Aquioux さん プロフィール

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Aquiouxさん: いにしえ実録怪談
ハンドル名Aquioux さん
ブログタイトルいにしえ実録怪談
ブログURLhttp://oldkwaidan.tumblr.com/
サイト紹介文江戸時代など古い怪異譚を現代の実録怪談風に翻案します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供186回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2014/11/28 21:31

Aquioux さんのブログ記事

  • 猫になった女房
  •  本郷は湯島の円満寺前、所番地は本郷湯島六丁目、に煎餅屋がある。 その店は、夜な夜なやって来る大きな猫に、食べ物を掠め取られるという被害を受けていた。 店主は、いつかあの猫をとっ捕まえてやる、と罠を工夫していたが、その甲斐あって、文化十年六月十九日の夜、とうとう猫を捕らえた。 怒り心頭の店主は、猫を何度も何度も棒で打ち据えて、とうとう叩き殺してしまった。 ボロボロになった猫の死体の首を縄で括ると、 [続きを読む]
  • 迎えに来た男
  •  文化七年五月に聞いた話である。 連雀町に住む文中という私の友人が、最近、体験したことだという。 その夜、彼は神田須田町を一人で歩いていた。 八ツ時頃、木戸際に差しかかると、向こうにポッと灯りが見えた。 ヒタヒタという足音とともにだんだん近づいてくる光。 それは弓張提灯を持った男であった。相手が話しかけてきた。「ちと、ものをお尋ねします」「何ですかな」「新石川町に何々という神道者がいませんか。水茶 [続きを読む]
  • 奈麻戸奴加奈之
  •  奈麻戸奴加奈之(なまとんかなし)は奄美の耕作の神である。 牛の姿をしているが、普通の牛よりもはるかに大きく、角が八本、足も八本ある。毛並みは黒く、腹と腿に白い斑点がある。 声はチャルメラのようである。本土人の接近を嫌うという。 奄美大島は薩摩支配下になっても琉球王国の制度を残している。 行政区分もそうで、北側の上方(うぃほう)と南側の下方(しゃあほう)の行政区画に分かれている。 奈麻戸奴加奈之は [続きを読む]
  • 水?
  •  水?(けんもん)とは奄美大島に棲む、本土の河童や山童のようなモノである。 相撲が好きで、人に出逢うと相撲を取りたがるというが、その姿を見た人はめったにいない。 かつては人に危害を加えたという話は一切なかった。それどころか、樵を手伝って、木を背負って里まで運んでくれたりしたらしい。人家が見えると、途端に逃げ出したそうだ。 また水?の一種に宇婆(うば)というモノがいる。 ふだん通い慣れている山野など [続きを読む]
  • チリモヌ
  •  奄美大島には島の人がチリモヌ、またはザヒモンと呼ぶ動物がいる。 体色は薄黒く、尾は短い。 大きさは猫くらいで、姿は豚の仔のようでも猫のようでもある。 穢れた動物で、死人の下に敷いた蓆などに潜んでいると言われている。 たまに人目に触れることがあり、道などを歩いている人が、これに股をくぐられると、即座に体調を崩して、そのまま死に至るという。 (『南島雑話』前篇) [続きを読む]
  • 女の笑い声
  •  薩摩藩の馬役・玉置平兵衛の三男・清吉の体験談。 ある夜更け、彼は麻布の古川の辺りを歩いていた。 月は出ておらず、前後に人は誰もいない。 もし提灯を持っていなければ鼻を摘まれても分からないほど、周囲は真っ暗闇だった。 すると、向こうから女が歩いて来るのが見えた。 年の頃は四十ほど、色白の美しい女である。 ピカピカと輝く御殿女中のような着物に細帯を締め、髪は洗い髪のようになっている。 女を見て清吉は [続きを読む]
  • 川岸の大男
  •  小島清次郎から聞いた話。 ある夜、友人四、五人と川に魚を掬いに行くことになった。 友人らは麻布の永坂あたりに住んでおり、そこから古川に入った。 そのとき彼は足に疵を負っていたので川には入らず、獲物を入れる手桶を持って岸を歩いていた。 友人たちは掬った魚を岸に放り投げながら川を行く。 小島は獲物を拾い、手桶に入れながら岸を行く。 そうして、肥後殿橋あたりまで進んだときのことである。 身長が一丈を越 [続きを読む]
  • 空行く麒麟
