井財野友人 さん プロフィール

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井財野友人さん: 井財野は今
ハンドル名井財野友人 さん
ブログタイトル井財野は今
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/belloni117
サイト紹介文昔ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供57回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2014/12/29 22:33

井財野友人 さんのブログ記事

  • 一つ話すと十の返事
  • 「これは何だろう」と、先生が何かを問いかけたとする。するとたちまち10人くらいの児童生徒が「Aだ」「Bだ」「Cだ」と言いだす。平均的な学校ではあまり起きない現象だが、レベルの高い小中学校では日常的に見る光景である。ベテランの先生だと、ここを上手にさばくのだが、例えば教育実習生だと往々にしてパニックに陥る。何も応えられず、児童生徒の側に静かに失望が広がる。このような状況を何度か見た。反対に、見事に受け答 [続きを読む]
  • マジックナンバー3・5・7
  • 昔から言われていることでもあるが。何か説明する時にまず「要点は三つあります」と言うと、とても頭が良い印象を与えることができる、とその昔、「頭の体操」で有名になった多湖輝先生の本に書いてあった。人間は三つのポイントなら理解しやすい。なので、どんな話でも三つにまとめてしまう。そうすると相手に伝わりやすいからだ。また、ヒトが一度に認識できる対象は3、5、7のいずれかだと、昔のテレビ番組で紹介されていた。4と [続きを読む]
  • 東京五輪音頭2020
  • 1964年の東京オリンピックのために作られた曲が、リニューアルして再度使われるのだそうだ。やはり日本人は「音頭」が好き、を確認してちょっと安心。しかし、五輪音頭を超える新曲は生まれない、という現実にちょっとがっかり、である。この約半世紀前の五輪音頭、私が知ったのは早くても大阪万博より後だ。「世界の国からこんにちは」の前に三波春夫はこんなものも歌っていたんだ、と思ったし、万博の歌より「冴えないな」と思っ [続きを読む]
  • スター誕生はいつ?
  • 筆者の学生時代は約30年前、声楽においてテノール人口がとても少なく、日本人はバリトン民族とか何とか言われていたものだ。芸大の受験者もバスの方がテノールより多かった。それが20年ほど前になると、テノールの受験者が激増したのだ。一挙に日本人の声が甲高くなった・・・はずはない。芸大の先生曰く「三大テノールの影響」ちょっと高い声が出る男どもが、我も我もと受験に参加したようなのだ。 さて、10年ちょっと前、少子化 [続きを読む]
  • 作品の解釈は作曲者の死後始まる?か②
  • もう少し詳しい説明が必要かもしれない。楽譜を全く読まないで歌うのは不可能。推測であり感覚的だが、楽譜を8割くらい読むと、大まかなことはわかる。そこで「あとは歌いながら読めば良いだろう」と、歌う方に努力をかたむける。確かにこれで9割程度楽譜を読めたところに達するだろう。しかし、残りの1割に、見落としたニュアンス等々があって、それをコレペティトールから指摘され「凄い」と言っているのではなかろうか。と、こ [続きを読む]
  • 作品の解釈は作曲者の死後始まる?か①
  • 團伊玖磨のオペラ「夕鶴」に出演していた男声歌手3人の話を聞く機会があった。一人は大ベテラン(運づ)、二人は比較的若手(与ひょう、惣ど)。稽古の時に、コレペティトール(コーチを兼ねたピアノ伴奏者のようなもの)に毎回ダメだしされるのだそうだ。曰く「台本はこうです、楽譜はこうです、だから今のはそれに合っていません・・・」ということのようだ。大ベテランも、年を重ねてようやく楽譜をすみずみまで読むようになっ [続きを読む]
  • サイトウ・メソード・フォーエバー③
