唯我独尊 さん プロフィール

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唯我独尊さん: 昭和・私の記憶
ハンドル名唯我独尊 さん
ブログタイトル昭和・私の記憶
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/hanada1954
サイト紹介文私の「昭和」の記憶です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2014/10/02 16:16

唯我独尊 さんのブログ記事

  • 敗戦の日
  • 昭和20年8月15日アメリカに降伏した日である朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク                                                ココニ  ナンジ朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範 [続きを読む]
  • 「こんな と、喧嘩せえ」
  •                                                                 三ノ瀬小学校  1971年よそ者「三ノ瀬の学校、いい学校、中を見ると、ボロ学校」私が母の実家のある、「向」 に言った時こうして からかわれた ものである隣村・地蔵の子 が我村に居るのを発見した時吾々子供は一斉に連呼した「ジゾウの芋食い」 ・・と文句は口コミで覚える・・・不 [続きを読む]
  • 青雲の涯 遙かなる想い
  • 今年こそは単身、東京へ行こう2月26日に、渋谷の二・二六事件慰霊像に、行こうと、そう決心していた「東京に行くの、やめとけョ、ゴルフしようャ、ミニコース行こう」私の決心簡単に緩むそして大土の希望通り花園のミニコースへ行くことになったそして同窓仲間の梶と、梶の友人の4人でプレイを楽しんだのである昭和58年(1983年)2月26日(土)の事であるJR徳庵駅の踏切「(カジュアルで)エエ、ジャンパー着とるなァ」私 [続きを読む]
  • おんな せんせい
  • 昭和38年(1963年)に大阪に移住したその頃は未だ、国全体 貧しい時代でもあったが 都会・大阪と広島の田舎とでは、その生活格差は大きかった幼年時代に気にも掛けなかった日常生活そのものが 貧しいと思い知らされ 私は劣等感を持ってしまった・大阪での暮らしにも馴染んできた昭和41年(1966年)、小学6年生児童生徒の家庭調査があったおんなせんせい の 質問に 吾々が席を立って答え、先生が員数を数えた「居住している家 [続きを読む]
  • 青 い 鳥
  • 青い鳥を見つけたよ 美しい島で幸福はこぶ 小さな鳥をだけど君は あの空へ飛んで行くんだろうぼくがこんなに 愛していても小さな幸福を ぼくの手に乗せたのに青い鳥 青い鳥 行かないで君がそばにいるだけで ぼくは嬉しいのさそのまま ぼくを見つめておくれ ザ・タイガースの歌う「青い鳥」  ・・・流行っていた昭和43年(1968年)の秋、放課后、教室の掃除中の事掃除がほとんど終わりかけた頃教室の後部に5、6人 [続きを読む]
  • 9 昭和・私の記憶 番外
  • 番外昭和・私の記憶の中(うち)、カテゴリー1〜9を跨ぐもの、平成のもの、カテゴリー1〜9に納まらなきもの・・番外とした目次 すると頁が開く一カテゴリー1〜9を跨ぐもの一の1蛙の子は蛙祖父の家に額入りの住宅透視図が、掛けられていた「設計士」 を、めざしていた伯父が、描いたものだ海軍予科練の伯父は 村の秀才であったと謂う絵を画くことの好きだった 5歳の私その透視図に 仄かなロマンを感じたのである「設計 [続きを読む]
  • 1 想い出る故郷 〜昭和37年(1962年)
  • 想い出る故郷昭和29年(1954年)〜昭和37年(1962年)・小学二年生迄広島県安芸郡下蒲刈町(現呉市)三ノ瀬で過ごした幼年期の日々を物語る目次 すると頁が開く一昭和35年(1960年)・〜6才下島小学校のブランコ 母と二人して 父の帰りを待つ・・・下島小学校のブランコで母と二人父の帰りを待つもうすぐ  日が暮れる・・のにムカデの話し「スワッ、大変」・・と10才年上の叔父が真夜中 榊谷まで走った 深夜の事、開いている [続きを読む]
  • 6 バブルの頃 昭和62年(1986年)〜昭和64年(1988年)
  • バブルの頃昭和62年(1986年)〜昭和64年(1988年)好景気に沸く日本、会社からのプレゼントによる海外旅行での想い出を物語る    目次 すると頁が開く一の1昭和62年(1986年)どうか、通してくだしゃんせ「abc、de、ECC・・・?」女性の入国管理官が、私に何か云っている何を言っているのか、てんで、解らない「Q、Q、Q、・・・・」・・何がなんだか分らない私は、焦った「どうしやふ・・・」一の2コレクトコール プ [続きを読む]
