気付きの科学 新世界版 さん プロフィール

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気付きの科学 新世界版さん: 気付きの科学 新世界版
ハンドル名気付きの科学 新世界版 さん
ブログタイトル気付きの科学 新世界版
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/maccyoman-mm
サイト紹介文ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供80回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2014/10/12 08:13

気付きの科学 新世界版 さんのブログ記事

  • 晩夏のお知らせ
  • ●盆祭りのお知らせ記事を読んで頂き有難うございます。勝手ながら、「コメント欄でのお祭り騒ぎ」をやろうかと思います。前回は夏祭り・・と銘打って、いろいろな会話が出ましたが、今回は「盆祭り」という(いい加減な?)お祭り騒ぎをしようかと・・(笑)。・・・できれば、あまり気重に考えず、会話・対話などできれば・・という趣向です。サラサラ見て頂いているだけの人も多いかと思いますが(笑)、時間とは有って無きがご [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(7)現実とは、魂の観る・・夢
  • 誰もみな1日のサイクルにある真実に気づかなければならない。人は皆、<眠り、夢見、目覚めた後の現実世界>を繰り返している。これらは何か?といえば、意識の遷移である。意識の異なるフェーズ・相・層の移行であるといえよう。これは毎日行われていることだが、実に多くの人が、肝心な所を素通りしている。・・・「眠り」は、一般に”無意識”の状態であり、自我意識、自意識が無い。「夢見」は、意識があるが、現実とは異なっ [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(6)(魂)意識
  • 意識・・がなければ、その認識対象は存在しない。わたしは何かといえば、「意識」だ。わたし・・意識は・・重さや形がないために、そんなの”どこに”あるのか・・という感覚で、随分と長い間、気づかず素通りしまうことをやっていたのだ。意識は”どこに”、”どんな形”でと、つい考えるものだ。ところが、「意識」は、いつ(時間)、どこに?(空間)、どんな形で?(物体)と、探し回っても発見できない。当たり前だ。後ろの正 [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(5)意識の内に世界あり
  • ラマナ・マハルシは問いかける・・、「”わたし”は世界の中に在るのですか?それとも、「世界が”わたし”の中に在るのですか?」どっちだろう?世間の人は、一体何を言ってるのか?と思うはずだ。「私の中に、世界があるって?!?」「・んな、わけあるかよ!!」だろう。しかしながら、それは、わたしは「この体」である・・としている”からだ”。(笑)確かに、わたしの”体の中”に東京ワワーもなければ、地球も入っていない [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(4)物量観念を外せ
  • 「時空」とは時間と空間だ。この地球という世界も、一種の閉じられた時空だ。閉じられた・・というのが、実に腹立たしいが、地球も時間・空間の1つのパケット(情報・波動の塊)のようなものだ”空間”に微細な極性をもつクオークが出現し、それが運動・回転しつつ波動エネルギーとなる。重合離散を繰り返し様々な物質を形作り、それが常に”変化”している様を示すものだ。その変化の相対的な差や記憶・記録が”時間”を生み出す [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(3)まず常識観念を超えよ
  • 人間は肉体ではなく「意識」である・・というほうがより正しい。明確には、「わたしは肉体である」・・は誤った「認識」である。全く正しいとされる世間一般常識が、そもそも完全に間違っているなど、親や親身な他者さえも、根本的な真実に対して無知であるなどは誰もみな、疑ってみたことさえもないかも知れない。・・・正しくは、「わたしは肉体である」・・ではなく、「わたしは肉体であると、意識している」である。あなたはど [続きを読む]
  • 時空を超えた物語(2)超えているのは何?
