今、出発の刻(たびだちのとき) さん プロフィール

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今、出発の刻(たびだちのとき)さん: 今、出発の刻(たびだちのとき)
ハンドル名今、出発の刻(たびだちのとき) さん
ブログタイトル今、出発の刻(たびだちのとき)
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/2014kurumatabi
サイト紹介文車中泊によるきままな旅 <名所旧跡を訪ねる>
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供130回 / 365日(平均2.5回/週) - 参加 2014/11/20 23:47

今、出発の刻(たびだちのとき) さんのブログ記事

  • 愛護山 善光寺(岐阜県岐阜市伊奈波通)
  • 善光寺(善光寺安乗院)武田信玄は信濃善光寺から善光寺如来を持出し、甲府に善光寺を建立しお祀りした。信玄が没すると、織田信長によって岐阜に。善光寺如来をお祀りしていた岐阜伊奈波の霊跡に、信長の嫡孫織田秀信は、稲葉善光寺堂を建立し、善光寺如来様の分身を祀った。それを安乗院と満願寺によって護持されてきたが、明治の廃物棄釈・神仏分離によって満願寺は廃寺となり、安乗院が護ってきた。水掛・願掛不動尊手洗いの前 [続きを読む]
  • 神護山 崇福寺(岐阜県岐阜市長良福光)
  • 崇福寺織田信長縁の寺と云うことで訪れた。この年の春の旅で恵林寺を参拝した。恵林寺は織田信長の焼き討ちにあい、快川国師は「安禅必ずしも山水を須いず、心頭滅却すれば火も自ら涼し」と言葉を残し、百人以上ともいわれる僧侶等とともに火に包まれた。その快川国師がこの寺の三世住職だったと知り不思議な縁を感じた。山門付近に数人の庭師が手入れをしていたが、境内は隅々にいたるまで整備されていて気持ちがいい。鐘楼元稲葉 [続きを読む]
  • 金凰山 正法寺(岐阜県岐阜市大仏町)
  • 正法寺道の駅「志野・織部」で朝を迎え、本日の予定を立てる。周辺の観光地で検索すると「日本三大仏」の文字が。その寺の名は正法寺。黄檗宗 萬福寺の末寺で、建物、作法などは中国風であり、日本の寺院とは異なる。釈迦如来像(県指定重要文化財)拝観料200円も安いし、撮影が許可されていることも嬉しい。堂内は薄暗いが、私の目よりデジタルカメラの方が遙かに優れているので心配ない。本尊の釈迦如来は、岐阜大仏として知られ [続きを読む]
  • 虎渓山 永保寺(岐阜県多治見市虎渓山町)
  • 永保寺永保寺は4回目になる。前回、訪れたときにお世話になった水彩画家の男性に再会できるといいなと思って来た。駐車場から10分ほど歩くと見慣れてきた風景が広がってくる。最初に訪れたときは2003年の火災で全焼した本堂などが再建中であった。写真を撮りながら、画家がいないか周囲を注意深く確かめていると…数メートル先で画を描いているのが見えた。近寄って挨拶をして2年前にお世話になった話しをしたが「覚えていない [続きを読む]
  • 多治見修道院(岐阜県多治見市緑ヶ丘)
  • 多治見修道院キリスト教信者ではないが宗教建築物には興味がある。ここに訪れた目的は他にもあるのだが…それは後で。青空に白い雲、天気が良いと自然写真写りもよくなる。昭和5年(1930)カトリック神言修道会宣教師モール神父によって、修道生活と邦人会員の養成を目的に、日本管区の中央修道院として設立された。聖母子像正門横に安置されている。案内板を見て「ルルドの洞窟のマリア像」に向かうが、その場所を探してもわから [続きを読む]
  • 多治見市モザイクタイルミュージアム(岐阜県多治見市笠原町)
