八十路の旅 さん プロフィール

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八十路の旅さん: 八十路の旅
ハンドル名八十路の旅 さん
ブログタイトル八十路の旅
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/jiro2603
サイト紹介文平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/02/14 09:40

八十路の旅 さんのブログ記事

  • 気力
  • <気力が生きるよすが> はや、12月も10日過ぎた。この頃の一日は一日は、なにか重く過ぎ去っていく。だが、振り返ると、あっという間に10日が過ぎている。  80才代は、それほど、一日が重く感じたことはなかった。確かに体力の低下を嘆いてはいるが、一日は早く過ぎた。畑仕事も出来た。管理機も使用できた。しかし80才代後半頃は、すべてに体力の衰えは、現実となって、わが身をせめた。・・それでも、体力はいくぶ [続きを読む]
  • 回想
  • <初冬のわが家と2号田>  12月2日、朝から、雲一つない小春日和。師走に入る。あっという間の一年であった。  ブログにもたびたび登場するわが家の風景。裏山のクヌギ林の紅葉がひときわ鮮やか。でも、ここ、5・6年で、かなり枝が枯れ落ちて、歯のかけたクシ模様になった。淋しさが一段と深くなる。  思い出が深く重なる。昭和35年に、この地にやってきて、58年、ともに暮らしてきた妻はいない。・・昭和42年、建築 [続きを読む]
  • 限界
  • <39年前お宝映像>  11月6日、ABCテレビ、12:00〜12:30、今日の徹子の部屋の番組は、「39年前お宝映像」だった。39年前といえば1979年(昭和51年)の話。・・さて、昼食しながら、興味をもって観た。(1)梅宮辰夫・・(2)天地真理・・(3)上原謙・・(4)世良公則・・(5)かまやつひろし・・(6)清川虹子・・(7)林家三平の7人が登場。  まあ、いつものように、徹子の饒舌で話が進行 [続きを読む]
  • 夜の世界
  • <晩秋の夜長をどう過ごすか?>  妻を亡くして、2年目の晩秋を過ごす。 夜が長くなった。午後5時頃に日が暮れ、夜明けは6時半過ぎ。今年の冬至は12月22日。まだ1ヶ月、どんどん夜が長くなってくる。  この頃、夜が恐い。特に夜、トイレに行こうと、ベッドから起き上がったとき、危険を感じる。しっかり目を覚まさないで、廊下を歩くと、モノにぶっかる可能性がある。  夜のトイレの回数が多くなった。大体、目下3回であ [続きを読む]
  • <亡き妻の姿求めて獅子が舞う>  11月12日、午前11時40分、わが庭で、伊勢神楽が舞った。・・・(昨年は忌中のため欠礼。妻は毎年、獅子に頭を噛んでもらうのが慣習だった。今年は、もうその姿はない。白くなり始めた髪の毛の頭もない。噛んでもらい始めて、もう、何年になるのだろうか? 昨年ぷっつりと糸が切れた。命日は14日)  何故か、淋しそうに獅子が舞うような気がした。白いサザンカも赤いサザンカも咲いた [続きを読む]
  • 足元
  • <検査の結果、何ら異常なし>  11月8日、10月終わりに残りのポリープ摘出手術(EMR)の検査結果を聞きに行った。倅の嫁の自動車に乗せてもらった。予約は11:20。  午前10時30分過ぎに家を出発。三田の病院着、11時10分頃、受付の手続きを終わり、午前11時20分、予約時間通り、診察室に呼ばれた。主治医の先生から、映像を見せて貰いながら、説明を受けた。  「5つのポリープからは何ら異常分子は見ら [続きを読む]
  • 性分
  • <悲しみの11月>  はや11月になった。あと2ヶ月で今年も終わる。 キイ婆さんの終わりは、11月14日だ。キイ婆さんがジロ爺さんの腕に抱かれて、永遠の眠りについた日だった。82才だった。あれから1年が経つわけだ。この1年は、早いと言えば早いが、遅いと言えば遅い。ジロ爺さんが独りで生きてきた一年でもある。(キイ婆さんの一周忌の法要は、お寺などの都合で、11月3日になった)  「野菊の墓」の終わりは [続きを読む]
  • 余裕
  • 余裕と題したが、余裕のない話になるかも知れません。<老いと病と死>  10月23日から25日の朝まで、三田の病院に入院していた。(前のブログの終わりに記載)  入院中、老いと病と死について考えた。  今回の大腸ポリープ摘出手術は24日、午後1時から2時まで、約1時間で終わった。痛くも痒くもなかった。ただ、うつらうつら夢をみているようだったが、内視鏡の動きは、はっきりと覚えていた。(点滴の中に睡眠薬が入 [続きを読む]
