京都ぶらり女の1人旅 さん プロフィール

  •  
京都ぶらり女の1人旅さん: 京都ぶらり女の1人旅
ハンドル名京都ぶらり女の1人旅 さん
ブログタイトル京都ぶらり女の1人旅
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/seiko_003
サイト紹介文京都社寺散策・観光祭他
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供318回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2015/02/10 09:00

京都ぶらり女の1人旅 さんのブログ記事

  • 京都 祇園・事始め
  • この日にお正月の準備を始めて、お世話になった方々のもとへ挨拶に行く風習で、祇園のものが有名です。祇園甲部では毎年1月13日に芸舞妓らが踊りの師匠である井上八千代さん宅を訪れ、この一年間の感謝を込めて「おめでとうさんどす」と挨拶をする。師匠からは「来年もおきばりやす」と励ましの言葉がかけられ祝儀の舞扇が手渡される。井上八千代邸での挨拶時には芸舞妓から事前に届けられた鏡餅がひな壇に飾られている。 [続きを読む]
  • 京都 嵐山周辺散策
  • 今年は紅葉も早くに終わり、京都ぶらり女の1人旅 嵐山周辺へと 夜は嵐山花灯路。王朝ロマン探訪「千代の古道をたずねて」観月の絶好地として古くから名高い広沢池(ひろさわのいけ)。十二単衣の姫君や供連れの公達たちが牛車を仕立て、お月見のために通った千代の古道や清凉寺(せいりょうじ)など、いにしえのよすがをしのぶスポットがあります。清凉寺嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)源氏物語の光源氏のモデルといわれる嵯峨天皇 [続きを読む]
  • 京都 東寺・終い弘法(12月21日)
  • 「弘法さん」で親しまれる市の、1年最後の縁日。 いつものなじみの店に加えて、正月用品の露店も出て、あちこちで威勢のいいかけ声が挙がります。どことなくそわそわして見える人々の姿は、年末に見る暖かい光景です。法要に訪れる人々を目当てに、室町中期までには「一服一銭」の屋台の茶店が登場し、やがて江戸時代になると、植木屋や薬屋なども出てくるようになった。したがって、市としての「弘法さん」がいつはじまったかと [続きを読む]
  • 京都広隆寺 弥勒菩薩
  • ”弥勒菩薩半跏思惟像”(戦後国宝第一号に指定)で特に有名な寺院です。京福電鉄・嵐山線「太秦広隆寺」すぐ近く、電車は広隆寺の前の路面を走っています。広隆寺  真言宗 別格本山。別称太秦寺・蜂岡寺。『広隆寺由来記』には,広隆は秦河勝の実名とされますが、寺名の成立時期は不詳。秦河勝が、推古11年(603)聖徳太子から仏像を拝受し蜂岡寺を造営し、推古31年(623)に新羅から送られた仏像を葛野秦寺に安置した [続きを読む]
  • 京都 瑞光院、大石神社、岩屋寺・義士まつり(12月14日)
  • 洛東の地、山科は、三方を美しい緑の山々に囲まれた小さな盆地で、その中央を流れる幾すじもの川には、野鳥や蛍が飛び交う自然豊かなまちです。また、古くから奈良や滋賀につながる交通の要衝であるとともに、天智天皇陵や毘沙門堂、勧修寺、隨心院など、歴史に彩られた多くの名所、旧跡があります。人形浄瑠璃や歌舞伎『仮名手本忠臣蔵〜九段目山科閑居の場』で有名なように、大石内蔵助が討ち入りまでの間、隠棲した地でもあり、 [続きを読む]
  • 京都ぶらり女の1旅『忠臣蔵』ゆかりの地を訪ねて
  • 主君・浅野内匠頭の無念を晴らすため、赤穂を出て、京都は山科に居を構えた大石内蔵助。江戸へ出発するまでの1年余、討ち入りのの決意を胸に秘め、京都で秘策を練りつつ暮らした日々・・・。赤穂義士ゆかりの品々や討ち入りのための密会をした寺、大願成就を願いつつ通った神社、 世を欺くために通ったお茶屋・・・。彼らを助けるために力を尽くした医者や商人・・・。『忠臣蔵』ゆかりの史跡は山科をはじめ、京都のあちこち [続きを読む]
  • 京都・嵐山花灯路 2017年12/8(金)〜/17(日)
  • 点灯17時〜20時30分灯りと花の路 約5km嵯峨・嵐山地域の自然、水辺空間、竹林や歴史的文化遺産、景観などを生かし、日本情緒豊かな陰影のある露地行灯の「灯り」約2600基といけばな作品の「花」で演出します。竹林の小径のライトアップ野宮神社から大河内山荘に至る竹林の両側を幻想的にライトアップします。渡月橋周辺一帯のライトアップ渡月橋と山裾、水辺など周辺一帯をライトアップし、雄大で美しい夜の自然景観を演出しま [続きを読む]
  • 京都 嵐山花灯路 竹林の小径 2017年12/8(金)〜/17(日)
  • 情緒豊かな光の世界 思わず歩きたくなる路嵐山花灯路小倉山や渡月橋、竹林に大沢池など、古より景勝地としての誉れ高い嵯峨・嵐山一帯を露地行灯の光といけばな作品の花で彩ります。東山花灯路に続いて2005年に始まった嵐山花灯路は、普段はライトアップされる事のない寺社の夜の表情を見られるのも魅力です。嵐山花灯路おすすめコース・口コミ情報大覚寺からスタート、無料バスで嵯峨野・嵐山へ。→無料ジャンボタクシー(大覚寺 [続きを読む]