  • 多治見市モザイクタイルミュージアム道の駅「瀬戸しなの」に宿泊。いつもはコーヒーに菓子パンを食べながら行き先を決めるのだが、この日は布団の中でスマホに向かって「最寄りの観光地」で検索。若い女の子のブログを見てここに行こうと決めた。この建物の形、面白いというか、驚いてしまう。建築家 藤森照信氏の作品。入口の案内がなければどこから入っていいのかわからない。真っ直ぐ行くと近いのに、遠回りをさせられるため、 [続きを読む]
  • 松洞山 龍泉寺(愛知県名古屋市守山区竜泉寺)
  • 龍泉寺フェリー内で重文の建築物がある、駐車場があるなどの条件を満たすということで選んだ寺である。初めて訪れる寺だと思っていたが、見覚えのある光景が広がっていた。仁王門(重要文化財)慶長12年(1607年)建立。入母屋造杮葺きの楼門。扁額には山号の「松洞山」仁王像神馬競馬好きで不謹慎ではあるが、馬券が当たりますようにと、いつも手を合わせる。手水舎龍泉寺だけに「龍」なのか… ゴジラに見えるが…本堂最澄が熱田 [続きを読む]
  • 八事山 興正寺(愛知県名古屋市昭和区八事本町)
  • 興正寺重要文化財の五重塔があると云うことを知り、数年前に訪れたことがあったが、生憎のどしゃ降りで軒下から眺めるだけ。また、大仏を鋳造し完成間近ということも、その時に聞いていたので機会があったら訪れようと考えていた。専用の立体駐車場があるが、私の車は高さがあるため特別許可をもらい、中門前に駐めた。中門かつては「女人門」と呼ばれ、修行の場である東山と西山の境に建ち女人禁制を守っていた。 昭和29年、「 [続きを読む]
  • 覚王山 日泰寺(愛知県名古屋市千種区法王町)
  • 日泰寺H29年秋の車旅の最初に選んだ寺である。日本で唯一のいずれの宗派にも属さない日本の全仏教徒のための寺院であることと私の母校と似た寺名であることに心が動いた。名古屋市内ということで駐車場の不安はあったが、ネットの情報とは違い、山門横に無料の大きな駐車場所があった。山門日本の山門では仁王像に睨みつけられるのが普通だが、この寺では僧侶の像(高さ4.5m、楠一木造り)が穏やかに迎えてくれる。阿難尊者(釈 [続きを読む]
  • 諸岳山 總持寺祖院(石川県輪島市門前町門前)
  • 總持寺祖院H27年春の放浪の旅も總持寺祖院が最後になる。かつては曹洞宗の大本山「總持寺」であったが、災禍を機に本山の機能が横浜市へ移転。移転先が「大本山總持寺」となり、能登の「總持寺」は「總持寺祖院」と改称され別院扱いとなった。扁額「三樹松関」。この門のそばにあった3本の龍の形をした松に由来するといわれる。手水舎稲荷堂パワスポ「おそうじ小僧」昔、パワースポットなどなかったのに。芳春院加賀国の戦国大名 [続きを読む]
  • 金栄山 妙成寺 その3(石川県羽咋市滝谷町)
  • 鐘楼(重要文化財) 寛永2年(1625)建立と伝える。奥に見えるのは重文の仁王門。桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、杮葺。祖師堂(重要文化財)寛永元年(1624)建立と伝える。方五間、単層入母屋造、杮葺。左が重文の本堂、右が祖師堂。宗祖日蓮聖人の坐像の左右に、開山日像上人と日像上人の師である日朗上人の坐像を祀る。入口正面には、彩色を施した迦陵頻伽(仏に使える想像上の生き物)の欄間がある。書院庭園池泉鑑 [続きを読む]
  • 金栄山 妙成寺 その2(石川県羽咋市滝谷町)
  • 丈六堂(釈迦堂)県文化財に指定。貞享3年(1686)建立。入母屋重層こけら葺。桁行5間、梁間4間半。「丈六堂」の額一丈六尺(4.85m)の釈迦如来立像が安置されている。仏は身長が1丈6尺 (約 4.85m) あるといわれることから仏像も丈六を基準としている。羽咋市柴垣の海岸に像の頭だけが流れ着き、これに合わせて胴体が造られたという。焰魔堂堂内の閻魔大王三十番神堂(重要文化財)慶長19年(1614年)建立。三間社流造、杮葺。 [続きを読む]
