気ままな旅 さん プロフィール

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気ままな旅さん: 気ままな旅
ハンドル名気ままな旅 さん
ブログタイトル気ままな旅
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/tiburonta
サイト紹介文 自分好みの歩みと共に・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/02/03 15:04

気ままな旅 さんのブログ記事

  • 老いてゆけば幾程つまらぬ想い出が懐かしいもの・・・
  •  外は雨。 夫婦ふたりで観るテレビは土曜日の午後9時から始まるTBS「世界ふしぎ発見」である。いつ頃からかは記憶にないが、穏やかな時間を誰にも遮られずに、互いに語り合いながら、ここ数年、送っている。もう、現役時代の、あのピリピリとした緊張感は、それなりに厳しさがあっていいものだが・・・いまは完全に忘れた。  深夜番組の魅力はかつて宣伝部と言う部署で担当したこもあり、熟知していた。と、思っていたが、わが [続きを読む]
  • 懐かしさは遠くなる程強くなるものですね・・・
  •  今日も昼食をすますと、せっせとお迎えの車に乗って「シニア会社」経営のデイ・リハビリに向かった。台風でもなければ天候を心配する必要がいらない。我家の藤棚の下からリハビリの廂の下で降りると言う実に恵まれているアクセスである。 通い始めて7週間が過ぎた。一方、ブログも満4年にもなろうとしている。 ブログに何か事に触れて書きたい気持ちで一杯である。 だが、何も材料がない。 ふと、気がついた。 ブログの事務 [続きを読む]
  • 「デイホーム」を・・・・知らなかった!
  •  もう、9月も終わろうとしている。  猛暑も落ち着き、時折涼しさを感じる侯になってきたのを感じてきた。       今日は、昔の仲間と会場を最寄りの駅近くにしてもらえた、ご厚意に甘え楽しいひと時を過ごし雨の中、妻の迎えで自宅に戻った。 帰宅後、心地よい疲れを癒しに就寝前の仮眠に数十分の時間を愛用の椅子に身をませた。お陰で、疲れを残さずに済んだが、昨晩記述したブログの下書きが何処かに飛んでしまってい [続きを読む]
  • 人生最後の運転免許更新の日でした。
  •  この文は誕生日を迎える3日前に書いた下書きのようだ。 もう、書いたのさえ思い出せない。 重症だぞ。 折角下書きがあるのだから、完結することにした。 私は平成30年を迎え「年男」になった。                  そして、この4月27日には満84歳を迎えた。それに備えて昨年の7月には自動車の運転はきっぱりと止めた。 更に、賀状も感謝とお礼の言葉を添えてご挨拶もって終わりとした。 これからは書き [続きを読む]
  • 自筆の古い記事でも楽しいものですね
  • 目の前の時計の針は未明の午前5時を指している。この頃、時折夜中に起きると寝付けないことがある。blogがなかなか書けずにいる。開いてみた。古い記事を読み起こしてみた。自分の記事なのになぜか新鮮さを感じるから不思議だ。考えてみた。考えなくても決まっている。それは忘れていて呼び起こされて思いだしたからである。 そう言えばこんな事をメモたことを思いだした。脇の本棚を探してみた。筆で書いたメモがあった。   [続きを読む]
  • 時計の針は いずこを指すか
  •  眼が覚めた。ふとんの上である。  当たり前だが、起きるのだが思考し確認をした。雨戸越えに射し込む陽射し。   夕刻かな。ゆっくりと、膝が崩れないように立ち上がり手洗いに起きた。      窓際に時計が置いてある。短針が11を指している。長短の差が余りない時計だ。  ‥だと、夕方の6時か・・。 この頃、食後に疲れ休みをとり、小1時間程仮眠をとるようになっていた。    家内から体調維持にはしかたがな [続きを読む]
  • 隠しことすら懐かしく、その懐かしさを取り戻す・・・
  •  想い出を懐かしみ、想い起こすのは、過ぎし若き頃の心の扉を開くようなものですね。自分で開けた心の扉を開けに再び「記事一覧」を読んでみようかなと思うようになりました。そこで、学生時代に青春を謳歌した一時期に何気なく過ごした或る出来ことを想い出したのです。それは、 学生時代に軽い気持ちで背負った「隠し事」と言う秘密があったのです。    秘密とは仰々しいすぎる。でも、背負ったのは私を入れて二人。    [続きを読む]
  • 悲しきこと多々あれど、これほど悲しきことはない
  • 私は戦後、中国から引き揚げてきた時は小学6年でした。小雨降る中、石炭を運ぶ無蓋車で収容所の大連からタンクウと言う小さな港から米軍の上陸楊脩艇母艦に乗船し祖国の土を踏んだ経験をもっています。後数時間で祖国の地を目前に無情にも小雨降る悪天候に見舞われ5歳の男の子2人が亡くなり船尾から日章旗に包まれ水葬するのを目撃しました。これは敗戦後の混乱の時期でありました。しかし、祖国を目前にして5歳児と言う弱きもの [続きを読む]
  • 庭の杏で作った果実酒とジャムを毎日・・・
  • 「何故か、スッキリした」と題して投稿以来一か月が経過した。意味不明の題に「お役目を果たした」と言う意味なのかなと考えたりもした。ある方から以前に貴重なしかも暖かいコメントを頂いたことがある。PCは字は書かないが右手を使いキーを打つ。この頃、少々疲れてきたようだ。ゆっくり、気ままに日々の生活の中で触れた些細な出来事を投稿していこうと思う。なければ出会うまで歩き続けよう。 もう、25日程前のことである [続きを読む]
  • 何故か。 スッキリしました。
  •  この頃、寝坊の私が比較的に早起きになってきた。二階から降りて雨戸を開けた。梅雨入り前の強い陽射しが射し込んで来た.自然の陽射しの恵みはありがたいものだ。玄関先の郵便ポストから新聞をとってきて日大アメフト事件を読みだした。あきれ返って読む気もしない。私にも似たような社会風土中で経験した過去をもっている。だが、私の場合は負けなかった。 いつの世にも宮使いは弱いものですね。 そんなことを思いながら新聞 [続きを読む]
  • こんなに「メモ用紙」はいらない」!