  • 「バレンボイム自伝」に、指揮者はアウフタクトの合図をどう出すかで、全てが決まってしまう旨のことが書いてあった。別にバレンボイムを持ち出さなくても、指揮する者にとってこれは常識に近い。歌劇場の稽古は、この「合図」の連続であって、指揮者の卵は、その様々な合図の出し方と、続く音楽の流れ方(流し方が適切か)で、どのように音楽が変わっていくかをじわじわと学ぶ訳だ。他の要素、例えば音量のバランスの取り方など、本 [続きを読む]
  • サイトウ・メソード・フォーエバー②
  • 現在、東京芸大の指揮科の専任ファカルティは全員桐朋学園大学出身である。桐朋と言えばサイトウ・メソードの発祥地、センターのはずなのだが、知人の情報によると「叩き」などは教えていないという。再び勝手な推測だが、斎藤秀雄先生の弟子は徹底的な訓練を受けているから、その弟子(孫弟子)には同様の訓練を施す。孫弟子はその訓練を受けるけど、世間では必ずしも受け入れられていない現実を見たりして、「サイトウ・メソードで [続きを読む]
  • サイトウ・メソード・フォーエバー①
  • ある若い指揮者が、様々な悩みを抱えながら頑張っている様子を偶然知った。悩まない人はいないから、それだけだと当然なのだが、どう合図を出すべきか、みたいな話になると、私の頭の中に疑問符が増える。サイトウ・メソード、山田一雄メソード、いずれも「叩き」という打法を一番の基礎におく。続く拍の点が常に予測できる振り方のことである。昭和20年代から50年代くらいまでに訓練を受けた人達は、ほぼ例外なくこの「叩き」を何 [続きを読む]
  • 新・一番搾り
  • 今の時季、キリンビールは「秋味」の季節だが、定番の一番搾りもリニューアルしており、「新・一番搾り」として出回り始めた。これは「おいしい」ビールよりはワインと日本酒の方が好きなのだが、これはおいしい。ビールは新鮮さが命である。銘柄よりも新しい方が確実においしい。私は米の入ったビールは、基本的に好きではない。なので、国産で言うと、10年前まではヱビスビールかモルツしかなかった。しかし、ヱビスビールは少し [続きを読む]
  • チャイコンのイントロはハートマーク!?
  • クラシック音楽の入門書のようなガイドブックがコンビニで売られていた。まあ、大抵知っていることだろうけど、どのような切り口で語られるのかなあ、程度の興味で立ち読みしたら、…びっくり。己の浅学非才を知ることになる。ショスタコーヴィチの交響曲第5番には、ある歌曲の伴奏だけが引用され、そのことにより、プーシキンの詩が浮かび上がってくる……。まいったね、まだ謎解きが残っていたか、このショスタコーヴィチの5番。 [続きを読む]
  • なくなりゆく本屋
  • 電車の車窓からふと見えた風景だが、ある駅前の建物が取り壊されていた。あれは本屋だったはずだ。最寄り駅ではないので数度立ち寄ったに過ぎないが、数カ月前に何年ぶりかに入ったことがあった。あれが結果的にお別れだった訳だ。インターネットの普及で書籍のあり方は大きく変わった。正直言って百科事典はウィキペディアにかなわないと思う。ウィキペディアの信憑性は(感覚的に)8〜9割程度だが、世の中それで大抵間に合うのだか [続きを読む]
  • 平均率から純正率に変化するピアノ
  • 自分が習ったことを、次の世代に必ずしも伝えていないことがあることに、時々気づく。その必要がなかったからなのだが。私が中学生だか高校生だったある日のヴァイオリンのレッスンで、先生がアップライトピアノで長三和音(H-Dis-Fis)を弾き、しばらくして根音と第5音の鍵盤を離し第3音(Dis)だけ残す。その後すぐ第3音だけ弾くと、明らかにそれは高く聞こえる。また長三和音を鳴らしてずっと鍵盤を押さえておくと、だんだん第5音が [続きを読む]
  • FM「今日は一日ミュージカル三昧」
