心證寺住職 さん プロフィール

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心證寺住職さん: 心證寺住職のブログ
ハンドル名心證寺住職 さん
ブログタイトル心證寺住職のブログ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/jotozanshinshoji
サイト紹介文諸天昼夜 常為法故 而衛護之 諸天善神に護られて わたしたちを毎日見守ってくださる仏さま神さま。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2014/11/08 20:21

心證寺住職 さんのブログ記事

  • 猿投神社の千手観音 2
  • 猿投神社の千手観音が修復されて、豊田市郷土資料館で公開されていると聞いて、行ってきました。(前回のブログ)その足で猿投神社にも参拝しました。猿投神社は、猿投山の麓に本社があり、山中に東の宮、西の宮があるそうです。最初に見えてきたのは、黄色い大きな鳥居。鳥居をくぐり、石橋を渡り、総門をくぐると杉並木の参道が続いています。こんな立派な杉の木もありました。参道の先に今度は茶色い鳥居。その向こうが拝殿です [続きを読む]
  • 猿投神社の千手観音
  • 猿投神社の千手観音が修復されて、豊田市郷土資料館で公開されていると聞いて、行ってきました。猿投神社の山中観音堂で守り継がれてきた仏さまで、普段は絶対秘仏としてお姿を見ることができません。修復が完了したのを機に、今回だけ特別に公開されました。(写真は朝日新聞から)カヤの一木づくりでお顔やおなかがややふっくらしています。身長は約170cmでほぼ等身大です。木肌が美しく、痛みも少なく、とてもきれいな仏さ [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 5
  • 5 どうかこれが兜率(とそつ)の天の食に変わって 賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その5回目です。「永訣の朝」の最後は、初版本では どうかこれが天上のアイスクリームになって  やがてはおまへとみんなとに 聖い資糧をもたら [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 4
  • 賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その4回目です。永訣の朝の最後は、  どうかこれが天上のアイスクリームになって  おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに  わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふという句で終わっていま [続きを読む]
  • 今年も木蓮が開花しました
  • きのう、木蓮が開花しました。13日、14日と5月のような陽気が続き、いっぺんに開きました。昨年(2017)は、3月17日、一昨年(2016)は3月12日、2015年は3月20日、2014年は3月25日。(2017年の記事、2016年の記事、2015年の記事)今年は、1月2月は寒かったですが、3月になってから暖かい日が続いて、早い開花となりました。季節は毎年毎年、規則正しく巡ってきます。けれど、全く同じところにもどってくるのではなく [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 3
  • 宮澤賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その第3回です。「うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」これは、妹トシが激しい熱とあえぎの間に、ひとりごとのようにつぶやいたことばです。「また人 [続きを読む]
  • 宮澤賢治「永訣の朝」と法華経 2
  • 宮澤賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その第2回です。「ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまっすぐにすすんでいくから」 ああとし子 死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしゃうあかるくするために こんなさっ [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 1
  •  宮沢賢治は、今から100年ほど前、大正時代の終わりから昭和の初めにかけて、数多くの童話や詩を書いた人です。今でこそ、「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」「注文の多い料理店」など多くの作品が人々に愛されていますが、生前、彼の作品はほとんど知られていませんでした。 「永訣の朝」は、賢治26歳の時に、妹トシを失った悲しみを歌った詩です。女子大学を優秀な成績で卒業して、さあ、これから世のために働きたいと願っ [続きを読む]
