ピアS&C 奈津子65 さん プロフィール

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ピアS&C 奈津子65さん: 抜毛症克服した者からのメッセージ」
ハンドル名ピアS&C 奈津子65 さん
ブログタイトル抜毛症克服した者からのメッセージ」
ブログURLhttps://ameblo.jp/e19499211207n/
サイト紹介文抜毛症克服へのヒントや自傷、引きこもりも含めて心の問題に向き合いたい。
自由文抜毛症は病気ではなく癖であり、自傷も同じこと、訳が分からず言葉に表現できないから抜け出すことが難しい、表面に出ているものだけを何とかしようとするのではなく、目に見えない心に向けてこそ見えてくるものがあると思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供24回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2014/10/26 13:54

ピアS&C 奈津子65 さんのブログ記事

  • 存在の意味
  • 自分が存在することの意味は何だろうか。 家族の苦しみイコール自分の苦しみであった。 親が苦労していると子供も苦労する。 親が背負いきれない苦労を子供は背負うものである。 いつの世もそうして受け継がれていくのだろう。 人は幸せになるために生まれてくるという。 苦労の先に幸せがあるという。 それをつかむことができるのは、苦労の最先端にいるものなのだろうか。 目の前の苦にめげずに果敢に生きぬいてきたものに与えら [続きを読む]
  • 家族って何
  • 最近は毎日のように家族関係の中で事件が起きている。 これ以上最悪なものはないのではないだろうか。 抜毛も、家族関係のひずみから出てきたものだと思っている。 精神的に病んだり、心の問題も家族関係の中で起きているのだはないだろうか。 私の時代は、抜毛はマイノリティな存在であった。 抜毛していると聞くと、医者は、恥ずかしくないのかと笑うだけであった。。 それくらい医者も無知であった。 今や、リストカット、抜毛 [続きを読む]
  • 親子ってなんだ
  • 親子の関係について思うがままに綴りたい。 基本的に子供は親の言うことを聞かないものである。それを容認できない親は問題である。また、子どもが物わかりが良く素直に聞いていたとしたら問題ととらえた方がいい。 親との年齢差は埋めようがないものである。親の人生、子の人生は同じであるはずがない。ゆえに言葉で理解し合えると思う方が大きな勘違いである。子に親の人生の何がわかるというのか。頭を混乱させるだけである。 [続きを読む]
  • 親とは何だ
  • 私は3人の子の親である。子育てにおいて、常に親とは何だということを意識してきた。 なぜなら見本になるべき親がいなかったからだ。親は存在していたが、親とは思えなかったからだ。母はいつも不平満々で感情のままに荒れていた。父は家族を正座させ、聖人君子のような立派なことを得々と並べ立て悦に入っていた。ひとことも、口答えすることを許さなかった。その立派な父が母に対し、無知な女と見下し、挙句に暴力をふるってい [続きを読む]
  • ルーツを知ることで自分が見えてくる
  • 昔「ルーツ」という映画を見たことがある。アメリカの黒人がアフリカから連れてこられ奴隷となり、その後開放されて現在までのことを、若い黒人の青年が自分のルーツを知る物語である。それが映画化されヒットした。 その時は、ただ感動するだけで終わったものであった。若いときは、自分のことばかりに目がいき、親のルーツなんて考えもしなかった。 歳を重ねるうちに、自分のルーツについて考えるようになった。親のことを考えら [続きを読む]
  • 母の墓参り
  • あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。 忙しかった三が日が過ぎ、ようやく母の墓参りに行ってきた。久方ぶりに母と対面し、いろいろ思い出にふけってきた。なんだか涙があふれてきた。 母の人生は、まだミルクが必要な時に養女としてもらわれていきはじめは蝶よ花よと育てられたそうだ。その後、養父が亡くなり、養母は出ていき養父の妹が面倒を見ることになったという。 養父の妹は、母を疎んじて [続きを読む]
  • 流れる川
  • 最近読んだ本に書かれていたものである 心は「流れる川」のようにいつも前に向いていかなければならない というようなことが書かれていた。 簡単なことのようで難しい。 滞ることの方が多い。 が、奮起し、気持ちを切り替えて流れるようにしていかなければならないのだろう。 それを心がけていくうちに、スムーズに流れるようになっていくのだろう。 後ろに向きがちな心を、幾度、前に向かせてきたことか。 決してあきらめず、前に [続きを読む]
  • いじめ
