日々の思い さん プロフィール

  •  
日々の思いさん: 日々の思い
ハンドル名日々の思い さん
ブログタイトル日々の思い
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/uzitaharanoko
サイト紹介文日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供345回 / 365日(平均6.6回/週) - 参加 2014/10/17 07:23

日々の思い さんのブログ記事

  • ご報告
  • いつも訪問頂きありがとうございます。兼ねてから治療中の難病、黄斑変性症が徐々に進行と共に、白内障の手術予定です。眼の眼底と上部でなんともややこしい状態で困った事です。白内障の手術をしても黄班変性がある為、少しの好転しか期待できないですが、実施します。諸々の治療に伴う事情で3か月は更新をお休みします。また再開したときにはよろしくお願いします。皆様の健康と平安を祈っています。 [続きを読む]
  • 11月28日   御言葉をあなたへ
  • 「主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。」哀歌3:37 どんなことでも、神様のご計画、摂理によって現れ、堅く立ち、消えていきます。見えるところ、人の知恵や力、努力の結果のように思われますが、神様のゆるしがなければ髪の毛一本抜けません。人は神様を忘れて、自分がなんでも出来ると思っているので、「私の責任です」と偉そうなことを言います。自分の身ひとつ、持て余しているのが現 [続きを読む]
  • 11月27日   御言葉をあなたへ
  • 「イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、『恐れることはない。ただ信じなさい』。」マルコ5:36 会堂司の娘が死にかけていたとき、イエス様に来て祈ってほしいと頼みました。しかし、すでに亡くなったと知らせてきました。そのとき、イエス様は「聞き流して」、信じなさいと勧めました。私たちにはあまりに多くの情報が耳に入り、信仰が持てなくなっています。聞き流すこと、これは信じるために大切なこ [続きを読む]
  • 11月26日   御言葉をあなたへ
  • 「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。」マタイ6:26 神様への信頼度を問われる言葉ではないでしょうか。誰一人、自分の力で生まれでた者はいません。また、自分の力や努力、才覚で命を養っているわけでもありません。すべてのものを造り生かし導かれるのは、あなた [続きを読む]
  • 11月25日   御言葉をあなたへ
  • 「このように多くのしるしを彼らの前でなさったが、彼らはイエスを信じなかった。」ヨハネ12:37 イエス様は世に在りし時、様々な奇跡と言われるわざをなさいました。ともすると、そのような「しるし」、不思議なわざを体験すれば信仰が深まり、揺るがなくなると思いがちです。しかし、イエス様を信じる信仰はしるしや奇跡を見て得られるものではなく、聖霊が働いてくださるとき与えられるものです。信仰は神様からの贈物、恵 [続きを読む]
  • 11月24日   御言葉をあなたへ
  • 「主よ、あなたのみわざはいかに多いことであろう。あなたはこれらをみな知恵をもって造られた。地はあなたの造られたもので満ちている。」詩篇104:24 私たちの見る世界は悪や暴虐に満ちて、とても神様の造られたものとは思えません。しかし、みことばには神様が造られたもので地は満ちているとあります。私たちの目にどのように見えようとも、神様のみわざですと信じて受け止める時、主のみ手が見えてきます。現実の様々な事 [続きを読む]
  • 11月23日   御言葉をあなたへ
  • 「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。」マタイ7:13 「狭い門」とは「永遠の命」への入り口です。人は生来困難を避け、楽な道を選ぼうとします。また、この世にあっては世に倣い、流されて生きるなら、困難はありません。しかし、その道は滅びです。「永遠の命」の生涯は、イエス様と同様に、神様のみ旨に従うことですから、当然、この世で生きるには多くの障害 [続きを読む]
  • 11月22日   御言葉をあなたへ
  • 「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。」第二ペテロ3:9b 神様の御心はすべての人が救われることです。決して、滅ぼしたり、罰を与えたいと思っているのではありません。終末の時を先延ばしにしてでも、あなたが悔改めて神様に立ち返り、自分の思いのまま、感情のおもむくままに生きるのではなく、御心をかなった生涯をまっとうするよう [続きを読む]
