心證寺住職 さん プロフィール

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心證寺住職さん: 心證寺住職のブログ
ハンドル名心證寺住職 さん
ブログタイトル心證寺住職のブログ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/jotozanshinshoji
サイト紹介文諸天昼夜 常為法故 而衛護之 諸天善神に護られて わたしたちを毎日見守ってくださる仏さま神さま。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供45回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2014/11/08 20:21

心證寺住職 さんのブログ記事

  • 明日は盂蘭盆施餓鬼法要を厳修いたします。
  •  今年も暑い中、お盆が近づいてきました。 盂蘭盆(うらぼん)とは古いインドの言葉である梵語のウランバンナ(Ullambana)を音訳したもので、「逆さ吊り」という意味です。餓鬼道に落ち、供養を受けられず、逆さ吊りの責め苦にあっているさまざまな霊を救うための法会が盂蘭盆会です。 目連尊者(もくれんそんじゃ)が、餓鬼道に落ちた母を苦しみから救うため、お釈迦さまの導きにより、食べ物と水を用意して経を読み、餓鬼道 [続きを読む]
  • のむらしげ代とその仲間展
  • 障害のある子どもたちが描いた絵画の展覧会に行ってきました。稲沢市の荻須美術館です。「のむらしげ代&その仲間たち展」明るい色づかい、画面からはみ出そうな勢い、どの絵も描きたい対象を思い切り描いています。「インドの動物たち」仲良くぎゅっと集まっています。「花火」色も形も構図もすてきです。淡い色づかいの水彩画のように見えますが、ちぎり絵です。2mmくらいの小さな小さな色紙が隙間なく貼ってあります。指導さ [続きを読む]
  • 石清水八幡宮に行きました 2
  • 石清水八幡宮に行ってきました。麓からはケーブルカーで上がります。高低差82m。乗車時間は3分。あっという間です。ケーブルカー終点近くの展望台からの眺望。京都方面を望みます。南総門です。総本社。国宝です。本社の背後にもたくさんの社がありました。帰りは歩いて山を下りることにしました。ケーブルカーの駅は本殿の後ろ側にありました。歩いて下りるには表参道を下ります。両側に燈籠の立つ表参道がまっすぐに伸びてい [続きを読む]
  • 石清水八幡宮に行きました 1
  • 徒然草に仁和寺(にんなじ)の法師が石清水八幡宮に参拝する有名な話があります。こんな話です。すこしふくらませて書きます。仁和寺は京都の御室(おむろ)にある大きな寺院で大勢の僧侶が生活を共にしながら修行に励んでいます。その中の一人のお坊さん、何十年もの間、ひとすじに修行に打ち込んできました。気づいてみると、もう老年です。死ぬ前に一度、あの有名な石清水八幡宮に参拝したい。そう思い立ったお坊さんは、たった [続きを読む]
  • 第28回すぎと寄席が開催されました。
  • 先日、心證寺において第28回すぎと寄席が開催されました。梅雨の中休み。思いの外の晴天。さわやかでした。最近人気の御裳(みも)神社にならって手水にあじさいを浮かべてみました。すぎと浴場の女将、杉戸亭さちさん。最初の頃は、聞いてる方がハラハラすることもあったのですが、どんどんお上手になって、今回は話に引き込まれて大笑いしました。KOHARU亭けいじろう君。高校生になって生徒会で活躍されているそうです。相変わら [続きを読む]
  • 太陽の塔
  • 先日、大阪府の北部地域に行く用ができて、待ち時間もあったので、万博記念公園の「太陽の塔」を見てきました。ここに来たのは、大阪万博以来、といっても大阪万博の時、私は7〜8歳だったのでほとんど記憶がありません。高速道路を通過しながら横目に見たことはありましたが、実際に行ってみると、とても巨大で圧倒的な存在感でした。となりは、高さ日本一のエキスポシティーの観覧車。存在感では太陽の塔は負けていません。お寺 [続きを読む]
  • 九品地公園の石碑
  • 一宮市文京1丁目、九品地公園の南東、宮西公民館の脇に、下のような石碑が立っています。前から気になっていたのですが、上の方のカメレオンみたいな装飾は何でしょう?拡大すると、こんな感じです。なんでしょう?ところが、最近、よく似たものを見かけました。滋賀県に観峰館という書道関係の博物館があります。そこに、中国の古典的な石碑のレプリカがいくつか建ててあります。その中の一つです。上のカメレオンのような所に「 [続きを読む]
  • 第28回すぎと寄席
  • 第28回杉戸寄席が開催されます。杉戸浴場の女将さんがさっそくポスターを持ってきてくれました。勉学専念のため一時活動を休止していたKOHARU亭兄弟も復活します。どうぞみなさんでお越しください。心證寺ウエブページ [続きを読む]
