井財野友人 さん プロフィール

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井財野友人さん: 井財野は今
ハンドル名井財野友人 さん
ブログタイトル井財野は今
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/belloni117
サイト紹介文昔ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供75回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2014/12/29 22:33

井財野友人 さんのブログ記事

  • アシュケナージ、本番に遅刻
  • ここのところ、新幹線もよく事故が起こる。10月などは23時頃に博多に着こうとしていた人が、翌日の2時40分頃になってしまったという話を聞いたことがある。それに比べたら大した時間ではないのだが、11月9日も事故で30分ほど事故で遅れたらしい。30分ではなかったのかもしれないが、とにかく、その「待たされた」乗客の中に指揮者のアシュケナージがいた。おかげで、アシュケナージは福岡の本番に遅刻してしまった。が、その空白に [続きを読む]
  • ピアノの屋根④アタックの雑音成分
  • 学生時代、ミュージック・シンセサイザーに興味津々で、ピアノやヴァイオリンの音を、VCO(オシレーター)とVCF(フィルター)の合成で、何とか作りだしたいと、躍起になっていたことがあった。現在主流のディジタル・シンセサイザーが発明される数年前のことだ。冨田勲が初期に使っていた、いわゆるアナログ・シンセサイザーである。しかし、どうしてもできない。先生からは「あのカツンというノイズを入れないと、ピアノの音には [続きを読む]
  • ピアノの屋根③バス楽器としてのピアノ
  • 全開か半開かを問題にするのは、本来弦楽器とフルートだけのはずだが、他の管楽器の方々が時々問題にしていることがある。これは時間の無駄だから、問答無用で「全開」以外を考えないでいただきたい。それで、なぜ弦楽器とフルートで問題になるかというと、もちろん音量のバランスがとれないからなのだが、本当は「とれる」はずだ。ピアノもフォルテも出せる「ピアノフォルテ」という楽器なのだから。なぜバランスがとれないか、そ [続きを読む]
  • ピアノの屋根②半開
  • ピアノの屋根を全開にすると、ヴァイオリンの音が聞こえなくなる。だから半開以下、というご意見をよく聞く。他の弦楽器やフルートでも聞く。それに対して、一番乱暴なご意見は…「当たり前じゃないですか。ピアノの方が大きな楽器だから、ピアノが聞こえて当然ですよ。」と、日本を代表するピアニストの一人がラジオで言ってのけたのを聞いたことがある。弦楽器奏者からは一斉に反感をかう発言だが、ピアニストの中には、そう思っ [続きを読む]
  • ピアノの屋根①どうしますか?
  • 何回か書いたような気がするが、コンクールの度に少々困惑するのである。「ピアノの屋根、どうしましょうか」「ふた」という言い方もあるが、おかげで、ドイツ語で何と言うか(留学生一同と私)誰も思い出せなかった思い出がある。30年も前の話だが。ドイツ語ではdas Dach, 英語ではroof、なので日本語でも「屋根」と言い慣れておいた方が良い、というのがその時の教訓である。さて、ピアノとの二重奏の場合、屋根をどうするか。本 [続きを読む]
  • 現在の音楽室にある年表
  • 私が小学生の時、音楽室に貼ってある年表で、ショスタコビッチ等を覚えたことを以前の記事に書いた。 では、現在の小学校の音楽室には、どのような年表が貼ってあるか。 とある学校に行って、びっくり仰天。 ストラビンスキー《火の鳥》 プロコフィエフ《ピーターと狼》 山田耕筰、宮城道雄 このあたりは我々の時代から変わらない。 ガーシュイン《ラプソディー・イン・ブルー》 バーンスタイン《ウェストサイド物語》 この [続きを読む]
  • チック・コリアを聴いてきた
  • 「北九州国際音楽祭」という、れっきとしたクラシック音楽の音楽祭なのだが、そこに「チック・コリア ソロ・ピアノ」というコンサートがあった。副題が〈フロム・モーツァルト・トゥ・モンク・トゥ・コリア〉。1980年代からクラシック音楽にも近づいていたチック・コリアだから、それらしいこともやるのだろう。チラシに名前を発見して「うわぁ凄い」と思う一方、逡巡する自分がいた。私はジャズのコンサートで、必ず寝てしまうの [続きを読む]
