およまる さん プロフィール

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およまるさん: ひとり灯のもとに文をひろげて
ハンドル名およまる さん
ブログタイトルひとり灯のもとに文をひろげて
ブログURLhttps://ameblo.jp/oyomaru-0826/
サイト紹介文見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。歴史好きの者が書いているブログです。
自由文どうぞよろしくお願いします♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2014/09/10 17:41

およまる さんのブログ記事

  • 二の郭虎口は見所の一つです 【駿河国・葛山城 vol.4】
  • こんにちは。こんばんは。今回は駿河国葛山城のご紹介、第4弾となります。前回はこちらから。 それでは、御城案内もいよいよ二の郭(くるわ)、一の郭へと進んでいきます。こちらの拙い鳥瞰図で、今までの巡路と現在地を。 まず、赤丸がついているところが、今回のスタート地点そして赤い矢印はこれまで通ってきた巡路になります。仙年寺(せんねんじ)から上って、堀底道を通り、二の郭の虎口に着いたという状況です。 で、こち [続きを読む]
  • いったい何本の竪堀があるのでしょうか? 【駿河国・葛山城 vol.3】
  • こんにちは。こんばんは。前回の続き、葛山城の第3弾です それでは早速。 前回の終わりでも貼りましたが、ここが堀底道のスタートです。この奥を進んでいくと、二の郭の虎口(こぐち)があります。 堀底道というのは、本来は空堀なんですが、空堀自体を道にしていたためにこのような呼び名をしています。 堀底道を進んでいくと、このように土塁がとぎれている場所があります。 案内板はないのですが、竪堀(たてぼり)の跡でし [続きを読む]
  • いよいよ葛山城攻めです! 【駿河国・葛山城 vol.2】
  • こんにちは。こんばんは今回は城レポ。葛山城(かづらやま-じょう)の第2弾になります 前回は城の立地とか歴史をサラッとお話しましたので、今回からは実際に攻めたときの写真でお話ししていこうと思います こちらは仙年寺(せんねん-じ)というお寺です。葛山城のある愛宕山のふもとにあり、お城へはこのお寺の裏手から登っていくことになります。 他に大手口といわれる上り口がありますが、こちらの仙年寺前には駐車場があり [続きを読む]
  • 大きくなって〜(>o<)
  • いよいよ気候も暖かくなってきたことだし、何か作らにゃということで、昨年の秋・冬シーズンはサボってしまいましたが、この春夏は何か作物をつくることにしました。 と、言っても知識のほとんどない者が作るので、毎度のことながらうまくいくとは限りません この春夏シーズンは、以前育てたことのあるダイコン、カブ、ナス、ピーマン、エダマメ、ラッカセイ、オクラあたりを育ててみようかなと思っております??(だいたいいつ [続きを読む]
  • 葛山氏の本城 【駿河国・葛山城 vol.1】
  • こんにちは、こんばんは 今回はこれまた久しぶりの御城ご紹介。今回から数回にわたってご紹介するのは、静岡県裾野市(すその-し)にある葛山城(かづらやま-じょう)です?? 葛山城は駿河国(するが:今の静岡県東部・中部)の国人領主(こくじん-りょうしゅ)であった葛山氏(かずらやま-し)の本拠地にある山城です。 小規模の城ながら遺構が比較的良好な状態で残されており、また近隣に葛山氏の館跡の遺構もあって、典型的な [続きを読む]
  • 平安末期きっての怪僧の誕生(後) 【文覚〔もんがく〕③】
  • みなさまこんにちはそれでは早速、前回の続きになります。いきなりここへ来られてしまった方は、チョット長いですがぜひ前編からどうぞ 盛遠(もりとお)は刑部左衛門(ぎょうぶ-ざえもん)を討つために、いよいよ館の中へと進んでいき、娘から聞いていた刑部左衛門が寝ているという建物へ向かいました。 一方、娘は酔って眠ってしまった刑部左衛門を奥の部屋に寝かせて本鳥(もとどり:髪を頭の上に集めて束ねたところ。髻)を [続きを読む]
  • 平安末期きっての怪僧の誕生(中) 【文覚〔もんがく〕②】
  • こんにちは前回の続き、中編になります。 母である尼公の急病の報せをうけて、慌てて鳥羽から三条の実家にやってきた娘でしたが、尼公がいつもいる部屋へやって来てみると、そこにはいつになく元気そうな尼公が笑みを浮かべておりました。 尼公は何がなんだかわからなさそうにしている娘に、 「さぞかし騒がれたとみえる。いや、他でもない。かつて上西門院(じょうさい-もん-いん)に仕えていた武者が、この三年ほどはこの尼に仕 [続きを読む]
  • 平安末期きっての怪僧の誕生(前) 【文覚〔もんがく〕①】
  • みなさまこんにちは いきなりですが、日本の歴史に登場する僧侶の何人かは、言い方が悪いですが、うまい具合にその時の為政者に取り入って、自分の目的を達成しようとしていく方々がおります。 私がこのブログで多く取り上げている時代、平安時代末期〜鎌倉時代初期にもこのような僧侶がおりました。その僧侶の名は文覚(もんがく)と申します。 文覚は比較的有名な僧なので、知っている方も多いかと思いますが、彼は時の為政者 [続きを読む]
  • やっとできたっ〜!!
