山城めぐり さん プロフィール

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山城めぐりさん: 山城めぐり
ハンドル名山城めぐり さん
ブログタイトル山城めぐり
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi
サイト紹介文新潟、山梨、長野、群馬、栃木、埼玉県などの埋もれた城跡を探索しております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供417回 / 365日(平均8.0回/週) - 参加 2014/11/17 21:53

山城めぐり さんのブログ記事

  • 稲積城②
  • 稲積神社周辺を歩きます。この丘城は那須余一が関係した城であるようです。稲積神社本殿、笹曲輪のように見えます。本殿裏の岩南虎口虎口を出て、南に矢場とされる土塁矢場から南50mほどにある祠、ここに本丸があったのではないかと推測します。外城と下館とを隔てる土塁外城はこんなに広大です。これが曲輪であるなら、どれほどの兵を養っていたのか、少し信じがたい広さです。那須与一について『平家物語』や『源平盛衰記』に [続きを読む]
  • 稲積城
  • 稲積城は栃木県烏山町下境にあります。稲積城地図地方道27号線で下酒井地区に入って西の町道を進むと、この案内板があります。縄張り図案内板から西にこの道があります。縄張り図の現在地から中城の城壁南を歩いています。中城、左手奥の森に太鼓楼ががあるようでしたが薮が酷く近づけませんでした。中城から北側景色、川は那珂川です。中城と下館との中間にある土塁と祠外城外城の北奥に稲積神社があり、もっとも遺構が残ってい [続きを読む]
  • 尊厳死を思う
  • 私の兄は胃がんで、今年の1月に亡くなりましたが、亡くなる一か月前、食事が全くとれず骨と皮までに痩せ細り、それでも癌による体をむしばむ痛みは酷く、モルヒネを打ってもらっていたがベッドで寝ていられないほど激しい痛みであったようです。こんな兄を見ていて、死が訪れるまで、苦しみ続けることが正しいのかと、本当に疑問に思いました。末期癌で治療の効果なく回復も望めないなら、自分で死を選ぶことも権利ではないだろう [続きを読む]
  • 千本城③
  • 本丸周辺を歩きます。本丸から南下の坂虎口を見下ろしています。本丸南側土塁本丸南虎口本丸東側土塁本丸南側本丸北奥にある羽黒神社、手前に土塁境内には櫓台東下の段曲輪段曲輪に立って、本丸北側下の空堀を見ています。以上で千本城は終ります。次回 烏山町 稲積城千本氏を滅亡に導いた那須資晴那須 資晴(なす すけはる)は、下野国の戦国大名。那須氏21代当主。生涯弘治3年(1557年)、那須氏20代当主・那須資胤の子として [続きを読む]
  • 千本城②
  • 本丸へ二の丸東虎口を見返しています。内側からは高い土塁で守られています。二の丸の西奥、碑がある台は本丸への坂虎口坂虎口は手前、奥の階段は羽黒神社のための後世の参拝路二の丸の西奥を見渡しています。坂虎口坂虎口を見下ろしています。右手は本丸とを隔てる空堀となっています。坂虎口を登ると、本丸南虎口本丸、中央の杉の木の通路を進めば羽黒神社本丸南側の土塁縄張り図は「余湖くんのお城のページ」より戦国期の千本氏 [続きを読む]
  • 千本城
  • 千本城は栃木県茂木町町田にあります。千本城地図国道294号線で茂木町千本地域に入り、国道から地図にある南に分かれる町道を進むと、峠を下って来て民家があるカーブの所に千本城祉のかんばんがあります。(目立ちにくい看板です。)案内板は道路の東にありますが植木に隠れぎみで見つけにくいところにあります。峠を下って来てカーブのところの西側に細い道が登城口です。狭い道ですが車で行けます。大手門(車はこの手前の空 [続きを読む]
  • 茂木城②
  • 本丸へ本丸東虎口本丸1192年鎌倉幕府の設立の年に茂木知基が築城したという。西南にある土塁と櫓跡西南下にある腰曲輪本丸南側の土塁本丸北側下の空堀、奥に二の丸二の丸二の丸から中曲輪を見ています。空堀から奥に三の丸中曲輪(平面図に名称がありません。)千人溜まり平面図南北朝の内乱で茂木知貞が頭角を現す。尊氏は叛乱の制圧に向かおうとし、天皇に征夷大将軍ヘの補任を求めたが許されず、無断で尊氏は関東に下り叛乱 [続きを読む]
  • 茂木城
