ピアS&C 奈津子65 さん プロフィール

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ピアS&C 奈津子65さん: 抜毛症克服した者からのメッセージ」
ハンドル名ピアS&C 奈津子65 さん
ブログタイトル抜毛症克服した者からのメッセージ」
ブログURLhttps://ameblo.jp/e19499211207n/
サイト紹介文抜毛症克服へのヒントや自傷、引きこもりも含めて心の問題に向き合いたい。
自由文抜毛症は病気ではなく癖であり、自傷も同じこと、訳が分からず言葉に表現できないから抜け出すことが難しい、表面に出ているものだけを何とかしようとするのではなく、目に見えない心に向けてこそ見えてくるものがあると思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供33回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2014/10/26 13:54

ピアS&C 奈津子65 さんのブログ記事

  • 負け犬なんかじゃない
  • 不登校、いじめ、引きこもり、自傷、うつ、虐待、抜毛等々今の世の中、清く、正しく、生きようとする者にとっては、まことに息苦しい時代である。 清濁併せ呑むのが人間社会ではあるが、今は、濁が多すぎる。逃げ場となる、家庭のなかでも堂々と濁がまかり通っている。最悪である。人間社会のバランスがくずれている。 それに対して、ノーを突き付けているのが、不登校であり、引きこもり、問題行動等々なのであろうもっと、増えて [続きを読む]
  • 我を捨てる
  • 抜毛に、走らないためには、心おだやかにいるのが一番である。 そのためには、自分以外の人の人生にかかわらないことである。 眼や耳や口が、外に向いているので、いろんなことを見聞きし、言ってはならないことを言ってしまうものである。 特に、そんな人が、身近にいられると、たまらない。 そんな時は、我、関せず、逃げるが勝ちである。 なぜ、どうしてと思えば思うほど、ドツボにはまってしまうものである。 気が付くと、自分 [続きを読む]
  • 逃げ場
  • 抜毛を克服したからこそ見えてくるものがある。 抜毛に限らず、心が整えば、いろんなことが見えてくるものである。 逃れることのできない苦しさから逃れようとしていた時代があった。 逃げても逃げても追いかけてきた。 しかし、抜毛があったから生きてこれた。 抜毛は、自ら作り出した逃げ場だったのだ。 他に、何処にも安心して素の自分でいられる場はなかった。 あの時は、自分にとって必要な場であったのだ。 内向きな性格だっ [続きを読む]
  • 不登校
  • 学校からの逃避であり、一つの勇気ある選択である。小中学校までは、親には教育を受けさせる義務がある。教師は、教える義務がある。子には、学ぶ権利はあるが、行く義務はないのである。ゆえに、嫌であれば、行かなくてもいいわけである。 学校に行かない子供を、無理やり登校させようとするのではなく、変わらなければならないのは大人の側である。みんなが、学校へ行くから行くのではない。目の前の、世間体や、大人の事情で、 [続きを読む]
  • 逃避
  • 時には、現実逃避することを良しとする生き方をすると心が楽になるものである。 時には、しなくてならないことを後回しにして、グータラする時間もいいものである。 完璧さをもとめて頑張りすぎるくらいの自分にとっては必要な時間である。 やるときはやる、やらない時は、やらない、そのバランスをうまく、切り替える。 偏り過ぎるとイライラしてくるのでほどほどがいい、その加減をつかむと楽になる。 そんな付き合い方を、自分 [続きを読む]
  • 不器用
  • 久方ぶりにブログを書こうかなと前回のブログを読み直してみた。我ながら良いこと書いてあるなって、つい「いいね」をポチっと押してしまった。あ!と思ったけど後の祭り、消せないですよね。最近は、好きなことに没頭していて、ブログから遠ざかっていた。あれもこれも器用に掛け持ちできないところが不器用なのである。 昨日の、高校生ぐらいの女の子からの相談が、心に火をつけたようだ。自分が経験したことのない話を聴くのは [続きを読む]
  • ポッカリとあいた穴
  • 常に安定した心でいるには、心が程よく充たされていなければならないのだろう。現在、抜毛をしなくていられるのは、そういうことなのだろうと思う。 両親は、経済的には不自由なく育ててくれたと思う。足りなかったものは、十分な愛だったのではないか。両親は、もっと苦しい中で育ってきているので、責められないが、親になってからも、子どもたちに愛を与えるより求めていた。 当然、子どもは、愛に飢えていった。外に向けて求め [続きを読む]
