Enoの音楽日記 さん プロフィール

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Enoの音楽日記さん: Enoの音楽日記
ハンドル名Enoの音楽日記 さん
ブログタイトルEnoの音楽日記
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/eno1102
サイト紹介文オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供152回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2014/12/19 12:28

Enoの音楽日記 さんのブログ記事

  • 巨匠たちのクレパス画展
  •  今年の夏は「モネ」とか「ルーヴル美術館」とかのビッグネームを冠した展覧会が開かれている一方で、「山椒は小粒でもぴりりと辛い」といった趣のユニークな展覧会もいくつか開かれている。「巨匠たちのクレパス画展」もその一つ。 クレパスという言葉は、クレヨンとパステルを組み合わせた造語。クレパスは、両者の長所を兼ね備えた画材として、1925年(大正14年)に日本で開発された。開発は株式会社サクラクレパス(現社名) [続きを読む]
  • 迷子になった想い出
  •  8月12日に行方不明になった藤本理稀(よしき)ちゃん(2歳)が15日に無事に発見されたニュースに安堵して、わたしも多くの方々と同じように、あれこれ思った。 まず理稀ちゃんを発見した尾畠春夫さん(78歳)が、「子どもだから上に行くと思った」と語っていることに瞠目した。大人が山中で迷ったら、大概の人は下に行く。わたし自身、山で遭難した経験があるので、よくわかるが、道に迷ったら上に行くのが鉄則だとわかっていて [続きを読む]
  • 「いわさきちひろ、絵描きです。」展
  •  いわさきちひろ(1918‐1974)の絵は身近にあるので、あまり意識しなくなっている。そのためだろうか、今回の生誕100年回顧展は、逆に惹かれるものがあった。これを機会にその全貌を見てみたい、と。 わたしは、ちひろの生涯も、松本善明との結婚以外、ほとんど知らなかった。今回の展示で、戦時中に満州に渡ったことや、東京に戻って空襲に遭ったこと、長野県に疎開したこと、戦後に日本共産党に入党したのは戦時中の戦争協力 [続きを読む]
  • 藤田嗣治「秋田の行事」
  •  藤田嗣治(1886‐1968)は今年没後50年なので、それを記念して東京都美術館で大規模な回顧展が開かれている。というより、むしろ、今年にかぎらず数年おきに、東京をはじめとして全国各地で藤田展が開かれているのが実情だ。藤田の集客力の高さのゆえだろう。 だが、どんなに大規模な企画展でも、めったにお目にかかれない超大作がある。秋田県立美術館が所蔵する「秋田の行事」という壁画(※)。縦3メートル65センチ、横20メ [続きを読む]
  • 秋田駒ケ岳と乳頭山
  •  今年の夏山は秋田駒ヶ岳(1637m)に行った。去年は月山(1984m)に行ったので、2年続けて東北の山になった。秋田駒ヶ岳も月山も、今まで登ったことがないので選んだが、もう一つの理由は(そしてそれが本音だが)、北アルプスや南アルプスの山小屋の混雑が嫌になったからでもある。そんなことをいうのは、年を取った証しだが。 7月31日(火)、猛暑の東京を後にして、秋田新幹線で田沢湖へ。そこからバスで乳頭温泉へ。乳頭温 [続きを読む]
  • ミンコフスキ/都響
  •  フェスタサマーミューザでミンコフスキ指揮都響の「くるみ割り人形」全曲。第1幕の演奏は緩めだったが、第2幕になると締まって、ミンコフスキの個性全開だった。 「コーヒー(アラビアの踊り)」が、終始弱音で、抑えた表現だったのが印象的。官能性というよりも、仄暗い演奏だった。また「花のワルツ」が、レガートをかけずに、音を短く切って、しかも相当なスピードで演奏されたことは、わたしを含めて、多くの方々の注目を集 [続きを読む]
  • 栃木県立美術館「ウェザーリポート展」
  •  東京新聞の7月13日夕刊に椹木野衣(さわらぎ・のい)氏の美術批評が掲載された。栃木県立美術館で開催中の「ウェザーリポート」展の紹介。その批評に惹かれたので、那須の山に登った折に、宇都宮に寄って見てきた。 本展の開催趣旨は、風景画に見られるような水平方向の眼差しから、地面や湖などの自然環境に直接刻まれたアースワーク、そして風景画の成立に先立って存在したコスモグラフィア(地球画・宇宙画)の垂直方向の眼 [続きを読む]
  • モルロー/読響
  •  7月の読響の定期は諸事情により振り替えた。振替先は、日程の都合で、同月の日曜マチネーにした。ルドヴィク・モルローLudovic Morlotという未知の指揮者のサマーコンサートのようなプログラム。モルローは1973年フランス生まれ。2011年からシアトル響の音楽監督を務めている。 プログラム前半はガーシュイン2曲。まず「キューバ序曲」。ラテン系のノリのよい曲だが、演奏は今一つだった。どこがどうと指摘できるものではなかっ [続きを読む]