  • 一般に「時空」とは何かといえば、アインシュタインが4次元時空を提唱したように、一種の科学的概念であり、大きくはこの「宇宙」を表現したものだ。したがって、時空を超えている・・ということは、宇宙をも超えていることを意味する。なので、時空を超えた物語・・なんて、どんなに大きいんだ?・・的な感じがあるし、なんというトンデモな・・荒唐無稽な話だろうと”思う”かもだが、それもまた、「自分とはこの肉体である」と [続きを読む]
  • 時空超えた物語(1)生死は肉体の脱着
  • 多くの魂、つまり創造の根源から発したそれは、根源の片割れとしての自己創造原理によって、自らを何かに成りきることが可能ということだ。全てである”普遍的意識”は、当然ながら個別の”意識”でもあること、また個別意識は、意識においてすべてである普遍意識とイクオールでもある。一は多であり、多は一であるという表現で意味するものだ。さらに、何かで在ろうとする意識は、(われ・在り)わたしはあれだ・これだという「自 [続きを読む]
  • 時空物語(26)生まれ変わり 5
  • 世界という幻影を見ているのは、世界の中心である”わたし”だ。この世界という幻影を、魂・意識が見始めるのを、この世界に「生まれる」・・という。また1つの世界幻影を見終わることを死ぬという。肉体の生誕、消滅は”魂・意識”に付随する1つの「顕現」形式だ。知覚経験される世界の幻影、投影される物語の内容は、わたしの本質である魂の、その周囲に付随して放射・振動する”想念”の質に基づく。わたしは肉体個人である・ [続きを読む]
  • 時空物語(25)生まれ変わり 4
  • 世界という幻影を見ているのは、世界の中で”わたし”しかいない。そして、この世界という幻影を見始めるのを、この世界に生まれる”・・という。ここで「幻影」というのは、ぼんやりした霞(かすみ)のようなでなく、実体のない変化だけの現象世界という意味であり、それが実にリアルに感覚的実感を伴っていても、そこに本質的なものは何も無いということだ。本質的なもの・・は、その幻影を見ている張本人以外にない。あなた・・ [続きを読む]
  • 時空物語(24)生まれ変わり 3
  • 生まれ変わりとは何か?と言うならば、姿かたちを変える・・と言える。変わるのは”姿かたち”である。根源、究極のわたし・・真我は不動である。真我、意味合いに段階があるが、それを魂という場合もあるが、不動、不生、不滅、無限、永遠、・・言葉では表現不能だ。姿かたちとは、人においては”肉体”ということになる。ところが、この姿かたち・肉体こそが”自己”であるという強い思いがあれば、それは肉体への”自己同化”を [続きを読む]
  • 時空物語(23)生まれ変わり 2
  • 一般に「生まれ変わり」とは何だろうか?死んでまた生まれるということだろう。あなたはどう思うだろうか?今の時代は、目先の肉体的な感覚だけが存在感として強調され、それに資する物質的な便利さだけを追求してきたわけだ。日本での歴史で言えば、明治以降その道に否応なく入ってしまった。明治維新と言ってさも画期的な文明開化とされ、大きな良き時代変革のようなイメージがあるが、その本質を言えば、資本主義という「思想」 [続きを読む]
  • 時空物語(22)生まれ変わりー1
  • それぞれの世界のすべての中心は、「わたし」である。わたしが在るからこそ、すべてが知覚される。わたしが在るからこそ、そこに思考が生じる。知覚や思考が体験であり、それらのすべてが”世界”だ。その”わたし”とは何か?その”わたし”とは誰か?本来、これが人生での・・唯一、最大最高のテーマである。これは「自己覚知」であり、意識の進化の重要プロセスといえよう。進化とは、頑張って何かになる・・ことではなく、本来 [続きを読む]
  • 時空物語(21)人類の分離感
  • 人間は身体・心・霊の複合体である。多くの人の認識では「身体・肉体」が「わたし」と思っている。そして、社会とは、全然別の肉体個人の集合体であると思っている。それぞれが全然別の赤の他人・別の存在と認識している。あなたはどうだろうか?すでに霊的知識がある人は、「いや、そうじゃないよ」という建前があっても、この私とあいつとは、彼女とは単独別個のもの・・という深い感覚、分離感というが、それがあるだろう「みん [続きを読む]
  • 時空物語(20)下天は夢・幻(まぼろし)である
  • 人間五十年、下天のうちをくらぶれば、ゆめまぼろしのごとくなり、(人生とは短く、夢や幻のようなものだ。)下天は夢か・・・これは、津本陽の小説で、戦国時代の有名な武将である、織田信長が舞う”敦盛”で謡われる歌詞だが、これは戦に臨んでは死をも辞せずとする武士の気概や、人生の岐路における、大きな観点での精神の鼓舞である・・とも言えるだろう。歴史の付き物として、この物語が本当にあったかどうかは別として、ある [続きを読む]
  • 時空物語(19) 地球という夢