  • 金栄山 妙成寺 その1(石川県羽咋市滝谷町)
  • 妙成寺日蓮の孫弟子に当たる日像が開祖。日蓮宗の北陸本山で、能登随一の大伽藍をもつ。本堂、五重塔、祖師堂、経堂など10棟が国の重要文化財に指定されている。参拝順路が示された案内板。寺にあまり興味を持っていない時期に一度訪れたことがある。さざれ石浄行堂浄行菩薩をまつる御堂。浄行菩薩は法華経に出現する菩薩で、水が、あかや、けがれを清めるように人間の煩悩の汚れを取り除いてくれる。妙成寺ではこのような説明書き [続きを読む]
  • 気多大社(石川県羽咋市寺家町)
  • 気多大社(けたたいしゃ)正式には「氣多大社」と書く。能登国一宮。祭神の大己貴命は出雲から舟で能登に入り、国土を開拓したのち守護神としてこの地に鎮まったとされる。鳥居手水舎狛犬神門(重要文化財)安土桃山時代(社伝によれば天正12年(1584年))の造営。切妻造、四脚門で、檜皮葺。拝殿(重要文化財)承応2年(1653)または承応3年に大工・山上善右衛門による造営とされる。入母屋造妻入で、檜皮葺。残念なことに中心と [続きを読む]
  • 安国山 五智国分寺(新潟県上越市五智)
  • 五智国分寺5年前に訪れたときに三重塔の相輪が変形していたのが気になっていたので再び訪れた。地元の歴史愛好家に説明を受け、近隣を案内してもらったことを思い出す。山門扁額には山号の「安国山」仁王像は天保7年(1836)に製作されたが、平成6年にが倒壊した為、3年をかけて修復した。像の前に金網などの障害物がないと、迫力が伝わってくる。経蔵上越市最古の建物。本堂聖武天皇の勅願によって建立された越後国分寺の所在 [続きを読む]
  • 春日山神社(新潟県上越市大豆)
  • 春日山神社林泉寺に隣接している神社で、山形県米沢市の上杉神社より分霊され、謙信公を祭神に祀っている。一度上った事がある石段は負担にならないことを経験上知っているので、車でも行くことができるが徒歩で。明治20年(1887)、祭神の遺徳を慕う旧高田藩士小川澄晴(童話作家小川未明の父)が発起し、前島密らの援助を受けて同34年(1901)に創祀された。鳥居手水舎狛犬拝殿上杉謙信の肖像画。祭神は山形県米沢市の上杉神社よ [続きを読む]
  • 春日山 林泉寺(新潟県上越市中門前)
  • 春日山 林泉寺5年前にキャンピングカーを購入して始めて訪れたのがこの林泉寺だ。同じくブログを始めて5年、最初の投稿もこの寺で撮った写真からだ。私にとっては記念すべき寺である。惣門5年前JAFという雑誌の表紙に朝霧に包まれた惣門が掲載されていた。その写真に感動し記念の場所にしようと考えていた。惣門は春日山城の搦手門を移築したものと伝えられている。その時はこの寺が上杉謙信縁の寺などとは、まったく知らな [続きを読む]
  • 歓喜踊躍山 浄土真宗興行寺<浄興寺>(新潟県上越市寺町2丁目)
  • 浄興寺(浄土真宗興行寺)浄興寺は浄土真宗の宗祖親鸞聖人によって創設された寺院。山門からの参道の右に太子堂、左に鐘楼・経蔵と続き、正面に本堂がある。始めに重文に指定されている本堂の様子を伺う。鐘楼親鸞聖人像雨宿りをしているときに偶然この場所を見つけた。結構気に入っている一枚である。経蔵太子堂手水舎本堂(重要文化財)元仁元年(1224)『教行信証』を完成させた親鸞は浄土真宗の立宗を喜び、その気持ちを稲田草 [続きを読む]
  • 松代城(長野県長野市松代町)