  • 京都紅葉の穴場 無鄰菴(むりんあん ) (小川治兵衛が作庭)
  • 静かに紅葉を堪能したいなら ここ無鄰菴(むりんあん )をお勧めします。もとは明治の元勲、内閣総理大臣の山縣有朋の別荘。当時の名造園家、小川治兵衛が作庭した和洋折衷の庭が明るくのびやかに広がっています。東山を借景とし、芝生を敷いた池泉遊式の庭で、琵琶湖疏水を引き入れて遣り水をくねらせ、水音がどこからも聞こえる趣向。緑の木立に、つつじ、杜若、秋は紅葉、庭内の樹木も種類が多く、四季折々の風情が楽しめます [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ 愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)
  • 愛宕念仏寺をぶらり散策もお勧めします、付近には沢山の見所が満載です。嵯峨野にある天台宗の仏教寺院。本尊は厄除千手観音、別名千二百羅漢の寺。愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの始発点として知られる。8世紀中頃、稱徳天皇により京都・東山、今の六波羅蜜寺近くに愛宕寺として創建。平安時代初めには真言宗東寺派の末寺となっていたらしい。すでに荒れ寺となっていた上に、近くを流れる鴨川の洪水で堂宇を [続きを読む]
  • 京都 光の嵐山花灯路 2017年12/8(金)〜/17(日)
  • 京都嵐山花灯路大河内山荘の夜間特別開館小倉百人一首で知られる小倉山の南東にある名優・大河内傳次郎の別荘。嵐山花灯路の公式H.Pでは「大人1,000円(お抹茶付き)」となっていますが、お抹茶無しだと半額で入れるようです。小さなパンフレットは絵葉書付 き。散り紅葉のじゅうたんが美しい山荘の秋景色を写した写真でした。行灯の光が坂道をほのかに照らしながら奥へと導き、期待が膨らみます。坂道を上り詰めると、広場に出ま [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ モミジの永観堂(禅林寺)
  • おく山の岩がき紅葉散りぬべし、     照る日の光、見る時なくて  社魂が浄化される見返り阿弥陀如来一般には通称の永観堂(えいかんどう)の名で知られる。山号を聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)、院号を無量寿院と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。また、京都に3箇所あった勧学院(学問研究所 [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ 鞍馬寺
  • 9世紀末の寛平年間(889−897年)東寺の僧・峯延(ぶえん)が入寺したころから、鞍馬寺は真言宗寺院となるが、12世紀には天台宗に改宗し、以後の鞍馬寺は長く青蓮院の支配下にあった。寛治5年(1091年)には白河上皇が参詣、承徳3年(1099年)には関白藤原師通が参詣するなど、平安時代後期には広く信仰を集めていたようである。『枕草子』は「近うて遠きもの」の例として鞍馬寺の九十九(つづら)折りの参道を挙げている。鞍馬寺 [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ 下鴨神社 糺すの森
  • 今年の猛暑も過ぎ ようやく過ごしやすい朝晩に成りちょっと京都ぶらり女の1旅散策に・・・。あっという間に過ぎゆく短かった秋を惜しみ、初冬の風情に浸ろうと葵祭で有名な下鴨神社を訪ねてみました。京都で最も古い神社のひとつに数えられ、平安時代には王城鎮護の社とされました。1994年には「古都京都の文化遺産」として世界文化遺産に登録された美しい神社です。下鴨神社の境内にある糺の森。12万平方メートルの森にケ [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ 嵯峨鳥居本
  • 嵐山から今日は徒歩で嵐山から高雄まで、東海自然歩道を歩きました。嵐山から歩きはじめて30分くらい行ったところに嵯峨鳥居本地区にたどり着いた。  京都の大文字・五山送り火のひとつ鳥居形の曼荼羅山に沿うようにしてある嵯峨鳥居本。ここには茅葺き屋根の農家風民家と町家風民家が一つの通りに建ち並ぶという珍しい町並みがある。愛宕街道に沿って、化野念仏寺を境にして、愛宕神社一之鳥居に近い上地区には延長約650mに [続きを読む]
  • 京都 嵐山花灯路 2017年12/8(金)〜/17(日)
  • 小倉山や渡月橋、竹林に大沢池など、古より景勝地としての誉れ高い嵯峨・嵐山一帯を露地行灯の光といけばな作品の花で彩ります。東山花灯路に続いて2005年に始まった嵐山花灯路は、普段はライトアップされる事のない寺社の夜の表情を見られるのも魅力です。なお、「京都・嵐山花灯路」で使用する電気の全ては、京都府内の太陽光発電施設で発電されています。場所: 嵐山地域(北は二尊院、南は中之島公園まで)期間: 2017年12 [続きを読む]
