薄伽梵 さん プロフィール

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薄伽梵さん: これでいいのダ
ハンドル名薄伽梵 さん
ブログタイトルこれでいいのダ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/koredeiinoda-arigatougozaimasu
サイト紹介文神道、仏教、スピリチュアルな経験や知識、仕事や武道を通じた気づき、心をラクにするヒントを伝えます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2015/01/18 01:00

薄伽梵 さんのブログ記事

  • 光あるところに影がある
  • このタイトルを聞くと「まこと栄光の影に数知れぬ忍者の姿があったー」と頭に流れてくる方も多いのではないでしょうか。今日はそんなことも交えながら話を進めていきたいと思います。さて、私たちは何度も生まれ変わりながら、毎度初心に戻って初心者マークでおっかなビックリ旅行を楽しんでいると以前書きました。何千回と旅を重ねますとかなり擦れまくって感動も何も無くなってしまうところですが、誰ひとり例外なく真っ白の純粋 [続きを読む]
  • 私たちを包むゆりかご
  • フィレンツェは文化的な観光地ということもあって、道ゆく人たちや街全体に穏やかな雰囲気が漂っていました。出国前の過労と体調不良で薄氷を踏むような危うさで旅行していましたが、おかげで何事もなく無事に通らせて頂けました。今更ながらあの状態で襲われたら一巻の終わりだったと思います。お護り頂いて心から感謝です。そうして少しずつ体力を戻していきながら、次のローマへ移動する日となりました。フィレンツェの中央駅は [続きを読む]
  • 天地の心こそ最強
  • 今回は武道的な話を交えながら進めたいと思います。日本というのは奇跡的なほどに平和で安全な国と言われますが、そのことは海外に出ると骨身に染みて感じるものです。先進国であろうと、都会の駅前であろうと、とにかく海外は物騒な雰囲気が当たり前に漂っています。そしてイタリアというのはとにかくスリが多くて有名な国です。日本でスリと言えば手練れな単独犯を想像しますが、海外では複数犯で連携するのがオーソドックスなん [続きを読む]
  • 祈りと感謝も万国共通
  • フィレンツェは街の中心にドゥオーモと呼ばれる大きな教会があります。オレンジ色に染まった街を見渡せる場所として有名です。朝の早い時間に行ったのですがまだ中へは入れなかったため、その手前に建つ古い教会に入ることにしました。その教会はドゥオーモよりも昔に建てられたそうで、中に入ると清らかな静けさが漂っていました。天井を見上げると、そこにはびっしりと神話の世界が広がっていました。あとになってよくよく知るこ [続きを読む]
  • お蔭様は万国共通
  • 旅というのは、ハプニングも含めて何もかも楽しいものです。あらゆる展開をウェルカムな心で受け入れて、ノープランのまま筋書きの無いストーリーを1ページずつ進んで行く。何が起きるか分からないという、この360°無限に広がる開放感は本当に心地よいものです。あらかじめアレコレ決めてしまうと、目の前に広がる道を自ら狭めてしまうことにしかなりません。すると思いがけない出来事や発見というのはその分だけ目減りしてし [続きを読む]
  • 心は肉体を超えて
  • 先週から松本での取り引きが始まりました。信州というのは長らく空白地帯だったのですが、今年の夏あたりからトントン拍子で話が進みまして、そのうち前任者が異動となって開始直前になって自分が担当することになりました。御柱祭直後の諏訪大社にフラフラと足を踏み入れたのは6月のことでした。あの時は、こんな場所が日本に隠されていたのかと衝撃を受けて再訪問を心に決めたのでしたが、まさか数ヶ月後にそこの担当になるとは [続きを読む]
  • ツギハギが新鮮な輝きとなる
  • この世界というのは循環と再生によって成り立っています。流れ流れていることが、常に新鮮な清々しさを生み出しています。生きるものすべてが、生じたのち育ち、老い朽ちて土に帰り、そしてまた生じます。生き物だけに限らず、この世に存在するありとあらゆるものがそうであるわけです。そのようにして天地発生以来、この瞬間に至るまで「今」というものが連綿とつづられてきました。その理を悟り、今という瞬間が常に清らかに新鮮 [続きを読む]
  • 天地の大道 (2)
