ピアS&C 奈津子65 さん プロフィール

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ピアS&C 奈津子65さん: 抜毛症克服した者からのメッセージ」
ハンドル名ピアS&C 奈津子65 さん
ブログタイトル抜毛症克服した者からのメッセージ」
ブログURLhttps://ameblo.jp/e19499211207n/
サイト紹介文抜毛症克服へのヒントや自傷、引きこもりも含めて心の問題に向き合いたい。
自由文抜毛症は病気ではなく癖であり、自傷も同じこと、訳が分からず言葉に表現できないから抜け出すことが難しい、表面に出ているものだけを何とかしようとするのではなく、目に見えない心に向けてこそ見えてくるものがあると思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供33回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2014/10/26 13:54

ピアS&C 奈津子65 さんのブログ記事

  • ふりかえり
  • おはようございます。みみさんからのメッセージをブログで見ながら自分のことを思い出す。私自身も、ある時ふっと我にかえり「何やってんだ自分」と思ったときがあった。屈託のない子供たちを見ながら、妙に腹立たしい気持ちになった。自分にもそんな時代があったはずなのに、取り戻したいと思った。 そのためには、心を鬼にして、親兄弟すら切り捨てようと・・・。そうして距離を置いて背水の陣を引いて初めて、我が身を大切に思 [続きを読む]
  • 嬉しいメッセージが入っていました
  • 嬉しいメッセージをいただきましたので載せました。ぜひ読んでみてくださいませ。 ≪以下メッセージです≫。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜差出人:  mimiさん日付:2018年10月07日 23:33 件名:はじめまして突然のメッセージ失礼致します。いつもブログを読ませて頂いて勝手に勇気を頂いています。私も7歳から抜毛症で、今34歳で既婚子持ちですがずっと抜毛と付き合ってきま [続きを読む]
  • 抜毛は戦う相手ではない。大人になれ。
  • 地獄のように暑かった夏も気が付けば、秋。久方ぶりのブログ・・・。 どんなに、いやだ、いやだと思っていてもやってしまう行為。 抜毛せずにはいられない事情があるから抜いてしまうのである。 リストカットだって、過食だって、依存症だって、どんなものにも、共通したものがある。 心が大人になれば、自然と消えていくものである。 心の成長は、置かれている環境でさまざまである。 寄り道をしながらいく人もいる。 それが長い [続きを読む]
  • 過去の自分へのメッセージ:パート4
  • 指しゃぶりに始まって、爪かみ、そして抜毛は10代から始まったよね。 10代、20代、30代と続いたよね。 優しい主人に出会って治るかなと思ったけど治らなかったよね。 かわいい、子どもが生まれても治らなかったよね。 子どもたちが反抗期になったとき、おいうちかけるように苦しみが倍増したよね。 自分が抱えているどうしようもない苦しさを、子どもにあたりそうになったよね。 子どもたちには関係ないことなのに、もっとつらくな [続きを読む]
  • 過去の自分へのメッセージ:パート3
  • どうしてひとは傷つけあうのだろうか。幼い時から父は母をさげすみ傷つけていたよね。母は、やりどころのない気持ちを子どもたちにぶつけていたよね。その子どたちも、お互いに傷つけあっていたよね。 家族みんなが心に傷を負っていたよね。 そして、子供一人一人に何らかの問題行動が出ていたよね。ひとりは、何度も何度も手を洗わないと気が済まない強迫神経症。もうひとりは、食べ物ではないものを食べる異食症。そして私は抜毛 [続きを読む]
  • 過去の自分へのメッセージ:パート2
  • 頭に手がいきそうなときの対処方法 集中力が切れた時、何もすることがなく手持無沙汰のとき、気力がわかない時、もやもやしてるときに、つい手がいってしまうものである。 そんな時は、さっと立ち上がり、その場を離れ、気持ちを切り替えよう。 集中力や、気力もないときには何をやってもストレスになるだけで、成果は上がらない。 そんな時は気持ちを切り替えるためにも、さっと立ち上がり違う行動をとる。 場所を変え、好きな飲 [続きを読む]
  • 過去の自分へのメッセージ
  • 人生の振り返りの時期にきて、ようやく、「なぜ私が」という問題の答えが見えてきたものである。苦しみのど真ん中にいた時は、今すぐにでも解決したい、何とかしたいと思って頭がいっぱいであった。 あの頃は、わけもわからない状況の中、「なぜ」という考えも及ばず、目の前のいろんな状況に、頭はこんがらがっていただけだった。 その当時の自分に、言ってあげたい。「わけのわからないことを考えるのは一旦、やめよう、もっと先 [続きを読む]
