山城めぐり さん プロフィール

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山城めぐりさん: 山城めぐり
ハンドル名山城めぐり さん
ブログタイトル山城めぐり
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi
サイト紹介文新潟、山梨、長野、群馬、栃木、埼玉県などの埋もれた城跡を探索しております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供462回 / 365日(平均8.9回/週) - 参加 2014/11/17 21:53

山城めぐり さんのブログ記事

  • 長井坂城
  • 七二会歴史講演会は平成28年度の古い情報でしたお詫びします。長井坂城は群馬県昭和村川額(かわはけ)にあります。長井坂城地図昭和村から赤城村(現渋川市)に向かう県道255号線でバス停永井口から東に村道を進むと1.8kmくらいに案内が出ています。林道を登りきると本丸への案内があります。車は戻り100mくらいに路駐帯があります。関越自動車道の上にあり、地元教育委員会の頑張りがあって、この長井坂城を突っ切 [続きを読む]
  • 小松原城
  • 小松原城は長野市篠ノ井小松原にあります。小松原城地図国道19号線の信号両郡橋から県道381号線に入り、900mくらいで右折し県道383号線に入ります。600mくらいで天照寺の棒標が出ています。天照寺お堂の脇を通って、墓石の奥に登り道があります。中腹まで登るときちんとした林道にぶつかります。尾根の着きますと、なんと民家があり(廃屋)ここから西に進みます。(道は埋もれてしまったようです)峰が見えてきま [続きを読む]
  • 松原城
  • 松原城は長野県長野市中条日下野にあります。松原城地図大町海道(地方道31号線)で七二会方面から西に進み、中城トンネルの手前の市道を左折し、眠月山臥雲寺の道を北に向かいます。途中で城の平という案内の道に入ります。城の平入口ここは天明山中騒動集合の地天明三年(1783)浅間山が大噴火を起し、一か月間も厚い雲に覆われて、農作物は全く取れず大飢饉となった年で、この飢饉に在地の農民が一揆を起したと記述されて [続きを読む]
  • 吉窪城③
  • 曲輪4から二の丸の不思議な石積に入り、曲輪5へ曲輪3から南に廻ると、曲輪4が南下にあります。曲輪4から二の丸へ登って来ると虎口Aがあります。ここは抉られていて、中央に石を集めた祠があったと思われます。石積の場所は虎口Aから入ったところです。宮坂氏は抉られた地形を気にされていないようですが、池のように私は見えました。そして中央の石積は水天宮を祭っていたのかもしれません。石積の二の丸の東側中央を分断する [続きを読む]
  • 吉窪城②
  • 本丸から中央を横切る土塁を越えて二の丸へ稲荷神社、奥に見えるのが本丸と二の丸を分断する土塁鳥居を見下ろしています。神社と祠が並んでいます。ここは本丸部です。本丸は大きく分けて三つに仕切られています。「信濃の山城と館」更埴・長野編 宮坂武男氏著 北は右手です。本丸の南西にある抜け穴二の丸とを区切る土塁土塁を越えて二の丸二の丸曲輪3曲輪3に立って、二の丸の城壁を見ています。次回 曲輪4から二の丸の南西 [続きを読む]
  • 吉窪城
  • 吉窪城は長野県長野市塩生乙にあります。(松山城二の曲輪は補足しています。)吉窪城地図地図を−をワン いたしますと小田切ダムが表示されます。地名の通り吉窪城は小田切氏の居城です。小田切氏は佐久市にある雁峰城を本城としていました。この本城から長野市の塩生乙まで移った背景は、小田切氏は上杉氏の配下に着き、侵攻してくる武田氏に抵抗をつづけた氏族です。葛山城では落合氏とともに守備に就いて小田切駿河守幸 [続きを読む]
  • 総裁選で地方票獲得のための嘘
  • 安倍晋三という男は平気で嘘をつく、地方議員の票を獲得するためには「農産物輸出データの水増し疑惑」安倍首相流「農産物輸出」にも粉飾・水増し疑惑──自民党総裁選の一断面を覗く①自民党総裁選の焦点の1つは全810票の半分を占める地方票の行方で、安倍晋三首相としてはその6割以上を獲得できなければ「事実上の敗北」で、3選を果たしたとしても直ちに党運営に支障を来し、来年参院選に向けて「安倍首相では戦えない」という下 [続きを読む]
  • 松山城③
