気ままな旅 さん プロフィール

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気ままな旅さん: 気ままな旅
ハンドル名気ままな旅 さん
ブログタイトル気ままな旅
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tiburonta
サイト紹介文 自分好みの歩みと共に・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/02/03 15:04

気ままな旅 さんのブログ記事

  • 「厳頭之感」に亡き兄を偲ぶ少年
  •  昭和25年の春。 少年には7歳違いの長兄がいた。 次兄は戦前に早くに亡くなり、長兄は病弱な上に中国からの引き揚げの労苦が重なり25歳の若さで結核療養所で亡くなった。亡くなった時、病床の枕元には物理学の蔵書2冊が病人の床には不釣り合いに置いてあったと兄と歳の余り変わらぬ従兄が言っていた。物理学の研究者になるのが夢だった兄はこのほかにも良く哲学書も読んでいた姿を見受けられた。少年は休みになると母の代わりに [続きを読む]
  • 冬の弱い陽ざしに誘われて・・・散歩
  •  早々とクリスマスカードが届いた。 と言ってもフォーシーズンズカードである。 出窓から入る冬の弱い陽ざしを浴びながら、妻は仕事である子供たちとのクリスマス会の英語の劇の発表の準備に追われていた。 それを横眼にみながら、ここ数か月はあまり歩いていないのに気づき、差し込む陽射しに誘われ駅前に出かけたい衝動にかられた。 「調子が良いので駅前にカードを買いにいってくるよ・・・」と言うと早速着替え始めた。  [続きを読む]
  • たかが、墓なれど…風雲ときを告ぐ!
  •   日増しに寒さが厳しくなってきた数日前の或る晩のこと。 いつもより早い夕食もすませ、少しばかり睡魔に襲われ早くも自室の椅子にもたれ掛かり、うたた寝をしていた。 どれ位過ぎたのか、机の上の子機が鳴った。 受話器を取ると久し振りに直ぐ下の弟からだった。 「久しぶりだな。どうした、みんな元気か・・・」すると弟は「兄貴の方は皆さん元気か・・・」「ところで友人から相談を受けた話なんだだけど・・・墓の埋葬の [続きを読む]
  • 無謀な外国ひとり旅・・冷汗が懐かしい・・
  •  私にとって、見知らぬ地へのひとり旅とはツアー旅行でない相談できる相手のいない旅だと決めている。  不便であり、不安でもあるが、一方、時間も行き先もチョット休みたい時も自由だ。しかし、ひとは、会話が無理とくれば人はそれを「無謀」と言う。だが、その国の生の姿を観ることができるから無謀をあえてやるのが好きだ。 冷や汗をかいた懐かしい旅を想い出のままに楽しんで観ようと思う。第一話.初めての米国本土の [続きを読む]
  • 「鐘の鳴る丘」の唄が・・・悲しく聞こえる
  •  10月29日付の朝日新聞の朝刊1面トップに「日本に こだわらない 米の大学に進学・・・」と大きく見出しが掲載されていた。また、テレビ番組の中で「越後角兵衛獅子発祥の地」の悲しくも貧しい食い扶持減らしの子捨ての歴史話を知り時代が大きく変わったことを知った。 終戦からもう既に72年、東京オリンピックから53年、そして再び迎える東京オリンピックまで後3年の間に戦争はなさそうだ。 そんな事を考えながら終戦直後 [続きを読む]
  • Halloweenを知ったのは孫息子が誕生した時でした。
  •  ハローウインの時期を迎えようとしている。そう言っても今では誰でも話題についてくる。 いまから19年も前の頃はデパートでもやっとウインドウに飾りつけを始めた時期だった気がする。会社人生の最後のお勤めを迎えようとする前の年だったと記憶する。 記憶が曖昧なのは初孫誕生で舞い上がっていたのかも知れない。 初孫息子である。 待ちに待った誕生の年の10月、サンフランシスコから北の街ノバトへ飛んだ。 迎えに来た娘 [続きを読む]
  • 何故か、歳を考える・・夢も希望も捨てない。
  •  娘が使っていた木製の机と息子が使っていた本棚と一体になった、これまた木製の机の両方を退職をしてからは私が新しい主人となり使っている。 当時は金属製が主流だったが、説得して木製を使わせていた。お陰で木製だけに傷だらけになっても、それなりの風格が残っていて子供たちの想い出が傷に沁み込んでいる。  私が使い始めて19年になる。 2台の机をエル字型にくっつけ左の机にワープロを置き、右の机にパソコンを置いて [続きを読む]
  • 信じられない・・・柿が1個・・・嘘でしょう?
