なかのん さん プロフィール

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なかのんさん: 木の花ファミリーの経済から世界を見る
ハンドル名なかのん さん
ブログタイトル木の花ファミリーの経済から世界を見る
ブログURLhttp://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/
サイト紹介文100人近い人々が集まり、天然循環法で自給自足の暮らしを営む木の花ファミリー。その経済を紹介します。
自由文木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金で心を表現します。
木の花ファミリーのホームページ
http://www.konohana-family.org/
木の花ファミリーに移住するまで。
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/p/blog-page.html
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供115回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2014/10/24 08:36

なかのん さんのブログ記事

  • いつでもどこでも出来る世直し
  • トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことを受け、アラブ諸国でデモが起き、欧州諸国をはじめ各国から非難の声が出ています。この状態をどう見たらいいのだろうと思っていた時、今年の2月に書いた以下の文章を目にしました。☆彡 ☆彡 ☆彡今、トランプ大統領によるアメリカの移民・難民入国制限が話題となっています。アメリカ各地で賛成派と反対派が衝突し人々の分断が明らかとなってきています。大きな混乱 [続きを読む]
  • 「愚か」から「尊い」が生まれ人は成長する
  • あのね、面白い解説があるんだよ。神という存在と、仏という存在がある。「神」という存在は、この世界の実体。「あってあるもの、なきてなきもの」というように一対になっている、この世界の実体そのものを神と言うんだよ。ところが「仏」という存在は、道なんだよ。何も見えない愚かしいところから、どんどんどんどんこの世界の実体を知って、切り開いて、目覚めていく道のことを仏と言うんだよ。そして神の実体へと近付いていく [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜「ズレ」から「スレ」へ〜
  • 追い求める人生ではなくいただく人生を生きることを決めている僕ですが、いただく人生とは決して受け身なものではなく、積極的な行動を取ることもあります。どんな時に積極的な行動を取るかと言ったら、それが流れと感じた時。流れとは何かと言ったら、必然性だと思っています。その行動を取ることが必然であること。この必然性とはあらゆる立場を含んで超えた視点からのものです。行動を取ることが必然である時、未知なる未来へ向 [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜自分のヒビキを究める〜
  • 僕はずっと叶わない願いを持っていました。その願いが僕を自分の反応パターンを超えていく自己否定へと導いてくれたのです。もし願いが叶っていたら、僕は今でも目の前の出来事に一喜一憂し翻弄されていることでしょう。ここに至る過程では、何度も何度も自分には生きている意味も価値もないと思ったものですが(間違えた自己否定ですね)、今はただ出会う出来事をいただくだけ、そこに意味と価値を見出しています。思惑や感情を超 [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜自己否定の先にあるもの〜
  • 先月、いさどんから木の花ファミリーのみんなにカタカムナプレゼンが4回に分けて行われました。それを受けて、今思うところを書いておきます。プレゼンの中には以下のような記述がありました。☆彡 ☆彡 ☆彡原始の脳も神経も持たない単細胞の生物は、外界の物質が我が身にとって有害か有益かを直観して、「有害な物は避け、有益なものは細胞内に取り込む」という働きを営んできた。☆彡 ☆彡 ☆彡これは単細胞生物が環境と響 [続きを読む]
  • 他者のために自分を表現していく(2)
  • ・・・人には好きなモノとキライなモノがある。それは自然なことだと思う。人間として。私は以前、「キライなモノは、生きていく上で少ない方がいい。」という考えを持っていた。だから、キライなモノをあまり作らないようにしよう、と思った。ムリしてそうしていたわけではなくて、ごく自然に、そうしていた。中学生になって、人間関係のはばが広がった。すると、私の考えに一つの影がかかった。「人をキライになるのはいけないコ [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜天が与えた僕の物語〜