  • 疲れた
  • やっと終わったゴールデンウィークやりきった感のある心地よい疲れである。 朝8時半から夕方6時半までのスクーリングでした。最後までいけるのだろうかと思いつつ、何とかやりきることができました。 遠方から同じ志をもった人たちが、家族を置いて泊まり込みで来ていることを思うと大変だなんて言えない。 中でも一番年上であろう私を同じように仲間として仲良くしてくれ、逆に、私を見て励みになったといってくれたことが、頑 [続きを読む]
  • 心の目
  • 最近は、アメーバさんから、うながされてブログを書いている今日この頃である。 不精な私にとっては有難いと思っている。 最近思うこと、人はいくつになっても学ぶことは大切だなって、 自ら足をはこぶからこそ、新しい出会いや発見、学びがあるものである。 浅く、広くを、楽しんでいる今日この頃である。 こんなに心から、人生を楽しむことができる日が来ることは想像だにしていなかった。 どっぷりと苦しみのなかで、おぼれ、も [続きを読む]
  • 孫の誕生
  • 昨日、息子に次男が誕生し、顔を見てきました。なんてかわいんだろう。ただただ、生まれてきてくれたことに有難うでした。 申し訳ないが、自分の子どもより孫はまた格別な思いになるものである。 こうして次の世代へとつなげていってくれることがうれしいく思う。 どんな人生を送っていくのだろうか。 いろんな山坂を、たくましく乗り超えていってほしいと願う。 心が弱かった自身は、苦しさから逃げて逃げてそれでも逃げて、いき [続きを読む]
  • 親より一歩前にでよ
  • 子は親を乗り越えるために生まれたものである。 幼い時から、親を通して与えられた生きていく知恵。 その知恵で、生きづらさを感じているとするならば、親自身も、生きづらさを抱えながら生きてきたことになる。 であるならば、いつまでも親と同じ目線で物を見ていては生きづらさは消えてはいかない。 よりいい生き方を目指して、親の知らない世界へのスタートをしていかなければならないのである。 未踏の世界へのスタートには不 [続きを読む]
  • ひとはひと、自分は自分
  • なぜ、生きづらさを感じるのか。 それは親を乗り越えていないからだ。 産んで育ててくれたことには感謝の心は必要である。 しかし、思春期以降に入ったら、巣立たなければならない。 いつまでもしがみついていては親も子も不幸である。 親は手放さなければならないし、子も巣立つ準備が必要なのである。 大きく立ちはだかる親の存在を飛び越えなければ巣立つことはできないのである。 それがスムーズにいかないと、子は自信を失い [続きを読む]
  • 自立心を養う
  • 久しぶりにブログを書こうかなと・・・。 いつも、抜毛していた頃のことを振り返りつつ、思うままに書かせていただいている。 抜毛に至るまでの経過をたどると、幼いころから何らかの問題行動が出ていた。 それが変化しつつ、たどりついたのが、抜毛だったわけである。 リストカットだったかもしれないし、摂食障害になっていたかもしれない。 共通して言えることは、幼児性のまま大きくなったことであった。 そういう形でしか表現 [続きを読む]
  • 存在の意味
  • 自分が存在することの意味は何だろうか。 家族の苦しみイコール自分の苦しみであった。 親が苦労していると子供も苦労する。 親が背負いきれない苦労を子供は背負うものである。 いつの世もそうして受け継がれていくのだろう。 人は幸せになるために生まれてくるという。 苦労の先に幸せがあるという。 それをつかむことができるのは、苦労の最先端にいるものなのだろうか。 目の前の苦にめげずに果敢に生きぬいてきたものに与えら [続きを読む]
  • 家族って何
  • 最近は毎日のように家族関係の中で事件が起きている。 これ以上最悪なものはないのではないだろうか。 抜毛も、家族関係のひずみから出てきたものだと思っている。 精神的に病んだり、心の問題も家族関係の中で起きているのだはないだろうか。 私の時代は、抜毛はマイノリティな存在であった。 抜毛していると聞くと、医者は、恥ずかしくないのかと笑うだけであった。。 それくらい医者も無知であった。 今や、リストカット、抜毛 [続きを読む]
  • 親子ってなんだ
  • 親子の関係について思うがままに綴りたい。 基本的に子供は親の言うことを聞かないものである。それを容認できない親は問題である。また、子どもが物わかりが良く素直に聞いていたとしたら問題ととらえた方がいい。 親との年齢差は埋めようがないものである。親の人生、子の人生は同じであるはずがない。ゆえに言葉で理解し合えると思う方が大きな勘違いである。子に親の人生の何がわかるというのか。頭を混乱させるだけである。 [続きを読む]
  • 親とは何だ