  • 今も昔も、いじめはいっこうになくならないものである。 そのために自ら死を選ぶ子がいることがとても悲しい。 なぜに、そこまで追い込むまでやるのだろう。 殺人者と化していることを自覚するべきである。 子どもといえども許せない。 天につばを吐くのと同じであることを知らないのであろう。 自分のモヤモヤ感を関係のない人にぶつけているだけである。 そんな連中に関わったら大変である。 逃げるが勝ちである。 そのためには [続きを読む]
  • 目をそらして向き合わない
  • いつの間にか習慣づけられてしまった抜毛行為。 親さえも対処できずに目をそむけてきたものである。 だからといって子が引き受けていくことではないものである。 親への問題提起をしているに過ぎないことである。 親が問題として受け止めない限り消えていくことは難しいのである。 我が身に起こっているがゆえに自分の問題と勘違いしやすいのである。 何度も言うようだけど、親元にいる間に始まった抜毛行為に責任を負う必要はない [続きを読む]
  • ボランティア活動のすすめ
  • 抜毛を抱えながらできること、まず最初に取り組んだのが以前からやりたいと思っていたボランティア活動であった。 青少年に対する相談を受ける傾聴ボランティアである。 悩み苦しんできたものとして共感できる場となった。 今年で22年目になる。 その間に、自らも学びスキルアップしていくことで、成長してきたように思う。 相談を通して、ともに悩みながら解決策を模索していく中での気付きが自身の大きな気付きとなっていった [続きを読む]
  • 抜毛に囚われているうちは、明るい未来は来ない
  • 久しぶりにブログを書こうかなと・・・。 前回から随分とブログから遠ざかっている間に相談メールが届いていたのに、気付かずづ半月あまり経っていた。申し訳なさひとしおである。ようやく返事を書いたものの、気が付いてくれるかな。 ということで、ブログを書くことにする。 楽しい瞬間でもふっとよぎる現実、抜毛に囚われるなと言っても無理なことなのだろう。 これをなんとかしたい、これさえなければ幸せになれる。 本当にな [続きを読む]
  • 天敵抜毛症
  • 好きでもないのに無意識のうちに勝手に入り込んできた奴 追い出そうとしてもしっかり住みつき意識ないすきをねらって人を操り苦しむのを楽しんでいた奴 どんなに手を尽くしても手についた餅のように粘り強く居座っていた奴 心から笑いたいのに笑うこともさせてくれない奴 飛びたくても飛ばしてくれなかった奴 これでもかこれでもかと心をめちゃくちゃにしてくれる奴 掘り出すことができないくらい心に深く入り込み根付いている奴 [続きを読む]
  • 自身に活を入れ気合いで生きぬこう!!
  • 人は成長過程で、はえば立て、そして歩めとその期待に応えるように親の喜ぶ顔がうれしくて頑張る。 そのことが誰かの期待に応えるように脳裏に刷り込まれる。たしかに自我が目覚めてくるまでは必要なことなのだろう。 第一反抗期、第二反抗期、そして自立していく過程で、一旦、捨てて、自我を前面に出す場があるのだろう。 いつまでも誰かの為、顔色をみながら生きていると自分をどこかに置き忘れ見失ってしまい生きづらくなって [続きを読む]
  • 優しさと甘え
  • 辛い自分に優しくするのは良い。 しかし、その優しさは甘えさせることではないと思う。 以前は、優しくするのと甘えさせるのは同じだと思っていた。 幼いころから甘えることを知らなかったように思う。 乳幼児期に、十分に甘えさせてもらった経験が、子どもの自信につながっていくことを後になって学ぶ。 そうした甘えの下地があってはじめて、成長する過程の厳しさを 乗り越えていけるものであると。 乳幼児期を覚えていないが、 [続きを読む]
  • 一人ぼっちは寂しい
  • 取りあえず親元から出たものの一人暮らしは寂しい。 寂しいと、抜毛が悪化するし、ろくなことがない。 一人で生きていくには軟弱すぎる。 好きだった彼と同棲することにした。 彼も問題をかかえていたこともあり、お互いに支え合える関係になれるのではと思った。 軟弱者同士が一緒になったという関係だった。 二人ならなんとかやっていけると思っていた。 そのうち子供が出来た。 家庭に入り支え手に回る。 生活は苦しかったが、 [続きを読む]
  • 自分を救うためにしたこと
  • 先日墓参りに行った すでに両親は亡くなっている。 墓の前に立ってみるが何の感情も湧いてこない。 ただ、毎年行っているだけのことである。 親不孝と言われようが現実である。 親が作った家庭は、子として安心して生きていけるような環境ではなかった。 生きる気力さえも奪われてしまった。 子がそこまで追い詰められているということは、親には決してわからないだろう。 生きる屍であった。 死にたい死にたいと日記帳にどれだけ [続きを読む]
  • 理由
  • 暑い日が続いています。 ウイッグ族にとっては大変な季節である。 なるべく暑いところへ出かけるのは控えている。 だけど家の中だけにいると緊張感がなくなってくる。 そうなると、暇を持て余し、抜毛に手を出していた。 ろくなことにならなかった。 真っただ中にいる人は、気が付くと頭に手が・・・。 そんな時は、シャワーやシャンプーなどして気分転換するといい。 それくらいは意識していないと、取り戻せなくなる。 結果、自 [続きを読む]
  • 難は有難い?