  • 昨晩、いさどんによるカタカムナプレゼン第4弾が行われました。プレゼンの冒頭で語られたことは、今の人たちは表面上の出来事に反応しているということ。そのため立場が変わればば意見も変わり、一つの出来事に対して様々な見解が生じることとなっているのです。それが現代社会の混乱となって表れています。カタカムナを学ぶということは、表面上の出来事の奥に流れる法則性を理解するということ。そして、カタカムナを生きるとは [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜心を美しくすればいい〜
  • 一昨日の晩、大人ミーティングにていさどんによるカタカムナプレゼン第3弾が行われました。この時、「いさどんによるプレゼンを聴く → 何か大事な話を聴く」というように心が動いたのですが、気づかぬうちに受け身の姿勢になっていました。場創りをするという意識が薄れ、そのためか途中で10分ぐらいウトウトしてしまいました。それで何のためにこの場に参加しているのか?とあらためて自分自身に問うてみました。僕は最初から [続きを読む]
  • 円が縁を紡ぎ、宇宙の中心へと繋がっていく
  • 自分がここにいる理由を考えていた時、「結局、縁なんだよな」という言葉が浮かんで来ました。そして、その言葉をきっかけにいさどんブログ「円が縁を紡ぐ〜人間からヒトへ〜」を思い出しました。そこにはこんなことが書かれています。☆彡 ☆彡 ☆彡トキは一方通行に、コッ、コッ、コッ、コッ、と確実に刻まれてゆく。それが昨日から今日、明日へと進むのを一直線に見ているのは、思考の幅が狭いからだ。単純な発想で見ていると [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜神話は更新される〜
  • 「カタカムナを生きる 〜トキのズレ〜」に書いたように、先日、いさどんからメンバーに向けてカタカムナプレゼンがされましたが、楢崎皐月氏がカタカムナの解読をする時、日本の神々の名前が参考になったそうです。アメノミナカヌシ、クニノトコタチ、イサナキ、イサナミ、アマテラスこれら日本の神々は、カタカムナの単音思念で読み解くと、この宇宙の物理性を表しているのです。その物理性から生まれた物語が神話となっています [続きを読む]
  • カタカムナを生きる 〜トキのズレ〜
  • トキのズレ11月18日20時43分は蠍座新月です。木星が蠍座にある今、その蠍座での新月ということでとても幸運な星回りと言われています。ならば、ブログのUPもそれに合わせようかという心も働くのですが、そういう意図はいらないなと思いました。欲の心が働くので。天体のリズムが大きな流れであることは間違えありません。ですが流れは単層ではなく多層的になっていて、そこには「トキのズレ」が存在するのではないかと思うのです。 [続きを読む]
  • 宇宙を生きる(2)
  • いさどんブログ「21世紀のいのちの捉え方」にはこんな言葉があります。☆彡 ☆彡 ☆彡死を迎えることは、人生の区切りをつけ、次のステージに行くことでもあるのですから、亡くなった人を見送る人たちは、死者に対して、「こうだったらよかった」「ああだったらよかった」と考えるだけでも、その人が次のステージに行くための後ろ髪を引くことになるのです。生死の流れからすると、亡くなった人たちは必ず次へ行かなければいけな [続きを読む]
  • ドキドキからワクワクへ
  • 瞬間瞬間の選択の連続によって「道」ができる人生ですが、その選択が「愛(ワクワク)の選択」か「怖れ(ドキドキ)の選択」によって、進む方向性、待ち受ける結果は180度変わってきます。何事に対してもできない理由を考えるよりも先にできる方法を考える人は、人生の選択においても愛の選択をする人。自分はもちろん、誰かや全体もすべてが調和する選択であり、その根底には「自己愛」が満たされており、自分のことよりも全体を [続きを読む]
  • 世界のみんなと悟りを共有する
  • 宇宙創成のプロセスは、「ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ・ヤ・コ・ト」という数理で表すことができる。その始まりである「ヒ」から最終の「ト」までのプロセスを理解し、それらを統合して成り立つ存在が、ヒトだ。それが時代人(じだいびと)であり、時代主義(Eraism=エライズム)を生きる存在だよ。〜 中略 〜ヒトというのは、人間という地球上で物理的に進化してきたもののことではないんだよ。それは、物理的に進化してきたも [続きを読む]
  • ただただすべてを委ねるだけです。
  • 「今を生きる」に書いている滞りは「嫌な予感に囚われて反応出来なくなる」というものでした。そんなことは今までにも何回もありましたが、今回は「許されないことをした」という感覚を強くもっています。こんなことは初めてです。なぜかな?と考えてみました。それは何かをしてはいけないとか具体的な行動がどうこうではなくて、自分の感情に捕まらないということ。自分の感情に捕まること、囚われることを許してはいけない。そう [続きを読む]
  • 未来は常に自分の手の中にある