  • 雑学
  • <雑学とは>  「多方面にわたる まとまりのない知識や学問。学問とは関係のない雑多な知識」と、定義されています。  今回は雑学と題して、認知と認知症について、日頃の思いを記します。<認知と認知症>  認知とは、はっきりと認めることです。例えば「わが子と認知した」と言うように使用します。ところが、認知症となると、「はっきりと認める病気」ではなく、まるきり正反対「はっきりと認めることのできない病気」と [続きを読む]
  • 意気
  • <人生意気に感ず>  10月12日、朝ドラ「まんぷく」を観ながら朝食。・・まんぷくの時代背景に興味があった。戦後、一世を風靡した日清ラーメンの物語である。  戦前、戦中、戦後を生きてきた昭和一桁生まれのわが輩は、テレビの映像に釘付けとなる。当時の神戸、芦屋、大阪の風景は懐かしい。当分、朝ドラは楽しめそうだ。  昭和16年、旧制中学校入学したわが輩は、始めて漢文を習った。その一つに「人生意気に感ず、功 [続きを読む]
  • 秋本番
  • <いつの間にか秋本番です>  10月7日、午後、軽自動車で散髪に行った。  いつもと車の動きが違った。沿道に、車の駐車がめだつ。ここで思い出した。10月5日、丹波篠山特産品・黒枝豆が解禁され、丁度連休と重なり、都会からドッと黒枝豆を求めてやってこられた様子。 信号で、車が渋滞した。前に進めない。いつも、スイスイと通っている道である。でも、勝手知った私は、脇道を通って、なんなく目的地に到着した。  幸 [続きを読む]
  • 変容
  • ***10月1日、台風一過の記事を掲載中、突然「変容」投稿記事が全部消去された。・・いろいろ復元を試みたが不能。写真が残っているので、写真を掲載しながら、文章を補填します。とりあえず、写真のみ。<秋晴れ>  <変容> 仕事で疲れると、私には「駆け込み寺」がある。妻が使用していた居間のベッド。このベッドに横になり、無念無想を決め込む。昨年、11月14日、妻は昼食後、突然倒れ、私の腕の中で永遠の眠 [続きを読む]
  • 老人力
  • <久しぶりの農作業>  9月21日、午前10頃、外に出ると、曇り空だが、雨は落ちてこない。 「よし、今しかない。1号田の畝づくりにかかるぞ」・・仕事着に着替えて畑に出た。9月19日に一度晴れたきり、毎日、雨模様の日が続いていた。体は張りきっているが、心はムリムリと、はやる気持ちにストップをかける。ジロ爺さん頑張を、ひとまず写真で説明。 ☆作業開始まえの1号田・・草刈り機を使用。10:30写。 ☆草 [続きを読む]
  • 辛抱
  • <辛抱>  この頃、辛抱という言葉をしみじみと考えている。  病院に入院して、したいことも出来ず、絶食を強いられ、辛抱の連続であった。でも、おかげで退院出来、結果も良好で、ホッと一息ついた。辛抱には、何か希望のような光がある。あとで実りがあるように思える。  よく似た言葉に我慢がある。でも、辛抱と我慢とは少しニュアンスが違うように思う。ネットなどで調べると、次のような違いがあった。  いやなことを堪え [続きを読む]
  • 凡庸
  • <退院から凡庸へ>  9月7日、朝から雨模様です。さて、私のこと、9月1日、10日間の入院生活を終えて退院して、1週間経ったわけです。  やっと、入院以前の生活にもどりました。平凡で取り得のないこと、またそのような人やさまを「凡庸」と言うようです。「八十路の旅」は平凡な生活を夢みながら、実際はなかなか出来なかったのが事実。ムリの連続であったような気がします。  「卆寿の旅」を歩み始めて、いきなり10 [続きを読む]
  • 生還
  • <生還>  久しぶりにブログします。  生還・・少し大げさな表現ですが、8月23日〜9月1日まで、三田市の病院に入院していました。理由は大腸のポリープの切除手術・治療・加療のためです。  無事、予定通り、9月1日、午前10時、退院しました。 「ジロ爺さん、ただ今、恥ずかしながら、帰ってまいりました。」わが家の玄関先で敬礼しました。(なんだか、横井正一さんを思い出しました)<たかがポリープ、されどポ [続きを読む]
  • 気丈