  • 今日は、早朝から夏日を想い起こすような強い陽射しが射し込んできている。夜は駅近くの処に昔の仲間が集まり語り合う夜のひとときがある日だ。  インターホンが鳴った。 植木が入り剪定だ。 選定はシルバーセンターの研修を終えたお爺ちゃん軍団だが、花を咲かせ、実を成らせて欲しい. 牛乳とパンを主体の朝食をすませ朝食後の薬を飲む用意をし始めた。  薬剤師に「薬の管理はどうしていますか」とつい先日問われた。  [続きを読む]
  • 1年前の今日のブログを読み更けて・・・
  •  明日は何時ものお出かけだ。脚の代わりを務めてくれる我が家の愛車の運転手付きで予約の確認をしておかないと、住宅地とは言え起伏が強いので歩くのがつらい。「明日、運ちゃん大丈夫だね・・」「いいわよ」と軽い返事をする妻の声。スケジュールを予めカレンダーに書き込むのが忘れない骨。自室に戻り受信を確認すると何時もの通りブログの事務局から1年前のブログの反省文をと提案がなされていた。この頃は益々「何時ものお出 [続きを読む]
  • 雨音を聴きながら想いに耽る
  •  机の前の壁にはカレンダーが架かっている。 日常の命綱である。 数週間前から体調を備え、気にしながら忘れないように努めている日がある。 今週末の12日の土曜日の夜である。 少し歩き過ぎたのかやや体調が心配になり、いつもの医師に整腸剤を貰う。 仲間たちが前回に続き私の自宅のある最寄りの駅前での会合である。 1kmもない距離だ。 すまない。 欠席はできない。 何故なら元気な皆の顔と声が聴きたいのだ。世話 [続きを読む]
  • 娘の声の定期便
  •  この頃、もう、どれ位に行っていないのかな・・・? ふと、考えた。  サンフランシスコの郊外ウオールナッツクリークに住む娘宅に初孫息子が生まれて以来、誕生祝に毎年通いつめていた。 下の孫娘もお兄ちゃんと同じ誕生月生まれであった。 纏めて一回の訪問で済ませた。 しかし、寄る波の加齢には勝てず2014年を最後にドクターストップがかかってしまった。私本人自身は至って難病と血管の病をもっているものの意気軒高で [続きを読む]
  • 僕の帽子掛けは「駱駝の縫いぐるみ」
  •  街中をあ歩くと、高齢者ほど帽子を被っている。そう言う私も密かに被っている。しかし、風体が悪いのか、似合わない。 私の遊び仲間の先輩に帽子好きがいた。 「いた」と言うのはもう亡くなられている。 約30個ぐらいはあり壁に帽子掛けがあった。帽子が好きで似合ったいた。 何とか似合う帽子に巡り会わないものかと、機会があれば手にしていた。 それでも、何等か想い出を起こさせてくれた帽子は3個だけはある。  一つ [続きを読む]
  • ジョン万次郎の足跡を訪ねる旅・・・・・TheOldStoneSchoolで学ぶ編
  •  万次郎が米国本土に連れていかれたのは西海岸ではなく、東海岸沿いの小さ漁港でした。フェアヘブン市内に残された万次郎観光施設は30分ほどで回れる周遊観光バスが休日の土日に運行されておりました。なかでも、万次郎を人として大きく育ててくれた学校の教育施設は往時を再現しておりました。   早速バスに乗り訪ねました。 少し早過ぎたのか誰もいない。 再現されたのは学校の教室の外装と内装でした。 教壇が教師と机の [続きを読む]
  • 「からくり箱」を開けた今日の散歩でした。
  •  いよいよひと月もすると、この街も花一面に覆われる街並みになる。全て、借景である。でも、街中の路を歩かなければ享受できない。 日頃の脚の鍛錬の賜物が利いてくる。 早朝から陽射しはさしているが、春風が強い。散歩をかねて医者に行くこにした。 アップダウンのある坂道を700m程の距離だ。花盛りはまだ早いが陽射しを浴びて歩きたい。 往復は無理だ。妻の声が「タクシーを呼びますか」そして、往きは車で帰りに歩く [続きを読む]
  • まだ続くのか・・引き揚げ記憶が・・
