物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOG さん プロフィール

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物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOGさん: 物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOG
ハンドル名物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOG さん
ブログタイトル物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOG
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/amazon-japon
サイト紹介文自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか
自由文1歳から80歳あまりの自分史を大正・昭和・平成の近現代史を織り込んで記録する。
近現代史のテーマは戦傾化の解明。
自慢は謎解きのオリジナル。
①樺美智子さん死の真実
②田中上奏文の真実
③狭山事件の真実(未完)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2015/01/27 13:43

物怖じしない国際人を育てるヒント集BLOG さんのブログ記事

  • 63年ぶりの故郷来てみれば/同窓会=「友だち」会/遊び友達今いずこ
  • わたしは現役時代同窓会に出なかった。出たくても多忙で出られなかった。2年前に引退してから望郷の歌をネットで探して口ずさんだりして、同窓会を待望するように変わった。1週間前に母校屏山中学9期生の喜寿同窓会が久留米でありワクワクしながら参加した。わが故郷では同期生は互いのことを「友だち」という。以下に出て来る「友達」は同期生のことである。110名中30名が参加した。顔に見覚えのある者、名前に記憶のある [続きを読む]
  • 5.15事件/国体論/復古(神格)から革新(人格)へ
  • [ご報告] 前立腺オペの術後、出血と血塊による再閉尿で一時救急処置を受けましたが、その後は経過良好で平癒を迎えました。盛年の頃の機能にもどりました。PVPの実力が能書きどおりであったことをドクターと共に喜んでいます。 匂坂資料全4巻(1989~1991)角川書店1932年 「血盟団」事件 2.9前蔵相井上準之助暗殺 3.5三井財閥総帥団琢磨暗殺1932年 5.15事件 海軍青年将校と陸軍士官学校生ら首相官邸等襲 [続きを読む]
  • 前立腺肥大症オペ/PVP(グリーン ライト レーザー)
  • 前立腺肥大症で数年間苦しんで来た。今回はその闘病記である。月1回2日間ほど頻尿と尿閉の症状があった。今回は三日目も治まらないのでたまらず掛かりつけの中規模H病院で尿道にカテーテルを入れてもらった。応急処置に過ぎないので手術を決意してPVP機器を入れている中規模未満の枚方Y病院を紹介してもらった。北摂の大学病院、大病院はまだPVPを導入していなかった。なぜPVP手術(レーザーで削るのではなく蒸散させる最新治療 [続きを読む]
  • 「血盟団」事件/自己犠牲=自己実現/天皇親政のユートピア
  • 民衆のためとおっしゃって家をかえりみない貴方、私たち母子は大衆ではないのですか。 中島岳志『血盟団事件』 2016年 文藝春秋関東軍の独断専行と満州国の建国(1932年3月1日)により軍国主義はようやく復活した。1931.11.9 京大国粋主義団体・猶興学会、学内外で活動活発化(3か月後血盟団事件に3名連座) 1932.1.10 国防献金による献納機、代々木練兵場で愛国1号、2号と命名 献納機ブームの [続きを読む]
  • 旧制高校の青春/自由と圧殺の分岐点/籠城七日三高ストライキ
  • 小樽高商、早稲田大の軍事教練反対闘争(社研時代)のその後、学園の様相はどう変ったか?一気に軍事訓練が本格化したのでもなく、一気に忠君愛国の日本精神がよみがえったのでもない。数十万の失業者をよそに、銀座ではモボ、モガとよばれたハイカラさんが闊歩し、学園都市では弊衣破帽、高下駄のバンカラも珍しくなかった。90年前の1929年4月、第三高等学校に鳥海山の麓から政治的に無色無所属の苦学生が入学した。その3 [続きを読む]
  • 満洲事変/戦時と泥沼へ
  • 微力ながらシベリア戦争、大正デモクラシーから研究を始めたことにより昭和の戦争への傾斜と道程が見えやすくなった。田中戦傾内閣は内政では治安維持法により共産党封じ込めに成功した。外交では関連機関の東方会議で満蒙経略の大綱(不干渉政策を棄て対米戦争まで覚悟した)を決定し、その個別の獲得目標を記録した「満蒙における積極政策」を偽書「田中上奏文」に見せかけることに成功して具体的な実行目標を隠した。1928年 [続きを読む]
