言葉の救はれ??時代と文學 さん プロフィール

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言葉の救はれ??時代と文學さん: 言葉の救はれ??時代と文學
ハンドル名言葉の救はれ??時代と文學 さん
ブログタイトル言葉の救はれ??時代と文學
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/logos6516
サイト紹介文言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。
自由文日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供90回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2014/10/06 21:46

言葉の救はれ??時代と文學 さんのブログ記事

  • 戦争を「太平洋戦争」だけで語るな。
  •  昨日、テレビを見てゐて、ヤフージャパンが戦争についての取り組みをしてゐることを知つた。 元NHKのディレクターだつた人を招き、戦争の記憶を未来に残すといふプロジェクトを始めた。昨日のテレビでは、高校生数人がヤフー本社を訪れ、くだんのディレクターが展示物を案内するシーンが流れた。高校生は制服、ディレクターはラフな格好である。そして、次のシーンでは、戦争体験者にインタヴューに行くそのディレクターと同 [続きを読む]
  • 『学校は何をするところか?』を読む
  • 学校は、何をするところか?苫野 一徳,菊池 省三中村堂「学校は何をするところか?」といふ問ひだけは共有できたが、結論には共感が出来するところなかつた。 苫野一徳氏はこれまでにも何冊か読んでゐるので結論は分かりやすい。氏の教育目標は生徒自身の相互承認による共通了解の達成である。承認といふ言葉が今回は非常に具体的に説明されてゐたので、それは勉強になつた。褒める、称賛するから、存在だけは認めるまでが承認 [続きを読む]
  • 小村寿太郎と明治の精神
  • 宮崎県の日南市に小村寿太郎記念館がある。先日そこを訪ねた。20年ほど前に生徒の引率で来たことがあるが、引率であるからゆつくりと見学することができなかつたが、今回は旅行でもあるのでゆつくりと訪れた。 小村は日露戦争の処理のためにポーツマス条約締結に尽力した。日本国内は戦勝の気分に高揚してゐるから大幅な戦利を期待してゐる。しかし、実態は薄氷の勝利である。一日も早く条約を結んで戦争を終はらせたい。小村 [続きを読む]
  • 景色は変はる。
  •  視点がどこにあるのかによつて、見えてくる景色は違ふ。 そのことを東京大学教授の安藤宏氏による『「私」をつくる』によつて考へてゐる。安藤の漱石『猫』の分析は面白い。一言で言へば、斬新だ。御存じのやうに「吾輩は猫である」で始まるのだから一人称小説だが、事情により連載が長くなつたのだが、長くなるにしたがつて、猫からの視点では世間の分析やら人間観察やらを描くのに限界が来る。そこで第九章にいたつて、「読心 [続きを読む]
  • ないやうであるもの。
  •  先日、以前勤めてゐた学校の教へ子の披露宴に出かけた。すると、一つのテーブルはその卒業生たちで固められてゐた。話題は専ら高校時代の話。初めて聞く話、そして何度も聴いてゐるがいつ聴いても笑へる話、時間はあつといふ間に過ぎた。とても楽しい時間であつた。 「先生、卒業した後の俺らがそれぞれの場所で頑張つてゐる姿を見てどう思ひますか」と突然切り出した男がゐた。自分たちのことを「頑張つてゐる」と表現するのが [続きを読む]
  • 難しい、ね。
  •  読みたいと思はせる批評家がゐない。 新聞や雑誌、それからフSNSで熱心に書き続けてゐる批評家はゐるが、それらを真剣に読んでみようと思ふことはない。そもそも批評といふものを必要としてゐないのかもしれない。 こんなことを書いてしまふことは自己否定そのものであるが、フィクションでもなくエンターテイメントでもなく、分析して類推して見えなかつたことを明らかにするといふ批評の行為が成り立ちにくいのではないか、 [続きを読む]
  • 時事評論石川 平成30年7月号
  • 「時事評論石川」7月号のお知らせ。 今月号の内容は次の通り。 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。 1部200圓、年間では2000圓です。(いちばん下に、問合はせ先があります。)                     ● 暑い。外にゐても家の中にゐてももうエアコンのないところでは生活ができない。地球温暖化のせいだなどといふ説明を聞くと更に暑くなる。そんなはずはない。どうせ冬になれば今度 [続きを読む]
