涙腺崩壊 さん プロフィール

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涙腺崩壊さん: 泣ける話・感動する話 - 涙腺崩壊
ハンドル名涙腺崩壊 さん
ブログタイトル泣ける話・感動する話 - 涙腺崩壊
ブログURLhttp://nakeru.e-wadai.net/
サイト紹介文泣ける話、感動する話を集めました。たまには思いっきり泣きたい時もありますよね。涙で心のデトックスを。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供100回 / 39日(平均17.9回/週) - 参加 2015/01/15 14:30

涙腺崩壊 さんのブログ記事

  • 「人を愛する」ということ
  • いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに毎日病室に訪れ付き添った。結婚の約束もしていたんじゃないかな。食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんてまったく想像つかなかった。「き [続きを読む]
  • 手書きの横断幕
  • 阪神・淡路大地震のあと、阪急電車の復旧を沿線の人々は待ち望んでいた。うちもその一軒。夜を徹して行われる作業、騒音や振動をこらえてくださいと、電鉄会社の人が頭を下げに来た。「何を言ってるんだ?我慢するに決まってるじゃないか。それよりも一刻も早い復旧を。」うちも含めて、沿線の人々はみなそう言って、電鉄会社の人を励ました。阪急は国の補助も受けず、少しづつ復旧・部分開業して [続きを読む]
  • 高野豆腐
  • 当時、仕事を辞めたばかりで一人でフラフラしてた頃。両親が遊びに来て、色々買ってくれた上に家で作ってきた高野豆腐を、冷蔵庫に置いて行ってくれた。その次の日、母は入院。あっという間に亡くなった。葬儀を終え自宅に戻ると、冷蔵庫にはまだ母が作った高野豆腐があった。大泣きしながら食った。あれ以来、高野豆腐は食べられない。 [続きを読む]
  • ディズニーランドへ
  • 事情があって生活保護を受けている母子家庭の知人の子供が夏休みに法事で東京へ来た。「おじさんがディズニーランドへ連れてってあげるよ」と言うと頑なに固辞するので、子供のくせに遠慮するなあと思って理由を訊いたら「だって高いから」とだけ言うと、その子は下を向いてしまった。「じゃあおじさんと、明日どこかドライブへ行こう」と次の早朝連れ出した。首都高から湾岸線、浦安で降りるとTD [続きを読む]
  • ゴルァ!
  • どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!どうして自分が [続きを読む]
  • 最後の晩餐
  • ちょっと泣けた夜だったんで書いてみます。今日は結婚記念日でカミさんと外食した。レストランはそこそこに混んでいてガヤガヤうるさかった。特に隣の家族がうるさくって、カミさんとちょっと顔を見合わせて苦笑いをしたぐらいだった。父親が子供にいろいろ質問しては笑い、っていうのがえんえん続いてこっちもうんざりしてた。しかも、その父親がやたらと大きく咳き込むので実際鬱陶しかっ [続きを読む]
  • 父さんの宝物
  • 三年前に親父が死んだんだけど、ほとんど遺産を整理し終えた後に親父が大事にしていた金庫があったんだよ、うちは三人兄弟なんだけどおふくろも死んじゃってて誰もその金庫の中身を知らなくてさとりあえず兄弟家族みんな呼んで、その金庫をあけることにしたんだけどこれがまた頑丈でなかなか開かないんだよ。仕方ないから鍵屋を呼んで開けてもらうことにしたんだけど、なかなか開かなくてさなんと [続きを読む]
  • 父の面影
  • 4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」こっそりと中を読んでみたら、「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」と書いてあったそうだ。旦那は去年、交通事故で他界した。 [続きを読む]
