BOSS さん プロフィール

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BOSSさん: 昭和を話そう、BOSSのブログ。
ハンドル名BOSS さん
ブログタイトル昭和を話そう、BOSSのブログ。
ブログURLhttps://ameblo.jp/unit-ryu/
サイト紹介文あの時代のアレやコレやエッセイ。 昭和のBOSSが私物で語る、「おもいで宝箱」です。
自由文昭和40年代のヒミツを、興奮を、華やぎを、クリエイティブディレクターのBOSSが語ります。歌やアイドルやCMやマンガが、タメにもなれば、ダメにもなった素敵なあの時代に、そっとタイムスリップしてください。それはあなたに贈る、昭和の「おもいで宝箱」です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/01/15 18:34

BOSS さんのブログ記事

  • 秀樹の思い出は、ずっと「薔薇の鎖」でつないでおこう。
  • 西城秀樹の訃報から、2カ月が過ぎた。葬儀の報道もされたし、追悼番組もあったのに、なぜかまだピンと来ない。自分の青春が引きちぎられる様な気がして、信じたくないのかもしれない。たとえば、高校時代。映画「愛と誠」の太賀 誠(たいがまこと)役に応募したことがある。1次審査をなんとか通過していよいよ本選へ、という段階で、すでに主役が決まったと通知を受けたのだ。そりゃあ、合格するとは思ってもなかったけれど、なんで [続きを読む]
  • アイドルとして生きてゆく、それが郷ひろみの哲学だ。
  • 今、男性アイドルと言えば誰が思い浮かぶだろう? セクシーゾーン ? Hey! Say! JUMP ? それともやっぱり 嵐? そこで、気づくのはみんな団体だということ。次々とアイドルを排出し続けるジャニーズも、SMAPあたりからそんな風潮になりつつある。アイドルと言えば、かつては強烈な個性を放つ、ただ独りの存在だったはずなのに。昭和の男性アイドルと言えば、歴代ジャニーズの中でも断トツに異彩を放っていた、やはり郷ひろみだ。写真 [続きを読む]
  • 懐かしいけど、新しい。ずっと荒井由実の世界が好きだった。
  • 1972年、「返事はいらない」という1枚のレコードで、後のスーパースターはデビューを果たす。実は、たった300枚しか売れなかったらしく、その曲を知ったのは私もアルバムの中だった。それが、翌年に発表された写真のLP「ひこうき雲」なのだ。もちろんユーミンのファーストアルバム。初めて聴いた時、特に「ひこうき雲」にはドキッとした。歌謡曲ではなく、フォークでもないから、ニューミュージックというジャンルで表現されたほ [続きを読む]
  • 岩崎宏美の「ロマンス」を聴きながら、昭和のアイドルを考える。
  • 今年は戌年。ということもあって、2018年最初の昭和ブログは戌年の歌手の話をしよう。1975年に写真のレコジャケ「ロマンス」で、トップアイドルの仲間入りを果たした岩崎宏美もそのひとり。昭和33年生まれの戌年なのだ。デビュー当時は17歳、抜群の歌唱力が魅力だったけれど、実は媚びない小さな笑顔も新鮮だった。昭和のあの頃には、戌年(つまり昭和33年生まれ)のアイドルが意外と多かった。たとえば、森昌子、桜田淳子、伊藤咲 [続きを読む]
  • 情念を感じさせたレコード大賞歌手、ちあきなおみ。
  • 1972年のレコード大賞受賞曲は、ちあきなおみの「喝采」だった。おおかたの予想(小柳ルミ子の瀬戸の花嫁) をくつがえしての大逆転受賞だけに、その反響は大きく、それ以降「レコード大賞」はヤラセではないという評価が浸透したほどだ。歌の上手さにも定評があったちあきなおみは、翌73年にも写真のレコジャケ「夜間飛行」をヒットさせ、第24回紅白歌合戦にも連続出場している。73年と言えば、オイルショックの年。景気の悪い年は [続きを読む]