  • 滝川一廣氏に話を聴く。
  • 昨日は上京して精神分析医の滝川一廣氏の話を聴いた。 由紀草一先生の主催される会(しょーと・ぴーすの会)の会合である。30名ほどの会だから質問はしたい放題。4時間たつぷりと子供の精神医学について対話をした。 子供は発達し続ける。その確信に支へられてゐるから、滝川氏はどんな質問にも穏やかに噛んで含めるように話をされる。やや攻撃的な質問にも、なかには「先生の意見には同意しかねるが」といふ実践家の質問も [続きを読む]
  • 若者はなぜオウムに走つたのか
  •  先日、オウム真理教の教祖やその幹部たちの死刑が執行された。法律に反して犯罪を犯したのであるから、それに報いたまでである。私には特別な感慨はない。不潔極まりないあの風体が私には宗教家と感じさせなかつた。ぶよぶよに膨れた体躯には聖性を微塵も感じなかつた。 私には「なぜ若者はオウムに走つたのか」といふ文章がある。珍しく賞で一席を頂戴したもので(産経新聞主催「私の正論」)、それを載せておく。1996年12月11 [続きを読む]
  • ソフトファシズムだらうね。
  •  誰の言葉だつただらうか。 消費社会の人生観を善きものとして「柔らかい個人主義」と名付けた山崎正和かもしれないが、嫌煙ブームを取り上げてソフトファシズムと言つた人がゐた。 そしてその柔らかい全体主義は、もうどうしやうもないぐらゐ私たちの社会を覆つてゐる。それはソフトでももはやない。例へば、連日サッカーの話ばかり。その前は和歌山の資産家の話、その前は日大のアメフトの話、そしてその前はモリカケ問題。も [続きを読む]
  • 今日、メガネを作りました。
  •  二年ぶりにメガネを作りに行つた。日曜日といふこともあつて混んでゐて半日がかりの一大イベントとなつてしまつた。もつとあつさりと済むかと思つてゐただけに驚いた。 左目の視力がずゐぶんと落ちてゐてこれまた驚いた。右目の方が疲れてゐるからてつきり右目が悪いのかと思つてゐたら、左目だつた。考へてみれば当たり前の話。左目が悪くなつてゐるから、その分を右目がカバーするから右目が疲れる。そんな簡単な理屈も分から [続きを読む]
  • 『問い続ける教師』を読む
  • 問い続ける教師―教育の哲学×教師の哲学多賀 一郎,苫野 一徳学事出版 表題の本を読んだ。教師といふ職業は、それぞれ一家言あるものだから、なかなか互ひのことを理解しにくい。それを最近よく感じる。「おいおいどうしてそんなに自信満々に語つてしまふのか」と思ふ場面に出会ふ。特に今の職場は高学歴の方が多いので、自分なりの成功体験が自分自身を縛つてゐるだけならともかく、生徒をも束縛してゐることが多い。 しかも、 [続きを読む]
  • 書いてるソバから
  •  これからはあるくのだ (文春文庫)角田 光代文藝春秋 昨日、5冊を並行して読んでゐると書いてゐて、「小説を読んでゐないな」といふことを感じた。 最も最近読んだ小説は何だらうかと思ひ出してもなかなか思ひ出せない。井上靖の『傾ける海』を読みたくて机の横の積読コーナーには置いてゐるけれども。 ただ今日になつて一編、角田光代の「まなちゃんの道」を読んだ。教科書に全文収録されてゐて、ふと読んだからだ。小学生 [続きを読む]
  • 5冊並行読書
  • 冒険者たち――ガンバと十五ひきの仲間薮内 正幸岩波書店問い続ける教師―教育の哲学×教師の哲学多賀 一郎,苫野 一徳学事出版 私の読書法を書いてみる。 朝出勤前に、「その本」を5頁読むことにしてゐる。この時間は私にとつてとても大事な時間で、これはもう30年ほど続けてゐる習慣である。 鞄に2冊。軽い本と重い本。今は、『問い続ける教師』(多賀一郎・苫野一徳/学事出版)と『「私」をつくる』(安藤宏/岩波新書) [続きを読む]
  • 基督教会と共産党
  • 1949年に大阪の中ノ島公会堂での矢内原の公演である。直接的には大学法案を巡つて共産党が勢力拡大の手段にしようとしてゐることへの非難である。共産党はその理念を曲げ戦術的に大衆迎合路線を引いて来てゐる。プロテスタントの赤岩栄牧師の入党はその術策にまんまとはまつてしまつた証である。しかしながら基督教会も同じやうに純粋さを失つてはゐないかといふのが、矢内原の主張だ。 彼の念頭には、エレミヤがをり、イエス [続きを読む]
  • 滝廉太郎青年は、「荒城の月」ただ一曲で対峙している。
  • 正論2018年7月号 (向夏特大号 平和のイカサマ)日本工業新聞社日本工業新聞社 『正論』7月に、新保祐司先生が正論大賞東京講演会で話された内容を寄せてゐる。題は「日本人は日本文明を保持する意志があるか」である。 文明を論じ、明治150年を主張するたいへん構への大きい論考である。しだいに憂色の濃さが際立つやうになつてゐる新保先生の文章である。しかし、文学の士であるからその味はひには滋味があつて、胸が焼けるやう [続きを読む]