  • 田中義一組閣と東方会義/済南事件・張作霖爆殺事件
  • 1927年、中国大陸では引き続き北伐と反帝国主義の嵐が吹き荒れていた。蒋介石の国民革命軍の時系列行動は以下の通り・・・。3.21上海攻略。3.24南京入城、安全区の日英米領事館襲撃、暴行略奪、軍艦射撃。英米は反撃したが日本は内政不干渉方針を貫く。4.3漢口事件、日本租界襲撃略奪破壊。4.12蒋介石、上海で反共軍事クーデター、共産党活動家の殺害と排除、反共、反ソへ。4.18南京国民政府を樹立・・・。日本 [続きを読む]
  • 日本軍の野望/「次の戦争」像/対米戦争
  • シベリア出兵帝国書院『図設日本史通覧』政府は陸軍主導で青少年に軍事教育を実施し在郷軍人の活動を活発化させた。国難という言葉先行だった。では当時の軍事専門家と政治家は次の戦争にどんなイメージを抱いていたのか、それが本稿の主題である。1920年3月、シベリアでは赤軍もしくはパルチザンが西から反撃してきて沿海州にすでに浸透していた。そして、不利な対日戦を回避するレーニン政府の方針により、ハバロフスク〜ウ [続きを読む]
  • 総力戦=国家総動員体制づくり始動/軍国復活へ
  • 第一次大戦の惨禍は、国際的に非戦と軍縮の気運を醸し出し、平和維持を目的とする国際連盟を作り出す一方で、列強の軍部に総力戦対策強化を促した。日本でも将来の総力戦を不可避と考える軍部を代表して宇垣一成がその任にあたった。本稿では軍縮を逆手にとって予備兵力増と武器近代化を推進した陸軍の軍政と軍国復活の道程を考察する。 『宇垣日記』1954年 朝日新聞社第一次世界大戦では、空に飛行機、陸にタンク、海に潜水艦 [続きを読む]
  • 早稲田の森の怪人/早大・小樽高商軍教事件/ 反動と抵抗
  • 菊川忠雄 『学生社会運動史』(1947年)以下の文は主として上掲書に依拠する。学連が発足してちょうど半年後の1923年5月10日早大軍事研究団発団式の会場である。午後3時前、正門前に突如「早稲田を軍閥に売るな!軍閥を倒せ!会場を占領せよ!反軍事研究団同盟」と大書した看板が立てられ、発団式を無視していた学生たちが足を止めた。軍事教育に対する学生の大方の意識を理解するために、軍事研究団の設立趣意 [続きを読む]
  • 治安維持法適用/京都学連事件/共謀罪の次は?
  • 号外写真の出典 刊行会編佐々木敏二執筆『京都帝国大学学生運動史』(1984年 昭和堂)1922年11月7日、ロシア革命5周年記念日である。玉城素『日本学生史』(1961年)によれば、東大の新人会、早大の文化会、早大その他の建設者同盟、明大の7日会、一高の社会思想研究会、三高の社会問題研究会、五高FR会、七高鶴鳴会など全国26校の学生思想団体が連合して、約50名の代表が当夜、東大学生第二控所に集まっ [続きを読む]
  • 治安維持法朝鮮に適用/テグ真友連盟事件/破壊団を捏造
  • 治安維持法制定時ヴァージョンは、たった二語のキーワード「国体と私有財産」と全7条からなるほぼ無限解釈可能な万能法であった。日露講和条約締結に不満の日比谷焼き打ち暴動、指導者無き米騒動、朝鮮独立万歳3.1運動は、予期しない、前例もない大民衆暴動であったが、軍事力と刑法によって鎮圧、処罰し治安を回復させることができた。ただ同様の暴動が今後は国際共産主義の浸透によって植民地独立と日本革命の動乱に発展しか [続きを読む]
  • 朴烈・金子文子大逆罪適用/義烈団爆弾事件
  • 鈴木裕子編 [増補新版]『金子文子 わたしはわたし自身を生きる』(2013年) 梨の木舎 大震災の二日後「不逞社」を名乗って思想誌『現社会』(『太い鮮人』名で1,2号発行、広告が集まらないので改称)を発行していた朴烈・金子文子夫妻が「保護」検束された。不逞鮮人を公然と名乗っていたが要視察朝鮮人として尾行、監視されていただけだった。不逞社は、あえて集う者の共通点でいえば「天下国家を亡くせ」と語りあう [続きを読む]
  • 憲兵隊による世直しテロ/大杉栄夫妻と甥虐殺/大正社会運動の扼殺
  • 2009年09月15日大杉栄のお墓参りと大杉栄の甥の橘宗一墓前祭BLOG記事 by hisako kuroiwa 大きな自然石の碑銘の表には、上に「Born in Portoland Ore. 12th 4. U.S.A.」、下には縦書きで、「吾人は須らく愛に生くべし、愛は神なればなり 橘宗一」という文字が彫られている。  だが、衝撃的なのは、墓碑の裏側に刻まれた文字だ。  碑文は以下の通り(写真参照)。 「宗一(八才)ハ、再渡日中、東京大震災ノサイ、大正十二 [続きを読む]
  • 関東大震災/中国人虐殺 なぜ?/王希天暗殺