  • 大晦日と言えば、紅白。昭和の心の「とまり木」だった。
  • 「紅白歌合戦」の出場歌手が決定すると、子供の頃はなぜかドキドキしていた。誰と誰が対決するんだろう? なんてことが、当時は関心事だったけれど、今はどうだろう。対決相手はすぐにネットでわかるし、辞退する歌手まで増えてきて、きっと昔ほどの期待感はない。豪華衣装対決などと騒がれたあの頃でさえ、もはや懐かしい。写真のレコジャケは、その第一人者だった小林幸子の1980年のスマッシュヒット曲で、「とまり木」。あどけ [続きを読む]
  • 恋して、破れたあの日、研ナオコの歌だけが、助けてくれた。
  • 1973年の「ミノルタ一眼レフ」のCMを憶えているだろうか。愛川欽也が「美人しか撮らない」と軽妙に語る隣りで、女性が大笑いをしている。するとすかさず、「だから、シャッターを押さない」。当時、大好きなCMだった。美人とは言いがたいこの時の女性こそ、研ナオコ。痛快なキャラクターですでに人気者だったけれど、それから3年後に、こんなシリアスな曲をヒットさせるとは思ってもいなかった。写真のレコジャケは、76年にリリー [続きを読む]
  • 「結婚するって本当ですか」を歌っていた二人は、結婚したけれど。
  • どうってことないフレーズだけれど、この曲のタイトルにあの頃はちょっとドキッとした。1974年にダ・カーポが歌った「結婚するって本当ですか」。女性からこう問われると、きっと男はみんなドキッとする。その思わせぶりな言い方に・・。高校生の時、好きだった女の子から「◯◯さんと付き合ってるって聞いたけど、ホント?」と聞かれたことがあって、ハンパないドギマギぶりを発揮したことをよーく憶えている。結局、「ああ、うん [続きを読む]
  • 本気と冗談の間で、いつも歌っている、吉幾三。
  • 先月かな、フジテレビ系の「ダウンタウンなう 本音でハシゴ酒」に吉幾三が出演していた。そろそろ現役を辞めたいなんて言っていたので、面白がって観ていたら、どうやらそれは冗談だったようだ。そこでふと、こんな1枚のレコードを思い出した。1973年、まだ彼がアイドル歌手を目指していた頃の曲で、「恋人は君ひとり」。確か、ヤンマーのCMソングだったと記憶しているけれど、なんだかカッコいい。スラリとしていて、爽やかで、 [続きを読む]
  • 返還されても沖縄は遠いと感じた、 映画「夏の妹」。
  • 「沖縄」が日本に返還されて、今年で45年を迎える。本土復帰に沸いた1972年当時、私は沖縄について何も知らなかった。極端な話、歌手 南沙織の出身地である南の島という程度の認識だった。そんな中、同じ年の8月に写真の映画「夏の妹」が公開されたのだ。監督は、大島渚。主演は新人女優の栗田ひろみだった。鮮烈な映画という評判もあったけれど、主演の栗田ひろみはちょっと可愛いだけの、演技のヘタな少女だったし、共演する石 [続きを読む]
  • ソノシートでも楽しんだ、お化けの夏、Qちゃんの夏。
  • 夏休みと言えば、怪談話。子供の頃は、近くのお寺に集められて「怖い話」を聞かされたりもした。怖いくせに、みんなやってくる。あの頃の「怪談」とか「お化け」とかは、ホントに怖かったなあ。今みたいに情報がたくさんなかったからなのか・・。だけど怖くないお化けもいて、それが写真の「オバケのQ太郎」だった。Qちゃんのおかげで、お化けが身近になったと言うとヘンだけれど、いちばん驚いたのは「オバケ」とカタカナにする [続きを読む]
  • 闇に隠れて生きる、オレたちゃ「妖怪人間」なのさ。