  • 「お母さん」と呼んだ日
  • 感動とか言うよりも、未だに思い出す度に後悔の気持ちでいっぱいになって自分自身が泣けてくる話を一つ…。多分と〜っても長いです。長文苦手な方は読み飛ばしてくださいね。私がまだ小学2年の頃、継母が父の後妻として一緒に住むことになった。特に苛められたとかそういうことはなかったんだけど、 なんだか馴染めなくて、いつまで経っても「お母さん」と呼べないでいた。そんなぎくしゃくした関係だったけど、継母 [続きを読む]
  • 出産
  • 母は元々体が弱く月1回定期検診を受けていた。そこで私が出来たことも発覚したらしい。母の体が弱いせいか私は本来赤ちゃんがいなくてはいけないところにいなくて危ない状態だったらしい。当時の医療では1万人に1人しか助からないと言われ母子共に命の危険があり、もし生まれたとしても障害が残るかもしれないと言われた。でも父が一生懸命お医者さんに頼み母も3ヶ月前から入院して体が弱いの [続きを読む]
  • うまれてきたこと
  • 私は右手に障害があります。兄弟が二人いますが、彼らは生まれたときから幼児期の写真がたくさんあるのに私の写真はありませんでした。両親に理由を聞くと、「カメラが壊れていて撮れなかったの。」と言っていました。物心ついたときから私は自分の障害について認識をはじめ、他人への劣等感、最終的には自分が生まれてきたことへの恨み、そして両親への恨みへとつながっていきました。小学校 [続きを読む]
  • 我が子
  • 我が子について話したいと思う。今、長男が一歳十ヶ月、次男がまだ一ヶ月。次男の夜泣きもひどく、嫁との会話も少なくなってきた。そして、長男も次男に母をとられたせいか、今まで異常に母に甘え、私には全く寄りつかなくなった。おいでと手を広げても無視され、頭を撫でようとしても逃げられ、心底寂しさと共に何の為にしんどい思いして仕事をしているのだろうと本当に辛かった。そして昨 [続きを読む]
  • 選んでくれて、ありがとう
  • 結婚してなかなか子供に恵まれず、3年たったある日、あなたはママのお腹にやってきた。パパとママはこれまでにない喜びでいっぱいだった。妊娠初期にはつわりも酷かった。でもママはそれでも嬉しかった。妊娠中期6ヶ月半になったある日、ママの不注意であなたは生まれてしまった。まだまだお腹の中で過ごすはずだったのにあなたはこの世界にやってきた。その19時間後にあなたは天国に [続きを読む]
  • まずい水
  • 僕は嫌いな人がいる。と言った時、母は見るからにまずそうな水を持って来て、『まずい水をおいしくするには、飲む前におもいっきり走って来て、辛いもんをいっぱい食べてみればいぃ。そぉしてから水を飲めば、どんな水だって美味しく感じる事ができる。自分が変われば、まずい水は美味しくなるんや。』って言ってくれた。最初、言うてる意味がわからんかったケド、まずい水を嫌いな人に例えて [続きを読む]
  • 消防士の親父
  • オレの親父は、消防士だった。いつなにがあってもおかしくない仕事だから、よく母に「オレに何かあっても、お前らが苦労しないようにはしてる」ってそう言っていたのを覚えている。親父はとてもあつい人間で、「情熱」って言葉が大好きだった。口数の少ない親父が、久しぶりにオレたち息子に口を開いたかと思うと、「情熱だけは持ち続けろ」って「何かに本気になってみろ」ってそればっかりだ [続きを読む]
  • 幸せ者
  • アナタが死んでから2週間経つね。まだみんなチロちゃんが死んだコト受け止めてないみたい。床にご飯が落ちたらアナタは一目散に食べに来てたね。だからかな、まだみんなご飯が落ちるとチロって名前呼ぶんだよ。それであっいなかったねって笑うの。2週間前のあの日、私は友達と遊んでた。そしたら、チロちゃんが死んだってメェルが来た。私は笑ってみんなにチロちゃんが死んだコトを告げた [続きを読む]
  • 死なないで…
