お城でグルメ! さん プロフィール

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お城でグルメ!さん: お城でグルメ!
ハンドル名お城でグルメ! さん
ブログタイトルお城でグルメ!
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/kenjikamino
サイト紹介文ドイツの古城ホテルでグルメな食事を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供44回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/02/01 17:30

お城でグルメ! さんのブログ記事

  • ホー・コェーニクスブルク城塞
  • フランス中部を流れるロワール川の流域にある古城は、40年くらい前にいくつか訪れましたが、このブログを始めてからは初めてフランスのお城を見学しました。アルザス地方にあるホー・コェーニクスブルク城塞です。フランス語ではChâteau du Haut-Kœnigsbourgと書きます。シャトーなんじゃらかんじゃらブールと読むのでしょう。模型 ・ 航空写真(ホームページより)ドイツと国境で接しているアルザス地方にあるホー・コ [続きを読む]
  • ヴァイベルホェフェ城館
  • フランクフルトから南東に約50?離れた所に、約10ヘクタールもの公園をもつヴァイベルホェフェ城館はあります。13世紀中頃に建造された狩猟用離宮で、16世紀中頃の、第二次辺境伯戦争と呼ばれる戦争で破壊され、5年後に再建されました。その後、17世紀の後半から1990年まで牧羊農場が営まれていましたが、最後の農場主が亡くなった後、次の所有者が、農場の歴史的価値を十分に考慮しながら、ウェルネスに重きを置いたヴァイベルホ [続きを読む]
  • ライネ城
  • ライネ城というのは、私の住むハノーファーにある擬古典主義の城館施設で、1962年からニーダーザクセン州の州議会が入っています。柱廊玄関があるライネ城の前面 1 ・ ライネ城の前面 2じつは、ライネ川沿いのこの地には、13世紀の末に創設された修道院がありました。その教会財産が16世紀前半に世俗化(国有化)された後、教会だけが残されて、その敷地に城館が新築されたのです。その後、修理や改装や建て替えが行われ [続きを読む]
  • オスナブリュック城館
  • ハノーファーから西に160km離れたところにあるバロック風のオスナブリュック城館は、17世紀の後半に建造されました。19世紀の初めから行政官庁の建物として使われ、20世紀前半のナチズムの時代には、ナチの秘密国家警察(ゲシュタポ)が城の西の棟に入りました。ゲシュタポは地下に囚人房と拷問部屋をつくり、ユダヤ人のオスナブリュック市民を、強制収容所に送られるまでの間、拘留していたのです。留置場にはその他、外国人の強 [続きを読む]
  • ゴーデス城砦 ・ その2
  • ミシュラン1つ星のレストラン〈ハルベデルス・ゲストハウス〉も、やはり昔の貴族の別荘でした。レストランの外観 ・ レストランの内部ある種の緊張感をもって行きましたが、温か味のある居心地のいい内装で、どこかの裕福なお宅に招待されているような気持ちになりました。30歳前後の男性と60歳代と思われる女性の給仕スタッフは気さくで、常連客との会話が弾んでいました。私の席落ち着く隅のテーブルでアペリティフ [続きを読む]
  • ゴーデス城砦 ・ その1
  • かつて西ドイツの首都であったボンの、バード・ゴーデスべルクという市域は、私には、各国大使館員とその家族が大勢住んでいた、という認識のところです。ここの中心部、海抜122mの小さな山にゴーデス城砦の廃墟はあります。町から見あげる城塔 ・ ありし日の城砦の模型ゴーデス城砦の建造は13世紀の初めに始まり、建築と拡張が段階的に14世紀まで続きました。その後、16世紀後半のケルン戦争のとき、30mの高さの城塔だけ [続きを読む]
  • 下関市
  • 下関ではまず、船で5分の対岸、北九州市門司区に、門司港レトロという歴史的重みをもつ建造物を残してある観光地域があるので、そこを見学しました。関門海峡 ・ 門司港レトロそこで昼食を、と思っていると、いたるところに、〈名物〉という焼きカレーを食べさせる店があります。本当にしつこいくらいです。「元祖」、「専門店」、「市公認」、「本家」、「オリジナル」などをレストランの名に付けて権威をもたせようとし [続きを読む]
  • 萩の町
