山に越して さん プロフィール

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山に越してさん: 山に越して
ハンドル名山に越して さん
ブログタイトル山に越して
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tckk58sso
サイト紹介文日々の生活の記録
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2014/10/01 09:42

山に越して さんのブログ記事

  • 鷺草(さぎそう) 16-14
  •  十四 裕二は図書室にいた。読書することの楽しみを少しずつ身体で感じ始めていた。土曜日や日曜日、独居にいるとき、読書することで自分自身を変えようとしていた。「裕二、腕章の色が変わったな」 と、齋藤が言った。「お前もな」「このまま行けば年度内に出られるかも知れない」「そう言う訳にはいかないだろう」「さにあらずだ」「退院出来れば良いが!」「二段階特進がある」「どう言うことだ」「成績が良ければ今年中に [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-13
  •  十三 毎日が淡々と過ぎていた。無為な時間は生きることを放擲して惰性に身を委ねる。少年院の生活は若者たちに生きる力を、希望を与えるものではなく、心を、人間性を蝕んでいた。しかし裕二や齊藤光男にとって自問することで微かに保っている。「一日が意味を持っていない」 と、図書室の片隅で齊藤光男が言った。「そう思う」「独房の壁に触れていると過ぎ去った俺の日常が見えてくる。社会的な生活をする為には共通する知 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-12
  •  十二 天気の良い日だった。午後のラジオ体操が終わり、裕二は一人ベンチに掛けジーッと塀を見ていた。入院後一ヶ月半過ぎていたが、裕二は努めて一人で居るように心掛けていた。話をしないことで自分自身に耐えていたのではなく、一人黙々と作業することや、瞑想することで正確に物事を捉えようとしていた。また、独居での生活に順応しながらも、一つ一つの事柄を正確に記憶して置くことが、裕二にとって院内に於ける唯一の抵 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-11
  •  十一 N中等少年院に入院してから二週間が過ぎていた。正美のこと、家族のこと、学校のことなど考えることが次から次へと浮かんできた。不安であった。不安であったが静かに考えて行こうと思った。 その頃の裕二は少年院での日常が分かり掛けてきた。六時半の起床、居室の清掃及び整頓、七時の点検、七時半の朝食、八時半の出房、十一時半までの教育、十二時の昼食、休憩、体操、レクレーション、そして還房は午後三時、夕食 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-10
  •   十 裕二が逮捕されてから正美は不安定な日々を送っていた。両親との軋轢、また、父親から殴られ酷く罵られた。母親は正美を庇っていたが、父親はそんな母も罵っていた。弟や妹も不安な眼差しで姉を見ていた。 夏休み中は外出することもなく過ぎて行った。そして、二学期が始まり一週間が過ぎた。G警察署で事情聴取を受けていたことを学校側は知っていて、登校初日校長室に呼び出された。校長室には教頭、学年主任も立ち会 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-9
  •   九 N中等少年院は関東地方の南西部多摩丘陵地帯の一角にあった。周囲は閑静な住宅地に囲まれ、未だ開発が進んでいない山林地帯が拡がり、小高い丘の上からはS市の全景が見渡せた。しかし少年院の周囲は、高さ四メートルの剥き出しのコンクリート塀に囲まれ、内部の所々は有刺鉄線が張られ物々しさが感じられた。N中等少年院は、収容人員二〇〇名、職員数七十名で管理運営されていた。正面玄関に管理棟、その奥に独居棟が [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-8
  •   八 裕二は一週間の間受験勉強に取り組んでいた。国立大学を目指していたが、受験科目が同じと言うことで教育学部だけではなく、もう少し考えてみることにした。それに、難しいことは分かっていたが、家から通学するのではなく自分だけの生活をしたい欲求もあった。夕飯のとき父親に相談した。「話があるけれど・・・」「大学のことか?」 父親は最近の様子を母から聞いていたのだろう、そんな風に応えた。「大学を変えたい [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-7