  • 京都六波羅蜜寺・かくれ念仏(空也踊躍念仏) 12/13〜/31
  • 六波羅蜜寺は、天暦5年(951)醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第17番の札所である。当時京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えてついに病魔を鎮められたという。(現在も皇服茶として伝わり、正月三日間授与している)現存する空也 [続きを読む]
  • 京都紅葉シリーズ 錦織りなす紅葉 三千院
  • 三千院♪京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり♪声明の 山里・大原天台宗五門跡寺院三千院は、宮門跡寺院になり、はじめは比叡山東塔に開創された。三千院は高野川上流にあり、妙法院、青蓮院と並ぶ天台宗三門跡寺院の一つ。延暦年間「782-806」最澄が比叡山根本中堂を造営したとき、東塔南谷に小 堂を構えたのが始まり。 貞観2「860」年には清和天皇の命によって承雲和尚が伽藍を整備し、比叡山山麓に里坊をもうけた。 [続きを読む]
  • 京都 紅葉100シリーズ  大原周辺
  • 高野川に沿って鯖街道と呼ばれた若狭街道が走っています。京都市中から北へおよそ12キロ。比叡山への入口である八瀬を通り抜け、山に挟まれた谷間の道を走ると、やがて比叡山麓の小さな盆地に辿り着きます。のどかな田園風景が広がる大原です。どこからか頭に柴をのせ、都まで行商に出かける大原女と出会いそうな錯覚にとらわれます。春には野道に石楠花が咲き、霧島躑躅(きりしまつつじ)が鮮やかな花をつけ、夏には青田に挟ま [続きを読む]
  • 京都 紅葉シリーズ  毘沙門堂(びしゃもんどう)
  • 山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。天台宗京都五門跡の一であり、「毘沙門堂門跡」とも呼ばれる。歴史寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天海とその弟子の公海によっ [続きを読む]
  • 京都紅葉100シリーズ寺社  知恩院
  • 知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。詳しくは華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)と称する。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然である。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは、江戸時代以降である。将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都 [続きを読む]
  • 京都紅葉100シリーズ寺社 禅刹の天龍寺
  • 天龍寺紅葉静かなる禅刹の魅力があふれる庭嵐山のにぎわいを遮断するように、天龍寺は静寂に包まれる妙智院の前を通り、放生池を過ぎると、参道に、法堂へと延びる、室町幕府を開いた足利尊氏が、後醍醐天皇の冥福を祈るため、夢窓疎石を開山として「1339」年創建した。正式には[霊亀山天龍資聖禅寺]なお天龍寺は8度の火災に遭っている。最後は1864年7月19日の事で、蛤御門の変により火を受け消失した。以後再建され、禅刹の歴史を [続きを読む]
  • 京都紅葉100シリーズ寺社 天竜寺宝厳院
  • 大亀山 宝厳院(だいきざん ほうごんいん)は、臨済宗天龍寺派・大本山天龍寺の塔頭寺院です。室町時代に細川頼之公の財をもって、天龍寺開山夢窓国師より三世の法孫にあたる聖仲永光禅師を開山に迎え創建されました。ご本尊は十一面観音菩薩、脇物には三十三体の観音菩薩、足利尊氏が信仰したと寺伝にある地蔵菩薩像が祀られており、西国三十三ヶ所巡りに等しいと伝えられています。また、庭園は室町時代の禅僧策彦周良禅師によっ [続きを読む]
  • 京都 針供養(虚空蔵法輪寺)12月8日
  • 今回は 紅葉を楽しみながらの散策、嵐山の渡月橋から西を見ると山の中腹に多宝塔が見えますが、十三参りで有名な虚空蔵法輪寺です。針供養日程12月8日 午前11時〜午後1時当山本尊である虚空蔵大菩薩は、技芸などの法輪寺針供養は、皇室で使用された針をご供養せよとの天皇の命により始まったといわれています。現在でも毎年12月の針供養の際には皇室からお預かりしました針のご供養をしております。針供養当日の法要の際 [続きを読む]
  • 京都紅葉100シリーズ 三尾名刹の西明寺
  • 真言宗大覚寺派の寺院。山号は槙尾山、本尊は釈迦如来。高雄山・神護寺、栂尾山・高山寺とともに三尾の名刹として知られる。寺伝によれば、天長年間(824年〜834年)に空海(弘法大師)の高弟 智泉大徳が神護寺の別院として創建したと伝える。その後荒廃したが、建治年間(1175年〜1178年)に和泉国槙尾山寺の我宝自性上人が中興し、本堂、経蔵、宝塔、鎮守等が建てられた。正応3年(1290年)神護寺より独立した。さらに兵火により堂塔 [続きを読む]