  •  本郷五丁目の伊勢屋吉兵衛から聞いた話。 二十年くらい前のことだという。 今年は文化十三年だから、寛政の末頃だろうか。 彼はそのとき、物干し台で仰向けになって昼寝をしていたそうだ。 雲一つない真っ青な空がどこまでも高い。 そんな空を見るともなしに見ていると、何かが東から飛んできた。 ずいぶん高い場所を飛んでいるようだが、その姿はクッキリと見えた。 馬のような尾を持つ四足獣である。絵にある麒麟にそっ [続きを読む]
  • 甘酒婆
  •  文化十五年三月末から、江戸中にこんな噂が流行っている。 誰だか判らないが、夜更けに家々の締め切った戸を叩く者がいる。 続けて、その者は家内の人々に、こう呼びかける。「甘酒を召し上がらんか、召し上がらんか」 返事をしてしまうと、病気に罹り、高熱が出る。 これを甘酒婆という。 甘酒婆を避ける咒いも、噂を構成する情報に含まれている。 門口に唐辛子と杉の葉と南天の葉を吊るすと良いそうだ。 それを信じた人 [続きを読む]
  • 人の首のような星
  •  文化十年六月、人の首のような星が出るという噂が広まった。 見ると死ぬとかで、女性などは夜、空を見るのを避けるほどだった。 この星に加え、蕎麦と雷の三つの話題で世間は大いに沸いたが、徐々に鎮まり、七月には終息した。 (『我衣』巻八) [続きを読む]
  • 酒石
  •  別府の僧・蘭谷は私の親友であった。 無類の酒好きであった。 他家に招かれたときなど酒が出るのが少しでも遅れると「焼け石が今にも口から飛び出しそうだ」と言うのが口癖で、私もよく聞かされた。 彼は数年前に死んでしまったが、その前後の話を、蘭谷と同郷で私の友人でもある矢田孝治が、安政四年、私の許に来たとき聞かせてくれた。 ある日、蘭谷の前に酒がいつまでも出てこないことがあった。 じれた彼が、酒を持って [続きを読む]
  • お国訛り
  •  丹後国宮津の商人が、京の都に移住して商売を始めた。 ところが間もなく病気に罹り、聴力を完全に失ってしまった。 耳が聞こえなくては商人としての仕事ができない。 彼はやむを得ず店を畳むと、親友を頼って大阪へ向かった。 大阪の親友の許で食客として暮らし始めて三年が経った。 しかし、彼の病気は癒えず、聴力は一向に回復しない。 彼はしかたなく故郷の宮津に戻った。 宮津の旧友・知古たちは、帰ってきた彼の喋り [続きを読む]
  • 藤坂村の鼠塚
  •  河内国藤坂村の、とある農夫が所有する田地の中に、三尺四方ほどの広さの小高い草むらがあった。 なぜ、田として開墾されずにその草むらが残っているのか、その理由を知る者はいない。ただ、昔からこうだったらしい。 ある年、地主の農夫は考えた。「この草むら、ほんの僅かな面積とはいえ、このまま放置しておくのはもったいない。昔からこの状態だったことを考えると、何かいわくがあるのかも知れないが…… だが、ここはわ [続きを読む]
  • 同じ死に方
  •  知り合いの日比野から聞いた話。 享和四年、彼は西国巡りをしていた。 その途上、十一月六日の夜、播磨国市原村に到着した。 なかなか宿泊先が見つからなかったが、最終的に佐々木という医師の家に泊めてもらうことができた。 家には妻君しかいなかったが、彼女が世話をしてくれているうちに、主人の佐々木医師が戻ってきた。「いやあ、今日は朝早くから出かけてましてなぁ」 一里ほど離れた村から呼ばれたのだという。 村 [続きを読む]
  • 痘瘡の始まり
  •  ある書物には以下のように書かれている。 推古天皇三十四年、日本は凶作だった。 そこで、米や粟などの穀物を朝鮮半島南部の国、馬韓・弁韓・辰韓の三韓から百七十艘分調達した。 帰ってきた船は浪華に到着した。 その中の一艘に搭乗している三人の若者の様子がおかしい。 皆、高熱を発しグッタリしている。また体全体に発疹が出ている。 どうも病気に罹っているようだが、見たことのない症状だ。 加えて奇妙なのは、若者 [続きを読む]
  • 痘瘡の軽重
  •  痘瘡に罹って熱が出始めたとき、患者本人ではなく、その父母や乳母などが夢に異人を見ることがある。 その異人が翁や媼であれば病は軽く、若い女であれば重い。僧侶や武士であれば、その中間である。この異人というのは疫神であろう。 胡乱な話に聞こえるかもしれないが、医者である私・寺島良安が診てきた数多くの事例では、そのとおりであった。 (『和漢三才図会』巻第十 「痘痕」) [続きを読む]
  • 麹町の投石