  • 茂木城は栃木県茂木町の城山公園が城址です。国道123号線の信号大町から北へ町道を登ります。城山公園の案内板が出ています。城山公園駐車場にある平面図駐車場から東に大空堀から出丸へ橋の左手の空堀橋の右側の空堀平面図では出丸出丸から茂木町市街帯曲輪にある東屋物見櫓現在は遊歩道空堀の南側から見ています。帯曲輪ではなくて棚とあります。南斜面、説明板の通り急です。駐車場に戻り、西へ進むと本丸虎口次回 本丸へ茂 [続きを読む]
  • 政治を読む(小池都知事の誤算)
  • 政治を読む(小池百合子都知事)小池、前原会談によって民進を解体して、小池党に合流したが、この会談は二つの疑惑が浮かびます。一つは民進党議員と小池党によって過半数をとり政権を奪おうと本気で思ってはいなかった。二つに「民進党議員をすべて受けいれる」ということが確約されていないにもかかわらず、前原は「受け入れられる」という嘘を承知で合流を提案した。 小池は希望の党の立候補者236名をそろえたが、政権を担 [続きを読む]
  • 飯縄城③
  • 新潟県立博物館へ出かけてきました。天文23年1555(第二次合戦)と弘治3年1557(第三次合戦)についての史料が多く展示されていました。飯縄城、北尾根を歩き、曲輪4から曲輪5へ第五堀切第六堀切瘤第七堀切・小曲輪①・第八堀切空堀と腰曲輪曲輪②第八堀切と曲輪③曲輪④堀切ケ曲輪4曲輪5この先に竪堀サとコがあったようですが見逃してしまいました。(前回記事 縄張り図参照小笠原長棟と大日方氏の関係小笠原長利 [続きを読む]
  • 飯縄城②
  • 本丸から南尾根へ、そして北尾根へ曲輪2、西側に高土居曲輪2を北から見ています。堀切エ浅い堀切を越えて本丸北側斜面本丸城壁本丸本丸南下、南尾根の堀切オ南尾根、堀切カ本丸に戻って、北尾根を下ります。北尾根第一堀切第二堀切第三堀切と小曲輪第四堀切縄張り図は「信濃の山城と館4」曲輪1から左手下の北尾根を歩いています。次回 曲輪5へ「東筑摩郡誌」には小笠原持長の四男遠江守宗則より則長、道長、宗春、と居住する [続きを読む]
  • 飯縄城
  • 飯縄城は長野県塩尻市中西条にある慈光院の南西の山が城山です。(ただし慈光院の東側は館跡であったそうです)飯縄城地図辰野町方面に向かい国道153号線の信号塩尻町を右折して1.2kmくらいに慈光院があります。慈光院を東に歩くと屋敷跡地が並び、奥に虎口があります。縄張り図は「信濃の山城と館4」より、館跡を南に登り進むと中央本線の線路があり、これを渡らないようにするため東側の斜面を登って尾根を目指します。 [続きを読む]
  • 妙義山城⑤
  • 南西尾根へ鉄塔見晴台へ峰に着きますと、ここも手が入った地形であるようです。大手を土塁で曲げているように見えます。土橋見晴台(鉄塔があります)から見た東西の景色大堀切尾根を登り南西の砦の本丸(丘陵地に見えますが)西下に西曲輪西曲輪は空堀で囲んでいます。西曲輪に立っています。西曲輪の西下には腰曲輪鉄塔の先・心念堂の北にも砦を構築して警戒していた事が分かります。次回 本丸北尾根曲輪群備中三村氏の戦国期鎌 [続きを読む]
  • イベント情報
  • 安中市学習の森ふるさと学習館の企画展安中市学習の森ふるさと学習館では平成29年度企画展として山本菅助真下家所蔵文書の発見展を開催されます。期間は12月2日から来年2月26日まで 古文書が主体ですので、観れる資料の展示協力として、以下の資料を出品予定です。 1・狩野周誉筆山本勘助築城縄張検討絵図    狩野周誉は本名狩野親信、讃岐高松藩松平家御用絵師、文政2年1819年生まれ、   明治21年188 [続きを読む]
  • 妙義山城④
  • 私は多趣味な方で、今回は将棋のイベントを紹介します。お知らせ 臨江閣が対局場です。 〇11月4日(土)・5日(日) 第30期竜王戦七番勝負 第3局前橋対局が開催されます。挑戦者は羽生善治二冠・第29期竜王 渡辺明 臨江閣 前橋市大手町3−15−3 TEL 027−280−6511 費用その他を問い合わせてください。 臨江閣とは 臨江閣は近代和風の木造建築で、全体は本館・別館・茶室から成り、本館と茶室は県 [続きを読む]
  • 妙義山城③
  • 本丸から北西尾根へ本丸、妙義神社。歴史の里資料館の館長の話では、この地域で火災が多く、火除けの神様である妙義神社を(群馬県の富岡市(旧妙義町)を勧進して、ここに分社を置いたと伝えられていますとのこと。大堀切オ本丸から西尾根を進むと、この分岐になります。ここから慈眼山心念堂の道、北西尾根を歩きます。腰曲輪が二段確認できます。尾根を下り写真では道でしかないように見えますが、右手の薮を含む北西曲輪です。 [続きを読む]
  • 妙義山城②