  • こんばんはっ 2017年やり残していたことの一つが、ようやく実現しました それは「城跡か史跡の動画をYouTubeにアップする」 で、今回題材に選んだのは、あの豆州山中城。やっぱ百名城の一つですしね そしてそれがついに… …って、ここまで言っといて、そんな大した動画じゃないんです。所詮スライドショーですから…。 でも 動画をほとんど編集したことのない不肖・およまる、今回はがんばりました(自己満) って、ことで。そ [続きを読む]
  • 山木兼隆ゆかりの史跡【伊豆国・香山寺、山木兼隆館跡】
  • こんにちは。今回は先日お話しした山木兼隆さんゆかりの史跡をご案内しようと思います こちらは香山寺(こうざん-じ)というお寺の山門です。とても洋風な感じのする山門ですが、これは明治の初めころ近くにあった韮山県庁の門を移築したものなんだそうです。 ところで、「山門不幸」とありますね…。 わたしくめ、実はこの「山門不幸」の意味がわからなくて、“この山門をくぐると不幸になる”と思ってしまったんです…。だから [続きを読む]
  • 頼朝の挙兵で真っ先に討たれた武士【山木兼隆〔やまき-かねたか〕】
  • 今回は久しぶりの人物紹介今回取り上げる人物はタイトルにある通り、山木兼隆(やまき-かねたか)さんです この山木兼隆という方は、頼朝が挙兵した際に、まっ先に首を挙げられてしまった悲運の武士です。これがのちに鎌倉政権を打ち立てることになる記念すべき初戦だったということもあってか、意外とその名前が知られています(よね?)。 でも、兼隆さんはこの頼朝によって討ち取られたという情報のほかに、経歴などは断片的に [続きを読む]
  • 頼朝、安房国へ渡る【治承・寿永の乱 vol.35】
  • こんにちは。治承・寿永の乱第35弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 石橋山から箱根山中を彷徨い、なんとか箱根権現で息をつけた頼朝でしたが、いつまでもそこに長居するというわけにはいきませんでした。 この箱根権現の別当(べっとう、その寺院の最高責任者)である行実(ぎょうじつ)やその弟である永実(えいじつ)は頼朝に好意的でしたが、箱根権現の者のなかにも、平家に縁があったり、平家に遠慮したりして、頼朝の来 [続きを読む]
  • 北条時政ゆかりの寺【伊豆国・願成就院】
  • こんにちは。今回は北条時政(ほうじょう-ときまさ)ゆかりの寺である願成就院(がん-じょうじゅ-いん)のご紹介です では、さっそく 願成就院門前です。やはり伊豆国屈指の名刹だけあって、しっかりした佇まいをしていますね。 この願成就院は、縁起によれば、北条時政が文治5年(1189年)の奥州征伐に際して、戦勝を祈願するために建立したお寺で、その後鎌倉政権第2代執権(しっけん)・北条義時(ほうじょう-よしとき、時政 [続きを読む]
  • 史跡散策ルート案内【伊豆国・守山周辺】
  • こちらは以前紹介させていただいた史跡を訪れた際に、私が通った散策ルートを案内したものです。史跡を訪れる際、少しでも参考になればうれしいです 今回は以前紹介した【守山八幡宮】【真珠院】【北条氏邸・円成寺跡】【伝・堀越御所跡】【北条政子産湯の井戸】【願成就院・信光寺】の散策ルートです では、まずは鉄道から。これら史跡の最寄り駅は、伊豆箱根鉄道駿豆線の伊豆長岡駅になります(韮山駅からも近いです)。 ちょっ [続きを読む]
  • 衣笠城攻防戦(後)【治承・寿永の乱 vol.34】
  • こんにちは。治承・寿永の乱第34弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 衣笠城攻防戦は、畠山勢2000余騎の軍勢に対して、城方、三浦の軍勢は400余騎という兵力差で戦われましたが、三浦勢は自らの奮戦と衣笠城の防御力のおかげもあって、少数ながら何とか持ちこたえていました。 しかし、夕刻になると次第に疲労の色が濃くなり、三浦勢の総帥である三浦義明(みうら-よしあき)も開戦当初は老体に鞭打ちながらも意気揚々と戦場 [続きを読む]
  • 衣笠城攻防戦(前)【治承・寿永の乱 vol.33】
  • こんにちは。治承・寿永の乱第33弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 由比ガ浜の戦いで思わぬ敗北を喫してしまった畠山重忠(はたけやま-しげただ)は、どうにも悔しかったと見えて、軍勢を立て直し、再度三浦へ襲い掛かりました。 ですが、今度の畠山勢は由比ガ浜で戦った時と様子が違います。なんと重忠は、一族の秩父党(ちちぶ-とう)や他の武蔵の武士にも応援を呼びかけて、たちまち大軍勢を催したのです。 秩父党であ [続きを読む]