  •   七 正美は夏期練習の為朝早くから登校していた。昼迄練習があり、帰宅後は昼食の支度、掃除、時間があれば読書をしていた。また夕方になると買い物に行き夕食の準備に追われた。家事をしていても苦痛に思ったことはなく、時間に追われる生活だったが心のなかには余裕があった。それも正美の性格だったのかも知れない。 二階のベランダから涼しい風が流れ込んでいた。『・・・夏休みが終われば高校生活も丁度半分終わる。来 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-6
  •   六 裕二の内面は変容しつつあった。青春時代にとって自我の確立は必要不可欠のことである。自分と言うものを確立することで、人間として確かなものを見出して行く。受験に合格しても失敗しても、しっかりとした意識がなければ結果的に生きることの前提を失う。裕二は自分の中に何があるのか知りたかった。「裕二」 母親が階下から声を掛けた。「何か用?」「御飯だから下りていらっしゃい」 今夜も二人だけの夕食だった。 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-5
  •   五 裕二は正美と別れてから近くの店でパンを買い、公園で食べ終わると再び図書館に戻った。焦燥感を感じていた。今やらなければならないことが沢山あるように思った。背表紙を見つめ、其処に自分自身を置いてみた。何故生きているのか、何故高校生なのか、これから何をするのか、何を求めているのか知りたかった。その日、裕二は夕方まで図書館にいた。何冊かの本を手に取り、ぱらぱらと捲っては文字を追っていた。 家に [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-4
  •   四 弟、妹は食後直ぐ出掛け、正美は食後の片付け終えるとベッドに横になり読みかけの本を開いた。しかし本の中に入って行くことが出来なく、今別れてきたばかりの裕二のことを考えていた。『・・・裕二に会うことが出来た。私のなかで裕二との出会いを摂理ではないかと感じるときがある。あの日、私を引っ張って行く手の力に、私の全てを吸収してしまうものを感じていた・・・私が虐められていたところを遠くで見ていた人が [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-3
  •   三 その日、裕二は九時近くになって帰宅した。そして、「ただいま」と言うなり母や父にも会わず玄関から二階に上った。顔や腹を殴られ痛みは残っていたが出血はなかった。ワイシャツは破れていたがズボンは大丈夫だった。二階から、「お母さん、飯は友達と食ってきたから風呂だけ入る。空いたら呼んで」と言って、部屋の戸を閉めた。『・・・自転車で突っ込んだから相手は怪我をしたのかも知れない。しかし上手く逃げること [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-2
  •   二 もう一人の主人公田中正美の通う都立商業高校は、裕二の通っている私立校より三キロほど東に位置していた。東京の郊外で、広葉樹が多く残っている街並みと、家々の庭先には、柿木やカリンなど実の生る木々が植えられ穏やかな風情を見せている。その日、クラブ活動が七時過ぎに終わり正美は帰宅の道を急いでいた。母親は仕事で遅くなると分かっていたので、早く帰って夕飯の支度をする予定だった。 都立商業高校は女子生 [続きを読む]
  • 鷺草(さぎそう) 16-1
  •   一 学期末試験も終わり山下裕二は高校生最後の夏休みを迎えようとしていた。一年生の時から常に学年上位の成績を修め、今回もある程度の成績が取れたことで、このまま行けば来春公立大学が受かるだろうと確信していた。また、兄は地元の公立大学工学部の三年生で、自分も同じ大学の教育学部に進学する積もりでいた。将来は学校の教員となるか、公務員として働くことを希望し、遊びたい年頃だったが、机に向かうことは嫌いで [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-12
  • 十二  春が終わり、夏、秋と過ぎて行った。一週間ほど前からガリガリ、ガリガリとモーター音が酷くなっていた。そして、後ろ足は腐りひっくり返りそうだった。最早寿命を延ばす修理より廃棄処分が似合うことだろう。 傾き掛けた後ろに松の姿が見えた。その度に、松は悲しそうに俺を見つめていた。今日で終わりなるかも知れないと思いながら、それでも三度目の冬を迎えようとしている。しかし、この寒さと [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-11
  • 十一  いつの間にか厳しい寒さも終わり桜の花の便りが聞こえてきた。出会いと別れの季節であり、始まりと終わりの季節でもある。人生の節目が、どの方向に向いたのか理解出来る顔付きを誰も彼もしている。しかし顔付きは一寸したことで変わり、人間には持続的な思念を持つことなどなかなか出来ないようである。 一週間ほどして道の反対側にある桜の木が満開になった。しかし一本だけ咲き乱れても、誰も足を止め眺め [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-10