  • 箏の左手は「タコ」を計画生産
  • 箏奏者、いわゆるお琴を弾く方と話していたら「是非、この左手を体感してほしい」と言われた。 箏の場合、柱の左側の弦を押して、音の高さを半音から全音上げる。これにとてつもない力が必要なのだ。 まあ素人がやると、とても痛い。 では専門家は、と言うと、計画的に「たこ」を作るのだそうだ。「マメ」ができてしまうと、しばらく弾けなくなるから、マメができる直前までの練習を繰り返し「たこ」にするのだとか。 そうか、 [続きを読む]
  • 熊本ば、ケーション、くまもっと
  • JRは熊本にも行ってもらうPRを怠らない。福岡の駅で見る「ば、ば、ば、」というポスターは、とりあえず目を惹く。鹿児島と熊本のPRが多いことから、「新幹線に乗ってくれ」という裏のメッセージが読みとれる。博多駅から普通電車で行けなくもない。2時間ちょっとだから、私が子供の頃に乗った急行「ぎんなん」とほぼ同じ所要時間だ。普通電車も、地味ながら速くなっている。しかし、直通電車は全て廃止されてしまったから、JRの姿 [続きを読む]
  • ショスタコーヴィッチ:祝典序曲
  • NHK-FMに「気楽にクラシック」という番組があって、イントロ当てクイズがある。その300回記念で出題されたのがこの曲。正解した人のハガキが読まれるのだが、見事に全て「吹奏楽の思い出」。れっきとした管弦楽曲なのに、管弦楽曲として捉えている人がほぼ見当たらないという曲も、そうそう無いのではなかろうか。何を隠そう、私のこの曲の思い出も吹奏楽がらみである。中学校のクラスで隣席の女子がパート譜を開いて眺めていたこ [続きを読む]
  • 大久保利通
  • 鹿児島においては西郷隆盛が永遠のヒーローである。 明治維新以降、そのほかにも多くの薩摩藩士が活躍したはずだが、全く扱いが違うし、目にする機会も少ない。 それを象徴する存在が大久保利通。 鹿児島に行けば、一応銅像もある。しかし、鹿児島県民にはあまり人気がなく、県外に出ればさらに存在感は薄く……。 大久保利通の方が明治政府の中心にいたはずだが、最終的に西郷と敵味方になってしまったのが、人気のない理由か [続きを読む]
  • 〈寛仁大度〉【泰然自若】
  • 目の前に文字があると、自然と読んでしまう。ある小学校の会議室に入ったら、目の前に「寛仁大度(かんじんたいど)」と書いた額が目に入ってしまった。〈シシリーの王、アルフォンソは寛仁大度の人にして…〉というような福沢諭吉の文章を合唱曲にしようとして悪戦苦闘したことが10年くらい前にある。この経験がなかったら、この言葉は読めなかったような気がする。とにかく、その時以来の再会だった。そうか、これは(少なくとも [続きを読む]
  • オペラ「千の鶴の物語」③
  • 器楽の演奏者がそれぞれ携帯電話をいじっている。それは、3.11の日、日本では報道されなかったCNNニュースに一般市民が釘付けになっている状況を描いている。アメリカではジョン・アダムズやスティーブ・ライヒなど、9.11を直視した作品が多く発表されているようだ。「美しいものを描くだけが芸術artではない」という考え方がある。このオペラもその考え方の延長線上にある作品と言える。でも所詮は対岸の火事なんだよな、というこ [続きを読む]
  • オペラ「千の鶴の物語」②
  • 楽譜は大体において最初から読むものだ。まず、拍子がない。指揮者は何をすれば良いのだろうか。入りの合図、かな?これも、多分に即興性が含まれているので、演奏者に任せても勝手にやってくれそうな気もする(実際、本番では合図を出し忘れて、勝手にやってもらった箇所もあった、sorry.)。とりあえず、入りの合図は全部出すことにして…どんな音がするのか見当もつかない楽器の集団の上、トーンクラスター(音の塊)や特殊奏法 [続きを読む]
  • 演奏会のはしご
  • 多分生まれて初めて、演奏会のはしごをした。というのも、両方とも私が以前教えていた人、いわゆる教え子の演奏会だったから、両方とも見てみたかったのである。移動に新幹線まで使って、しかも早退と遅刻だったが、こういうのは苦にならないどころか、とても楽しい。あっちでもこっちでも、活躍の姿が見られるのだから。などと言えるのは、両方ともそれなりに良かった証拠だ。最初の方は築100年の教会で行われたバロックの演奏会 [続きを読む]
  • オペラ「千の鶴の物語」①