  • 我々が「現実だ」と信じているこの世界、周囲の出来事、人生は、実際には・・・”夢の範疇”での経験である。コンピュータグラフィックでの仮想世界はバーチャル・リアリティなどと呼ばれ、それはバーチャル(仮想)な・・リアリティ(現実性)とされるものだ。実によく出来ている・・”現実”と見間違うほどの・・仮想世界。実際に、仮想現実映像を見ることができるゴーグルをつけて、その映像世界に慣れてしまうと、それが仮想( [続きを読む]
  • 時空物語(18)意識・根源からの波動
  • 瞑想している意識は、無限の母体である空(くう)に生じる、あらゆる波動形態の観察行為者、観照者意識であるともいえようか。すべては・・自己に内包している・・と気づいている、創造の元、根源意識、無限の知性・・の在り方と同質である。意識は計測・勘定・物量測定できる代物ではない。意識においては、1+1=2ではなく、ひとつひとつはすべてであり・・また全ては一つだ。意識はすべてを内包する、これを別表現でいえば、 [続きを読む]
  • 時空物語(17)観照者意識
  • 瞑想という行為は、肉体をバタバタ動かし、また思考をあれこれ巡らせることではない。それらへの意識の焦点を停止させ、観念や五感といった外側の波動域から、意識を自由にする行為であると言えよう。すべてを癒すところの眠りと同じようなものだが、眠りのような無垢、無意識ではなく、そこには静けさに対する「気づき」が目覚めている。あらゆる物事、思考、感情、記憶、体感も含め、それらを生起するところの、原因・あるいは背 [続きを読む]
  • 時空物語(16)なぜ瞑想は必須か? その3
  • 瞑想とは何かといえば、目を瞑り静かに想いを観ることである。当然ながら、「想いを観る」のは肉眼ではなく、「意識」である。目をつむり静かに在ることで、五感の感覚刺激そのものが減少するため、そこでクローズアップされるのは、外からではなく”内なる感覚”である。視覚は五感の情報の大体8割も占めているため、目をつむることでも、かなり静けさが得られるのだ。ただ静かに(座って)いる・・、そこでは何も見えず、多く物 [続きを読む]
  • 時空物語(15)なぜ瞑想が必須か? その2
  • 瞑想とは、身体・こころ・霊的本質一如で在ることだ。在ることに・・まんま・・気付くための「行為」である。これをわかりやすく「波動」的な表現でいえば、「存在」すること・・この<波動>の中には、根源極地の微細・精妙な波動・・が含まれている。含まれているというより、あらゆる存在・非存在そのものが極限の波動の組み合わせである。物質として存在しているものはすべて、素粒子・クオークという波動エネルギーだ。様々な [続きを読む]
  • 時空物語(14)なぜ瞑想が必須か その1
  • 瞑想とはなんだろうか。目を「瞑る」ことと、「想い」と書く。瞑想をしているのを見て、何もせずただ座っているとか、何をしているのだろうかといぶかるものだし、忙しい現代人は、瞑想を、何か非生産的で無駄なことのように思うものだ。そうではないか?自分もかつてそう思っていた部分がある。座禅の姿はどこか知っているという不可思議な内奥の既知感と同時に、この世界に生まれ育って身についてしまった、世俗的合理主義の観念 [続きを読む]
  • 時空物語(13)自我とは・・一者の投影像
  • 気づき・・意識がある・・ことで ・・そこに世界・宇宙がある・・ すでに・・意識によって・・投影されている・・のである。それぞれわたしの在ることによって、まんま投影されているのが・・私たちの世界・宇宙である。宇宙はどこまで行っても限りがないだろう。それはすでに、観ているわたしの・・無限性を暗示している。気づき、認識、観察している者は、その中にいるのではなく、それを超え、含んでいるからこそなのだ。とはい [続きを読む]
  • 時空物語(12)マインドとは何?
  • 観察することで、対象物の存在を知る。意識的に気づくことが、事象を知覚することだ。毎日起きている・・わたしの・・この単純な事実に気づく必要がある。単に物質が・・あるのではなく、それがあることを・・知覚することが・・ある。それを「観察」ともいうが、知り、覚える、認識する・・ことが、瞬間に行われている。・・・世界・物質が目の前に、周りにたくさんあって、その中で物質としての私たちが住んでいる・・と考えてい [続きを読む]
  • 時空物語(11)マインド浄化とは
  • 人は必ずマインド・心の浄化が必要である。「人によるけどね、・・」ではなく、必ずだ。マインド・想念の浄化である。なぜかといえば、この時空、いわゆるこの世界・地球の共同創造フィールドは、マインドの幼年期の特徴とも言える、粗く低位なマインド・こころ・想念形の現象化されたものだからだ。粗い・・とは、大ざっぱ、粗暴、美しくない、・・という意味がある。低い・・とは、幼い、理解の少ない、物質偏重、目先だけ・とい [続きを読む]