  • 大地震に備へるために
  •  以下は、2009年2月に書いたものである。ついこの間書いたものかと思つてゐたら、9年も前のものだつた。阪神大震災が1995年だから「14年前」と本文に書いてあるが、今なら23年前。この間、2011年には東日本大震災があつた。その時は、この文章を書いたことすら忘れてゐた。 「備へるべきは、餓死せぬための食糧と缺如の自覺である」とはその通りだと思ふ。 ちなみに「大地震」は「おおぢしん」と読む。 いよいよ大地震が [続きを読む]
  • 時事評論 平成30年6月号
  • 「時事評論石川」6月号のお知らせ。 今月号の内容は次の通り。 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。 1部200圓、年間では2000圓です。(いちばん下に、問合はせ先があります。)                     ●北朝鮮とアメリカの首脳の対談が茶番であることがはつきりした今であつても、その「茶番」にすら登場することのできない、日本と韓国の現実はかなり深刻な事態である。日本は今も連 [続きを読む]
  • 宗教と科学
  •  矢内原忠雄の続きである。 昭和23年の講演をもとに『社会科学大系』第6巻『宗教と神話』に寄せた文章である。 「宗教」とあるが、もちろんそれは基督教のことである。科学が宗教によつて抑圧されてゐた時代があり、今日では宗教が科学によつて否定されることがあるが、それはいづれも間違ひである。「ただ理性的であり同時に非理性的なる人間は、人間本来の精神的構造に基き、同一真理の二つの面を別々の方法によりて探究する [続きを読む]
  • 心と歯と、削れたりヒビが入つたり
  •  日常の些事を一つ。 今日は歯科医に出かけた。市の無料検診のついでに歯石を取つてもらはうと思ひ、夕方年休を取つて出向いた。 初めての歯科医だつたので緊張も多少あつた。歯の治療ではなく、歯の状態を見てもらふのであるからそれも緊張感を生み出す一つでもあつた。そもそも口を開けるといふのもあまりいい姿ではない。 3年ぶりの歯科医の診断は、概ね良好といふことであつた。気になるのは、根元が削れてゐるのとヒビが [続きを読む]
  • 「マルクス・エンゲルス」を観る
  •  大阪にゐる時にしかできないことの一つは、名画座で映画を観ること。それでも観たいものがない時には観ない。それほど映画好きではないといふこともかもしれないし、映画に義理立てする必要がないといふ意味では自由であるといふことかもしれない。 今年は、カールマルクス生誕200年といふことらしく、この映画が出来たやう。現代は「若きカールマルクス」で、エンゲルスの名はないが、まあ『共産党宣言』を書くまでの話だし [続きを読む]
  • ヒューマニズムとニヒリズム その3
  •  私たちは絶対者といふものを信じることのできにくい民族であるから、相対主義といふものに親近感がある。なにもかにも神が宿ると信じられるといふことは、じつのところ何も信じてはゐないといふことに接近してゐる。だから、神を信じながら拝金主義になる人。仏を信じながら権力亡者になつてしまふといふことが起きる。もちろん基督教にも拝金主義者はゐるだらうし、権力亡者はゐる。しかし、それを否定する力もその一方に持つて [続きを読む]
  • ヒューマニズムとニヒリズム その2
  •  人間の一番大きな苦痛は何か。それを矢内原は、「不安定」であると言ふ。 何の不安定な。もちろん、経済的な不安定もあるだらうし、具体的には仕事が見つからないといふこともあるだらう。人間関係も不安定であれば苦痛である。いつもいつも周囲の人が自分のことをどう思つてゐるのかといふことに意識を使へば、苦痛であると共に疲れてしまふ。 さうしたことを矢内原は具体的に述べてゐるわけではない。極めて抽象的に「人間は [続きを読む]
  • 幸せの黄色い新幹線
  •  今日は、軽いお話。 私の職場からは東海道新幹線が約1キロに渡つて見ることができる。時間にしたら12、3秒といふところか。 今日は試験で、監督をしながら生徒の背中越しに外が見渡せる。そこから偶然にドクターイエローが見えた。ただそれだけである。 6年生の古文のテスト。彼らの受験の成功を祈つた。 [続きを読む]
  • ヒューマニズムとニヒリズム その1
  •  矢内原忠雄を読み続けてゐる。 今は「ヒューマニズムとニヒリズム」である。畏友で藤井武を語る講演である。 一般にヒューマニズムとは、人間の間から神を放逐することであると思はれてゐるが、それは甚だ唯物論的であるといふのが矢内原の考へである。人間こそ最高の価値をもつ最高の存在であるのに、神などを考へたりすることが束縛が生まれ、自由を喪失すると考へてゐる。しかし、それは本当か。 たとへば生活が苦しい人が [続きを読む]