  • 北東尾根から南東尾根、そして本丸へ北都尾根第一曲輪段曲輪北東尾根は結構急斜面です。段曲輪と大手本丸北下曲輪、この曲輪から南東尾根に向かい南東尾根の大堀切ウ大堀切を上から見下ろしています。南東尾根を下り、虎口があります。これをさらに下ってゆけば長興寺に着くようです。戻って大堀切を間に本丸城壁を見上げています。本丸南側この図をよく頭においてください。鉄塔とある先に砦があり、至る心念堂を曲がらず、尾根を [続きを読む]
  • 妙義山城
  • イベント情報-新潟県立歴史博物館メールニュース- 県立歴史博物館では、現在、秋季企画展「川中島の戦い―上杉謙信と武田信玄―」を開催しています。その記念講演会を10月22日(日)に開催します。 上杉謙信と武田信玄が川中島地方で争った川中島合戦は、華やかな合戦絵巻に彩られ、現在でもその激戦ぶりが喧伝されています。江戸時代以降、この戦いがどのように伝えられてきたのか、草双紙などを研究してこられた石川博先生にご講 [続きを読む]
  • 布上城②
  • 二の丸から本丸へ急斜面を登り深堀エと曲輪2本丸本丸南下の腰曲輪本丸西の土塁、中央で大きく割れています。本丸を西に下って曲輪3曲輪3と本丸側との堀切オ堀切オを見返しています。本丸側の城壁を見上げています。堀切オの北側を見ると畝状阻塞曲輪4曲輪4の西下に二段の堀切キ・ク布上城はこれで終了次回 塩尻市洗馬 妙義山城 [続きを読む]
  • 布上城
  • 布上城は長野県松川村川西にある伊の神公園墓地の西山に城址があります。公園墓地から城山を見ています。三角山の頂部に本丸があります。墓地の右手の道奥に行き、土手を分け入ると山道があります。(山頂部の尾根右手から登るように)堀切アと北尾根曲輪1堀切イと北尾根曲輪2堀切ウと北尾根曲輪3観勝院山城にもありましたが、布上城もこのような、尾根を削り通路を設けた曲輪4があります。北尾根虎口北尾根曲輪5二重堀切と小 [続きを読む]
  • 観勝院山城③
  • イベント情報栃木県立博物館での「中世 宇都宮氏」の企画展には出かけてきました。戦国時代を生き抜いてきた沿革と、数多くの文化財が展示され2時間も要してしまうほどの内容です。関連書籍の販売も豊富で、宇都宮氏に興味ある方は出かけて見る価値はあります。本丸へ本丸、南端に土塁土塁を見ています。本丸北側下曲輪本丸北下の堀切堀切を横から見ています。その奥に空堀と瘤北尾根を進み腰曲輪尾根をさらに進み、曲輪の城壁が [続きを読む]
  • 観勝院山城②
  • 曲輪3から曲輪2へ第三堀切第四堀切、間に曲輪4曲輪3曲輪3の東西の斜面には多くの段曲輪縄張り図は「信濃の山城と館7」安曇・木曽編西へ下る竪堀竪堀を段曲輪で受けます。第五堀切第六堀切と曲輪2(形状に特徴があり真田丸のような要塞)鞍部となって、北に本丸が続きますが次回とします。仁科氏鎌倉時代この頃には既に安曇郡一帯を治める大豪族として知られるようになり、仁科盛家は木曾義仲の挙兵に従って、横田河原の戦い [続きを読む]
  • 観勝院山城
  • 観勝院山城は長野県松川村柳田にあります。観勝院山城地図国道147号線で信号駅前から北に1.2kmほど進むと左手(西)に城山が見えてきます。麓に説明板が見えて、ここに観勝院という寺があったそうです。脇に観勝院山城についての案内板山道に沿って30分で、尾根に着き、腰曲輪尾根にある説明板と縄張り図縄張り図南虎口堀切と竪堀(大和田集落へ)反対から見ています。尾根を戻って北に歩きます。南第一曲輪(本丸に対し [続きを読む]
  • 政治を読む(節操のない民進党議員)
  • 国会が解散して、多くの民進党議員は小池の希望の党に入れるのか、締め出されるのか右往左往している。見苦しいこの上ない。民進党は、集団的自衛権を行使する安保法制に反対して来たのではないのか。憲法改正、9条の撤廃にも反対してきたはずである。この政治的立場をかなぐり捨てて、小池の希望の党に加わるとは、当選できれば考えや主張も捨て去るのか。枝野氏の立ち上げた「立憲民主党」に加わり、日本国の未来のために頑張ろ [続きを読む]
  • 織田信長公居館跡
  • 館跡を歩きます。パンフにありますように現在居館跡地を発掘調査しております。三重塔の南側を発掘しています。大手大手道は巨石列通路千畳敷の発掘居館跡地から大手を見下ろしています。大手門麓から天守閣を望んでいます。斎藤道三の来歴史料に見る道三の来歴下克上によって戦国大名に成り上がったとされる斎藤道三の人物像は、江戸寛永年間成立と見られる史書『美濃国諸旧記』などにより形成され、坂口安吾・海音寺潮五郎・司馬 [続きを読む]