  • 無駄遣いが出来るということは、感謝の気持ちを忘れているからであり、日常生活では、どこか意識がぼけていて、安直に物事を進めてしまうことに繋がります。そんな時は人に対する態度も繊細さや優しさが欠けたものになりがちです。今はそんな自分たちを振り返る機会となっています。その際、落ち込むのではなく、無駄を生かしていくことを心掛けるようにしています。先のことは誰にも分かりません。今の無駄が後になって生きること [続きを読む]
  • 「命には囚われない」という悟り(2)
  • 昨晩は「クラウドアトラス」という映画を観ました。この映画は公式ホームページでは以下のように紹介されています。☆彡 ☆彡 ☆彡主人公は、6つの時代と場所で、6つの人生を生きる男。その人生は悪人で始まるが、様々な数奇な経験を経て、ついには世界を救うまでに魂が成長していく男の物語だ。☆彡 ☆彡 ☆彡そして、この映画を少し前に観たいさどんは以下のように語っています。☆彡 ☆彡 ☆彡あれは「猿の惑星」のような [続きを読む]
  • 時の遊牧民から時代人へ
  • 「時代の遊牧民」遊牧民が季節の移り変わりによって適切な場所に移動していくように、僕らは時代の流れを読んで、それを楽しんでいくのです。すべては時代が生み出しています。例えば、先に紹介したデカルトは、自然から魂を抜き機械にように見なす冷たい思考を生み出しました。この冷たい思考、実は熱い情熱から生まれています。デカルトは夢で新しい学問を打ち立てる啓示をうけます。その夢の内容は圧倒的で強烈な印象をデカルト [続きを読む]
  • 今を生きる
  • 自分の中には恐怖がある。恐怖がどこから生まれるかと言ったらまず第一に「欲」が挙げられます。「こうなって欲しい」という願望があるからこそ、そうならないことを恐れるのです。本人が自覚していようがいまいが、これは事実です。未来がどうなるかは分かりません。だからただ委ねて、結果をいただいていけばいい。僕は常日頃からそんなふうに考えているので、恐怖のコントロールをしています。「恐怖」を脇に置いておいて、そし [続きを読む]
  • 「命には囚われない」という悟り
  • 今年のノーベル経済学賞は、行動経済学の研究を進めた米シカゴ大学のリチャード・セイラ―教授に授与されました。行動経済学は、経済学に心理学の理論や分析を応用した学問ですが、人間の非合理な側面を解析し、経済理論を構築していきます。行動経済学の研究は、2002年、2013年のノーベル経済学賞の対象になっていて今回で3回目。近年、注目を集めているようです(今年のノーベル経済学賞『行動経済学』は何が凄いのか参照)。僕 [続きを読む]
  • 善なる愛なる調和を表現する
  • 心学堂ツアーの皆さまを迎えたウェルカムコンサートです。今、木の花ファミリーでは1ヶ月間の真学校卒業生の文ちゃんが企画した心学堂ツアーの皆さまを台湾からお迎えしています。心を学ぶツアー、その中で経済プレゼンの時間も持たれました。それに合わせて、木の花ファミリーのお金の動きの図を以下のように作り直しました。今年の春分点を通過した翌朝(3月21日)にオープンしたカフェ&ショップ・ロータスランド、そして5月26 [続きを読む]
  • 突破口は気づきにある(3)
  • 実際に病気なのか違うのかそういうことがはっきりしないと人は都合のよいように病気になったり自己主張をしたりというところがあって、そうすると医療の対象になっていきます。あなたはある意味賢いから上手に人との付き合い方を自分流に巻き込んでいますが、そうやって過ごすことで自分の人生を刻み、自分の歴史を創っているのです。そうすると不遇で中途半端な人生となっていきます。それを自覚して欲しいと思っています。結局あ [続きを読む]
  • 追い求める人生からいただく人生へ
  • なぜこのような生き方が重要なのかといえば、今の社会を観ればそれは一目瞭然です。今、世界中が様々な問題で大混乱を迎えています。そういった中、人間たちは一体これから何をしていこうとしているのでしょうか。どのように突破口を開いていこうとしているのでしょうか。その突破口のひとつとして、ケア滞在を申し込んでここに訪れた人たちが健全になっていくプロセスから新たな世の中が始まるヒントがあると思うのです。彼らがそ [続きを読む]
  • 空気を感じて空気のように
  • 昔、その不可思議な異次元空間が当たり前に身近にあるけれど、あまりにも身近にありすぎて、あることが気付かないようなところにあった。そこに現れるその異次元空間が、新たな時代を創っていく。それは潜象界のようだ。「難しいことを与えておるゆえ、心してゆけ。」ここまでそれがわかってくると、難しいことの意味がまったく違ってくる。それは難しいだろう、それはわからないだろう、という話にもなる。それは、「難しいからや [続きを読む]
  • 突破口は気づきにある(2)
  • そこで、客観的視点で自分の健康状態を観えている人は、未病の状態になるとすでにそこで不自然を感じます。客観的視点があれば、常に自らの姿勢を振り返ることができ、その異常を改めれば未病で終わるのです。それで健康な状態が維持できるのです。ところが、未病の状態のときに不自然だと感じない人は、その未病の状態がある意味その人らしいということになるのです。たとえば、被害妄想的であったり、自己中心的であることはその [続きを読む]