  • 馬出から三の曲輪・二の曲輪へ曲輪4から空堀を経て三の曲輪の東側にある馬出馬出から土橋を渡り三の曲輪へ土橋を渡って三の曲輪は縄張り図でみると魚のように二の曲輪から東・北へ回り込んでいます。土橋からは尾鰭に渡るように見えます。棒柱説明尾鰭の部分から二の曲輪へ通じています。三の曲輪(二の曲輪からは北東に当たります。)せっかくですから棒標を入れて置きます。三の曲輪西先端部三の曲輪から曲輪4を見ています。三 [続きを読む]
  • 松山城②
  • 曲輪4へ土塁を形成して北への道土塁は奥に入って壕となり、先に円筒状の曲輪が待っています。東の曲輪の西先端部(曲輪4の東にある曲輪)東曲輪東曲輪を見返しています。曲輪4への虎口曲輪4曲輪4の説明曲輪4の北西にある横矢曲輪4の東側曲輪4の西側土塁説明の棒標にあるように幅5mもあります。曲輪4を見渡しています。次回 二の曲輪から三の曲輪へ難波田憲重難波田 憲重(なんばだ のりしげ、? - 天文15年(1546年)4 [続きを読む]
  • 松山城
  • 松山城は埼玉県吉見町北吉見にあります。松山城地図国道407号線の信号松本町から東に地方道27号線を進み滑川を渡れば松山城です。橋の左手50mほどに駐車場があります。登り口にある縄張り図応永年間の上田氏築城説が伝えられているとのこと。登り口から、左手には笹曲輪がありますが草に覆われています。本丸東下の中継地点に着き、真ん中の道を登れば太鼓曲輪中継地点から後方の階段を登れば本丸本丸にある縄張り図本丸を [続きを読む]
  • イベント情報
  • [特別展]安城ゆかりの大名 家康を支えた三河石川一族会期:平成30年9月22日(土) 〜 11月4日(日)観覧料:400円(中学生以下無料) 戦国期、石川一族は真宗門徒の多い西三河の各地に一族を輩出しました。由緒によると蓮如との関係を持って三河に来歴したとあります。一族の惣領家は、小川(市内小川町)に居た石川家でした。一六世紀中頃には、惣領の忠成(清兼)が家康の祖父清康・父広忠の重臣となりました。 石川一族の中で [続きを読む]
  • 四津山城③
  • 本丸へ二の丸から土塁の先に中曲輪・本丸となります。中曲輪の城壁、その先に本丸堀切から二の丸を見返しています。堀切と中曲輪本丸、四津山神社本丸を西から見ています。「新編武蔵風土記稿」には長享元年、増田四郎重富の居城と伝えられています。東から見渡しています。東の景色、市野川流域、鎌倉街道上道が走っていたそうで、この街道を監視する役目があったと思われます。この階段を下り、腰曲輪(中継地点)に通じています [続きを読む]
  • 四津山城②
  • 二の丸から三の曲輪・四の曲輪へ二の丸を北から見ています。土塁の先に本丸との間を仕切る空堀南から二の丸を見ています。左手先に虎口があります。虎口を下り堀切、中間曲輪尾根を歩き、先端に三の曲輪が見えてきます。三の曲輪尾根を振り返って見ています。三の曲輪を見下ろしています。三の曲輪の西側部、この上に四の曲輪四の曲輪から三の曲輪を見下ろしています。四の曲輪の西下の大堀切小川町教育委員会の縄張り図は、四の曲 [続きを読む]
  • イベント情報
  • 松本市の山城紹介するHP松本の山城このサイトには、林城・桐原城・山辺城・埴原城・稲倉城・伊深城・波多山城・平瀬城・虚空蔵山城・早落城・犬甘城・中塔城と松本市の主な名城の縄張り図(林城)や周辺地図をダウンロードできます。「二俣城跡及び鳥羽山城跡国史跡指定記念シンポジウム」を開催しますシンポジウムの参加者を募集します平成30年2月に「二俣城跡及び鳥羽山城跡」が文部科学大臣から国史跡に指定されたことを記念し [続きを読む]
  • 四津山城
  • 四津山城は埼玉県小川町高見にあります、四津山神社一帯が城址です。四津山城地図小川町中心を走る地方道11号線の信号総合グランド入口から県道184号線に入り1.2kmくらいに四津山神社の棒柱があります。棒柱から1.5kmくらいで神社に着きます。記念碑に戦国の世に城は築かれ、1488年高見原合戦の戦場となったと記されています。参道の階段途中に犬走があり犬走は左側の土塁に守られた腰曲輪に通じています。階段 [続きを読む]
  • 高林城
  • 高林城は群馬県富岡市下黒岩にあります。高林城地図国道254号線の信号小沢から北に地方道10号線を進み、信号下黒岩を左折します。600mくらいの信号を左折し、黒岩小の反対側に公民館があります。ここに駐車させてもらい黒岩公民館公民館から東に歩道橋があり、これを渡ります。墓地を抜けて尾根歩き15分ほどで、この堀切に着きます。堀切から右手に獣道があり登ります。尾根に着いて、東へ歩くと横堀が待ち構えています [続きを読む]
  • 蟻城⑦(北城)