  • 父親が死んでしまったのが中学三年生の時で…それから母親は一人で生計をたてていました。四人姉弟の真ん中三番目の僕は男一人だった事もありかなり手を妬かせていたと思います。高校生になってバイトをしても家計を助けるわけでもなく…自分のためだけにつかっていました…。兄弟がそうだったから違和感がなかったといえばそうなのかも知れないけれど 一人で五人家族を養える訳がなかったのです [続きを読む]
  • 一緒にお弁当を食べてね
  • 海の学習という名前で学年全体で泊りがけでの研修のあった5年生。雨女の私が出かけると必ず雨。今までの遠足も雨が多かったからそんなにがっかりすることもだんだんなくなってた。ただ海の学習だから海でボートに乗ったりできるのが楽しみだったのに。本当なら外のお日様の下で食べられるはずだったお弁当。かわいそうに。せっかくお母さんが作ってくれてみんなで外で気持ちよく楽しくワイワイ [続きを読む]
  • 継母
  • 私には、お母さんが二人いた。一人は、私に生きるチャンスを与えてくれた。もう一人は……私の17歳の誕生日に母が継母であったことを聞かされた。私を生んでくれたお母さんは、産後すぐに亡くなったそうだ。生みの親より育ての親…なんていうが、そのときの私は今まで騙されてきたという怒りと、馴れ親しんだ母が急に他人に思え、両親の話もきかず部屋でふてくされて泣いていた。翌日から [続きを読む]
  • かおちゃん
  • 俺はいつも同僚のかおちゃんに言っていたんだ俺はかおちゃんのことが好きだそれだけで幸せかおちゃんが俺のこと好きにならなくても幸せなんだかおちゃんはテレやだから感情をストレートに出さなかったし遊びに誘ってもてれて断ってただから俺はかおちゃんからすかれていないと思っていたんだそんなかおちゃんは最近新潟の地震にあってなくなったかおちゃんの部屋からは日記が発見さ [続きを読む]
  • こんな俺でも
  • 中学ん時 バカばっかりやってた俺。学校にもほとんど行ってなかった。たまに学校に行ってもみんなが軽蔑した目で俺を見やがる。いつものように早退しようと玄関まで行くと担任が「よく来たな!明日も来いよ!」って言ってくれた。俺は黙ったまま出てったけど本当は嬉しくて泣きながら帰ったんだ。今年で俺も21歳。未だに年賀状くれる先生。あん時言えなかったけど、こんな俺を心配し [続きを読む]
  • しょっぱい玉子焼き
  • 些細な事ですが…10年程前、母が何かの病気(今だに知らないのはちょっとおかしいですよね)で手術して入院しました。私の通っていた中学校の昼食は、給食ではなく弁当持参の学校でした。毎朝作ってくれていた母が入院したので、その1ヵ月弱の期間、代わりに父が毎朝早くから起きて作ってくれました。私の兄弟は3姉弟でした。皆年が近かったので、3人分を作らなくてはいけませんでした [続きを読む]
  • ミルクのど飴
  • 数年前に亡くなった私の祖父は、とても無口な人でした。よく口を「へ」の字にして、腕を組んで座っていたせいか、親戚の子供たちからは「怖いおじちゃん」と呼ばれ、「おじちゃんがいるなら遊びに行かない」とまで言われてました。母親もその姉妹も、実の父なのに抱っこしてもらったり、あやして遊んでもらった記憶があまり無いと言っていました。私は祖父のことを嫌いではなかったけど、遊んでくれ [続きを読む]
  • 彼の手料理
  • 今年の5月まで付き合っていた彼の話。料理がすきで、調理場でバイトしていた。付き合い始めのころに私が作った味噌汁に、溶け残りの味噌が固まって入ってたことがあった。飲み終えてから気づいて、恥ずかしさからどうして早く言わないの?!と怒った私に「好きな人が作ってくれたものはみんな美味しいんだよ」って言ってくれた。彼はよくおいしい料理を作ってくれた。私よりかなり上手。私 [続きを読む]
  • ドアの落書き
  • 大きな病院に通院していました。ある日、男子トイレの洋式の方に入り座ると、ドア裏に小さな落書きがあったのです。『入院して二ヶ月 直らない もうだめだ』そして二週間後(その落書きの事はすっかり忘れていたのですが)、またそのトイレに入りました。…ドア裏は落書きでいっぱいいっぱいになっていました。『頑張れ』『ガンガレ』『必ず良くなるぜい!』等々。しかもそ [続きを読む]