兵藤恵昭 さん プロフィール

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兵藤恵昭さん: 兵藤恵昭のブログ
ハンドル名兵藤恵昭 さん
ブログタイトル兵藤恵昭のブログ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/shigeaki0303/
サイト紹介文何もできない団塊世代。日本経済、政治、アウトサイダーの歴史等気ままに書きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2015/01/09 16:56

兵藤恵昭 さんのブログ記事

  • 北海道最果ての樺戸監獄
  • 樺戸監獄をご存じだろうか?明治12年設置の東京小菅の東京集治監、仙台宮城集治監に次いで北海道に設置された集治監である。よく知られている網走監獄は樺戸監獄の分監として開設された。その他の分監としては空知監獄、釧路監獄がある。明治初め、西郷隆盛の西南戦争以降... [続きを読む]
  • 脱獄囚・五寸釘寅吉
  • 明治の頃、北海道最果ての監獄である樺戸監獄から何度も脱獄に成功した脱獄囚がいた。異名を五寸釘寅吉と呼ばれ、人並を外れた運動能力で数々の脱獄を成功させた。数々の強盗、放火、傷害事件を起こした無期囚で、本名を西川寅吉と言う。(別名) 五寸釘寅吉(本名) 西... [続きを読む]
  • 博徒・合の川政五郎という人
  • 「合の川」とは、現在の群馬県邑楽郡板倉町と埼玉県加須市の境界を流れる、利根川の流路の一つである。ただし現在は廃川となっている。この付近は利根川流路を利用して、銚子の海産物、醤油等を江戸へ送る船運基地として物流商業が繁栄していた。(博徒名)合の川政五郎 ... [続きを読む]
  • 無宿浪人・平手造酒という人
  • ヤクザの用心棒・平手造酒(平田深喜)は皆さんも良く知っているだろう。三波春夫の大利根無情、「佐原囃子が聞こえ来る。思い出すなぁ、お玉ケ池の千葉道場、平手造酒も今じゃ、やくざの用心棒、人生裏街道の枯れ落ち葉・・・」のセリフで有名である。平手造酒は、天保15... [続きを読む]
  • 白波五人男の盗賊・日本左衛門
  • 白波五人男『問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在、十四の年から親に放たれ、身の生業も白波の、沖を超えたる夜働き、盗みはすれども非道はせじ、人に情けを掛川から、金谷をかけて宿々で、義賊の噂、高札に・・・』と大見えを切った大泥棒「日本駄衛門」が... [続きを読む]
  • 博徒・竹居安五郎の三つのお墓
  • 竹居安五郎は、竹居村名主の4男として生まれ、黒駒勝蔵の兄貴分でもあり、甲州を代表する博徒である。別名「竹居の吃安」とも呼ばれている。安五郎が17歳の時、人斬り長兵衛の代参で兄手合い7人と一緒に相模国道了尊の祭りに賭場を張りに行った。しかし、到着が遅れたため他... [続きを読む]
  • 仙台の博徒・丸屋忠吉という人
  • 仙台の侠客・丸屋(鈴木)忠吉を知っている人は少ない。丸屋忠吉は幕末の博徒の大前田英五郎、大場久八、相模屋政五郎と並んで、全国的に名を知られた博徒である。庶民的には国定忠治、清水次郎長が講談で有名だが、当時の大物博徒・親分とは前者の博徒を指すのが一般的であ... [続きを読む]
  • 明治最後の仇討・臼井六郎事件
  • 浅田次郎の小説に明治最後の仇討の話がある。しかしこれはフィクションで現実の話ではない。現実にあった話は、秋月藩の執政心得臼井亘理夫妻が殺害され、実子の臼井六郎が明治13年に仇討した事件がある。この話は「幕末史談会速記録」に記載されている。臼井亘理は秋月藩士... [続きを読む]
  • 盗賊・田舎小僧という人
  • 前回、ブログで鼠小僧について書いた。今回、取り上げるのは、鼠小僧ほど有名ではないが、同じく大名屋敷専門の盗賊・田舎小僧である。田舎小僧は、同時期の稲葉小僧と混同されるが、両者は同じ盗賊なのかは、諸説あって、定かではない。本人は「自分は稲葉小僧と名乗ったこ... [続きを読む]
  • 義賊・鼠小僧次郎吉という人
  • 鼠小僧といえば、時代劇ファンでなくとも名前ぐらいは知っているだろう。100軒以上の大名屋敷に忍び込み、3,000両以上の金子を盗み出し、義賊として芝居や講談で取り上げられた。盗賊の中でもヒーロー的存在である。しかし、その実体、素顔はあまり知られていない。次郎吉が... [続きを読む]
  • 悲劇の博徒・笹川繁蔵という人
  • 「利根の川風、袂に入れて、月に棹さす高瀬舟」講談、映画で有名な大利根月夜の舞台であり、天保水滸伝として、笹川繁蔵、用心棒・平田深喜(別名・平手造酒)と飯岡助五郎との大利根川の決闘は良く知られている。笹川繁蔵の生家岩瀬家は、須賀山村の東南にある羽斗村(現・... [続きを読む]
  • 次郎長の兄貴分博徒・津向文吉という人
  • 津向文吉は、駆け出しの頃の次郎長が喧嘩の仲裁をした相手方で、それを機会に次郎長の兄貴分となった博徒である。文吉は、温厚な性格で、男盛りの39歳で、八丈島に島流しになったため、あまり知られていない博徒である。しかし、細面で品のある二枚目の色男である。長年の流... [続きを読む]