  • 7 大阪ヒーロー 
  • 大阪ヒーロー      漫才、落語、新喜劇の革命児達、我がヒーローを物語る 目次 すると頁が開く一笑いたいのをこらえたのに昭和38年(1963年)大阪に引越してきて、テレビで初めて「漫才」を知った漫才、落語、漫談、浪曲、講談、新喜劇・・8歳の少年の私これを、「おもしろい」と思ったこういう芸能文化の在る大阪が、とてつもなく大都会に想えたのである少年は感動したのである二「おかあちゃん、この漫才おもしろい [続きを読む]
  • 4 力みちてり 昭和45年(1970年)〜昭和47年(1972年)
  • 力みちてり昭和45年(1970年)4月〜昭和48年(1973年)3月高校学徒の時代を物語るEXSPO70 大阪万国博覧会各国のパビリオン も 太陽の塔 もどれもみな、素晴らしく国の勢い を 肌で感じた人出も多く、誰も皆、活気に満ちた顔をしていた目次 すると頁が開く一昭和45年(1970年)4月〜昭和46年(1971年)3月・高校一年生・16才一の1天六ガス爆発事故 その瞬間(トキ)昭和45年(1970年) 4月8日(水) 午後5時45分「ドーン」「な [続きを読む]
  • 5 青春のひとこま 昭和48年(1973年)〜昭和58年(1983年)
  • 青春のひとこま昭和48(1973年)年4月〜昭和59(1984年)年4月社会人に成ってから妻帯までを物語る 1975.06.08 大阪城公園で投球練習をする20歳の私目次 すると頁が開く一 赤崎建築事務所時代 昭和48(1973年)年3月〜昭和54(1979年)年5月VAN は、憧れであった高校生の頃(1970年〜1972年)、VAN が 流行った親父に、「学生服がある!」と、ファッションには縁のなかった私クラスメイトのアイビールックが羨ましかった   [続きを読む]
  • 3 青い鳥 昭和42年(1967年)〜昭和44年(1969年)
  • 青い鳥昭和42年(1967年)〜昭和44年(1969年)中学生時代を物語る               淀川中学2年4組 男女共々 各々 それぞれに とにかく 仲の良かった クラス であった目次 すると頁が開く一昭和42年(1967年)4月〜昭和43年(1968年)3月・中学一年生・13才あしたのジョー ・・・時代の記憶が定かでないファイティング原田を代表とする、フライ、バンタム級の軽量級しか知らなかった私ヘビー級ボクシ [続きを読む]
  • 2 男前少年 昭和38年(1963年)〜昭和41年(1967年)
  • 男前少年昭和38年(1963年)4月〜昭和42年(1967年)3月小学生の頃・男前少年を物語る昭和41年(1966年)秋の大運動会・衆目の中 優勝旗を受ける私・・・卒業アルバムからこの後、傍に付添う 6年6組の鈴木(おんな)先生「泣いているの?」・・そう言ったなんで泣くものか私は額の汗を拭っただけである目次 すると頁が開く一 昭和38年(1963年)4月〜昭和39年(1964年)3月・小学三年生・9才びっくりしたなぁもう !!「都会のもん  [続きを読む]
  • 5 右翼青年 昭和49年(1974年)〜
  • 右翼青年昭和49年(1974年)〜己が心懐の日本人たるDNAを物語る目次 すると頁が開く一私の DNA1970年代「本を読む」・・は、ステータスであった頃通勤の車内で以て、文庫本を読むのも、日常の事であった吊皮片手に本を読んでいる者も当りまえの如く居た「なにも、この朝の忙しい時に・・・」・十九歳の私「文学少女には成れない」 と、諦めた中学以来「本を読む」 に、縁遠い存在であった・昭和49年(1974年) 年頭会 [続きを読む]
  • 10 昭和の聖代
  • 昭和の聖代昭和天皇の人間宣言までを、此処では謂う・吾が心懐の修身昭和39年(1964年)、私が小学校4年生(10才)の頃のこと「今の子供は修身を習わにゃいけん」 親父がそう呟いた昭和一けた生まれの両親、小学校で修身を習った・・と、自慢げに話して聞かすのである「修身・・・ふーん、」 と、私は何かしらん 特別な感慨を懐いたそれは、吾両親の時代への 憧憬の心 だった以来、『修身』 は、今も尚、私の心懐にありつづける二十 [続きを読む]
  • 万斛の恨み
  • 画像は第3回大阪大空襲 昭和20年(1945年)6月7日 都島区高倉町鐘紡淀川工場附近      大阪大空襲8回を数えた昭和20年(1945年)3月13日〜14日 ・・第1回昭和20年(1945年)6月 1日・・第2回昭和20年(1945年)6月 7日・・第3回昭和20年(1945年)6月15日・・第4回昭和20年(1945年)6月26日・・第5 [続きを読む]
