アートプラス京めぐり さん プロフィール

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アートプラス京めぐりさん: アートプラス京めぐり
ハンドル名アートプラス京めぐり さん
ブログタイトルアートプラス京めぐり
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/korede193
サイト紹介文京都の探索中、記事数5000、まち歩き・寺院神社・石碑道標・陵墓・看板・蔵・人物・平安京
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供732回 / 365日(平均14.0回/週) - 参加 2015/02/19 19:16

アートプラス京めぐり さんのブログ記事

  • 神社八幡0142 石清水八幡宮 本社 案内板から
  • 平成28年2月9日、石清水八幡宮 本社10棟 附棟札3枚が、国宝に指定されました。石清水八幡宮は、貞観2年(860)年の創建以来も公家や武家をはじめとして、広く崇敬を集めました。創建後はたびたび社殿を焼失するものの、その都度復興し、近世初頭には、天正8(1580)年の織田信長による社殿修復に続き、慶長3(1598)年から豊臣秀頼による境内再興が行われました。現在の本社社殿群は、寛永11(1634)年に江戸幕府により造替されたも [続きを読む]
  • まち歩き八幡0953 ナラ枯れ トラップ
  • 男山保全地域ナラ枯れ対策事業石清水八幡宮境内林(京都府歴史的自然環境保全地域)をナラ枯れから守るためトラップを設置しています。日本各地で発生しているナラ枯れは、カシノナガキクイムシ(体長5ミリ)が媒介する「ナラ菌」によって広葉樹が枯れる被害です。京都府では、虫の生態を利用したトラップ(カシナガトラップ)を開発し、大量捕獲による防除を行っています。(昨年は100万頭以上捕獲して境内の枯死木を0本に抑えまし [続きを読む]
  • まち歩き中0950  平安京  平安宮・治部省跡
  • 平安時代、国政の中心であった平安宮(大内裏)には、多くの官衙(かんが・役所)が集中していた。朱雀第6小学校の南側には国政を司る重要な機関「2官8省」の1つ、治部省があり、現在地はその北端に位置する。治部省は、雅楽寮・玄蕃寮・諸陵寮などを管轄し、諸氏の族姓や法事、仏事・雅楽・外交事務などを司る役所で、正庁と甲倉(蔵)などの庁舎から構成された。これまでの治部省跡は発掘調査が行われておらず、付近で行われる工事 [続きを読む]
  • まち歩き宇治0949  宇治橋
  • 宇治川にかかる橋、瀬田の唐橋、山崎大橋(現存しない)とともに古来三名橋の1つに上げられた。この橋は大化2年(646)、奈良元興寺の僧道登または道昭によって架橋された我が国最古の橋といわれる。また天智天皇が近江に大津宮を造営された頃、道昭一派に人々によって造られたともいわれている。古来大和と近江、京都をむすぶ交通路の要衝となり、一朝有事の時にはこの橋の争奪をめぐって激しい合戦が行われた。この橋の特徴は欄干 [続きを読む]
  • まち歩き宇治0948  宇治橋西詰 石碑の群れ
  • 紫式部の『源氏物語』54帖のうち後半、「橋姫の巻」以下の10帖は、宇治を主題としているところから世に「宇治十帖」とよばれる。これに因んで後世に次の遺蹟がつくられた。1 橋姫之古蹟(橋姫神社)2 椎本之古蹟(彼方神社)3 総角(あげまき)之古蹟(宇治上神社)4 早蕨(さわらび)之古蹟(宇治神社北隅)5 寄木(やどりぎ)之古蹟(槙尾山麓、宇治川畔)6 東屋(あずまや)之古蹟(京阪電鉄宇治駅横)7 浮舟之古蹟(三室戸寺境内)8 蜻蛉 [続きを読む]
  • 道標宇治0198  あがた  平等院  じゅふ山
  • 左 平等院 じゅふ山 右 あがたあがた は県神社、平等院をこえて宇治川左岸を上流に行くと宇治田原町に出る。さらにその奥、綴喜郡と相楽郡の境に標高685mの鷲峰山(じゅぶせん)がある。山頂近くには金胎寺(こんたいじ)がある。道標 前回の記事 ? 道標西0197  西国街道下の地図のユーザー地図 の囲みを すると 付近の記事が探せます [続きを読む]
  • 寺院宇治0513  平等院