  • 本丸から取り巻く空堀群本丸、南に土塁本丸を北から見ており、窪みは井戸跡本丸東側、一段低くなっています。本丸南の第一空堀本丸南の第二空堀(二重堀)空堀は南から西側に回り込んでいます。西側の堀外側の堀内側の西側の空堀内側の空堀から本丸城壁を見ています。外側の空堀外側の空堀から第一虎口縄張り図は「信濃の山城と館」佐久編、虎口は三つ西へ構築されています。つまり北城は西の集落に対して出陣の構えをしています。 [続きを読む]
  • 蟻城⑥(北城)
  • 小海町の蟻城の略図略図にある左手中央の卍の記号には善福寺がありましたが、現在は廃寺になっています。地図の通り、林道を車で行けば南城へは容易です。西城へは尾根歩きは已むを得ません。善福寺(お堂は残っています。)の裏側に進むと墓石があります。碑文があり、青柳家の方が建てたものです。青柳城地図資料に基づいての考えではありませんが、もしかすると蟻城は青柳氏が居住したのかもしれません。今後調べてみる価値はあ [続きを読む]
  • 蟻城⑤(南城)
  • 東尾根を歩きます。(縄張り図を見直しましたら、北尾根には行っていないことが分かり臍をかんでいます。)本丸東尾根第一曲輪東尾根第二曲輪堀切細尾根となり、ここで城域ですが、複合の城という観念から、この先の尾根を歩き続け二つの北尾根を歩いて見ましたところ堀切を見つけました。(ここは宮坂氏も未踏査です。)堀切から東尾根を登り第二堀切第二堀切を東から見ています。東城壁、この上が本曲輪であろうと勇んで登ったと [続きを読む]
  • 金持ち優遇の不公平 消費税UP(10%)の裏で②
  • バブル崩壊以降、日本人の多くは「日本経済全体が苦しいんだ」と思い込んできました。しかし、そうではないのです。ほとんどの国民は、収入が下がり、資産を減らしている中で、富裕層だけが肥え太ってきたのです。その大きな要因の一つが、相続税の減税だといえるのです。こういう税制が格差社会を生んだと言っても、過言ではないのです。相続税は高いのか?2015年の税制改正で、相続税の最高税率は55%となりました。この55%とい [続きを読む]
  • 蟻城④(南城)
  • 本丸へ写真で帯曲輪全体を撮れればいいのですが、奥に本丸城壁西に帯曲輪が伸びています。縄張り図は「信濃の山城と館」佐久編(南城)北は左本丸西下帯曲輪本丸北下曲輪(二の丸)二の丸に立って見渡しています。本丸二の丸を見下ろしています。次回 東尾根へ これほどの山城の規模にも拘らず史料が残っていません。佐久甲州街道を守備する山城であったのは間違いないでしょうが?海ノ口城主 平賀玄信平賀 玄信(ひらが げんし [続きを読む]
  • 金持ち優遇の不公平 消費税UP(10%)の裏で
  • 金持ち優遇の不公平。消費税UPの裏で相続税は20%も減税していた①知らない間に相続税は大減税されていた!あまり知られていませんが、この30年間、相続税は下げられっぱなしになっています。1987年までは最高税率は75%だったのが、2003年では50%にまで下げられているのです。昨今、貧富の格差が社会問題となり、さすがに相続税の税率を下げすぎたということになり、2013年の税制改正で若干、引き上げられましたが、それでも55% [続きを読む]
  • 蟻城③(南城)
  • 蟻城は西城・南城・北城と三つが集まる複合の山城です。略図、西條から南城は尾根続きです。この略図は西城から北東の林道まで道が書いてありますが、実際はこれほど遠回りをしません。しかしまだ二つの峰を登らなければなりません。西城から東の峰峰の頂上峰を下り振り返って見ています。北尾根を歩いてゆきますが堀切があり、東峰は物見か狼煙台があったと思います。尾根を延々と歩き、南城の西100m下くらいの林道に突き当た [続きを読む]
  • 蟻城②
  • 西城本丸へ第一堀切腰曲輪を見下ろしています。二の曲輪本丸城壁二の曲輪を見下ろしています。神社が祭られています。東から本丸を見ています。佐久穂町を見下ろしています。この町の国道141号線は佐久甲州街道で、山梨県北杜市へと通じています。旧小海町にある海尻城は武田信虎が幾度も信州への足掛かりとして侵攻してきたときに、村上方が防戦した山城です。この防戦に我が先祖、横尾丹波守が海尻城を守る武将として力を尽く [続きを読む]
  • 蟻城
  • 蟻城は長野県佐久穂町(旧八千穂村)穂積にあります。蟻城地図国道141号線から筑摩病院入り口の信号を東に進み信号四ツ谷を右折し地方道2号線で3.6kmくらいで東電調整池に着きます。城址は池の東にあります。調整池の東集落に案内板と地図が掲載されています。木曽義仲の四天王の一人、樋口氏と関係があると記されています。この略図を良く頭に入れて登ってください。私は尾根に取り付いて西城から攻めて、峰を三つほどク [続きを読む]