  • 8 大和撫子
  • 大和撫子                                  映画・野菊の如き君なりき・・・民子目次 すると頁が開く一大和撫子 は 日本女性の鑑凜としていて、清楚慎まやかで一歩己の身を引いて男を立て、男に尽す甲斐甲斐しい女性を謂う男児は、大和魂女は、大和撫子5,6歳の頃 大人達から、そう聞かされた私の親の時代の、理想像である二おさげ の女性映画「美しい十代」の女優・西尾三枝子昭和30 [続きを読む]
  • 妻と共に消え去った、幼き命がいとおしい
  • 冷え十二月の風の吹き荒む日荒川の河原の露と消し命母と共に 殉国の血に燃ゆる父の意志に添って 一足先に父と殉じた哀れにも悲しい然も 笑っている如く喜んで母と共に 消え去った幼い命がいとおしい父も近く御前達の後を追って行けることだろう厭がらずに今度は父の膝に懐でだっことて寝んねしようね千恵子ちゃんが泣いたらよく御守しなさいでは暫らく左様なら父ちゃんは戦地で立派な手柄をたてゝ御土産にして参りますでは一子ちゃ [続きを読む]
  • 鉄腕アトム
  • 空をこえて ラララ 星のかなたゆくぞアトム ジエットの限り心やさし ラララ 科学の子十万馬力だ 鉄腕アトム・・テレビアニメ 「鉄腕アトム」の主題歌である午後6時15分から始ったちょうど、夕食時であるあつーい !然し我家には、扇風機は無かった・昭和39年(1964年) 10才 小学校4年生の夏休み夏場の涼を得る唯一の手段と謂えば うちわ「扇風機の風は体に悪い」「うちわ が 一番ええんじゃ」と、親父上半身裸、サルマ [続きを読む]
  • 爆弾池
  • 「爆弾池で魚が捕れる」7歳年長の大家の倅・ボン・・・から そう、聞かされた大阪に引っ越して来た年昭和38年(1963年)のことである← 昭和38年当時町内で必ず見かけた防火用水・彼は、防火用水として使われていたコンクリート製の水槽で小魚を飼っていた其処には私の知らない川魚が泳いでいたのである昭和23年(1948年)の大阪市都島区・毛馬〜旭区・城北公園付近の航空写真である「爆弾池」 とは、太平洋戦争時昭和20年 [続きを読む]
  • 親父の心意気
  • 義理と人情を計りに掛けりゃ義理が重たい男の世界幼なじみの観音様にゃ俺の心は お見通し背中で吠えてる唐獅子牡丹 高倉健主演、昭和残侠伝 昭和40年(1965年)公開の映画である 花田秀次郎役の唐獅子牡丹は昭和41年(1966年)の映画 鶴田浩二、北島三郎、里見龍太郎の兄弟仁義 藤純子の緋牡丹博徒 ・・・と、親父達の好んだ 東映任侠映画全盛の頃の映画である昭和39年か40年か、41年(1966年)ではないのは確かなので此処 [続きを読む]
  • 大阪名物パチパチパンチ
  • 大阪名物パチパチパンチ                                           ドヤ、ドャ、ドヤーーーーご存知吉本新喜劇脇役・島木譲二の最大のギャグである  ポコポコヘッドに、カンカンヘッドは男のロマン困った困ったこまどり姉妹、しまったしまった島倉千代子・・・・・・等々のギャグを持つ強面のキャラクターが、一転愛嬌たっぷり変貌するところが可笑しかった私の知るところ、異色な [続きを読む]
  • 林間学校
  • サラスポンダ サラスポンダ サラスポンダ レッセッセインゴニヤマ ゴニャマ勿論のこと、意味など知る由もないキャンプソング 「サラスポンダ」・・焚火を囲んで歌った他に「遠き山に日は落ちて」、「静かな湖畔」、「口笛ふいて」・・と、記憶に残っている小学校の頃、林間学校や臨海学校で、きまって唄ったものだ昭和40年(1965年)7月小学校五年生の吾々林間学校として高野山へビニール袋になった野球帽朝食に、梅干しを食べた乗 [続きを読む]
  • 帰り途は遠かった
  • 人生、何度か転機が有ると謂う心機一転再スタート新たなるロマンを求めんと新天地・設計事務所ジェネラルドラフティングに入社した25歳、昭和54年(1979年)10月22日(月)のことである・ 木曽駒ヶ岳でテニス「テニスしに木曽駒へ行く」との、所長先生の大号令が下達された然し、1泊素泊まり1日のスケジュールとは、如何にも せん無いものと11月13日(土)、半ドンの仕事を終え、4台の車で出発した往路途中で夕食を済ませ、宿へ乗込ん [続きを読む]
  • 「ママ、可哀そう」
  • ♪壁に描いた いたずら書き あいあい傘の  下に並ぶ金釘文字 二人の名前・・・♪ ・・・石川さゆりのあいあい傘私は、アカペラで唄ってみせた                朋友・長野宅で                山口百恵の壁紙に、                あいつ、百恵フアンだったのか・・・石川さゆり 森昌子、山口百恵、桜田淳子、 三人娘が花盛りの頃 次点アイドルゆえに、 冷や飯を食ってい [続きを読む]