  • 史跡 松代城(海津城)武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を競った川中島合戦で、武田側の拠点として築城された。千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は「海津城」と呼ばれていた。江戸時代、真田が松代藩主となると、松代城を中心に城下町が発展した太鼓門本丸内では一番大きな門。太鼓門前橋南の櫓門少し高い場所から。枡形に石垣をまわし本丸を厳重に守っている。海津城址之碑石垣本丸周辺や出入口などの重要な部分に用い [続きを読む]
  • 川中島古戦場(長野県長野市小島田町)
  • 川中島古戦場歴史上有名な場所で一度行ってみたいと思っていたが、その場所が何処にあるかなど確認していなかった。偶然の出来事だが、松代城に向かう途中、走行していた道路横に案内があった。「武田・上杉両雄 一騎打ちの地」予期していなかった、さらに憧れの地だけに気持ちが高ぶる。八幡社平安中期、源顕清が信濃に流されたとき、この地に八幡大神を鞘堂内の神殿に祀られたことから、この広原一帯を八幡原と名づけた。手水舎 [続きを読む]
  • 水上布奈山神社(長野県千曲市大字戸倉上中町)
  • 水上布奈山(みずかみふなやま)神社本殿が重要文化財に指定されているということでナビに入力。途中大きな神社もあったが案内されたのは小さな神社。道路工事で鳥居の前に重機が置かれ、周辺を走っても駐車場もない。境内に入っても所謂神社らしい雰囲気をあまり感じさせない。「飯盛女の献燈籠」稲荷神社の前に立つ燈籠が主役である。1839年(天保10年)7月に下戸倉宿に働く飯盛女52名と旅籠屋主人が奉納したもので千曲市の指定 [続きを読む]
  • 新海三社神社(長野県佐久市田口)
  • 新海三社神社重要文化財の三重塔があるということで訪れた。手水鉢手水鉢に家紋があるのは珍しい。写真を拡大してみると「松平兵部少輔乗友」の銘。石段の奥に拝殿が見える狛犬にも歴史を感じる拝殿扁額には「新海三社神社」拝殿の奥に「西本社」(写真左)と「中本社」。中央に「御魂代石」がある中本社諏訪大社上社の御祭神を奉祀する西本社出雲美保神社の御祭神を奉祀する神楽殿東本社(重要文化財)「東本社・中本社・西本社」 [続きを読む]
  • 小諸城址「懐古園」(長野県小諸市)
  • 小諸城址「懐古園」布引観音で出逢った地元の方に「小諸城」に行くと話すと「懐古園」の無料券をいただいた。その時、話しが噛み合っていないと思っていたが、城跡は、市営公園「小諸城址懐古園」として整備され、有料で公開されていた。小諸義塾塾長 木村熊二石垣にレリーフが嵌め込まれている。この人物についての知識はない。二の丸跡上田合戦時の徳川本陣跡。上田城を訪れたとき敵側の城も行かなければならないと考えていた。 [続きを読む]
  • 布引山 釈尊寺<布引観音>(長野県小諸市大久保)
  • 釈尊寺<布引観音>重要文化財の観音堂があるということで軽い気持ちで訪れた。駐車場の大きな案内板を見て吃驚、山に上らなければならないようだ。しかも、落下物・滑落・転倒等の不測の事態は自己責任にて入山せよと。息が切れると写真を撮る。この繰り返しでリズムをつかむ。布引二段滝見守り地蔵この参道には木仏、石仏があり道行く人の安全を見守っている。牛岩岩に牛の姿が現れていると云われているらしいが、私には見えない [続きを読む]
  • 上田城跡(長野県上田市二の丸)
  • 上田城跡・真田神社大河ドラマ「真田丸」人気で上田城跡に人が集まっていることはメディアを通して知っていた。放映も数ヶ月前に終わり、ほとぼりが冷めるまで時間をおいて、さらに週末を避けて訪れた。東虎口楼門楼門付近でTV局の取材なのか、観光客に声を掛けマイクを向けている。真田丸は全て視聴し内容も覚えていたのだが、私の容姿がTV向きでないのか無視されてしまった。市の情報によると「おもてなし武将隊」というのが [続きを読む]