  •  朝の陽射しが雨戸の格子越しに部屋に射してきた。 今日もいい天気だ。 今日はバスを乗り継いでの大学病院受診日だ。 桜通りのバス停から・・さぞ、ちゅど花吹雪に出会うかなと、期待をしながら起床した。 だが、妻のひと声で「急用で・・・送れない・・タクシーで・・」行きは大事をとりタクシーとなる。帰路は期待の花吹雪の中を歩き平和なひと時を味わえた。加齢による身体の不自由さはあるものの、家族が揃い無事にそれぞ [続きを読む]
  • 散歩もスロー、ブログ投稿もスローに・・・
  • 今日は、朝 早くから好天気である。昨日も桜開花日和につきる陽射しがさしていた。ここのところ、ブログも休んでいる。 このままではいかんとばかり、昨日、カメラを手にすぐ近くの桜通りに桜を観に行ってみた。もう、カメラマンが来ている。7分咲きかな。バス停にまで歩いて行くと、「善意の贈り物」の以前のプラの椅子が木製に格上げになって鎮座していた。更に歩くと元女子短大閉校の解体作業に出会う。跡地5000坪にマ [続きを読む]
  • 心の片隅に残る「遺言日記」を書きたい
  •  数か月前の或る日、友人との間で「遺言」の話になった。二文字から受ける堅苦しさと、いまだ取り組みがたい雰囲気とは違うものを感じた。  遺言には自分の人生の総括をかしこまらずに日記風に書き留めておこうと思っている。 「始りもなければ、終わりのない日記」風にである。                   何故日記風にしたいかは、これまで自分の歩み過ぎた人生は全て日記風に纏めてきた所以でもある。   それ [続きを読む]
  • to go って、何だろう? 東郷かな?
  •  サンフランシスコの郊外で娘家族と少しばかり永くステイをしていて知った20年も昔の話です。 仕事も閑職だし、そんな時に、娘から生まれたばかりの初孫息子の写真を送ってきた。 「誰似なのだろう?」何処かで見た顔・・・「火星ちゃん?」に似ているかな〜と、失礼な想像もしていた。仕事も自由が利くし。チャンスだぞ!!そう、考えると、矢もたまらない・・・。ひとりで娘の住むサンフランシスコに孫に会いに行くことにし [続きを読む]
  • 孫娘が迎えるSweet sixteen誕生日(改題)
  •  いつもの通り、軽い柔軟体操をすませ2階の自室に籠った。           おもむろにパソコンを立ち上げて今日も一日が始まった。 昨晩読みかけていた古い昔の初孫との日記を棚に戻そうとした。日記に挟んであったのか、パラ〜とメモが落ちた。  日記の中で唯一空欄になっている箇所からである。それは今から14年前の母が亡くなった喪に服した年のページである。                    そこに当時の [続きを読む]
  • 破棄した古いネガ・・貴重なフイルムかも・・
  •  ゴミ捨て場所から宝を探すかのように、先日、前の東京オリンピックの空撮のポジが見つかった辺りを念入りに探してみた。  昔懐かしい「SAKURA MOUNT」と印刷をされた赤色と黄色の箱を見つけた。  マウントにセットしていない破棄したフイルムが茶色く色あせた紙に包まれて十数カットが出てきた。 ハーフサイズ[実測:22mm×15mm]のため容易に若い時と違い内容の確認はプリントしないと判別ができない。 どうせ一 [続きを読む]
  • 石川滋彦水彩画回顧展を訪れ、昔日を友と懐かしむ
  •  また東京に大雪が降るニュースが流れた日のこと。              4日の日曜日は避けてほしい。 学生時代に青春の懐かしい想い出にお世話になった大学の美術部の先生「石川滋彦水彩画回顧展」が表参道のギャラリーであるからである。 この機に高校大学と同期の友人にも数年振りに会える。また、当時の美術部の懐かしい友人にも会えるかも知れないと言う期待を思うと積雪は大いに迷惑である。  先生との想い出は [続きを読む]