  • 岐阜大仏
  • 岐阜市の金華山の麓、岐阜公園の近くに「岐阜大仏」があるそうです。行ってきました。岐阜公園前の通りを少し南に歩くと、見えてきました。3階建ての大仏殿です。お城の天守閣のよう。お寺っぽくない。正面にまわりました。「千と千尋」に出てきた銭湯のようでもありますね。大仏とご対面。高さ14m。奈良の大仏より1m低いだけです。鎌倉大仏は11m。岐阜大仏の方が大きい!!!右手はOKサインのような印を結んでいますが、 [続きを読む]
  • 西尾市の岩瀬文庫
  • 愛知県西尾市に岩瀬文庫という図書館があります。まだ新しい建物で、中はまるで美術館のようです。しかしここは、日本国内で例を見ない、古書専門の図書館です。しかも、誰が行っても貴重な古書を手にとって閲覧することができるのです。岩瀬文庫は、西尾市の実業家、岩瀬弥助という人が明治の終わり頃、私設の図書館として設立したものです。私財を投じてあらゆる分野の古今の名著を集め、講堂や音楽堂、婦人のための閲覧室や児童 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 3
  • 東京へ鬼子母神巡りに出かけました。雑司ヶ谷、入谷と巡って、池上に向かいました。上野から京浜東北線に乗り、蒲田で東急池上線に乗り換え、池上で降ります。池上駅前から左右に店の並ぶ本門寺参道を歩き、霊山橋を渡ると本門寺の寺域に入ります。左右に塔頭寺院が並ぶ中、参道右側に鬼子母神堂はあります。意外と歴史は新しく、大正9年に創建されたのだそうです。本門寺にも参拝しました。総門をくぐったところ。奧に「此経難持 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 2
  • 東京へ鬼子母神巡りに出かけました。雑司ヶ谷の鬼子母神から池袋駅方面に歩いてすぐ、法明寺という日蓮宗の寺院がありました。嵯峨天皇の御代の弘仁元年(西暦810年)真言宗の寺院として開創され、正和元年(1312年)日蓮聖人のお弟子で中老僧の一人、日源上人が日蓮宗に改宗、威光山法明寺と寺号を改めたのだそうです。現在、鬼子母神堂の管理をしてくださっています。1月ですが、桜が咲いていました。お会式桜でしょうか。日蓮聖 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 1
  • あけましておめでとうございます。今年もよい年でありますように。東京へ鬼子母神巡りに出かけました。この日は快晴。新幹線の車窓から富士山がばっちり見えました。はじめに向かったのは、雑司ヶ谷の鬼子母神。山手線大塚駅前から都電に乗って鬼子母神前で降ります。鬼子母神参道。古いケヤキ並木です。到着。この鬼子母神堂は、江戸時代以前に近くの畑から出土した鬼子母神像を里人が祀ったのが始まりといわれています。境内に庫 [続きを読む]
  • 第26回杉戸寄席が開催されました。
  • 12月23日、近くの銭湯、杉戸浴場で第26回の杉戸寄席が開催されました。寄席は、銭湯の脱衣所で行われます。折しも12月23日は先代のご主人のご命日だそうです。先代が亡くなって、若女将が後を継ぎ10年。杉戸寄席も回を重ねて26回。町の銭湯として多くの人が集う場所になりたいとの思いから、若女将は杉戸寄席を始め、さまざまなイベントに一生懸命取り組んでいらっしゃいます。その間、多くの人との出会いがあり、助けられて今日 [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 6
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり、海住山寺、現光寺、大智寺、神童寺に続いて寿宝寺などの南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺のある三上山のふもとは、木津川が大きく湾曲し、台地状の地形が広がっています。百人一首にあるみかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむの歌に詠まれている、みかの原がこのあたりと言われています。(「恭仁宮跡復元図」京都府教育委員会のHPより) [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 5
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺、現光寺、大智寺、神童寺に続いて寿宝寺を訪ねました。こちらも事前にお電話でお願いして、拝観させていただきました。到着すると、市街地にあるお寺で、本堂は平成9年に建て替えられていて、町中にある普通の寺院という趣でした。重要文化財の千手観音さまを始め、古い仏さまが収蔵庫で守られています。町中の普通のお寺に重要 [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 4