  • 一日中放送しているNHKFMの番組で、ごく一部を聞いただけだが、最近のミュージカルの傾向を知ることができたような気がする。案の定(?)、良い曲だと思わせるものはほぼなかったが、一方でミュージカル俳優達の歌唱力、表現する力量の高さは目を見張るものだった。私が子供の頃は、子供心に「下手だなあ」「くさいなあ」と思った人がテレビに出ていた。生意気な子供でもあるが、何十年かの間に日本のミュージカル俳優の実力が上が [続きを読む]
  • ピアノを買わない家が増えている
  • 昭和40年代あたりだろうか、家庭にピアノがあることが、豊かさの象徴のように思われていた時期がある。ピアノが月賦で買える仕組みと、横並びが安心する日本人気質に乗っかった形で、ピアノメーカーはその頃、ひたすらに作っては売ってを繰り返していたのであった。それも昭和の終わり頃、一巡する。そこからがピアノメーカー受難の時代だ。ご想像の通り、大半の家庭はピアノが家具の一つになっており、買い替えなぞする訳が無い。 [続きを読む]
  • 欠点が出にくいシベリウスの協奏曲
  • 周知の通り、シベリウスはヴァイオリンが弾けた。おかげで、かなり弾きやすく演奏効果の高いヴァイオリン協奏曲が作られた。おかげで、コンクールでもこの曲は高得点を得られやすい。難しい技術も随所に使われているが、表面的に難しいリコシェ、トリル、付点などができない人は、そもそもこの曲を選ばないからだ。私が納得いかないのは、一流のソリストであっても楽譜通りに弾いていない人が多く、またそれがこの曲に限って容認さ [続きを読む]
  • モーツァルトが嫌いなトランペット
  • モーツァルトはトランペットが嫌いだったという説がある。しかし、当時トランペットは打楽器の亜種扱いが普通だったから「仮にモーツァルトがトランペットを好きだったらどうなるか」と考えても、結果はあまり変わらないような気がする。当時のトランペットは音階が自由に吹けた訳ではないから、打楽器的な扱いになってもやむなし、と思っていた。しかし、ある時思った。金管楽器を弦楽器に調和させるのはとても難しい。モーツァル [続きを読む]
  • 白木原商店会ありがとうございます
  • 焙煎士チャンピオンのいらっしゃるコーヒー店にはなかなか行けないでいるが、白木原は時々通過する。ところで西鉄大牟田線とJR鹿児島本線を乗り換えるのは、あまり容易ではない。ライバル会社同士?利便性を敢えて考えていないかもしれない。その「便利でない」乗り換えの一つに、西鉄白木原駅からJR大野城駅というのがある。その乗り換えを時々利用する訳だ。最近、スコールというのか、ゲリラ豪雨というのか、突然の雨が福岡近辺 [続きを読む]
  • 福岡コーヒー事情
  • 「あ〜果てしない〜」で始まる「大都会」という曲、日本人なら誰もが東京のことを想像するだろう。それが実は福岡のことだった、と先日何かで聞いた。この気持ちは長崎あたりに昔住んでいた人でないとなかなか「わっかんねえだろうな〜」と思う。博多駅を降りると正面に黒っぽいツイン・ビルがドンとそびえていて、その前を忙しく車や人(かつては路面電車)が往来している光景。「感動したけんね」とかつての級友が言っていた。さて [続きを読む]
  • 架空の映画のための音楽
  • 映画音楽ではないが、NHK大河ドラマの音楽も昔から人気がある(と思う)。多分、日本で一番お金をかけて作っているテレビ音楽?だ。だから面白い、とも言えるだろう。しかし、かつてそれを素直に面白いとは言わない集団があった。私が学生時代の作曲科の学生達である。「大河ドラマ風」という表現は、良くて自分の作品を卑下する言い回し、多くはコソコソと冷笑する時に使われた。いわゆる「前衛的」あるいは「難解」でないものには [続きを読む]
  • 映画音楽というジャンル
  • 20世紀後半には確実に存在し、隆盛を極めていたと言えるだろう。ジャンルと言ってしまうと誤解も生じやすい。クラシック、ジャズ、民族音楽、と中身は何でもありなので、カテゴリーとして緩やかにまとめられているに過ぎない。先日、あるアマチュアオーケストラの演奏会で「1950〜1960年代映画音楽メドレー」と「1970〜1980年代映画音楽メドレー」というものが演奏された。やはりそうか、と思わざるを得ない。少なくとも我々の年代 [続きを読む]