  • 猿投神社の千手観音 3
  • 猿投神社の千手観音が修復されて、豊田市郷土資料館で公開されていると聞いて行ってきました。その足で猿投神社にも参拝しました。(前回のブログ)今回修復された十一面観音立像は、猿投神社境内外の山中観音堂に秘仏本尊として安置されていたそうです。猿投神社の奧、山を少し入ると観音堂はありました。建物は、室町時代のものだそうで、中尊寺の金色堂のように鞘堂で覆われています。猿投山は、古くから山岳信仰、巨石信仰のあ [続きを読む]
  • 猿投神社の千手観音 2
  • 猿投神社の千手観音が修復されて、豊田市郷土資料館で公開されていると聞いて、行ってきました。(前回のブログ)その足で猿投神社にも参拝しました。猿投神社は、猿投山の麓に本社があり、山中に東の宮、西の宮があるそうです。最初に見えてきたのは、黄色い大きな鳥居。鳥居をくぐり、石橋を渡り、総門をくぐると杉並木の参道が続いています。こんな立派な杉の木もありました。参道の先に今度は茶色い鳥居。その向こうが拝殿です [続きを読む]
  • 猿投神社の千手観音
  • 猿投神社の千手観音が修復されて、豊田市郷土資料館で公開されていると聞いて、行ってきました。猿投神社の山中観音堂で守り継がれてきた仏さまで、普段は絶対秘仏としてお姿を見ることができません。修復が完了したのを機に、今回だけ特別に公開されました。(写真は朝日新聞から)カヤの一木づくりでお顔やおなかがややふっくらしています。身長は約170cmでほぼ等身大です。木肌が美しく、痛みも少なく、とてもきれいな仏さ [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 5
  • 5 どうかこれが兜率(とそつ)の天の食に変わって 賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その5回目です。「永訣の朝」の最後は、初版本では どうかこれが天上のアイスクリームになって  やがてはおまへとみんなとに 聖い資糧をもたら [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 4
  • 賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その4回目です。永訣の朝の最後は、  どうかこれが天上のアイスクリームになって  おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに  わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふという句で終わっていま [続きを読む]
  • 今年も木蓮が開花しました
  • きのう、木蓮が開花しました。13日、14日と5月のような陽気が続き、いっぺんに開きました。昨年(2017)は、3月17日、一昨年(2016)は3月12日、2015年は3月20日、2014年は3月25日。(2017年の記事、2016年の記事、2015年の記事)今年は、1月2月は寒かったですが、3月になってから暖かい日が続いて、早い開花となりました。季節は毎年毎年、規則正しく巡ってきます。けれど、全く同じところにもどってくるのではなく [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 3
  • 宮澤賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その第3回です。「うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」これは、妹トシが激しい熱とあえぎの間に、ひとりごとのようにつぶやいたことばです。「また人 [続きを読む]
  • 宮澤賢治「永訣の朝」と法華経 2
  • 宮澤賢治は法華経を熱心に信仰していました。法華経の理解なしに賢治の文学をほんとうに理解することはできないと思います。毎日法華経を読んでいる者の視点から、「永訣の朝」を読んで、気づいたことを書いてみたいと思います。その第2回です。「ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまっすぐにすすんでいくから」 ああとし子 死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしゃうあかるくするために こんなさっ [続きを読む]
  • 宮沢賢治「永訣の朝」と法華経 1
  •  宮沢賢治は、今から100年ほど前、大正時代の終わりから昭和の初めにかけて、数多くの童話や詩を書いた人です。今でこそ、「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」「注文の多い料理店」など多くの作品が人々に愛されていますが、生前、彼の作品はほとんど知られていませんでした。 「永訣の朝」は、賢治26歳の時に、妹トシを失った悲しみを歌った詩です。女子大学を優秀な成績で卒業して、さあ、これから世のために働きたいと願っ [続きを読む]