  • 人生に面白みを感じられなくなったり、時が経つのを虚しく思ったり、この世に張り合いが無くなった時に、ふと自分にもそろそろお迎えが来るのかと思うことが、もしかしたらあるかもしれません。確かに自分の魂とその思いが一致していればそうなるところですが、実際のところがどうであるのか表層の私たちがそれを知覚することはまずもって無理な話でしょう。ただ間接的な証明として、実際こうして今も生きているということは、私た [続きを読む]
  • 天地の大道
  • 今年も日本の研究者がイグノーベル賞を受賞しました。ノーベル賞ではなく、イグノーベル賞の方の話です。ご存知の通りイグノーベル賞とはノーベル賞のパロディで、奇抜な研究に対して贈られる賞です。一種のユーモアとして始められたものでしたが、回を重ねるごとに知名度を上げて今では受賞者も喜んで参列する式典となりました。研究内容が一見バカげていても、そこには真剣な理由や目的があります。そうでなければ大学や国が研究 [続きを読む]
  • 「日蔭のかがやき」
  • 戸隠・諏訪の旅では、日なたというのは、幾千万の日蔭の結晶だということを知りました。 〜 目に見えるものは、目に映らないものによって支えられている。 日蔭のかがやきが詰まり詰まって、ついに飽和しきったときに現実という結晶が現れる 〜では、その現実、いま私たちの目に映る景色とはどんなものでしょうか。いくつか幸せはあるけど、それより多くの不幸や苦しみを山ほど感じてしまったら、どうすればいいのでしょう。幸 [続きを読む]
  • 「おかげさま」(日蔭のかがやき 3)
  • 戸隠の観光地として有名なのは巨大な杉並木です。日蔭のおかげさまというものを、目に見える姿で現しているところは、戸隠の真骨頂と言える場所かもしれません。日を隠して影を成す。ジメジメして暗いのかといえばそうではなく、明るさというものをむしろ日なたに居る時よりも強く感じる場所でした。「戸」というのを天岩戸の意味で捉えると、神話では洞窟にこもった天照大御神の光を隠すものとされます。この場合「戸隠」とは「日 [続きを読む]
  • 旅はおまかせにかぎります (日蔭のかがやき 2)
  • 知らない場所というのは実際にそこへ行ってみないと本当に分からないものです。信州戸隠というのは奥山のイメージが強いので、遥か遠くにあって、近寄りがたい雰囲気に満ちているものだと思い込んでいました。なので観光客にしても年配者やハイカーばかりと思っていましたら、学生さんや女性グループがやたら多くてビックリしてしまいました。若者や女性というのは肌感に鋭いというか、感性が澄んでいますので、理屈でなく感じるま [続きを読む]
  • 神の吹かせる風
  • 大風や大雨というのは大気のチリや埃を綺麗に洗い流してくれます。さらには目に見えない滞り、穢れ、そうした粒子の粗いものも吹き飛ばしてくれます。以前にも書きましたが、家の近所のご老人が毎晩遅くまで竹ボウキで道を掃いて下さっていますが、これにより実際にその一帯の空気感がガラリと変わります。曲がり角の近くからフワッとした柔らかい空気になる、誰にも分かるほどの変わり方ですので、掃き始めたスタート地点がこの辺 [続きを読む]
  • 幾万重(いくまんえ)の彩り 2
  • 日々を過ごしていますと、私たちは、家族、友達、仕事仲間、あるいは嫌いな人など、自分に関わる人ならば誰であっても必ず心を向けています。心の向け方というのは、ふんわり優しかったり、冷たかったり、トゲトゲしていたりと様々です。なにが良い悪いということは今日のところは一先ず置いておいて、そうした頭の判断を抜きにして真っさらに観てみますと、たとえコンチクショウと思うことがあっても、それよりさらに深いところで [続きを読む]
  • 幾万重(いくまんえ)の彩り
  • 目に見えない恩恵とは、大きく包まれし御影(みかげ)であり、それは文字通り「御影」(おかげ)と読み表すことができます。前回、天皇陛下が私たち国民を御影で護られていることを書きましたが、その陛下をさらに陰ながら護る存在がおられます。それは皇后陛下、美智子様です。「全身全霊」をかけて私たちをお護りになられている天皇陛下を、さらに「全身全霊」かけてお護りになられています。そうして己を1ミリも残さずに全てを [続きを読む]
  • 大御心の御影に護られて
  • 天皇陛下の御公務と聞くと、例えば地方の式典に参列されるとか、国賓を晩餐会にお招きするとか、山のように積まれた公布文書に御璽(印鑑)を押印されるとか、そういうイメージばかり頭に浮かぶのではないかと思います。これは「開かれた皇室」と称して、ことさらそのような場面しか映像に流さないマスコミのせいとも言えますし、そもそも天皇という存在が私たち日本人にとっていかなるものか明確に教えようとしなかった学校や親の [続きを読む]
  • 日蔭のかがやき (序)