  • 北条政子生誕の地【伊豆国・政子産湯の井戸】
  • こんにちは。今回の史跡紹介は、史跡と言っていいのかわかりませんが、北条政子産湯の井戸です やっぱ伊豆国の北条の里を紹介している以上、この方、北条政子さまにちなんだ場所も紹介せねばということで、取り上げた次第です。 場所は前回ご紹介した伝・堀越御所跡のすぐ近く、目と鼻の前にあります。 では早速 はい。こちらがその井戸でございます。こういう穴があると覗きたくなるのは人間の性。(およまるだけ?) すかさ [続きを読む]
  • ほんとに戦国時代幕開けの舞台?【伊豆国・伝 堀越御所跡】
  • こんにちは。今回ご紹介する史跡は伊豆国の伝・堀越御所跡です こちらの堀越御所跡も北条氏邸跡と同じく、今は何もない単なる原っぱとなっており、見るべきものは特にないといった状況ですが、ここも一つの時代の幕開けを告げる象徴的な事件が起こった場所だけに、重要な史跡の一つです(これでも国指定史跡なんですよ〜) 例によって今回も航空写真で、伝・堀越御所の場所を。●印のとこです。 堀越御所は守山の北側に位置し、 [続きを読む]
  • 鎌倉北条氏の本拠地【伊豆国・北条氏邸跡(円成寺跡)】
  • こんにちは。今回は伊豆国の史跡巡り第3弾。 守山八幡宮、真珠院と続いて今回ご紹介するのは、静岡県伊豆の国市にある、あの鎌倉北条氏の本拠地・北条氏邸跡です と言っても、今回ご紹介する史跡は正直つまらないかもです。なぜなら、もはやほとんど何も残っていないからです もちろんその場所からは貴重な文化財なども発掘されて、れっきとした史跡であることには間違いないのですが・・・訪れたところで何も見ることができな [続きを読む]
  • 由比ガ浜の戦い【治承・寿永の乱 vol.32】
  • 治承・寿永の乱第32弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 大庭に味方する畠山重忠(はたけやま-しげただ)は、頼朝に味方した三浦勢を追って由比ガ浜(ゆい-が-はま)あたりで追いつきましたが、畠山と三浦は親戚同士ということもあって、三浦の将・和田義盛(わだ-よしもり)と話し合い、戦はしないということで合意したはずでした。 ところが、ここで思わぬ事態が起ってしまいます。 別働として鎌倉の杉本(椙本)あたり [続きを読む]
  • 石橋山に間に合わなかった三浦党【治承・寿永の乱 vol.31】
  • 治承・寿永の乱第31弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 石橋山で敗北を喫してしまった頼朝勢ですが、この人たちと挟み撃ちができていたら戦況はもう少し変わったものになったでしょう。今回はその人たちのお話。その人たちとは相模国有力武士団の一つ、三浦党(みうら-とう)の人々です。 伊豆国から西相模に進出した頼朝に呼応して、大庭景親(おおば-かげちか)を挟撃するべく自軍も西相模へ進軍していた三浦党でしたが [続きを読む]
  • 八重姫を静かに供養する寺 【伊豆国・真珠院】
  • こんにちは。今回は伊豆国にある真珠院というお寺のご紹介です。 このお寺は、タイトルにある通り、悲恋の末、無念の死を遂げた姫君である八重姫を供養しているお寺です。 八重姫の話はチョット後にして、まずは真珠院の境内の写真から。 地方によくある小さなお寺という感じではありますが、境内はとても静かで、きれいに手入れが行き届いている清々しい感じがするお寺でした この写真の右側に写っている御堂が、冒頭でお話しし [続きを読む]
  • 旗挙げの地にある八幡さま【伊豆国・守山八幡宮】
  • こんにちは。 10月に入り、暑さも和らいでだいぶ秋の気配が漂ってきた今日この頃、みなさまはいかがお過ごしでしょうか さて、今回は秋のお出かけシーズン到来ということで、こちらの史跡をご紹介したいと思います伊豆国にある守山八幡宮です。 守山八幡宮?なにそのマイナー感たっぷりな神社は。 なんて思っちゃいけません。この神社はあの源頼朝が挙兵した地にある八幡宮で、頼朝が挙兵したときにもあったとされる神社です。 [続きを読む]
  • 8月の終わりに
  • およまるが日課としている夜ウォーキング。 夜とはいえ、蒸し暑い空気の中でのウォーキング。 特にこの8月は心地良いなんて言えるような、決して歩きやすい環境ではありませんでした。 湿度が高いせいもあって、少し歩く速度を上げるとすぐに額から背中からあちこちから汗が吹き出し、気がつけばもう全身ビショビショです ところが昨日あたりから様子が変わってきました。 これまでは、夜にもかかわらず、公園の照明で昼と勘違 [続きを読む]