  •  雨は降り続いている。東京は60年振りの寒さとか・・・。 昼食をしながら妻と庭にある次郎柿の話になった。 次郎柿とは狭い庭の隅にある我が家の唯一の実のなる木のことである。    「今年は一度も庭にでて何個ぐらい収獲できるか、確認していないね。                そろそろだね、鳥にやられないように気をつけなくては・・・」と、言うと   「ここの窓から観る限りは柿が1個も見えないようよ」と、 [続きを読む]
  • ここに60年にもなる古い認印がある
  •  先日、ブログを始めて1000日と案内があった。 年月の過ぎる早やさにただ驚くばかり。 丁度、所用もあり、体調も優れるので、久しぶりにバスで駅前にでた。 ひとり杖を突いてでも気ままに歩けるのは心地がいいものだ。 バスの車内は混んでいたが、杖を隠しての5分の辛抱だ。ここで知ったのだが、杖はカーブの時に実に頼りになる。 予め杖の先を踏ん張りの角度にしておく知恵を覚えた。  用件の書類に捺印するのに手にした [続きを読む]
  • 何故か思い出した店名を入れ替えた話
  •  いま、或る原稿を書き始めている。 だが、持病のため筋肉が硬直し痺れで、なかなか思うようにいかなく時間がかかる。 そんな時に思わぬ記憶が覚まされることがある。   それは初めて単身赴任した時のことである。 当時は弁当屋はあるもの規模は小さい。 自炊をしていても主婦と違いレパートリーがない。 刺身が食べたいがスーパーに行くには帰宅が遅い。街中には魚やはまずない。  ところが、この街にはあった。 しか [続きを読む]
  • ナパ・ソノマ焼失が悲しみと想い出を生む
  •  昨夜、9時を回った時刻に義妹から電話が掛かって来た。           「真美ちゃんの処は大丈夫なの。距離感が分からない・・・」と言う。 何のことやら分からない。 翌朝のニュースで知った。 米国が誇るカリフォルニアワイン蒸留地で知られるナパとソノマが焼失したとあった。 娘家族が住むサンフランシスコのベイエリアは100km程離れているのでひと安心した。 ただ、煙は流れてきて学校は休校になった。 復興に [続きを読む]
  • 悪げなく「すずめ蜂」を怒らせた愚かな夫婦
  •  つい先日、テレビで異常発生した「すずめ蜂」の駆除をする取材番組をたまたま観た。 「そうだったのか」とひとりガテンが言った。  それは8月も終わろうとする頃だったと思う。 我が家の入口に幅15mに亘って樹齢30余年にもなる山藤がある。 妻が大事にしている。だが、駐車場の上に覆いかぶさり晩秋を迎える頃には落ち葉と樹液に悩まされる。 春を迎えるとわざわざ花を観にくるから人がいるから止められないと言う。でも、 [続きを読む]
  • 悲しむ! 音をたてて・・僕の椅子
  •  我が家の居間に古いハイバックの洋風の椅子が部屋の中央にざま覚ましく鎮座している。 妻からは余り良い顔をされていない肩身の狭い椅子である。動かすのに老体には重いからである。 しかし、わたしにとっては永年の友である。 単身赴任していたマンションに買われて来た当初は大事に扱われたものだ。 会社人生を終え妻の待つ自宅に戻り20年そして、この頃は、わたしの疲れを癒すための役目には変わらぬものの取り扱う座り方 [続きを読む]
  • 寝つけず起きた早朝のひととき・・・
  •  窓の外はまだ暗い。 新聞配達も、牛乳配達もまだのようだ。  この頃、昼間に2時間近く昼寝をするせいか、時折夜中に眼が覚めてからが寝付けない。 これでも、昔とは違い早起きには努めてきた。だが、午前4時は早すぎる。起きてyoutubeで懐かしい曲をイヤーホーンで聴きだした。落ち着きを取り戻してきた。        ふと、雑然とメモ書きが散らばっている机の周りを見回した。 壁には幼い頃に描いた孫の絵、女子社員 [続きを読む]
  • スピードでは負けないマジック計算
  • この頃、時間を見つけては自室の整理をしている。古い当時の写真が時折転がっている。それを懐かしく眺めていて一向に整理が捗らない。 色褪せた白黒の写真には生垣の塀でなく板塀だ。 その塀に横開きの引き戸だ。父はゆかたを着ている。私は白い下着がシャッツ代わりだ。足元には下駄を履いている。 終戦直後の生活が時代を反映させていた。しばし、一枚の写真に見いった。自宅の向かいには親戚の叔母のように親しんだ眼科医の [続きを読む]
  • 或る一冊の本に出会えた
  •  処分され寂しくなった本棚にいまだ処分されずに一冊の本がある。手を伸ばし裏表紙を開いてみた。 購入日付がない。 何時もなら鉛筆でメモしてる筈なのに・・・と思って閉じた。確か、結婚した年に買い求めた記憶がする。発刊日に昭和四十一年八月十五日第一刷とある。やはり、直後に買ったんだ。 表紙を改めてみた。 小泉信三  「海軍主計大尉小泉信吉」  文芸春秋刊 とある。紐が付いてある。 紐を開くと、好きなフ [続きを読む]