  • 岐阜大仏
  • 岐阜市の金華山の麓、岐阜公園の近くに「岐阜大仏」があるそうです。行ってきました。岐阜公園前の通りを少し南に歩くと、見えてきました。3階建ての大仏殿です。お城の天守閣のよう。お寺っぽくない。正面にまわりました。「千と千尋」に出てきた銭湯のようでもありますね。大仏とご対面。高さ14m。奈良の大仏より1m低いだけです。鎌倉大仏は11m。岐阜大仏の方が大きい!!!右手はOKサインのような印を結んでいますが、 [続きを読む]
  • 西尾市の岩瀬文庫
  • 愛知県西尾市に岩瀬文庫という図書館があります。まだ新しい建物で、中はまるで美術館のようです。しかしここは、日本国内で例を見ない、古書専門の図書館です。しかも、誰が行っても貴重な古書を手にとって閲覧することができるのです。岩瀬文庫は、西尾市の実業家、岩瀬弥助という人が明治の終わり頃、私設の図書館として設立したものです。私財を投じてあらゆる分野の古今の名著を集め、講堂や音楽堂、婦人のための閲覧室や児童 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 3
  • 東京へ鬼子母神巡りに出かけました。雑司ヶ谷、入谷と巡って、池上に向かいました。上野から京浜東北線に乗り、蒲田で東急池上線に乗り換え、池上で降ります。池上駅前から左右に店の並ぶ本門寺参道を歩き、霊山橋を渡ると本門寺の寺域に入ります。左右に塔頭寺院が並ぶ中、参道右側に鬼子母神堂はあります。意外と歴史は新しく、大正9年に創建されたのだそうです。本門寺にも参拝しました。総門をくぐったところ。奧に「此経難持 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 2
  • 東京へ鬼子母神巡りに出かけました。雑司ヶ谷の鬼子母神から池袋駅方面に歩いてすぐ、法明寺という日蓮宗の寺院がありました。嵯峨天皇の御代の弘仁元年(西暦810年)真言宗の寺院として開創され、正和元年(1312年)日蓮聖人のお弟子で中老僧の一人、日源上人が日蓮宗に改宗、威光山法明寺と寺号を改めたのだそうです。現在、鬼子母神堂の管理をしてくださっています。1月ですが、桜が咲いていました。お会式桜でしょうか。日蓮聖 [続きを読む]
  • 東京の鬼子母神巡り 1
  • あけましておめでとうございます。今年もよい年でありますように。東京へ鬼子母神巡りに出かけました。この日は快晴。新幹線の車窓から富士山がばっちり見えました。はじめに向かったのは、雑司ヶ谷の鬼子母神。山手線大塚駅前から都電に乗って鬼子母神前で降ります。鬼子母神参道。古いケヤキ並木です。到着。この鬼子母神堂は、江戸時代以前に近くの畑から出土した鬼子母神像を里人が祀ったのが始まりといわれています。境内に庫 [続きを読む]
  • 第26回杉戸寄席が開催されました。
  • 12月23日、近くの銭湯、杉戸浴場で第26回の杉戸寄席が開催されました。寄席は、銭湯の脱衣所で行われます。折しも12月23日は先代のご主人のご命日だそうです。先代が亡くなって、若女将が後を継ぎ10年。杉戸寄席も回を重ねて26回。町の銭湯として多くの人が集う場所になりたいとの思いから、若女将は杉戸寄席を始め、さまざまなイベントに一生懸命取り組んでいらっしゃいます。その間、多くの人との出会いがあり、助けられて今日 [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 6
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり、海住山寺、現光寺、大智寺、神童寺に続いて寿宝寺などの南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺のある三上山のふもとは、木津川が大きく湾曲し、台地状の地形が広がっています。百人一首にあるみかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむの歌に詠まれている、みかの原がこのあたりと言われています。(「恭仁宮跡復元図」京都府教育委員会のHPより) [続きを読む]
  • 南山城(みなみやましろ)の仏像巡り 5
  • 京都府の南部、奈良県と接するあたり南山城の古いお寺をまわって、仏さまを拝んできました。海住山寺、現光寺、大智寺、神童寺に続いて寿宝寺を訪ねました。こちらも事前にお電話でお願いして、拝観させていただきました。到着すると、市街地にあるお寺で、本堂は平成9年に建て替えられていて、町中にある普通の寺院という趣でした。重要文化財の千手観音さまを始め、古い仏さまが収蔵庫で守られています。町中の普通のお寺に重要 [続きを読む]