  • 苦しみを背負う覚悟を持つ
  • ”「自分は生涯この苦しみを背負っていこう」という心の姿勢のある人は、いつか苦しみは消えていく、消えていくということは人間として深まっていくことである”(加藤諦三)最近であった本の中に書かれていた文言である。多くの哲学者が共通して言っていることは、つらさを乗り越えて成長するということであると。 久しぶりに「加藤諦三」さんの言葉に触れた。ずいぶん前に、子どもが生まれたときに、母としての心構えを彼の本か [続きを読む]
  • 堂々と我が道を歩くべし
  • 台風通過中ではあるが、ひさしぶり過ごしやすい朝を迎えた。 いつも思うことは、なぜ、苦しむことになったのだろうかということである。なぜ、自分だったのだろうかと問いかけてきた。 幼い時から、両親の関係、母と姑の関係のなかで、子供なりに、もっとこうすれば仲良くなれるのにとか、もっとこうすれば、喧嘩しなくてもいいのにとか、そういう目で大人を見てきた。 母の愚痴を聞きながら、なんでもっとうまくできないのだろう [続きを読む]
  • 負け犬なんかじゃない
  • 不登校、いじめ、引きこもり、自傷、うつ、虐待、抜毛等々今の世の中、清く、正しく、生きようとする者にとっては、まことに息苦しい時代である。 清濁併せ呑むのが人間社会ではあるが、今は、濁が多すぎる。逃げ場となる、家庭のなかでも堂々と濁がまかり通っている。最悪である。人間社会のバランスがくずれている。 それに対して、ノーを突き付けているのが、不登校であり、引きこもり、問題行動等々なのであろうもっと、増えて [続きを読む]
  • 我を捨てる
  • 抜毛に、走らないためには、心おだやかにいるのが一番である。 そのためには、自分以外の人の人生にかかわらないことである。 眼や耳や口が、外に向いているので、いろんなことを見聞きし、言ってはならないことを言ってしまうものである。 特に、そんな人が、身近にいられると、たまらない。 そんな時は、我、関せず、逃げるが勝ちである。 なぜ、どうしてと思えば思うほど、ドツボにはまってしまうものである。 気が付くと、自分 [続きを読む]
  • 逃げ場
  • 抜毛を克服したからこそ見えてくるものがある。 抜毛に限らず、心が整えば、いろんなことが見えてくるものである。 逃れることのできない苦しさから逃れようとしていた時代があった。 逃げても逃げても追いかけてきた。 しかし、抜毛があったから生きてこれた。 抜毛は、自ら作り出した逃げ場だったのだ。 他に、何処にも安心して素の自分でいられる場はなかった。 あの時は、自分にとって必要な場であったのだ。 内向きな性格だっ [続きを読む]
  • 不登校
  • 学校からの逃避であり、一つの勇気ある選択である。小中学校までは、親には教育を受けさせる義務がある。教師は、教える義務がある。子には、学ぶ権利はあるが、行く義務はないのである。ゆえに、嫌であれば、行かなくてもいいわけである。 学校に行かない子供を、無理やり登校させようとするのではなく、変わらなければならないのは大人の側である。みんなが、学校へ行くから行くのではない。目の前の、世間体や、大人の事情で、 [続きを読む]
  • 逃避
  • 時には、現実逃避することを良しとする生き方をすると心が楽になるものである。 時には、しなくてならないことを後回しにして、グータラする時間もいいものである。 完璧さをもとめて頑張りすぎるくらいの自分にとっては必要な時間である。 やるときはやる、やらない時は、やらない、そのバランスをうまく、切り替える。 偏り過ぎるとイライラしてくるのでほどほどがいい、その加減をつかむと楽になる。 そんな付き合い方を、自分 [続きを読む]
  • 不器用
  • 久方ぶりにブログを書こうかなと前回のブログを読み直してみた。我ながら良いこと書いてあるなって、つい「いいね」をポチっと押してしまった。あ!と思ったけど後の祭り、消せないですよね。最近は、好きなことに没頭していて、ブログから遠ざかっていた。あれもこれも器用に掛け持ちできないところが不器用なのである。 昨日の、高校生ぐらいの女の子からの相談が、心に火をつけたようだ。自分が経験したことのない話を聴くのは [続きを読む]
  • ポッカリとあいた穴
  • 常に安定した心でいるには、心が程よく充たされていなければならないのだろう。現在、抜毛をしなくていられるのは、そういうことなのだろうと思う。 両親は、経済的には不自由なく育ててくれたと思う。足りなかったものは、十分な愛だったのではないか。両親は、もっと苦しい中で育ってきているので、責められないが、親になってからも、子どもたちに愛を与えるより求めていた。 当然、子どもは、愛に飢えていった。外に向けて求め [続きを読む]