  • 壊れた腕時計をして大学へ・・・孫息子
  •  この18日に娘から国際電話が掛かってきた。 私の初孫の息子を明日、親元を離れ州外の大学に送って行くことになったとの報告だった。早いものだ。18日に送ると言っていたことを思いだした。 18年間も毎年、誕生日にはサンフランシスコまで祝いに駆けつけていた孫がもう大学生とは・・・。 時間の過ぎる速さにただただ驚くばかり。 爺が歳をとるのも致しがたい。  これまでの節目節目に想いを馳せた。 ジュニアハイスクール [続きを読む]
  • ちょっと、覗いて見たかったので・・・
  •  大型台風の雨音が聴こえるが、何故が静かだ。 昨夜、或る局の天気予報士が停電があるやも知れぬとひと言。 日頃反応の悪い私は珍しく卓上ボンベと真空ごはんの補充をWebでした。 2度目の手術を終えて5日が過ぎた。 抜糸が月末だ。 術後30日検診が10月の中旬だ。一時は出血が止まらず難儀したが無事のようだ。  いま、何もせず、幼い娘と昔よく二人で唄ったフォーセインツの「希望」をイヤホーンで静かに聴いている。余り [続きを読む]
  • もう、31日も休んでしまった
  • 7月の31日のブログを最後に休んでいる。サボっている訳ではない。晩夏が過ぎる頃には元気に復帰できるのではないかと期待をしている。 久し振りにブログを開けてみて驚いた。 古いブログを閲覧されているのには驚きと嬉しかった。自分自身ですら忘れていて、読み返し懐かしんでいるくらいだ。  ブログを始めた動機は戦後の中学第一期生として学び舎を共にした女の子に勧められ、正月気分も残る2015年1月10日に初投稿日を迎え [続きを読む]
  • 新入社員だったから許された話
  • もう、8月ともなれば、4月入社の新入社員も5月病も乗り越え仕事にも慣れ始め面白くなってくる頃である。私が配属された部署は宣伝部であるが、当時は広報係で小さな数人の部署であった。新入りにはむしろ何でもやらねばならず、仕事を覚えるには少人数は幸運だった。  「君も入社3か月が過ぎた、取材に静岡に出張してくれないか」日帰りでなく、宿に泊まれるのだ。しかも、二日だ。カメラとストロボを用意した。国鉄の切符は総務 [続きを読む]
  • 想い出って「心の古里」なのですね。
  • この暑い日照りの中、外出せず、ただひたすら部屋の整理をしていた。何か見付けては想い出に浸りながら整理するので遅々として進まない。 色紙がでてきた。 ラジオ番組の30周年記念演奏会の歌手の寄せ書きだった。40年も昔に番組制作に関わったと言うことで頂いたのを想いだした。「忘却とは忘れ去ることなり・・・」と言いながら色紙はごみのビニール袋へポイ〜・・。 だが、たまたまyou tubeから流れてきているフォーク [続きを読む]
  • 労わる気にならなかった白内障を患う
  •  明日は台風3号が日本列島を縦断するニュースを報じていた。         考え方として、足元が不安定な悪い日は簡単に外出を控えると決めていたので天気情報は被害をもたさらない限り余り気にしてはいない。ところが、明日の台風の進路だけは気になった。何としても病院に行きたいのだ。何をしに無理してまで・・・?    ここ一年程視力に悩まされてきた。                     やっと、原因が判 [続きを読む]
  • 大きくなった孫は・・・幼い時の想い出を残してくれた
  •  ひとり留守居で所在なく雑然とした自室にいた。 壁には孫息子が8歳頃に私の顔写真を撮って、それを使ってパソンでデザインした「父の日」のHappyFather's Dayのカード(A4サイズ)が貼ってあるのに気づいた。「何で今頃きづくの・・・?」「だって、もう10年も古い頃のものだよ」と独り言。 海の向こうの国では、小学校低学年から宿題がパソコンでの交信だから簡単なんだろうと思うが、爺レベルでは驚きだ。「そう言えばカード [続きを読む]
  • 記憶って忘れないものですね
  •  数か月になろうか、かつての同僚がやっている蕎麦屋で共に苦労した仲間の集いがあった。 いつしか亡くなられた先輩からお声がかかる齢になった。 後輩と言っても若くはなく後期高齢者に手が届く老人である。 突然その中のひとりが皆に聞いて聴いてとばかりに言った。  「昔の話だけど、亡くなった先輩と3人でドライブした時、ず〜とふたりして軍       歌を唄っていて参ったよ」と、笑いながら懐かしそうに言った。 [続きを読む]