井財野友人 さん プロフィール

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井財野友人さん: 井財野は今
ハンドル名井財野友人 さん
ブログタイトル井財野は今
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/belloni117
サイト紹介文昔ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供78回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2014/12/29 22:33

井財野友人 さんのブログ記事

  • ラフマニノフの交響曲第2番はアマチュアに向いている
  • 私にとって5本の指に入る難曲、という位置付けだったこの曲、今世紀に入ってから、アマチュアオーケストラがよく演奏するようになった。多分、2003年に著作権が切れたからだろう。今から20年くらい前、私が指導していた大学生のオーケストラがこの曲を演奏したいと言いだした時、私は大反対したものだ。前述の通り、私にとっては難曲だったから。しかし、それでも結局プログラムにのった。そして本番を聞きに行って、唖然とさせら [続きを読む]
  • ラフマニノフ:交響曲第2番
  • その昔、4〜5年ではあるが、在京のオーケストラのエキストラ奏者の仕事をしていた時、この曲に出会ったことは一度もなかった。仲間が練習したり、話題に上がったことも全くなかった。なので、この曲が日本でよく演奏されるようになったのは、平成になったあたりからではないかと、勝手に思っている。初めて弾いたのは群馬交響楽団のエキストラ奏者としてである。三日間リハーサルがあれば、三日目には大抵弾けるようになっているも [続きを読む]
  • カナダと台湾は似ている
  • カナダ・バンクーバーの「ターニングポイント・アンサンブル」が台湾の「小巨人絲竹楽団」と共演したのを聴いた。「小巨人〜」とは奇妙な名前のようにも思えるが、民族楽器のアンサンブルである。当初は民謡等、民族楽器にとって当たり前の物を中心にやっていたが、それではスキルが上がらないとのことで、言うところの「現代音楽」を演奏するようになったそうだ。この「小巨人〜」にも台湾政府がかなり援助をしているようだ。演奏 [続きを読む]
  • アートか、エンターテイメントか?
  • 聴衆が集まらない演奏会に助成はできない、というのが、日本ではほぼ常識である。「聴衆の数を何故問題にするのですか?シューベルトの歌曲の初演は常に10名程度でしたよ。」とカナダ人は言った。なるほど、そういう論法があるか。「私達はアートをやっているのです。エンターテイメントではない。」そうか、その論法が通じるのだな…。しかしそれならば、敢えて反論を試みたくなる。(実際には反論していない。)シューベルトの歌 [続きを読む]
  • 現代音楽専門の演奏団体
  • 「ターニングポイント・アンサンブル」という、現代音楽専門に演奏するカナダのグループの演奏を聴いた。総勢15名、弦楽器、木管楽器、金管楽器、全て1パート一人で、それに指揮者がつく。そして翌日、そのアンサンブルの関係者に話を伺うことができた。カナダには現代音楽専門の演奏団体はいくつかしかなく、その中の一つになるという。それでも、それで成り立っているのだから素晴らしい。日本に現代音楽専門の常設の団体は0だ。 [続きを読む]
  • ラジオドラマ《夕鶴》
  • 昭和24年に大阪から放送されたラジオドラマ「夕鶴」というのを、先日のFM放送で聴く機会を得た。あの演劇の【夕鶴】が初演される少し前にラジオでまず放送された訳だ。つう役は、もちろん山本安英だが、与ひょうが宇野重吉、運づが加藤嘉と、かなりの豪華キャスト。加藤嘉がかなり若々しいのに対して、宇野重吉は若い時から爺さん声だったんだ、と思った。後のオペラ《夕鶴》と同じ音楽が既にここで使われていたことを知る、貴重な [続きを読む]
  • 再びラロ・シフリン讃
  • ミシェル・ルグラン自伝によると、パリ音楽院では、その学生の資質によってブーランジェ・クラスとメシアン・クラスに振り分けられたという。なるほど、古典のフォーマットを軸に考える方が伸びる学生と、前衛趣味を持つ学生に分けるのか、と勝手に思っていた。その後ポップスに進む学生は、当然ブーランジェ・クラスだろうと思いきや、このラロ・シフリンはメシアン・クラスだったそうだ。あの「スパイ大作戦 Mission Impossible [続きを読む]
  • 今さらですが《ルグラン・ジャズ》