  • 萩は、良く知られているように、日本の国体を左右した歴史をもっています。断片的にですが、いくつかの印象深い景色を写真に収めました。武家屋敷が連なる地域には白壁の塀が目立ち、武士が栽培して生活費の足しにしたという夏みかんがのぞいています。かつて日本三大学府の一つと称された長州藩の藩校、明倫館の建物があり、数年前まで小学校として使っていたそうです。市街地のはずれにある東光寺には、毛利氏の廟 [続きを読む]
  • 萩城址
  • 萩城は、江戸幕府が開かれた翌年、1604年に毛利氏が居城として築いた城。城の建物は今はなく、東萩駅前にその模型があるだけです。萩城址1 ・ 萩城址2萩城址3 ・ お堀の鯉萩市での一泊目は、海岸にある普通のリゾートホテルにして、町の和食店で夕食をとりました。元首相の小泉さんが訪れたことがあるそうです。カウンター席で小さなコース料理を注文して、それに加えて気の向くままに一品料理を頼みました。コー [続きを読む]
  • 東本願寺
  • 義母が亡くなって一周忌のこの春、京都の東本願寺に納骨に行きました。東本願寺1 ・ 東本願寺2東本願寺3 その時に「お斎」をいただいたのです。「お斎」とは、〈報恩講などの仏事の際に、御同胞があい集い、米や野菜などを持ち寄って調理していただいた食事のこと〉だそうです。「お斎」のおかげで、観光客は入れない奥の方まで案内され、広い部屋で、妻と義弟とその妻の4人で精進料理を食べました。畳敷きの廊 [続きを読む]
  • 杵築城
  • 我が故郷、大分県の北部に建つ杵築城。杵築城1 ・ 杵築城2武家屋敷がある地域1 ・ 武家屋敷がある地域2武家屋敷がある地域3ここでとれる「城下カレイ」は食通に良く知れられていますが、近くの宇佐市安心院(あじむ)にも、美味しい食材があります。スッポンです。私は、スッポンは30年ほど前に大阪で食したのが最初で最後なので、いち時帰郷の折、安心院にある全国的に有名なスッポン料理専門の店に行って [続きを読む]
  • 城塞広場
  • ライン河畔にあるこの広場は、デュッセルドルフの旧市街にあります。〈城塞広場〉という名前は、昔ここに城塞があったからなのです。13世紀の後半、漁村であったデュッセルドルフが市に昇格した時に、ライン河を航行する船から税金を徴収するために城塞が築かれました。16世紀後半に、城塞は領主の居城としての城館に改装されたのですが、その後領主が引っ越したあと、絵画のギャラリーなどが入居していました。ところが、18世紀か [続きを読む]
  • イェーゲルホフ城館
  • 過去のブログに書きましたが、デュッセルドルフは私にとって特別な都市です。ここで学業を終えて、医師免許の取得、病理専門医の資格取得、そして博士号を取得し、結婚をしました。私の人生を決めた場所なのです。今回、講演の依頼があって、この懐かしい市を訪れました。デュッセルドルフ市役所市街地の中心部から公園を横切って、18世紀の中頃建造されたイェーゲルホフ城館に行きました。城館への道・そこにあるベンチ [続きを読む]
  • ハノーファー市庁舎
  • 私の住むハノーファーの、13世紀前半に建てられた最初の市庁舎が、まだ旧市街の中に旧市庁舎として残っています。現在は、建物に飲食店と商店が入っているようです。旧市庁舎 (Wikipediaより)19世紀の末になって、ハノーファー市が工業化によって次第に広がって来たため、大きな市庁舎が必要になり、現在の豪華な城館に似た新市庁舎が、ウィルヘルムII世治下の1901年から12年の歳月をかけて、旧市街の外ですが市の中心地の南端 [続きを読む]
  • グルーネヴァルトの城館ホテル
  • この城館ホテルは、ドイツの首都ベルリンのグルーネヴァルトと呼ばれる市域にある、5つ星のデラックスホテルです。私がこのホテルを知ったのは、2006年にサッカーの世界選手権がドイツで開催されたときにドイツチームの宿舎になったときです。「へー、こんなホテルがあるのか。」と思ったのですが、格調が高そうで何となく気がひけて、泊まるのは見合わせていました。ところが今、それから10年以上立ち、私も年をとって厚顔になっ [続きを読む]
  • ソフィテル アテネ エアポート (復)
  • 11日間のペロポネソス半島旅行を終えて、最後の夜は再びアテネの空港ホテルです。その日のフロント係によるのでしょうか、チェックインのときの勝手が、11日前とは少し違います。先回はごく普通だったのですが、今回は宿泊費を全額前払いで帳場を閉めてしまったため、部屋の冷蔵庫のキーをくれないし、(後で知ることになるのですが)レストランでの飲食費の部屋付けも出来ませんでした。客の自由を制限する、まったくもって良くな [続きを読む]
  • ミストラ遺跡