  • 高関健/東京シティ・フィル
  •  わたしは東京シティ・フィルの定期会員なので、そのためだろう、同フィルから暑中お見舞いの葉書が来た。そこに楽員から「今度マルタンの珍しい曲をやります」と書き添えられていた。他愛ないもので、行ってみる気になった。 プログラムはマルタンの「7つの管楽器とティンパニ、打楽器と弦楽のための協奏曲」とマーラーの交響曲第4番。指揮は高関健。シティ・フィルは、高関体制になってから、プログラムが多彩になった。これも [続きを読む]
  • 消えていくなら朝
  •  新国立劇場の演劇部門の新作「消えていくなら朝」。作者は蓬莱竜太、演出は宮田慶子。本作は宮田慶子の芸術監督としての8年間を締めくくる作品。8年前の芸術監督交代に当たってはゴタゴタがあったようだが、宮田体制がスタートすると、安定した8年間だったように見える。わたしもほとんどの上演を観た。バランスのとれた作品構成だった。 本作はある家族の話。作家として成功している次男は、何年ぶりかで実家に帰る。そして家 [続きを読む]
  • アラン・ギルバート/都響
  •  アラン・ギルバート指揮都響のもう一つのプログラムは、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」、バーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」よりシンフォニック・ダンスそしてガーシュウィンの「パリのアメリカ人」というもの。一見して名曲路線のサマーコンサートのようなプログラムだが、演奏は本格的で、けっして軽い、くつろいだものではなかった。 「新世界より」では、ギルバート持ち前の大柄でダイナミックな [続きを読む]
  • 埼玉県立近代美術館
  •  さいたま新都心に行く用事があったので、ついでに(JRで2駅離れているが)埼玉県立近代美術館に寄った。外の猛暑が嘘のように館内は涼しく、静かだった。滞在時間は1時間ほどしか取れなかったが、すっかり汗も引き、気持ちが落ち着いた。 滞在時間が限られていたので、企画展は見送って、常設展だけを見た。「MOMASコレクション第2期」と題された常設展は、今まで見たことのない作品もあり、十分な手応えがあった。 同館の目玉 [続きを読む]
  • アラン・ギルバート/都響
  •  アラン・ギルバートと都響とは2011年7月の初共演以来、2016年1月、同年7月、2017年4月と共演を重ねてきたと、プログラムに書いてあったので、念のために日記を見たら、わたしはそれらすべてを聴いていた。そしてこの度の首席客演指揮者への就任。大歓迎だ。 就任披露演奏会の1曲目はシューベルトの交響曲第2番。わたしの偏愛する曲だが、好事魔多しというべきか、大柄でダイナミックな演奏が、わたしのイメージには合わず、最後 [続きを読む]
  • ノット/東響「ゲロンティアスの夢」
  •  エルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」は、大友直人指揮の東響が演奏したときに(2005年だったらしい)、聴きたいと思いながら、聴けなかったことが、心のどこかに引っかかっていた。いつか聴いてみたいと思っていたら、同じく東響の演奏で聴く機会が訪れた。指揮がジョナサン・ノットとは申し分ない。 プログラムに掲載されたインタビューで、ノットはこの作品を「ワーグナーの作品、特に『パルジファル』に近い精神や半 [続きを読む]
  • ゲッベルスと私
  •  ナチス・ドイツの宣伝相ゲッベルス。ヒトラー体制を作り上げ、支えた一人。ヒトラーが自殺した翌日(1945年5月1日)に、ヒトラーの後を追うように自殺した。 ゲッベルスの秘書は5人いたそうだ。その一人がブルンヒルデ・ポムゼル(1911‐2017)。そのポムゼルが103歳の時にインタビューに答えた。それが本作。自身の生い立ちからゲッベルスの秘書になるまでの経緯、ゲッベルスの印象、ナチス体制下で何を考え、また考えなかった [続きを読む]
  • 白井聡「国体論 菊と星条旗」
  •  森友・加計問題を巡って国会、中央省庁その他で起きていることと、その一方で底堅い動きを続ける内閣支持率とをどう考えたらよいのか、その解明の糸口がつかめればと思って、白井聡(しらい さとし)の「国体論 菊と星条旗」(集英社新書)を読んでみた。 本書の骨子は、明治維新(1868年)から現在までの日本の近現代史を、明治維新から太平洋戦争の敗戦(1945年)までの前半部分と、敗戦から現在までの後半部分とに分け、前半 [続きを読む]
  • 広上淳一/日本フィル