  • 「梅雨だからシリーズ」の第2回を考えていたら、今日、関東も梅雨明けしてしまった。暑い時には、昔も今もちょっと恐怖を感じるような作品で涼みたい。というわけで、写真は「妖怪人間ベム」のマンガ版である。おそらく殆どの人が、1968年放送開始のTVアニメ(フジテレビ系)で知っているだろう。「早く人間になりたーい!」というオープニングのセリフは、怖かった心象とともに、はっきりと脳裏に焼きついている。ただ、最初は月刊 [続きを読む]
  • 「Gメン75」というタイトルは、永遠に不滅なのだ。
  • 梅雨のこの時期は、かつて雨の日に楽しんだ記憶を幾つかシリーズで紹介しよう。まず初めは、テレビ番組から。写真のレコジャケは、1975年に放送を開始した「Gメン75」の主題歌「面影」である。しまざき由理が歌うこの曲とともに、滑走路をGメンが横一列に歩くタイトルバックがなんともカッコよかった。この番組はシリーズとして82年まで続いたのだが、私の記憶に鮮明なのはやっぱりスタートメンバーなのだ。黒木警視総監の丹波哲 [続きを読む]
  • 女神の歌声でコラボする、いま 再び「ルーム・ライト」。
  • フォークソングと言えば、かつては反戦だったり、反権力の歌だったりしたけれど、70年代あたりから徐々に変わっていった。フォークソングがポピュラーになっていったのは、やはり吉田拓郎の存在があったからだろう。思わず口ずさんでしまう彼の名曲は数々あれど、私はこんな曲が好きだった。写真のレコジャケは、1973年に由紀さおりが歌った「ルーム・ライト(室内灯)」だ。作詞 岡本おさみ、作曲 吉田拓郎。時代が生んだ二人の天 [続きを読む]
  • 「青春時代」が夢なんて、あとからほのぼの思うもの。
  • ヒットしている時は、なんとなく聴いていたけれど、後になってジワジワと心に響いてくる曲がある。写真のレコジャケ、森田公一とトップギャランの「青春時代」もその一曲と言えるだろう。この曲がヒットした1976年〜77年は、フォークソングが低迷し、ユーミンを筆頭にニューミュージックと呼ばれた曲が台頭してきた頃。若くて、新しい音楽が芽吹き始めたのに、なんで今さらこんなオッサングループが ??? なんて、思った若者も少な [続きを読む]
  • 何年経っても、なんとなくプリティーな石野真子の存在感。
  • 人気がある人って、いると思う。目立つとか、新しいとか、カッコいいとか。そういうことではなく、なんとなく好かれる人。石野真子をTVで見るたび、彼女は好かれる人なんだろうなと、感じる。写真のレコジャケは、デビュー翌年 1979年の「プリティー・プリティー」。当時は八重歯がかわいいアイドルで、もちろん一部の人たちに人気もあったけれど、ぶりっ子歌手の域を脱してはいなかった。20歳で長渕剛と結婚、一度は芸能界を去っ [続きを読む]
  • それは、桜田淳子とともに、封印したはずの想い出。
  • 初恋の人にもう一度会いたいと思う人は、何%くらいいるのだろうか? 逆に初恋は、あの日のままそっとしておきたい、という人もきっと多いだろう。桜田淳子への思いは、そんな感じに少し似ている。日本が成長期だったあの頃、歌謡曲も輝いていて、誰もが青春の真っ只中にいたあの日に帰りたいという気持ちはよくわかる。けれど、初恋の人は、もう昔のあの人では決してない。今月、東京銀座の博品館劇場に登場した桜田淳子を見てい [続きを読む]
  • 津雲むつみの描くヒロインに、疲れながらも恋した青春。