  • ミストラ遺跡は、ギリシャのペロポネソス半島南東部にあるビザンツ時代の中世城塞都市の遺跡です。ユネスコ世界遺産に登録されています。13世紀の中頃、山頂に城塞が築かれ、後に山の中腹に新たに滞在用の居館(後の宮殿の一部)が建設されました。そして、ギリシャ人民が安全を求めて城下に集まってくるようになったのです。こうして、この地が都市として発展する土壌が作られました。発展期を迎えたのは14世紀も半ばのことで、増 [続きを読む]
  • アンシエント メッシーニ
  • アンシエント(古代の)メッシーニとは、ペロポネソス半島南西部のメッシーニ地方にある、紀元前4から3世紀に起源をもつ古代都市の遺跡です。遺跡1 ・ 遺跡2遺跡3 ・ 遺跡4遺跡5 ・ 遺跡6遺跡7 ・ 遺跡8小高い丘の上に広がっていますが、すぐ近くに大きな泉があり、そこの水がこの古代都市の成立と存続を可能にしたことがよく分かります。泉 ・ 古代遺跡に流れ込む水アンシエント メッシーニ [続きを読む]
  • ミケーネ古代遺跡
  • 古代都市「ミケーネ」が栄えたのは、紀元前16世紀から紀元前12世紀にかけてのことだそうです。高度な青銅器文明を持っていたそうで、いくつかの巨大な石造建築物が見られます。たとえば、「アトレウスの宝庫」と呼ばれる建造物は石室式集合墳墓で、中は円錐型に石が積み上げられています。アトレウスの宝庫の入り口 ・ アトレウスの宝庫の内部獅子門遺跡1 ・ 遺跡2遺跡3 ・ 遺跡4この遺跡を訪れる観光 [続きを読む]
  • カラマタの町
  • 我々のアパートメントの近くにある比較的大きな町は、人口約70.000人をもつ、半島で2番目に大きいカタマラです。海岸近くの比較的新しい町域は、観光客や海水浴客を見込んだお土産品店、レストラン、そしてカフェなどが立ち並んでいます。カラマタの町いくつかあるお城のひとつ ・ 付属の教会郊外の円形競技場オールドタウンは山に向かって2、3kmいったところで、昔ながらの飲食店が並んでいて古き良き時代の雰囲 [続きを読む]
  • ペロポネソス半島
  • 「偉大な田舎」とペロポネソス半島は呼ばれているそうです。その「田舎」の海岸沿いにある小さな村で11日間、いつものように休暇用アパートメントを借りて過ごすのです。われわれが住む建物の中にアパートメントは4つあり、そのうちのひとつに大家が平素住んでいて、休暇の客はうちだけです。写真に写っているダイニングキッチンと居間の他に寝室がふたつあり、かなりゆったりとした住居空間なのです。大家は小さな子供が二人いる [続きを読む]
  • ソフィテル アテネ エアポート (往)
  • 先月、冬の休暇をギリシャで過ごしました。最初の夜はアテネの空港ホテルに宿泊し、翌日にレンタカーを借りて、ペロポネソス半島のアヴィアというところで11日間過ごしたのです。空港の建物を出てから徒歩2、3分で空港ホテルです。英語が拙いけれども綺麗なお姉さんがフロントにいます。レストランがふたつあるのですが、9階にあるグルメレストランで夕食をとることにしました。ギリシャとフレンチのフュージョン料理を供するそう [続きを読む]
  • オェールベル城
  • 12月の現在、ドイツは待降節(4週間のクリスマス準備期間)で、各地にクリスマス市が立ち、4回目の日曜日が過ぎるとキリスト降誕祭、すなわちクリスマスが来ます。先日の新聞で、ここハノーファーから50?ほど離れたオェールベル城に、2度の週末に限って大規模なクリスマス市が立つことを知ったので行ってきました。オェールベル城 ・ お城の入り口この地にあった12世紀の水城のお堀が埋められ、城の基礎の上に現在のル [続きを読む]
  • パークホテル・マクシミリアン
  • 南ドイツの町レーゲンスブルクは19世紀の初めごろ、ナポレオン軍の攻略により、旧市街が灰燼に帰すまで破壊されました。のちに、その旧市街と中央駅を結ぶ直線の道路が出来、バイエルンの王様にちなんでマクシミリアン・ストリートと名付けられました。そして19世紀の終わり頃、その通り沿いにこのホテルが建てられたのです。歩いて、中央駅から数分、旧市街まで10分というたいへん便利な位置にあリます。建物の基礎の一部はローマ [続きを読む]
  • ギフホルン城館
  • 私の住むハノーファーから東に1時間ほど走ると、ギフホルンという町があります。今回この町には、〈日本人の考え方と感じ方〉についての講演を依頼されたので来ました。講演会場意外にも、地図を見るとギフホルンにお城があるのですねー。それで、近い距離にもかかわらず一泊して当ブログのための取材をすることにしました。泊まったのは、ギフホルンの町はずれにある個人経営の小さなホテルです。実はハノーファーで1週間の農 [続きを読む]