  • 私は3人の子の親である。子育てにおいて、常に親とは何だということを意識してきた。 なぜなら見本になるべき親がいなかったからだ。親は存在していたが、親とは思えなかったからだ。母はいつも不平満々で感情のままに荒れていた。父は家族を正座させ、聖人君子のような立派なことを得々と並べ立て悦に入っていた。ひとことも、口答えすることを許さなかった。その立派な父が母に対し、無知な女と見下し、挙句に暴力をふるってい [続きを読む]
  • ルーツを知ることで自分が見えてくる
  • 昔「ルーツ」という映画を見たことがある。アメリカの黒人がアフリカから連れてこられ奴隷となり、その後開放されて現在までのことを、若い黒人の青年が自分のルーツを知る物語である。それが映画化されヒットした。 その時は、ただ感動するだけで終わったものであった。若いときは、自分のことばかりに目がいき、親のルーツなんて考えもしなかった。 歳を重ねるうちに、自分のルーツについて考えるようになった。親のことを考えら [続きを読む]
  • 母の墓参り
  • あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。 忙しかった三が日が過ぎ、ようやく母の墓参りに行ってきた。久方ぶりに母と対面し、いろいろ思い出にふけってきた。なんだか涙があふれてきた。 母の人生は、まだミルクが必要な時に養女としてもらわれていきはじめは蝶よ花よと育てられたそうだ。その後、養父が亡くなり、養母は出ていき養父の妹が面倒を見ることになったという。 養父の妹は、母を疎んじて [続きを読む]
  • 流れる川
  • 最近読んだ本に書かれていたものである 心は「流れる川」のようにいつも前に向いていかなければならない というようなことが書かれていた。 簡単なことのようで難しい。 滞ることの方が多い。 が、奮起し、気持ちを切り替えて流れるようにしていかなければならないのだろう。 それを心がけていくうちに、スムーズに流れるようになっていくのだろう。 後ろに向きがちな心を、幾度、前に向かせてきたことか。 決してあきらめず、前に [続きを読む]
  • いじめ
  • 今も昔も、いじめはいっこうになくならないものである。 そのために自ら死を選ぶ子がいることがとても悲しい。 なぜに、そこまで追い込むまでやるのだろう。 殺人者と化していることを自覚するべきである。 子どもといえども許せない。 天につばを吐くのと同じであることを知らないのであろう。 自分のモヤモヤ感を関係のない人にぶつけているだけである。 そんな連中に関わったら大変である。 逃げるが勝ちである。 そのためには [続きを読む]
  • 目をそらして向き合わない
  • いつの間にか習慣づけられてしまった抜毛行為。 親さえも対処できずに目をそむけてきたものである。 だからといって子が引き受けていくことではないものである。 親への問題提起をしているに過ぎないことである。 親が問題として受け止めない限り消えていくことは難しいのである。 我が身に起こっているがゆえに自分の問題と勘違いしやすいのである。 何度も言うようだけど、親元にいる間に始まった抜毛行為に責任を負う必要はない [続きを読む]
  • ボランティア活動のすすめ
  • 抜毛を抱えながらできること、まず最初に取り組んだのが以前からやりたいと思っていたボランティア活動であった。 青少年に対する相談を受ける傾聴ボランティアである。 悩み苦しんできたものとして共感できる場となった。 今年で22年目になる。 その間に、自らも学びスキルアップしていくことで、成長してきたように思う。 相談を通して、ともに悩みながら解決策を模索していく中での気付きが自身の大きな気付きとなっていった [続きを読む]
  • 抜毛に囚われているうちは、明るい未来は来ない
  • 久しぶりにブログを書こうかなと・・・。 前回から随分とブログから遠ざかっている間に相談メールが届いていたのに、気付かずづ半月あまり経っていた。申し訳なさひとしおである。ようやく返事を書いたものの、気が付いてくれるかな。 ということで、ブログを書くことにする。 楽しい瞬間でもふっとよぎる現実、抜毛に囚われるなと言っても無理なことなのだろう。 これをなんとかしたい、これさえなければ幸せになれる。 本当にな [続きを読む]
  • 天敵抜毛症
  • 好きでもないのに無意識のうちに勝手に入り込んできた奴 追い出そうとしてもしっかり住みつき意識ないすきをねらって人を操り苦しむのを楽しんでいた奴 どんなに手を尽くしても手についた餅のように粘り強く居座っていた奴 心から笑いたいのに笑うこともさせてくれない奴 飛びたくても飛ばしてくれなかった奴 これでもかこれでもかと心をめちゃくちゃにしてくれる奴 掘り出すことができないくらい心に深く入り込み根付いている奴 [続きを読む]