  • 疲れた
  • やっと終わったゴールデンウィークやりきった感のある心地よい疲れである。 朝8時半から夕方6時半までのスクーリングでした。最後までいけるのだろうかと思いつつ、何とかやりきることができました。 遠方から同じ志をもった人たちが、家族を置いて泊まり込みで来ていることを思うと大変だなんて言えない。 中でも一番年上であろう私を同じように仲間として仲良くしてくれ、逆に、私を見て励みになったといってくれたことが、頑 [続きを読む]
  • 心の目
  • 最近は、アメーバさんから、うながされてブログを書いている今日この頃である。 不精な私にとっては有難いと思っている。 最近思うこと、人はいくつになっても学ぶことは大切だなって、 自ら足をはこぶからこそ、新しい出会いや発見、学びがあるものである。 浅く、広くを、楽しんでいる今日この頃である。 こんなに心から、人生を楽しむことができる日が来ることは想像だにしていなかった。 どっぷりと苦しみのなかで、おぼれ、も [続きを読む]
  • 孫の誕生
  • 昨日、息子に次男が誕生し、顔を見てきました。なんてかわいんだろう。ただただ、生まれてきてくれたことに有難うでした。 申し訳ないが、自分の子どもより孫はまた格別な思いになるものである。 こうして次の世代へとつなげていってくれることがうれしいく思う。 どんな人生を送っていくのだろうか。 いろんな山坂を、たくましく乗り超えていってほしいと願う。 心が弱かった自身は、苦しさから逃げて逃げてそれでも逃げて、いき [続きを読む]
  • 親より一歩前にでよ
  • 子は親を乗り越えるために生まれたものである。 幼い時から、親を通して与えられた生きていく知恵。 その知恵で、生きづらさを感じているとするならば、親自身も、生きづらさを抱えながら生きてきたことになる。 であるならば、いつまでも親と同じ目線で物を見ていては生きづらさは消えてはいかない。 よりいい生き方を目指して、親の知らない世界へのスタートをしていかなければならないのである。 未踏の世界へのスタートには不 [続きを読む]
  • ひとはひと、自分は自分
  • なぜ、生きづらさを感じるのか。 それは親を乗り越えていないからだ。 産んで育ててくれたことには感謝の心は必要である。 しかし、思春期以降に入ったら、巣立たなければならない。 いつまでもしがみついていては親も子も不幸である。 親は手放さなければならないし、子も巣立つ準備が必要なのである。 大きく立ちはだかる親の存在を飛び越えなければ巣立つことはできないのである。 それがスムーズにいかないと、子は自信を失い [続きを読む]
  • 自立心を養う
  • 久しぶりにブログを書こうかなと・・・。 いつも、抜毛していた頃のことを振り返りつつ、思うままに書かせていただいている。 抜毛に至るまでの経過をたどると、幼いころから何らかの問題行動が出ていた。 それが変化しつつ、たどりついたのが、抜毛だったわけである。 リストカットだったかもしれないし、摂食障害になっていたかもしれない。 共通して言えることは、幼児性のまま大きくなったことであった。 そういう形でしか表現 [続きを読む]
  • 存在の意味
  • 自分が存在することの意味は何だろうか。 家族の苦しみイコール自分の苦しみであった。 親が苦労していると子供も苦労する。 親が背負いきれない苦労を子供は背負うものである。 いつの世もそうして受け継がれていくのだろう。 人は幸せになるために生まれてくるという。 苦労の先に幸せがあるという。 それをつかむことができるのは、苦労の最先端にいるものなのだろうか。 目の前の苦にめげずに果敢に生きぬいてきたものに与えら [続きを読む]
  • 家族って何
  • 最近は毎日のように家族関係の中で事件が起きている。 これ以上最悪なものはないのではないだろうか。 抜毛も、家族関係のひずみから出てきたものだと思っている。 精神的に病んだり、心の問題も家族関係の中で起きているのだはないだろうか。 私の時代は、抜毛はマイノリティな存在であった。 抜毛していると聞くと、医者は、恥ずかしくないのかと笑うだけであった。。 それくらい医者も無知であった。 今や、リストカット、抜毛 [続きを読む]
  • 親子ってなんだ
  • 親子の関係について思うがままに綴りたい。 基本的に子供は親の言うことを聞かないものである。それを容認できない親は問題である。また、子どもが物わかりが良く素直に聞いていたとしたら問題ととらえた方がいい。 親との年齢差は埋めようがないものである。親の人生、子の人生は同じであるはずがない。ゆえに言葉で理解し合えると思う方が大きな勘違いである。子に親の人生の何がわかるというのか。頭を混乱させるだけである。 [続きを読む]