  • <気丈に振る舞う>  妻が亡くなり、初盆も終わった。しかし、心にうけた深い傷は、未だに癒やされないというのが本音。でも、建前はけっこう元気そうに振る舞っている。失ったモノは元に戻らない。弱音を人に見せたくないという気持ちもある。だから、余計に畑で働こうとする。やっぱり、90才になっても、負けん気が強いのかなぁ、自問自答の明け暮れである。  こういう態度を「気丈に振る舞う」というようだ。心を分析してみた [続きを読む]
  • 初盆
  • <初盆となった>  昨年までのお盆の行事は、殆ど亡き妻の采配であった。今年は妻の初盆となった。 13日、午後9時、棚経で、菩提寺のお坊さんが、お経をあげにこられた。(毎年14日、今年は一日早い)・・また、妻の初盆に、親戚、村の人が、お参りに来られた。    13日、午後6時ごろ、わが家の裏山の共同墓地に、迎え火を点しに行く。今年もロウソクをさした竹、3本をもって上った。かなり傾斜のきつい山で、ご老 [続きを読む]
  • 卆寿の旅
  • 平成30年8月3日、満九十歳になりました。ブログ「八十路の旅」を「卆寿の旅」に変更してブログを続けます。これからもよろしくお願いいたします。 ☆家内の妹(枚方市)から宅配された、卆寿記念のお祝いの品々を、両手に持って記念写真。☆誕生日(8月3日)に発行された自動車免許証(金賞)が、篠山警察署から交付された記念写真。左手に持っているのが、免許証です。<夜明けのわが家>  昭和30年8月3日、朝5時 [続きを読む]
  • 蛍の光
  • <「八十路の旅」最終章>  平成20年8月3日、満80歳(傘寿)になり、記念に開設したブログ「八十路の旅」も、平成30年8月2日、10年の歩みを終了する。あと5日になった。 おそらく、これが最後の投稿になるだろう。  平成30年8月3日、満90歳(卒寿)になる。「人生わずか50年」と言っていた時代とは、90年は途方もない数字である。開設当時、まさか八十路を全うするとは、思ってもいなかった。あれよ、 [続きを読む]
  • 微妙
  • <「八十路の旅」も終わりに近づく>  平成20年8月3日、満八十才(傘寿)を記念に開設したブログも、もう10日ばかりで、10年を経過して、満九十才(卆寿)になる。  あと、何回投稿できるかは、大変微妙である。何とか8月2日まで続けて、「八十路の旅」を完結したいと念じている。しかし、そうキチンと割り切れるものでもなかろう。いずれにしても、あと10日ばかりで、私のブログ「八十路の旅」は終わる。  万感、 [続きを読む]
  • 孤独の夏
  • <孤独の夏>  7月上旬に降り続いた大雨は、各地に大被害を残し、今度は一気に真夏日となった。気象庁は近畿地方も、7月9日、梅雨明けを発表した。去年より4日早く、平年より12日早いそうだ。  因みに、夏日は日中、最高温度が25℃・・真夏日は日中、最高温度が30℃c・・猛暑日は日中、最高温度が35℃と定義されている。毎年、7月〜8月に、猛暑、炎暑、激暑、酷暑などなど、新聞記事に言葉がおどる。最近、年を追 [続きを読む]
  • 虚空
  • <無情の雨>  丹波篠山地方も、7月3日の夜から降り出した雨は、6日になっても止まない。止む気配もない。テレビに流れる文字は、近畿圏内の被害状況を知らせる。避難勧告、避難指示が出された地域が登場する。この雨は、7日、8日と続く様子。まさに無情の雨と言ったところだ。  夏野菜の世話、収獲が気になる。少しでも小やみになった時に、トマト、ナス、キュウリの枝を、支柱に結わえ付ける。キュウリ、ナスなどの収獲をし [続きを読む]
  • 歯車
  • <独り身の侘びしさ> いま、妻の暮らしていた居間のベッドで寝起きするようになって、7ヶ月が経ちました。今更ながら独り身の侘しさを、いやというほど味わっています。  妻のしていた仕事を一人でやっています。炊事・洗濯・掃除・朝食・昼食・野菜の世話・花の水やり・風呂の準備・・などなど。  私の仕事は、いったい何をしてきたのでしょうか?買い物と年金の出し入れ、病院の予約検診(歯科・内科・泌尿器科・耳鼻咽 [続きを読む]
  • 哀愁
  • <哀愁・いろいろ>  いまの気持ちを一言で表するなら、「哀愁」と呟く。毎日の生活で、哀愁のただよわない日はない。寂しくもの悲しい毎日が続く。英語ではpathos(ペーソス)と言っていたと思う。  昔の話。もちろん、新婚時代(昭和35年ごろ)、大阪北、映画館で「哀愁」という外国映画を観た。もう、話の筋は忘れたが、ビビアンリーとロバートテイラーが主演だった。ともかく、ビビアンリーがきれいだった。悲恋物語で、映画 [続きを読む]