  • 11月21日   御言葉をあなたへ。
  • すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。」伝道12:13b 「本分」とは、それがなければ本来の価値がなくなるものです。よく言われるのは「学生の本分」などですが、果たすべき務めを意味します。人が人としてまっとうできるのは、神様をおそれ、その言葉を守ることに因ります。その意味で、私たちの住む社会は人が人として生きていないといえます。これが人間のすることだろうか、と思われる事件や [続きを読む]
  • 11月20日   御言葉をあなたへ
  • 「主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。」エペソ5:10 今、だれを喜ばせようと思っているか。それによって人の行動がかわってきます。まず、自分を喜ばせようとするのか、親や兄弟など、家族を喜ばせようとするのか、人それぞれでしょうが、神様に喜ばれることを熱心に求める人は、神様からの報いを受けるでしょう。また、そのような人は自分や人を喜ばせる者とは違った生き方になるのは当然です。神様が喜 [続きを読む]
  • 11月19日   御言葉をあなたへ
  • 「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。」マタイ6:26 神様への信頼度を問われる言葉ではないでしょうか。誰一人、自分の力で生まれでた者はいません。また、自分の力や努力、才覚で命を養っているわけでもありません。すべてのものを造り生かし導かれるのは、あ [続きを読む]
  • 11月18日   御言葉をあなたへ
  • 「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」ヘブル4:16 イエス様は神様と人との仲立ちとなるため世に来て下さいました。それは高みから眺めるのではなく、私達と同じレベルに立って、同じ弱さ、苦しみ、悩みを共有するためです。ついに十字架に命を捨てて、父なる神様のもとに帰り、私たちの祈り、願いを細やかに取次 [続きを読む]
  • 11月17日   御言葉をあなたへ
  • 「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころのままを行うためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである。」ヨハネ6:38 イエス様の生涯の目的をかたった一言です。それはまた、イエス様の救を受けたもの達の生き方でもあります。救われた人たちは天に国籍を移されたものであって、今、ここに生きているのは天から遣わされた者として、遣わした方、父なる神様のみこころを行うために生きているのです。キ [続きを読む]
  • 11月16日   御言葉をあなたへ
  • 「おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。」ルカ3:8cd 神様はご自身でどんなことでもなしえる全能な方です。人の助けが必要な方ではありません。「アブラハムの子」とは神の民ですが、信仰によってイエス様の救を信じる人々のことでもあります。救は神様のわざであって、人の努力や働きによるものではありません。自分の救いについても、また家族や友人の救いについても [続きを読む]
  • 11月15日   御言葉をあなたへ
  • 「イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。」第一ヨハネ4:3ab 私たちは肉体的な存在と同時に、霊的な存在でもあります。そのために、いろんな霊が働きかけてきます。悪霊と言われるものもあり、人を不幸にしたり、心を呪縛して不自由にします。だから、すべての霊を信じてはならないと戒められています。正しい霊、神様から出た霊はイエス・キリストを神の子と告白するもの [続きを読む]
  • 11月14日   御言葉をあなたへ
  • 「われらの主なる神よ、あなたこそは、栄光とほまれと力とを受けるにふさわしいかた。あなたは万物を造られました。御旨によって、万物は存在し、また造られたのであります。」黙示4:11 神様は万物の創造者です。そのことはまた神様によって万物が存在していることを承認することです。しかも、「御旨によって」とあるように、神様の意思と目的があって存在しているのです。万物とは漠然とした言い方ですが、自分のことであり、あ [続きを読む]
  • 11月13日   御言葉をあなたへ