  • 朝日山とと号し、もとは天台・浄土兼学であったが、今は天台浄土系の単立寺院となり、境内塔頭の最勝院と浄土院の二ケ寺によって交互に管理されている。平等院は関白藤原頼道が父道長から伝領した別業(宇治院)をあらためて寺としたもので、永承7年(1052)に落慶供養が行われ、大日如来像を本尊とし、名も平等院と名づけ、翌年阿弥陀堂(鳳凰堂)が竣工した。その後、右大臣師実・忠実、ことに頼道の女四条宮寛子(後冷泉皇后)らに [続きを読む]
  • まち歩き宇治0946  宇治川  
  • 網代とは、氷魚をとるために竹や木を編んで網の代わりとし、川瀬に立てておくもので、氷魚は鮎の稚魚をいう。これらは宇治の名物とされ、氷魚が天皇の食膳に供されたことが『延喜式』にある。宇治川は水源を滋賀県の琵琶湖に発して、瀬田川となり、宇治川となり、八幡市で木津川と合流する。もとは宇治橋下流で巨椋池(おぐらいけ)にそそいでいたが、文禄年間(1592〜96)、伏見城築城に際し池から分離し、現在のごとく流路を付け [続きを読む]
  • まち歩き宇治0945  浮島十三重石塔  日本で現存最大の15メートル
  • 昭和28年 重要文化財に指定される。古石塔の中では日本一の高さを誇る。上の基礎石の北面に宇治川網代禁制の官符および石塔造立に関する銘文1000文字が刻まれています。慶長元年(1596)の大地震で相輪が落ちて砕け、上方4重が傾いたのを、慶安3年(1650)に淀城主永井尚政が再興した時の経過を記した南面にある。笠石は雄大で、軒反りも大きく、特に初重軸部の金剛界4仏の大梵字は豪快。この塔は弘安9年(1286)奈良西大寺の僧叡尊( [続きを読む]
  • まち歩き宇治0944  喜撰橋  
  • 宇治は古今交通の要衝。鎌倉時代の橋合戦、宇治川の先陣争いがあったのもここが川渡り場だった。激しい流れの宇治川と、それを囲む宇治の山々の静けさ。古来宇治は、文学の舞台として登場した。万葉集でも多くの歌が取り上げられています。上流を見る下流を見るまち歩き前回の記事 → まち歩き右0943  亀山公園 からの 渡月橋の眺め 下の地図のユーザー地図 の囲みを すると 付近の記事が探せます [続きを読む]
  • 寺院西0512  千光寺・大悲閣
  • 正しくは千光寺といい、黄檗宗に属する。嵐山の中腹にあって、保津川を見下ろし、対岸の小倉山をへだてて京都市中をのぞむことができる。当寺は慶長年間(1596〜1615)保津川をきりひらいて舟や筏を通した角倉了以が、工事のために協力した人々の菩提を弔ううために創建した寺で、観音の慈悲をたたえて大悲閣と号したのが起こり。本堂には千手観音像を本尊とし、脇壇には右手に石割斧をもち、太い縄の円座の上に片膝を立てて坐した法 [続きを読む]
  • まとめ007  各地からの京都市内の眺め
  • 1 まち歩き右0003 双ヶ丘山頂から仁和寺を眺める2 まち歩き右0011  嵯峨天皇陵参道からのながめ 3 まち歩き西0118  市街地の眺め  大原野から4 まち歩き山0183  音羽山 山頂からのながめ5 まち歩き山0182  音羽山 山系 パノラマ台からの景色6 抜粋  金蔵寺 から 京都市内の眺め  寺院西0151から編集7 まとめ 三鈷寺からの京都市内の眺め 寺院西012より編集8 まち歩き伏0294  大岩山展望台から [続きを読む]
  • まち歩き右0941  亀山山腹から 京都市内の眺め
  • 京都市内 南半分ほど 東南方向を見る中央に 京都タワーが見えます桂川がS字に蛇行しています河川敷き は 嵐山東公園  右隅に 渡月橋が映っています中央奥に京都タワー東方面を見る  右の筋は JR嵯峨野線  嵯峨嵐山駅(手前)と太秦駅 間の線路 左の筋は 新丸太町通り その突き当り 小高い山は 双ヶ丘関連記事 ?  まとめ007  京都市内の眺めまち歩き 前回の記事 ? まち歩き右0940  小倉山 山頂 [続きを読む]
  • まち歩き右0940  小倉山 山頂
  • 小倉山 山頂への 取りつき ここから山道に入る5分ぐらいで 山頂に到着 見晴らしは まったくだめ 周りは木々だけ大堰川をへだてて嵐山と相対する山容おだやかな山をいい、海抜292m、古来歌枕として世に知られる名山です。小倉は「小暗い」の意味で、樹木が繁り昔は嵐山も含めて小倉山と呼ばれた。後嵯峨上皇が亀山殿を造営し、吉野より桜を移植して嵐山と呼ばれてから、大堰川北岸の山のみを小倉山というようになった。この [続きを読む]