  • ミシェル・ルグランの《ルグラン・ジャズ》というCDを、今頃ではあるが手に入れた。かなりのロングセラーで、私がコメントするような立場ではないのだが、のっけからあまりの美しい音に息をのんでしまう。私でも名前を知っている超一流ジャズメン達の、一度きりの共演。この録音に、ルグランのオリジナルがある訳ではなく、ルグランは編曲と指揮なのである。クラシックよりも、各メンバーの力量に依るところが多いだろうが、適度な [続きを読む]
  • ルグランの師、ブーランジェ
  • ミシェル・ルグランからは音楽上の母とまで呼ばれたナディア・ブーランジェ、今度はこちらの伝記を読んでみた。こちらはこちらで、ものすごい実力と業績なのだが、その割には名前が一般に知れ渡っていないように思う。その昔「ある愛の詩」という映画が大ヒットした。そこにも軽くナディア・ブーランジェが登場している。主人公の女の子がブーランジェ奨学金を得て留学する資格を持つのだが、それを放り出して男のもとに行くという [続きを読む]
  • ミュジシャン・コンプレのミシェル・ルグラン
  • さて、最近ミシェル・ルグランの自伝のような本を読んだ。ルグランは「シェルブールの雨傘」で有名、と言いたいのだが、最近の若い人はそれを知らなかったりする。そうすると、もはや説明は不可能。ちなみに「華麗なる賭け(風のささやき)」をピアノで弾いて聞かせたが、40人くらいの大学生、一人も知らなかった。聞いたこともないという。私はその翌日スーパーマーケットのBGMで聞いたのだが…。そのミシェル・ルグランが、パリ [続きを読む]
  • musician complet【完全なる音楽家】
  • フランスには「ミュジシャン・コンプレ(完全なる音楽家)」の伝統があり、フランスの音楽家は最終的にはそこを目指すのを理想と考えている。どういうことかというと、演奏と作曲ができる存在になる、ということだ。ヴァイオリン界でも古くはヴィオッティ、クロイツェル、ロードに始まりエネスクやレイモン・ガロワ=モンブランなんて人もいる。最後のR.G=モンブランを知っている人は少ないかもしれないが、管楽器界ではよく知られ [続きを読む]
  • 鉛筆ばんざーい
  • ある「鉛筆マニア」がテレビで紹介されていた。なんでも2000種類の鉛筆を試したという。削りかすの匂いまで好きというのは、さすがにあっけにとられたが、「トンボ8900」をこよなく愛している様子を見て、私も手に入れたくなってきた。トンボ鉛筆と言えばMONO、三菱鉛筆と言えばUNIで決まり、と思っていた私は、まだまだ世界を知らないようである。鉛筆を多く揃えていそうな、大きめの文具店に行ってみた。鉛筆は、楽譜を書くため [続きを読む]
  • ストラヴィンスキーは大作曲家だった
  • と、声を大にして言わなければならないほど、現在の評価は落ちているように思う。とにかく演奏されなくなった。三大バレエと呼ばれる《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》以外は非常に珍しくなった。そんなの当然では、と思われそうだが、かすかに(?)私が生きていた1970年代は全くそうではなかった。ストラヴィンスキーが亡くなったのは1970年だから、もう没後の話だ。とは言うものの、亡くなった直後でもあるが、《兵士の [続きを読む]
  • 語学の達人
  • 大学の同級生のベース弾きに、とんでもない外国語の達人がいる。大学に入った段階でドイツ語を6年勉強していて、既に通訳のアルバイトのようなことをやっていた。私も高校に入った時、1カ月くらいドイツ語をやってみたが、授業と関係無いものをヴァイオリン以外にもう一つやるというのは無理だった。そのドイツ語、大学に入ったら張り切って授業を受けたのだが、大学の授業とはなんと超ハイスピードで進むのだろう。もう何だかわか [続きを読む]
  • 4月になると外国語を学習したくなる
  • 理由は簡単。NHKの語学講座がスタートするから。この安上がりの語学講座、10代の頃はお世話になった。始まりは「基礎英語」小学校の卒業記念に、その小学校の先生達が児童の私達にテキストをプレゼントしてくれたのだ。恨みつらみの方が多かったような小学校だったけど、これは素直に嬉しかった。当時1冊100円。その後、まあいろいろやったのだけれど、今月久しぶりに手にしたのはフランス語。テキストは500円弱にまで値上がりして [続きを読む]
  • 超ポジティブな人
  • ひと昔前は、実質寄せ集めのオーケストラだったものが、ここ10年くらい、メンバーを固定化して、法人組織にしている団体が増えている。そしてそれらは日本オーケストラ連盟に所属を始めた。この連盟に所属するのが、プロオケとして認知されるのとイコールかもしれない。前記事で、支援者を得られれば、みたいなことを書いたが、演奏会のチケットを売ることが、そう簡単なことではないので、普通に考えたらかなり難しいことだと言え [続きを読む]
  • 北九州にプロオケ誕生、らしい