  • 日系カナダ人の作曲家、リタ上田作曲のオペラ《1000 White Paper Cranes for Japan》の日本初演を指揮した。以前《禎子と千羽鶴》と本ブログで紹介していたものである。(実際には《禎子》とはほぼ無関係だった。)国際的には6度目の上演になる。5度目がアムステルダムで8/25に行われた。演奏したのはカナダのグループMUアンサンブル。これはバンクーバー・インターカルチュラル・オーケストラの選抜メンバーで、来日したのはソプ [続きを読む]
  • 鼎華章(ていかしょう)
  • オンド・マルトノという不思議な電気楽器がある。正直言って、いずれシンセサイザーに全て変わるだろうと思っていた。ところが北九州市に一人だけ、その演奏者がいらっしゃって、それを目の当たりにすると、シンセサイザーにそう簡単には移行できないということがわかった。あの自由自在なポルタメントとビブラートはオンド・マルトノでしか表現できない、と思った。それで「よし、オンド・マルトノのための曲を作ろう」と思って書 [続きを読む]
  • 組曲「一寸法師」
  • お陰様で、再演を7月と8月にすることができ、好評のうちに終わった。ピアノを練習している子供とヴァイオリン、チェロによる三重奏の組曲である。次は「かぐや姫」がリクエスト上位に来ている、ということを今日知った。日本人は、子供でも悲劇が好きなのか、月に登って行くところがロマンチックなのか・・・。私は苦手なのだが、リクエストとあらば考えなければ・・・。 [続きを読む]
  • 演奏の目指すもの
  • 何かを演奏して他人に聴いてもらう行為の目指すところは何か。言わずと知れたことで、まずは聴いてもらう人に楽しんでもらうこと。ここまでは当たり前のことで、今さら取り沙汰するような話ではない。どう楽しんでもらうか。ここからは、演奏する人によって様々な方法がある。見た目を楽しませるために衣装に凝ったり、照明で演出したり、というのもあるし、私などは曲の構造を解き明かす説明をしたり、単なる思い出話をしたことも [続きを読む]
  • 今年は明治維新150年
  • 今年は明治維新から150年たった年になる。鹿児島では、年明け早々に町中が明治維新150年に染まっている。大河ドラマ「西郷どん」とタイアップしながら。これが、鹿児島を一歩離れると、何もやっていない。どこかないかと気をつけていたら、山口県は何かやっていたようだ。そして先日、佐賀県ではかなり大々的にやっていたことがわかった。佐賀市内のメインストリートには、やたら多くの銅像が立ち並び始めた。佐賀出身の偉人達であ [続きを読む]
  • 私の好きなプレヴィンは
  • ラフマニノフが得意なプレヴィン、それは嫌いではない。メシアンのトゥランガリーラ交響曲も鄭ミョンフン盤よりずっと良い。ラプソディー・イン・ブルーも悪くない。しかしこれはバーンスタイン盤がもっと良い。プレヴィンの感覚を疑い始めたのは、ファリャの三角帽子、第2組曲を聴いてからだ。こんなに燃え上がらない演奏は聞いたことがない。誰がやっても盛り上がる曲だとばかり思っていた。それ以降、私のプレヴィンの評価は上 [続きを読む]
  • ラフマニノフならワールト、らしい
  • 我ながら訳のわかっていないご託を並べていたら、自称〈ラフマニノフの専門家〉から連絡があった。ラフマニノフなら【エド・デ・ワールト】が第一人者とのこと。そして、大分距離をおいてヤンソンス、かなぁ、だった。ワールトのラフマニノフは交響曲のみならず、協奏曲の指揮者としてもかなり良いそうだ。ワールトですか…。考えてみたら、生演奏はもちろん、録音でさえ、ワールトの演奏は聞いた記憶がない。それはラフマニノフの [続きを読む]
  • ラフマニノフならプレヴィン、か?
  • 昔は、チャイコフスキーならカラヤン、みたいな「定評」のようなものがあった。ムラビンスキーはちょっと怖くて、スベトラーノフはちょっと大げさで、万人向け化粧濃いめがカラヤン、みたいな。ではラフマニノフは誰なのか?昭和の時代、家庭の一部に入りこんでいた名曲全集のようなものに、ラフマニノフはなかったのだ。音楽室の年表にもなかったと思う。小学生の私が知っていた近代ロシアの作曲家はストラヴィンスキー、プロコフ [続きを読む]
  • ラフマニノフの交響曲第2番はアマチュアに向いている
  • 私にとって5本の指に入る難曲、という位置付けだったこの曲、今世紀に入ってから、アマチュアオーケストラがよく演奏するようになった。多分、2003年に著作権が切れたからだろう。今から20年くらい前、私が指導していた大学生のオーケストラがこの曲を演奏したいと言いだした時、私は大反対したものだ。前述の通り、私にとっては難曲だったから。しかし、それでも結局プログラムにのった。そして本番を聞きに行って、唖然とさせら [続きを読む]