  • ひと月も前のことですが、長野県の戸隠と諏訪に行ってきました。茨城の鹿島・香取と同じように「早く行かなくては」と焦燥感に駆られながらもなかなかタイミング合わず、ようやく訪れることができました。戸隠は15年ほど前に近くを通ったことがありましたが、その時はただならぬ雰囲気に逃げ帰ってしまったという、ある意味思い出深い場所でした。あまり神社に興味ない先輩たちも「せっかくだから寄ってく?」と言ったのですが、 [続きを読む]
  • 日陰にそそぐ感謝のこころ
  • 天照大御神が岩戸に隠れた時、世界は漆黒の闇に包まれました。ふたたび光を取り戻すため、天地のあらゆるエネルギーがそこへ注がれました。思兼命(オモイカネノミコト)は一計を案じ、まずは三種の神器となる八咫鏡や八尺瓊勾玉が作られました。そして天児屋命(アメノコヤネノミコト)は祝詞をあげ、天宇受賣命(アメノウズメノミコト)は神懸かりして舞い踊りました。みんなが相好を崩して笑い合っていると、おそるおそる岩戸の [続きを読む]
  • 「おかげさま」の国
  • 理化学研究所の発見した新元素の名前が「ニホニウム」に決まりました。これについては「ジャパニウム」や「ジャポニウム」の方が良かったという意見も多いようです。確かに、言葉のキレとしては外国語で統一させた方がスムーズに感じます。日本語に外国語がくっつくと、一方が身近すぎる分、バランス悪く感じて何となく野暮ったく聞こえてしまいます。ただ、先入観をなくして冷静に考えると、まさにこれしかないと手を打つことでし [続きを読む]
  • ちゃんぽん
  • 学生の頃に好きだったチャンポン屋へ、久々に行きました。お店に入った時、何というか白っぽいというか冷ややかな感じがして、一瞬「ん?」と思いました。普段は気にもしませんが、飲食店にせよ販売店にせよ、小慣れた空気感というものがあります。当たり前にやってくる感覚が来ないと、ハタと我に帰ります。ただその時は「改装したばかり?」くらいに思って、すぐ忘れてしまいました。出てきたチャンポンは、昔と変わらない味でし [続きを読む]
  • この世界は美しい。
  • 景色の見え方というのは、人それぞれ千差万別です。彫刻のような虚像だけの世界ならば、見え方もあまり変わらなかったかもしれません。しかし、この世というのは生命に溢れた世界です。生きとし生けるものは、見た目の切り絵だけではなく、その向こうに遥かなる広がりを持っています。それを人は無意識のうちに透き通して、重ね見ています。その奥行きも、人それぞれにピントが異なりますので、観え方も異なってくるというわけです [続きを読む]
  • 旅の喜びはその道中にあり
  • 被災地の皆様に慎んでお見舞い申し上げます。私ごとになりますが、会社の基幹工場が被災し、この10日あまり復旧支援に努めてきました。ゴールは遥か遠く、まだまだ長い道のりです。関係者一同寝ずの対応で「ヨシ!あと少し」というところまで行くのですが、そのたび余震に襲われて一からやり直し。そんなことが一週間も続くと、疲労も限界に達し、さすがにヤバいかなと思うこともありました。茫然としながら途方に暮れている時、 [続きを読む]
  • かがやけ!因果応報
  • 当たり前のことですが、実というものは、種を蒔かなければ生りません。いきなり実だけが最初から存在するということは無いわけです。この世というのは、ある意味、様々な実りが集まって出来た世界です。日々に種をまきながら、その果実を収穫する。私たちは、そうやってこの映画を自作自演していると言えるかもしれません。道がなければ先へ進めないように、次のコマが無ければフィルムをまわすことはできません。私たちは目の前の [続きを読む]
  • 初心忘るべからず
  • 新年度とともに、駅前やオフィス街でフレッシュマンたちの姿を目にするようになりました。どこか不安げに寄り添い合う彼らの、ニコニコ輝くその笑顔を見ていますと、自分にもあんな時代があったよなぁと、頭の中に懐メロが流れ始めます。しかしその一方では「まだ苦労を知らないからなぁ」と爺むさい考えが浮かんできたりもするのでした。本当は、その時こそが初心忘るべからずの瞬間なのですが、正直そこまで真っさらな透明になる [続きを読む]
  • 本当の「自由」ってナンじゃろな
  • 昔からマスコミというのは、出来事や発言の一部を切り取って、自作自演の大騒ぎをしてきました。戦後、自由が叫ばれるようになってからは、何かと言論統制だと騒ぎ立て、報道の世界は治外法権となりました。ただ、それでも戦前から受け継いできた良識のおかげで、今日まで大なり小なり自制心が働いてきていました。それは理屈以前に、さすがにこれ以上は恥ずかしいという思いであり、あるいは自らをおとしめることへの胸の痛みだっ [続きを読む]