  • あるコミュニティ紙からのお誘いを受けて座禅体験をする。 シーンと静まり返った座禅堂で、呼吸を整え半眼で座り続けること30分。 前半は、無心とは程遠く、雑念が次から次と出てきた。 後半になってようやく雑念が消えた。 終わるころには、心は落ち着き、居心地の良い経験をさせていただいた。 日常からかけ離れた、別世界であった。修行してこられた高僧のお話は、人生に通じるものであった。 人生もまた修行の場である。 縁あ [続きを読む]
  • 気持ちのいい生き方
  • 抜毛は抜いた瞬間、気持ちのいい高揚感がある。その魅力にはまってしまう。その次に来る罪悪感と後悔。 ダメとわかっていながら止められない麻薬みたいなものである。 満たされない何かを満たそうとしている。 下手にできることがあるものだからもっといろんなことができると勘違いし、追い込んでいくから苦しいのである。 現実は、自分のことすら思うようにならない身の程知らずである。 そして大切な自分の人生を不満だらけにし [続きを読む]
  • 成長させてくれたものだった
  • 抜毛癖は非常に自身を苦しめるものである。 何処に行くにも、人間関係においても、仕事をするにも常に立ちはだかったものは、抜毛であった。 行動の基準が、他人には知られたくないという思いが先に立つ。 知られそうになるとさっと身を引いてきた。 周りからどう思われようと、抜毛症であることは知られたくなかった。 なぜ!どうして!、可哀そう!と同情されたくはなかった。 そんなプライドだけは持っていた。 自分を傷つけて [続きを読む]
  • 反省
  • 日ごろ、人にはやさしく、親切をモットーにしている。どちらかといえば、良い人で生きている。感謝されることも多い。 しかし、自身のことで頭がいっぱいの時は、そうでいられなくなる時がある。 忙しいって、心を亡くすともいうけれど、本当だなって。 人が話しかけてくれている言葉に、耳を傾けていない。後で、そのことに気が付き、反省しきりであるが、きっと傷ついたであろうと思う。また出会った時に、言い訳しよう。 いつも [続きを読む]
  • 子供の日記
  • 連休に片づけをしているときに、巣立っていった、子供の手帳が残されていた、何気にあけると、日々の思いをつらつらと書き記していた。 残していくなよと思いつつ、見てしまった。20代のころに書いたものだろう。そこには夢を語り、挫折したり、悩んだりと、揺れ動く心模様が描かれていた。なぜかホッとした。若者は、悩み苦しみ、そして成長していくものであるからだ。 子どもたちはなぜ抜毛に走らなかったのだろうか。 正直、 [続きを読む]
  • 連休にしたこと
  • 昨年は、支援員の仕事をなんとかやりきることができた。今年度、4月からはかなり仕事量を減らすことにした。子どもたちとのふれあいはとても楽しいものだったが、体力的にはきつかった。そんな歳になっていることを忘れていた。 今年は少し休もう。休みがちだったプールへも行こう。連休は、やらなければと思いつつ見て見ないふりをしていた身の回りの片づけをした。一つ片付けると、次が見えてくる。次から次となかなか止まらな [続きを読む]
  • 10年の節目
  • 振り返ると人生には、10年ごとの節目があるようだ。 どんなことでも10年は続けたいと思ってきたところがある。 10年たって結果として形に現れてくるものである。 今年に入り、一つの節目が来たようである。 今までの流れが、確実に変わろうとしていることを感じている。 6回目の節目のスタート、今は準備段階である。 そんなことを思っている今日この頃である。 抜毛症の話をしようと思う。 抜毛していた頃は、生きていくことがし [続きを読む]
  • 内る怒り④
  • 抜毛を抑えこんでくれたのは「内なる怒り」だった。 もし、他者から抑え込まれたものだとしたら、新たな問題行動につながっただろう。幼いころから、指しゃぶりにはじまり、爪かみ、さらに左利きを強制的に右利きへと箸の持ち方ハサミの使い方まで、次から次と口うるさく言われ抑えこまれてきた。子のためという名目で・・・。 親にとっては、常に、問題児であり気になる子供であった。いつも、強い力で抑え込まれ逃げ場がなく、心 [続きを読む]