  •  十 その日は珍しく朝から晴れ渡った日だった。そんな気持ちの良い朝とは関係が無く、前日の夜通り掛かった男は、車を降りるなりドライバーでガリガリと俺を刻み始めた。何をしているのか分からなかったが小銭泥棒ではなかった。人間は自分でも理解出来ないことを突如としてやることがある。そして、男は意味もなく「ワーッ」と叫ぶと行ってしまった。 能登の海は蟹の最盛期になったのか、厳しい寒さにも関わらず観光バスや [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-9
  •  九  能登の海は西高東低の気圧配置が続き、本格的な雪が、前日の昼過ぎから降り始め時々晴れ間を見せながらも降り続いた。一旦降り始めた雪は数日止むことはなく、除雪車が朝夕に国道を除雪していたが後から後から直ぐ白く積もっていた。これから三月まで、雪は消えることなく生活環境を少なからず変えて行く。その雪も駐車場に三十センチ近く積もっていた。 除雪車の運転手は俺の近くに車を停め朝夕温かいコーヒ [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-8
  •  八 温かい飲み物と冷たい飲み物と半々だったが、今では温かい物に半分以上入れ替えられている。身体の中は寒暖同居だが、自動販売機の分際では何も言えない。 十二月に入り林間を抜けてくる風は一日中唸っていた。風も凍ってしまいそうな日、車を駐車場の片隅に停めた男は風に逆らうように近付いてきた。「寒いな・・・。俺の生きる感覚を奪ってしまいそうな寒さだ。結果的に、東京に戻ろうとしたが出来なかった。何故、氷見 [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-7
  •  七  冬になる前の海は穏やかな姿を見せ冷たく厳しい冬を予感させていた。そして、波音さえ立てない海の静寂は、何処か人の心を放心させるような寂しさがある。そんな静かな風景とは関係なく、これまで静かだったモーター音が時々ガタガタいう音を聞いていると、来年の秋まで生き延びられるのか心配だった。 観光客もめっきり少なくなった日の午後、地元の人間だろうか、薄汚れた車から中年の男が降りてきた。男はポケットの [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-6
  •  六 晩秋は海の色も群青に冴え、遠く西南には北アルプスの頂が雪を被った姿を見せ始める。日中の暖かさが嘘のように感じられ、寒暖の差が激しい季節になり、それに連れ観光客の数も少なくなったのか、俺の売上高も随分と落ちてきたようだ。一生懸命冷やさなくても良い季節の為か、モーター音も静かで後数年は生き延びられるように感じた。 氷見港は漁獲高の一番上がる季節である。これから冬に掛けて鰤(ぶり)、タラバガニ、鮟 [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-5
  •  五  能登の夏は足早に通り過ぎ涼しい海風が吹き始め秋も深まってきた。その日も朝から晴れ渡り、過ぎた夏を惜しむかのような日和だった。俺は心地良い風と静かに回るモーター音に少しだけ仕合わせを感じていた。 午後になると中型のマイクロバスが海を背に停まった。中から十人ほど中年の男女が降りてきた。中小企業の慰安旅行らしき人達である。それにしても溌剌とした若い人はいなかった。中年男女の集まりは何処となし [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-4
  •  四 陽射しは短くなり、海の色は深い碧色に変わり能登にも秋が来ようとしていた。平日の為か交通量も少なく暇な日だった。そんな穏やかな日の午後、未だ若い二人連れが俺の直ぐ近くに流行の四輪駆動車を停めた。海辺に車ごと下りようとしていたが段差がある為に諦めたようである。「糞野郎!」 と、車から飛び降りるなり男が言った。「別なところ見つければ・・・」 と、女が言った。 四輪駆動車に乗ると海岸や山道を走り [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-3
  •  三 その日は朝からモーターの唸り音が高く振動も激しかった。俺はこのまま分解するのではないかと不安に思った。暑さに負けまいとしてフル回転である。昼近く、何時ものように業者がやってきてジュース類を詰め込んだ。「嫌にガタガタするな」と、言うなり足蹴にされた。その一撃で唸り音は前より静かになった。「お前には油より蹴りが良いか」と、男は捨て台詞を残して帰った。 暫くすると氷見市の方角からリュックサックを背 [続きを読む]
  • 通り過ぎた海辺 12-2
  •  二 八月に入り夏の暑さが続いていた。午前中は海から吹く北東の風により過ごし易かったが、午後は風も止み正面から灼かれた。しかし俺のモーターは快調に回り、快い響き音を保ち、この分では直ぐ壊れることも無いだろうと思った。 昼時二、三台の車が停まっただけで、炎天下出歩く人の数は疎らである。そんな最中の午後のことだった。初老の夫婦らしき二人が車から下りてきた。「爽やかなこと!」 妻らしき女が言った。加齢 [続きを読む]