも深い(2)
  • 神の恵みについて書きたいと思ったが、ありすぎて深すぎて…それでも今 自分の感じたことだけでも書いておこ〜大体、罪人の感覚で神を考えること自体、マチガウに違いないことがわかった。聖と義と愛の神、そして無謬であられる神。このお方を聖書から(聖霊によって)知っていく・・わからなくても仕方がないと思うけれど…せめて、語られている神のことばをそのまま信じることはできる。「…神は私たちを世界の基の置かれる前から [続きを読む]
  • 大雨一過
  • 猛暑と大雨のあと、ひんやり爽やかな朝を迎えた。嬉しすぎて…気がゆるんだのか、ちょっと疲れも感じる。突然クッションを洗おう!と思った。高価なものは一つもない。椅子用シートと背当て用、合わせて10個をとりあえず洗う・・途中で2回に分けて。だめ元で 結果どうなろうと安物は気がラク。意外にも雑草のように洗濯には強かった。^_−☆久しぶりの気持ちいい天候に幸せを感じた日。異常気象とか記録的…とばかり耳にする日々は [続きを読む]
  • 神の恵みはどこまでも深い
  • 暑くて…聖書が読めない、祈りもおろそか。(ほんとは暑さのせいではない)聖書が読めなかったり 祈れないことが続くと、なんとなく信仰がしおれそうな気がする。気合いが入っていないような… 神さまに対して〜宿題をやっていない子供みたいになる。でもこれって「おかしい…」イエス・キリストによる救い=罪赦され義とされるのは、100% 神の恵みだったはず。門柱とかもいにつけた血を見て…過ぎ越されたように・・救いは「血」に [続きを読む]
  • 主によって気づかされ 変えられる幸い
  • 階段を拭いている時 よく思い出す文章がある。今では絶版となったメーベル・フランシス著「聖霊に満たされてから」の第6章に書かれていたもので、 それを一部省略して紹介したい。(省略するのは残念だけれど…)(今から100年以上も前に来日された時代のことで、今と違ってその不便さと手間は大変なものだったと思う。)第6章【「忍耐が足りない場合には、私はどうすればよいでしょうか」〈失敗を告白して、主を求めなければなりませ [続きを読む]
  • 御霊の実は自分では見えない・・
  • 誰かが「今日は謙遜でいられた」と思った途端に謙遜でなくなると聞くが、笑い話ではない。夫に対して 受け入れられないことがいくつかあって…(前よりも減ったと思うが^^;)。以前なら癇癪を起こし、言いたいだけ発散し、柔和のカケラもなかった自分が、あまり腹を立てず、声を荒げずに聞き流せた時は 少しやさしくできて良かった…という気になる。でも、自分ではわかっている。それは表面上であって 心からのものでないことは〜心 [続きを読む]
  • 狭い道にはいのちの光がある・・
  • 今年ばかりは朝から晩まで、いのちを守るために止むを得ずクーラーのお世話になっている(リビングだけ)。温度計では ほぼ28℃を保っているが…体の表面がやたらに冷たくなることがあるので、時々32〜33度の部屋に行って温めたりする。^^;自然の28℃の中にいてもこんなに冷たくならないのに〜。やっぱり自然っていいなぁ…とは言え、ありがたくも人工の28℃の中で、あるメッセージを聞いていた。〜創世記2章で、園の中央に 神である [続きを読む]
  • いのちに至る狭い道を通って…良い実を結ぶ
  • イエス・キリストを正しく信じたので(?)、私は「狭い門」からはいったと思っていたが…、その道はさほど狭くなかった。家族の反対にあったり 一部から反感を受けはしたが、みことばの励ましや 仲間の助けによって乗り越えられた。ある時、これはどうやら滅びに至る門だった…と気づき、引き返したのだった。確かにその道は広かった・・いのちに至る狭い道は、誰かと一緒に行けない、誰とも並んでは通れない孤独な道だった。笑いな [続きを読む]
  • 御霊の実を結ぶために与えられた、新しいいのち
  • 人間(自分)中心の救いは、罪赦され、さばきを免れ、恵みと祝福を願う信仰だった。今、それがいかに身勝手なことであったかがわかってきた。先日電話で話したある人は 夫の頑固さに悩んでいる。それは何十年来 なにも変わっていない・・別の形で悩まされてきた私には よ〜くわかる。でも今の私は ちょっと視点が違うかも。(^ー゜)短いメッセージの印刷物に添え書きをつけて送った。どう書いたかあまり覚えていないが、〜クリスチャ [続きを読む]
  • ブログの旅で気づいたこと、(2)神を求める本当の目的
  • キリスト・イエスを求めて、ブログの旅は丸4年が過ぎた。この間 信仰の前進どころか、後退と墜落によって私の魂は目覚めさせられた。昔は信友と 信仰に関する話をするのが互いの喜びだった。様々な問題や悩みを分かち合い 祈り合い また神に感謝し…、私の人生のど真ん中は、そのような交わりによって支えられたことが多かったと思う。けれど今思えば…(その内容は微妙で)世の助け合いとあまり変わりないかもしれない。神への信頼 [続きを読む]
  • ブログの旅で気づいたこと、人は神を低く見積もっている
  • キリスト・イエスを求め ブログを始めてから4年が経過した。それは間違い探しの旅でもあったし、ひっくり返っては途方にくれ、助けを求め、時にはふてくされ、そこから立ち上がらせていただいた…の繰り返しだった。そんな中で、(自分はもちろんのこと)クリスチャンといっても 人はなんと神を低く見積もっていることかと気づき始めた。その反面、自分のことは高く見積もっている。神の義や聖を認めながらも、恐れるほどには神を知 [続きを読む]
  • 神を信頼するとは自分の思いを捨てることか…
  • 日々 誰かしらの救いのためにささやかながら祈る。そのうちの一人は姉で、仲は悪くないが、信仰の部分だけは…会話すらできないほど敬遠されている。もうかなり昔、思い切ってした死後の話(まずかったか?)を拒絶されて以来、信仰について話さなくなっていた。(福音は、肉の方法論で伝わるものではないが…^^;)キリスト教以外の信仰心は強い姉。比較的近くに住んでいるのに、たまにしか行き来しないが、今日は久しぶりに私から出向 [続きを読む]
  • 祈りと感謝と賛美のいけにえ(2)
  • 今朝 祈りの中で癒された人のことを感謝した。1~2年前はひどい鬱で、どうなるものか…と周囲の人も心配していた。様々な助けを受けながらも、症状は一向に良くならなかった。その後 良い治療の情報も与えられて、かすかな希望が出てきた。その時 私はうれしい思いと同時に祈っていたことがある。 「どうか イエス様によって癒してください(人がほめられるのでなく)…」ということだった。 ほぼ回復した今、確かに医療や人のおかげ [続きを読む]
  • 祈りと感謝と賛美のいけにえ(1)
  • 取り繕わずありのままに祈ることは難しい。こんな祈りはどうなんだろう?と、ついつい考えて言葉を選んでしまうこともよくある。 いくら口に出さなくても神様はすべてをお見通しだというのに…。だから できるだけ正直に祈ることで、私の心の点検をしていただきたいと思う。とにかく祈りが大事、と思う割にはまだまだ祈れていない。が…、「祈りをささげる者の数は、賛美をささげる者の数よりも多い」(スポルジョンの説教=ルカ17:1 [続きを読む]