  • あの頃、津雲むつみのファンだった。いや、正確に言うとマンガ家 津雲むつみが描くヒロインのファンだったのである。最初に出逢ったのは1970年、「おれは男だ!」のヒロイン吉川 操(みさお)。ほぼ同時期に森田健作主演でテレビドラマ化されたので、憶えている人も多いだろう。原作よりもドラマの方が有名だけれど、ボクが好きだったのはマンガの中の吉川 操だった。そして、写真のマンガ「彩りのころ」に登場した杉浦 葵。週刊セブ [続きを読む]
  • あの頃のひなまつりに似合ったのは、なんたって岡崎友紀。
  • 小学生の頃は、うちの実家でもひな人形を飾っていた。もちろん姉がいたからだけれど、男子としては人形よりも、菱もちやひなあられの方に興味があった。ひな壇に並べられるお菓子は、なんだかカラフル。あの頃、クラスの女子のお家にお呼ばれなんかすると、今まで見たこともないお菓子やジュースが出てきてコーフンしたのを思い出す。「ひなまつり」と言うくらい古式ゆかしいお祭りなのに、チョコやケーキや桃のカルピスなど、洋 [続きを読む]
  • 女だってカッコ良く消えていく、アン・ルイスのように。
  • それは衝撃だった。「グッド・バイ・マイ・ラブ」のヒットでアイドルの座についたのが1974年。それからたったの4年後、写真のレコジャケでアン・ルイスはイメージを180度変えて登場した。♪春には春の恋がある そろそろおまえとお別れだ のんびりしてたら捨ててくよ・・♪なんとサディスティックな歌詞、男に向かって「おまえ」と吐き捨てるアン・ルイスがあの頃 妙にカッコ良かった。女の時代というのが、本当にそこまでやって来 [続きを読む]
  • スター街道を暴走し過ぎた、清水健太郎の罪。
  • 今年も、芸能界は忙しそうだ。不倫に、引退に、薬物に、芸能記者は走り回る。不倫や引退はどうぞご勝手にだけれど、薬物となると周囲にもキケンが及ぶから危ないし、怖い。そこで思い出してしまうのが、この人。1976年に写真のレコジャケ「失恋レストラン」でデビュー、一躍人気スターに躍り出た清水健太郎である。ばく進のスター街道も、8回の逮捕歴となると、もう暴走のひと言しかない。かく言う私、当時は街角で間違えられたこ [続きを読む]
  • 長寿大国にふさわしい、初春のマンガはいかが。
  • 2017年の開幕だ。今年も昭和の四方山話に、お付き合い願いたい。さっそく紹介する写真のマンガは、40年前の1977年「漫画アクション」に連載された作品。藤子不二雄の「中年スーパーマン左江内氏」である。主人公のサラリーマン左江内氏が、ひょんなことからスーパーマンの力を持ってしまうという所からスタート。実に冴えない中年男が、ヒラリと宙を飛んで悪漢を駆逐する・・という夢のようなストーリーかと思えばそーではない。 [続きを読む]
  • ゴジラ登場から62年、それは永遠の教訓であるべきだ。
  • 東京オリンピックが開催された52年前の1964年、正確には12月20日に写真の映画が公開された。「三大怪獣 地球最大の決戦」である。三大怪獣とはご存知 ゴジラ、モスラ、ラドン。この地球の三怪獣が力を合わせて、宇宙怪獣と対決するというストーリーなのだ。キングギドラという三つ首竜の恐ろしい姿に驚いたのはもちろんだけれど、もっと驚いたのはゴジラが地球の味方になったということだった。思うに、この時からゴジラはなんと [続きを読む]
  • 女子も男子も好きだった。スヌーピーといたあの日、あの時。
  • 初めてスヌーピーに出逢ったのは、1971年。姉が神戸のファミリアで買ってきてくれた黄色いトレーナーだった。スヌーピーの存在は、当時アイドルとして大人気だった岡崎友紀がいつも抱えているぬいぐるみとして知ってはいたけれど、まさか自分の生活に入ってくるとは思ってもいなかった。なのに、不思議。男子なのに、ボクはその黄色のスヌーピーのトレーナーが大好きだったのだ。今年の4月に東京の六本木に「スヌーピーミュージア [続きを読む]