  • 「すると、イエスはペテロに言われた、『剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか』。」ヨハネ18:11 イエス様が捕らわれるとき、ペテロは剣で対抗しようとしました。しかし、主はそれを止めて言われたのがこの言葉です。酒席で杯を交わすとき、出された杯を受けなければ相手の面子をつぶすことになります。まさに父なる神様から出された杯、十字架を断るわけにはいきません。また、イエス様はこ [続きを読む]
  • 11月12日   御言葉をあなたへ
  • 「すると園丁は答えて言った、『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから』。」ルカ13:8 ぶどう園の主人はその一角にいちじくの木を植えていましたが、実が実りません。そのためいちじくの木を切り倒してしまえと園丁に命じました。神様の目から見ると、私たちはこのいちじくです。滅ぼされるべきものがイエス様の執り成しと、十字架のゆえに許されているのです。今日もイ [続きを読む]
  • 11月11日   御言葉をあなたへ
  • 「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」マタイ6:33 物事には順序があります。それが狂うと、そのあとにどんなことをしても、うまく行きません。日々の生活についても同様です。神様に対する姿勢を整えると、自ずから生活についてもすべてが整ってきます。目先のことに囚われて、肝心なことが後回しになるため、すべてがちぐはぐになってしまいます。まず第一に [続きを読む]
  • 11月10日   御言葉をあなたへ
  • 「わたしの悩みの日にわたしはあなたに呼ばわります。あなたはわたしに答えられるからです。」詩篇86:7 “苦しいときの神頼み”などと言って、揶揄しますが、「苦しみ」「悩み」のとき、呼び求める相手がいるのはどんなに心強いことでしょうか。しかも、それを知ってくださるばかりか、答えてくださるのです。答えられると確信するゆえに、大胆に「呼ばわります」と言い切れるのです。神様に祈り求めるとき、私共も答えられる [続きを読む]
  • 11月9日   御言葉をあなたへ
  • 「主はこう言われる、『おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる』。」エレミヤ17:5 「のろわれる」とは怖い話です。なんだか神様から脅されているように聞こえますが、そうではありません。神様の「のろい」「刑罰」はあなたの選択と決断によって、自らが引き寄せているものです。雨降りのなかに傘も差さずに出て行けば必ず濡れます。しかし、屋根の下に入れば濡れません。同様 [続きを読む]
  • 11月8日   御言葉をあなたへ
  • 「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。」マタイ5:13a 塩は生活になくてはならない大切なものです。殊に、料理には欠かせない調味料です。必要ではありますが、塩が目立つと料理を損ないます。少なすぎても味を失います。隠れてはいるが、他の素材の持ち味を引き出し、料理全体を支えています。私たちもそのような存在として世に生かされているのです。自分が [続きを読む]
  • 11月7日   御言葉をあなたへ
  • 「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。」第一コリント3:16 イエス様が死からよみがえられたのは、私たちを新しい命に生きるものにするためです。今、イエス様を信じる時、命である主が私たちの内に入り、神様のみこころに従わせてくださいます。生まれながらの情欲に生きる自分ではなく、神様の力である御霊によって生きるものとなるのです。神様の霊、神様ご自身が私たちを住ま [続きを読む]
  • 11月6日   御言葉をあなたへ
  • 「また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで『これは道だ、これに歩め』と言う言葉を耳に聞く。」イザヤ30:21 神様は私たちに身近な存在で、日々の細かいことまで干渉なさいますが、それは私たちを正しい道に歩ませようとなさるからです。神様の霊、聖霊は私たちの心に語りかけ、思いを与え、願いを起こさせ、神様のみこころを教えてくれます。しかし、残念ながら、私たちはその声を打ち消し、無視し、わがまま [続きを読む]
  • 11月5日   御言葉をあなたへ
  • 「夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。」詩篇30:5b 人生には必ず闇の中を通っているような希望のないときを過ごすことがあります。しかし、どんなに暗い闇夜でも朝がやってくると同様に、苦しみや悩みの中を通るとも、それは必ず終わる時がきます。それに思いを寄せるならば望みが湧いてきますが、ただ、その夜明けが何時であるか分りません。必要なのは忍耐です。救の光を照らしてくださる神様を待ち望むこ [続きを読む]