  •  今年、嘉永七年の六月はじめ、麹町平河天満宮の裏門の傍らに建ち並ぶ町家々に、どこからか石が投げ込まれるということが続いた。 多いときは五、六十、少ないときでも二、三十。 特に決まった時間はなく、朝、昼、夕方、夜、きまぐれに石は飛んでくるが、夜間は若干、頻度も数も少なめらしい。 この噂はまたたく間に広がり、見物人がわらわらと集まってきたので、役人もあちこちに立ち、投石が多いときは道を通行止めにもした [続きを読む]
  • 魂門と魄戸
  •  左親指の爪の付け根、爪と肉の間を魂門という。 右親指のそこを魄戸という。 魂魄はそこから出入りをする。 だから恐ろしい目に遭ったときは、他の指で親指を覆うように手を握って、当該部分を隠す。 (『真俗雑記問答鈔』第十五 「十六 魂門魄戸事」) [続きを読む]
  • 停まる押送船
  •  江戸で厩中間を務める神奈川源兵衛は、その名のとおり神奈川出身で、かつては漁師だった。そんな彼から聞いた話。 彼は押送船、つまり江戸周辺の海域で獲った鮮魚類を江戸へ運ぶ高速船にたびたび乗り組んでいたそうだ。 その日は順風だったので、帆と櫓の併用で海上を進んでいた。 この航法ゆえに、押送船は高速なのである。 ところが、海の沖合で舟がパッタリ動かなくなった。 逆風に変わったわけでもないのにだ。 とりあ [続きを読む]
  • 火事場の大入道
  •  昔、目黒行人坂から出火して千住掃部宿まで延焼した火災があった。 後に明和の大火と呼ばれる大火災である。 そのとき、燃え盛る炎の中、身長一丈あまりの大入道が南から北に向かって逃げて行くのを大勢の人が目撃したという。「かなわん、かなわん」 大入道は逃げながら、ずっとそう叫んでいたそうだ。 祖母から聞いた話である。 (『寐ものがたり』) [続きを読む]
  • 嵐の夜の奇妙な装束
  •  私の曾祖叔父・佐々木忠兵衛は、こんなことも体験しているそうだ。 ある大雨の降る夜、時刻は八つの時分というから真夜中である。 忠兵衛が友人一、二人と払方町を歩いていると、ふいに彼の下駄の鼻緒が緩んだ。「先に行っててくれ。鼻緒が緩んでしまった」 忠兵衛は友人たちに声をかけ、その場に屈んで鼻緒を結び直し始めた。 ふと何気なく顔を上げると、目の前の井戸の脇から人が出てきた。 黒羽二重を着て、帯は挟み結び [続きを読む]
  • 巨大な鶏
  •  これも祖母から聞いた話。 祖母の父・朝倉八十五郎の弟、つまり祖母の叔父にして、私の曾祖叔父に佐々木忠兵衛という人がいた。 彼はかつて、兄・八十五郎の向いに屋敷を構えていたが、その頃の話だという。 忠兵衛がある夕暮れ、加賀屋敷の原を通りかかると、鶴くらい大きい鶏がいた。 あまりに珍しいので捕まえようと、彼はそうっと鶏に近づいた。 すると鶏は一、二間ほどバタバタと羽ばたいて遠ざかる。 再び、そうっと [続きを読む]
  • 牛込山伏町の怪異
  •  こんな話を祖母から聞いた。 祖母の父、つまり私の曽祖父である朝倉八十五郎の屋敷は牛込山伏町にあった。 今でこそ、その辺りは家・屋敷が建ち並ぶ場所である。 しかし、当時の牛込山伏町というのは、市谷加賀屋敷あたりから、ずーっと草が茫々と生い茂る空き地が続いていたらしい。 家・屋敷といえば、あちらにポツリ、こちらにポツリ、と旗本衆や御家人の屋敷が点在するだけの寂しい場所であったそうだ。 さて、その曽祖 [続きを読む]
  • 廿騎町の怪異
  • 「今の人と違い、昔の人は肝が据わっていたものです」 祖母にはいつも同じ話を聞かされた。「市谷に加賀屋敷が建ってから、この辺りも御旗本衆のお屋敷が建ち並ぶにぎやかな場所になりました。しかし、かつては久貝、久志本、服部、巨勢、三枝、長谷川といった方々の組屋敷が点在するだけの、広くて寂しい野原だったのです」 この辺り、とは廿騎町である。「とにかく寂しい場所だったので、どの組屋敷でも奇怪なことが起きたもの [続きを読む]
  • 桐淵屋敷の怪(二)
  •  桐淵屋敷での怪しげな話は、雪飛からも聞いている。 あるとき、雪飛が屋敷を訪れた。 案内を乞うた声に応じて、ドタドタドタっという足音とともに下女が飛び出してきた。「ああっ! ちょうどよいところにっ! おお願いです。に、二階に上がって、見て見てくださいっ」 下女はガタガタと震えながら階段の方を指差した。 顔色は真っ青で髪も乱れている。「いったいどうしたね」「ばばば、化け物が出ましたぁっ! にににに二 [続きを読む]