  •  尾高惇忠(1944‐)は広上淳一の師でもあるそうだ。広上淳一が高校生の頃、音楽をやりたくて、尾高惇忠に作曲とピアノを師事した。「作曲はまったく才能がなかった」とは本人の弁。尾高が「ピアノはユニークだったよ」といえば、広上は「でも、二度は聴きたくなかったでしょう」とまぜっかえす。以上はプレトークでのやり取り。 その尾高の「交響曲《時の彼方へ》」を真ん中に据えて、前後をバッハの名曲で挟んだプログラム。20 [続きを読む]
  • 「紫苑物語」のオペラ化
  •  石川淳の「紫苑物語」を読んだのは、2019年2月に新国立劇場で初演される西村朗の新作オペラの原作だからだが、さて、それを読んでどうだったか。 興味の的は、西村朗は新作オペラの原作に、なぜ本作を選んだか、という点にあったが、その点についてはよくわからなかった、というのが正直なところだ。本作は石川淳の代表作の一つで、石川淳は大作家の一人だが、だからといって、それだけでは新作オペラの原作に選ぶ決め手にはな [続きを読む]
  • 石川淳「紫苑物語」
  •  石川淳の「紫苑物語」を読んだ。一読してまず気が付くことは、多数の二項対立が絡み合って物語が進む点だ。表題に取られた紫苑(わすれな草)と萱草(わすれ草)、歌と弓、此の世と桃源郷、忠頼(鬼神)と平太(仏)、うつろ姫(淫蕩)と千草(清純)、子狐の化身と老いた狼の憑き物、という具合に。 以上の例示は、思いつくままに、端的なものを挙げたが、他にも類例があるのはもちろんのこと、描写のディテールにも二項対立を [続きを読む]
  • MUSIC TOMORROW 2018
  •  その年の尾高賞受賞作品を演奏するN響のMUSIC TOMORROW。2018年の受賞作品は坂田直樹(1981‐)の「組み合わされた風景」(2016)。今年から審査員に片山杜秀が加わったので、片山ファンのわたしは期待大だ。外山雄三、尾高忠明と合わせて3人体制。 候補作品は19作。審査員3人が選評であげている作品が興味深い。上記の受賞作は3人ともあげているが、その他に(作曲者名だけ記すと)外山雄三が藤倉大と北爪道夫、尾高忠明が岸野 [続きを読む]
  • 石川淳「焼跡のイエス」「マルスの歌」
  •  大学時代の友人との読書会のテーマ、石川淳の「焼跡のイエス」を読んだ。本作は1946年(昭和21年)10月の発表。敗戦直後の闇市の空気を内包している。時は1946年7月31日と8月1日、所は上野の闇市と上野の山と明確に規定されている。その時とその所とが重要なのだ。上野の闇市は7月31日をもって閉鎖された。闇市の最後の日の出来事を描いた作品。 当時の上野には(上野に限らず、各地には)戦争孤児があふれていた。わたしは、た [続きを読む]
  • マイスター/読響
  •  コルネリウス・マイスターが振る読響の定期だが、その前に6月16日に亡くなったゲンナジー・ロジェストヴェンスキーの追悼演奏が行われた。曲はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「情景/冬の松林」。なんて洒落た選曲だろう。少女クララが王子に連れられてお菓子の国に向かう途中の幻想的な場面。ロジェストヴェンスキーを送るにふさわしい曲だ。(写真↑はホワイエに展示されたロ翁のスコアと指揮棒) さて、定期はオ [続きを読む]
  • アシュケナージ/N響
  •  アシュケナージ/N響のCプロ。1曲目はメンデルスゾーンの「ヴァイオリンとピアノのための協奏曲」。メンデルスゾーン14歳の時の作品。演奏時間35分ほどの堂々たる曲だ。メンデルスゾーンはモーツァルト並みの早熟ぶりだったと証明するような、その足跡を印した作品。 ヴァイオリン独奏は庄司沙矢香、ピアノ独奏はヴィキンガー・オラフソン。庄司沙矢香は隠れもない名手だが、わたしは初めてその名を聞くヴィキンガー・オラフソ [続きを読む]
  • インキネン/日本フィル
  •  インキネン指揮日本フィルの東京定期は、仕事の関係で、1曲目は間に合わなかったが、2曲目から聴けた。事前には、前半は無理で、後半だけでも聴ければ、と思っていたので、幸いだった。 聴けなかったが、曲名だけでも書いておくと、1曲目はシューベルトの「イタリア風序曲第2番」だった。珍しい曲で、わたしは聴いた記憶がないので、聴いてみたかった。インキネンの音とシューベルトとは相性がよさそうに思われたが。 2曲目は [続きを読む]
  • カエターニ/都響
  •  オレグ・カエターニが都響を振るのは2009年以来これで4度目だそうだ。わたしは今までに2度聴いている。いずれもショスタコーヴィチがメインだった。今回はなんといっても矢代秋雄のチェロ協奏曲が注目の的だが、それ以外にもシューベルトとベートーヴェンでどのような演奏を聴かせるかが楽しみだった。 1曲目はシューベルトの交響曲第3番。第2番とともにわたしの好きな曲だ。カエターニの演奏は、がっしりした骨格を持つ、いさ [続きを読む]