  • 仁木ふみ子『震災下の中国人虐殺 中国人労働者と王希天はなぜ殺されたか』は1993年に出版された。それは1965年ごろに始まる先行研究を集大成した観がある。付録 巻末に王兆澄調査、中国公使館調査、中国外交部調査、温州同郷会調査、仁木追加分による犠牲者700弱の氏名、出身地、被害日、現場、凶器、犯人属性、報告者名を記入した名簿が掲載されている。失われた金銭の記載も見られる。シベリアの兵士がそうであっ [続きを読む]
  • 関東大震災/王希天暗殺/共謀して国が隠蔽
  •  本稿の記述はこの研究書に負うところ大である。作成者 加藤直樹1981年春、ジャーナリスト田原洋が遠藤三郎元中将を訪ねたときのことである。遠藤は第一師団(長は石光真臣)第三旅団第一連隊の第3中隊長として「江東地区警備の第一線にいたと語った」 遠藤は気鋭の大尉で陸軍きってのエリートだった。当時金子旅団長の参謀挌として上掲図旅団司令部に出入りしていた。「〔大杉栄が殺されましたね〕私が会話のつなぎの [続きを読む]
  • 関東大震災/朝鮮人ジェノサイド/四ツ木橋/名もなく遺骨もなく
  • 原画 山崎 巌(小学4年 1923年)本稿は上掲書(2014年)の「四ツ木橋」に関わる部分からの抽出でほぼ成り立っている。上掲書に「四ツ木橋」周辺の証言がとくに多いのはそこが100人以上から証言を集めた 「追悼する会」の活動中心地だからである。1910年韓国併合により朝鮮ではGDPと物価が上がり貧富の格差が増大した。細民労働者と土地を奪われた零細農民が戦争景気の日本に出稼ぎに来た。在日朝鮮人の数は、 [続きを読む]
  • 間島出兵/不逞鮮人/関東大震災・朝鮮人虐殺の前史
  • 出典 厚生省『援護50年史』 満州国行政区画と各省別日本民間人死亡者数 朝鮮独立運動(本部上海)の国外根拠地は浦潮(沿海州)と間島(満州)であった。浦潮新韓村はシベリア派遣軍による四月惨変で壊滅した。間島琿春掃討を観てみよう。間島は満州東端にあり東の国境を越えるとロシア領沿海州で浦潮に至る。南の豆満江を渡ると朝鮮(日本国)である。元々朝鮮人が多い地域だったが韓国併合後朝鮮人難民の避難地として人口 [続きを読む]
  • 治安維持という名のテロ/平澤計七・川合義虎たち虐殺/関東大震災
  • 数年前にこのブログで大正は現代の母型であるという観点から大正デモクラシー、社会運動の勃興、大正ルネサンスを論じた。暗い閉塞の時代から抜け出した明るさのなかに自由な生命の躍動とモダンな生活の放縦が垣間見られた。それは戦後期昭和の母型を想わせる。自分史で一息入れた後、大正の戦争「シベリア出兵」を投稿した。宣戦布告のない、兵士にとってすら意味不明の、市民に積極的に支持されていない戦争であったが、戦争指導 [続きを読む]
  • 尼港事件秘録『アムールのささやき』/遅すぎた日本の反省
  • ♪ はよ寝ろ 泣かんで おろろんばい  鬼ン池の久助どんの 連れんこらるばい 森繁久弥 島原子守唄https://www.youtube.com/watch=g6D5Yk8MkCI鬼池村の久助どんは実在の人物ではない。でも鬼が連れに来る、怖い、と幼い子は感じるにちがいない。尼港パルチザンの暴威が国中に伝わると、天草地方では「パルチザンが来るゾ」と言えば泣く子もだまった、と表題の著者石塚経二は書いている。以下の記述も『アムール [続きを読む]
  • ムーヒンとクラスノシチョコフ/パルチザン戦
  • 出典 石光真清『誰のために』調書「ムーヒン」(手書き 第12師団司令部 複写)によれば、ムーヒン(電気工、妻帯、41歳、左足凍傷痛)は変装のため理髪しヒゲをそった。その前は栗色のほほヒゲと帽子で変装していたという。隠れようとした学校で捕まったが捕らえたのは日本兵である。上掲の写真はコザックを主役に配して日本軍を脇役に見せる効果を狙った広報用のものである。審問者はアベゾルーコフで「隠していることがある [続きを読む]
  • 石光真清とムーヒン/ブラゴヴェシチェンスクの謀略戦
  • 出典 http://www.a-saida.jp/russ/vetvi/muhin.htm 原典 アムールスカヤ・プラウダ 2010.5.3石光真清の手記第4部『誰のために』は私にとっては戦場での「類は友を呼ぶ」物語である。第4部は内容ゆえに真清が公表をはばかったものである。ご子息の真人が戦後編集出版した。ソヴィエト政府の誕生によって激変した世界とロシアの情勢は極東に無政府状態を生み出した。政権と軍事力の希薄もしくは空白である。日本はこれを好 [続きを読む]
  • 石光真清の手記/百年読み継がれる魂の自伝
  •  石光真清 1868.10.15〜1942.5.15「シベリアの冬は暮れやすく、人の生涯は移ろいやすい。青年将校の軍服を脱いでブラゴヴェシチェンスクに初めて留学した日から二十年の歳月が流れている」 石光真清は足掛け五十歳の身をふたたび諜報勤務員として同地に投じた。十月革命直後の1918年正月のことだった。宿泊することにしたホテルは暴漢達に荒らされて支配人のほかにひと気はなかった。そこへズックの小袋を持った背の高い [続きを読む]