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺(かいじゅうせんじ)、現光寺、大智寺に続いて神童寺(じんどうじ)を訪ねました。秘仏特別開扉の時期は終わっていましたが、思い切ってお寺に電話したところ、拝ませていただけるとのことでした。木津川沿いから、小さな川に沿った曲がりくねった道を車で進むこと10分、小さな集落にたどり着きました。集落の集会所に車を止め [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 3
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺(かいじゅうせんじ)、現光寺に続いて、大智寺を訪ねました。大智寺は、JR木津駅近くの市街地にありました。木津川のほとり、泉大橋の袂です。古い街道沿いにあります。テントの中で、京都古都文化保存会の方が対応してくださいました。本堂に大きな作り付けの厨子があり、そのなかに獅子にまたがった大きな文殊さまがいらっしゃ [続きを読む]
  • 特定外来生物「タイワンザル」、和歌山で根絶宣言へ
  • 朝日新聞に「特定外来生物「タイワンザル」、和歌山で根絶宣言へ」という記事が載りました。(2017年11月24日)和歌山県北部の閉園した動物園から逃げ出したタイワンザルが野生化して、繁殖していたそうです。タイワンザルはしっぽがニホンザルに比べて長いだけで、外見、大きさ、習性、食べ物、生息場所など日本ザルとほとんど変わらないそうです。交尾すれば子どもが生まれ、その子どもも繁殖能力を持っています。生物学的には同 [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 2
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺(かいじゅうせんじ)に続いて、現光寺を訪ねました。現光寺の由来は、あまりわかっていないそうです。江戸時代に再興されたそうですが、現在も住職、檀家はなく、海住山寺の住職が管理しているそうです。地元の方によって境内の維持管理がされているようでした。現光寺では、鎌倉時代の観音座像が大切に守られてきました。重要文 [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 1
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたりを南山城(みなみやましろ)と呼ぶようです。南山城、知らないと、なんざんじょう と読んでしまいそうです。この地域で 11月、京都府木津川市社寺秘宝秘仏特別開扉というイベントと京都非公開文化財特別公開というイベントが、ほぼ同時期に開催されています。両方に参加している社寺もあります。南山城地区のお寺では、浄瑠璃寺や岩船寺がよく知られています。京都とも奈良とも違う、落ち着 [続きを読む]
  • 宗祖お会式法要を営みました。
  • 宗祖日蓮聖人のお会式法要を営みました。日蓮聖人は、弘安5年(1282年)10月13日にお亡くなりになりました。10月13日を中心に、全国各地の日蓮宗寺院では、お会式(おえしき)を営みます。当山では毎年11月3日にお会式法要を行っています。日蓮聖人がお亡くなりになったとき、秋にもかかわらず桜の花が満開になったという故事にちなんで、本堂内を造花の桜で飾ります。法要では、参詣の皆さんとうちわ太鼓をたたいてお題目をお [続きを読む]
  • 長瀧白山神社と長瀧寺 2
  • 長瀧白山神社に来ています。同じ境内に長瀧寺があります。天台宗の寺院になっています。長瀧寺も白山神社も元は一つでした。白山を神としてあがめ、仏の姿を思い描き、山中で修行しました。白山神社に宝物館があります。釈迦如来座像。向かって右は普賢菩薩、左は文殊菩薩。(写真はパンフレットから)とてもきれいな仏さまです。四天王像もありました。彩色がとてもよく残っていました。(宝物館のチケットを写真に撮りました。) [続きを読む]
  • 長瀧白山神社と長瀧寺 1
  • 今年は白山開山1300年。白山には、美濃から、越前から、加賀からの三つの登拝の道がありました。美濃からの道は今の国道156号に重なります。等間隔に真新しい灯籠が建てられています。長瀧白山神社の駐車場にはこんな石碑も。ということで、長瀧白山神社に行ってきました。白山長瀧寺も同じ境内にあります。参道の両側には塔中寺院の跡がいくつも残っています。その中の一つ。拾った石を持ったまま、息を止めて祠を三回まわると健 [続きを読む]
  • 石徹白の白山中居神社と石徹白の大杉 2
  • (前回からのつづき)石徹白の白山中居神社を訪ねています。白山中居神社に「磐境(いわさか)」がありました。社を建立して神様をお祭りするようになる以前の古代において、神様が天から降りてこられて、鎮座していらっしゃる石やその聖域を磐境とか岩倉、磐座と呼んだようです。白山の神様がここに降りてこられたのでしょうか。心證寺がある愛知県一宮市近辺でも、真清田神社や国府宮神社、その名も岩倉の新溝神社などに岩倉があ [続きを読む]