  • 毎日新聞発のヤフーニュースに、そのように載っていた。気になったのは「九州交響楽団に次ぐ九州で2番目のプロオケ」というくだり。かつて何回か同じフレーズを聞いたことがある。新聞に載ったのも見たことがある。それが存続したのかどうかは寡聞にして知らない。今回の記事から考えると、少なくとも、世間が認知はしてくれなかった、ということになるだろう。お気の毒に。北九州には「響ホール室内合奏団」というNPO法人がある。 [続きを読む]
  • 《赤とんぼ》はドイツの歌と言った人がいた
  • 《赤とんぼ》も、大昔、盗作論争があった。昭和30年代、中央公論誌上で、あの石原慎太郎氏と末広恭雄氏がそれぞれ論陣を張ったのを、10代の頃、祖父の家で読んだことがある。石原氏曰く、ドイツに行った時、これが日本の代表的な歌だと《赤とんぼ》を歌ったら、ドイツ人達が「それはドイツの歌だ」と譲らなかったそうだ。そしてそのドイツ人が歌うと、なるほど細かな違いはあっても、大筋で同じだったらしい。なので《赤とんぼ》は [続きを読む]
  • 21世紀に遺したい歌
  • 以前も何回か取りあげたことがあるアンケートで、約20年前、20世紀が終わろうとする時にNHKが行ったものである。タイトルはうろ覚えなので、少し違うかもしれない。各都道府県別に3位まで結果が出ていて、なかなか興味深いものだった。が、鹿児島以北は大同小異というところ。全く違うのは沖縄県で《芭蕉布》《えんどうの花》《安里屋ユンタ》だったと思う。そして、全国のベスト3は……その結果に私は失望したので、覚えていない [続きを読む]
  • ドレミを選んだ日本人は西洋人?
  • 井財野が日本的なメロディーを作れないと、前々回の記事で書いたが、文部省唱歌だって負けてない。「ふるさと」はイギリス国家によく似ているし、「春がきた」によく似た部分がトランペットの名曲「トランペット・ヴォランタリー」に出てくる。どうしてこんな非日本的な歌で日本人を教育するのか!と、やや怒りを感じていたのだが、かなり誤解していることに気づかされた。再び千葉優子著「ドレミを選んだ日本人」だが、これら明治 [続きを読む]
  • レベルが高い昔の大名
  • 「ドレミを選んだ日本人」という本に以下のような記述がある。戦国時代、ヴァリニャーノという宣教師が書いた「日本諸事要録」の一部として……「西洋人は異なった風習の中で育っているから、日本人の礼法を知らないことを日本人は考慮すべきだ。」と宣教師が言うと、キリシタン大名が以下のように答えた。「このことについては、あなた方に同情するし、一年や二年なら我慢するが、幾年も経っているのだから我慢できない。なぜなら [続きを読む]
  • 日本的なメロディーがなかなか作れない
  • 日本人に一番受けるのは「二六抜き短音階」、という結論は1983年、小泉文夫先生が最後の著作「歌謡曲の構造」の中で明らかにしている。ドレミで言えば「レファソラド」、追分節やわらべ歌の音階、多分、誰でもこのレファソラドを行ったり来たりすれば、それらしい、日本風の旋律は簡単にできる。問題はここからだ。あまり考えずに旋律を作ると、2小節とか4小節の単位でまとまってしまう。これは言ってみればドイツ的、日本的ではな [続きを読む]
  • 怪獣のバラード
  • 知り合い達が「良い曲だ」と言い始めたので、私も便乗して……。1980年代以降は、中学生用の合唱曲として定着していたと思う。 しかし、もともとはNHKの番組「ステージ101」のオリジナルソングとしてヤング101が歌っていたものだ。 なので、いわゆる「ポピュラー音楽」が教育用音楽にすんなり導入できた数少ない例だと思う。 なぜすんなり導入できたか。 一つは恋愛の歌ではないからだ。この曲が生まれた1970年代、世の中で作ら [続きを読む]
  • ラストエンペラーと戦メリ
  • アイスダンスの村元・リード組が「桜」をテーマに演技していた。使っていた音楽が坂本龍一作曲の映画音楽《ラストエンペラー》と《戦場のメリークリスマス》をつないだもの。同じ作曲家の作品だから、とても自然につながっている…というよりは、ほぼ同じモチーフでできている2曲。逆に区別がつきにくい。後から作られた《ラストエンペラー》の音楽は、アカデミー賞を受賞している。こんなのありかね?と思ってしまった。先日、や [続きを読む]
  • 日本弦楽指導者協会の思い出③
  • 次の思い出は、ずっと後の1990年頃、ヴァイオリン仲間が誘ってくれて、ザハール・ブロンの公開レッスンを見に行ったこと。現在某オケのコンマスで活躍中のI氏が、ラヴェルのツィガーヌでレッスンを受けていた。この事は以前も書いたが、一応繰り返すと、冒頭のソロは、きちんと4拍子を数えて弾かなければならない、と注意していたことをよく覚えている。かつて田中千香士先生がおっしゃったことと、全く同じだったからだ。その後、 [続きを読む]