ななくさ さん プロフィール

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ななくささん: 私がカルトにはまった理由
ハンドル名ななくさ さん
ブログタイトル私がカルトにはまった理由
ブログURLhttps://ameblo.jp/nanakusa-1995/
サイト紹介文統一教会入信〜脱会体験 拉致監禁脱会について
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/02/24 22:28

ななくさ さんのブログ記事

  • 正体隠し説得者
  • 監禁されて1週間後の夜遅く、中年の中肉中背の特徴のない男性が監禁部屋にやって来ました。 父と弟が迎えいれて、廊下で私は挨拶しました。前回の沢井牧師は見るからに「反牧」でエラソーな態度でしたが、今回はにこやかなそこらのおじさんでした。 第一声が「反対牧師じゃないから安心してください。」でした。反対牧師じゃないのに統一教会に詳しい人としてやって来たのだなら、もしかして中立的な立場で統一教会について教授 [続きを読む]
  • 説得開始まで
  • 1度目の監禁と同じく、説得者はすぐには現れませんでした。理由は私に説得者の話しを聞く姿勢ができてないからでした。本来、2度目の説得者は監禁してすぐに説得に入る方でした。殆どの説得者が行っていると思われる最初に信者から家族・親族に原理講義をし、矛盾点をつき、平行線のままだから詳しい人に来てもらおうという方法はとっていませんでした。 2度目に監禁された当初は当然の如く上記のことはわからず、後から知るこ [続きを読む]
  • 2度目のXデーも突然やって来た②
  • 1995年8月18日でした。前日、会社を遅刻した私は2日連続はマズイと思い、急いで家を出ました。アパートの階段を駆け下りて、徒歩15分位の駅までなるべく走り、ぎりぎり間に合う電車に飛び乗ろうと・・・走りはじめた時・・・ うしろからダッダッダと走る足音・・・こちらも駅まで急がなければいけないので、同じように急ぐ足音に同士のような思いを感じたのも束の間・・・二人のマッチョな男性(※1)に抑え込まれてし [続きを読む]
  • 2度目のXデーも突然やってきた①
  • 1995年10月16日 AM2:34 の日記より(※1)(日記部分は青字) 2ケ月前・・・暑かった・・・2ケ月前の8月15日は有給をもらって、仕事は休みだった。 殆どの会社がお盆休み(夏休み)なので、青年部のみんなは心霊復興でプールに行った。私は、アトピーがあるし、水着もないし、行かなかった。夕方からの映画会に行こうと思ったが、行かなかった。・・・疲れていた・・・ 夕方頃、お風呂屋さんに行き、お風呂 [続きを読む]
  • マインドコントロール論信者と宗教渡り鳥
  • 1.マインドコントロールは日常にある 「マインドコントロール」という言葉が世間に認知され、使われはじめたのは山崎浩子さんの統一教会脱会記者会見からでしょう。それまでは、「マインドコントロール」という言葉を聞くことはなかったです。「マインドコントロール」という言葉が認知され始めてから、統一教会反対派と脱会者は二言目には口にするようになりました。 でも、「マインドコントロール」って何?と聞くと、殆どの [続きを読む]
  • 謝罪&被害を訴えるということ
  • 1.「私は謝罪したい」について 米本さんのブログ「火の粉を払え」http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-883.html反省する元信・反省しない元信(下)−宗教渡り鳥 に衝撃的なブログ記事が紹介されてました。 http://naibukaikaku.blog.fc2.com/blog-entry-56.html「私は謝罪したい」 読んで頭をガーンとハンマーで殴られたような気持ちでした。私は・・・このブロガーさんのように・・・自分が本当に悪かったと思ってない [続きを読む]
  • マインドコントロール論からの脱出ー「元脱会者」への道
  • 2回目の拉致監禁・脱会までの過程・脱会後についてアップするその前に・・・ facebookで考えさせられる投稿が流れてきました。投稿者・URLを公表しない約束で、(畑違い)ブログにアップすることをご本人の許可をとってますので、そのまま引用させていただき、それについて自分の考えを書かせていただきます。 ※あくまで私の立場・経験からの考えですので、違う立場・経験された方は当然違う考えを持っていることと思います [続きを読む]
  • 最後のゲスト
  • 初めて、I駅で伝道した時でした。礼拝が終わった後、I駅で伝道すると言われた時、「エッ!?」と思いました。I駅は、当時の私の職場の最寄り駅でした。 でも、休日だから、職場の人に会うこともないだろうし、I駅は大きい駅なので、そうそう知っている人に偶然めぐり会うこともありませんので、職場の最寄駅でも関係ないと思い、街頭伝道に臨みました。 その日から私が拉致される時まで(多分その後も)私が所属する基台は、 [続きを読む]
  • 成約断食
  • 祝福を受けるために成約断食(7日間断食)を行わなければなりませんでした。(36万双の時は、必須ではありませんでした。)献身者は、しかるべき方(おそらく支部長、チャーチマザークラス)と面接をして、断食をしやすい責任分担の時に成約断食を行うのだと思います。(献身したことないのでわかりませんが。)私の知っている限りでは、献身者は一人で成約断食を行ってました。勤労青年は、長期の休みの時に数人で一緒に行う [続きを読む]
  • 祝福の決意
  • 統一教会信者でいる限り、いつかは祝福を受けることを決めなければ一生独身です。(一度離れて好きな人と普通に恋愛結婚して、再度夫婦で統一教会に入信して既成祝福を受ける人もいたらしいが・・・。現役中はそんな人がいたこと知りませんでした。) 最初に、祝福のことを知ったのは、最初の4daysに出る前の1984年のことでした。4daysに出ることに反対されていた私は、エライ学者さん(?)が書いた統一教会と文ち [続きを読む]
  • 最後の霊の子ー大成さん(仮名)②ななくさ脱会後
  • 2回目の拉致監禁については、後日記事で書きますが・・・ここでも、さらっと書きます。 1995年8月18日、私は2度目の拉致監禁されました。その前の日曜日に、私は一人の人を即動(街頭から直接ビデオセンターに連れて行くこと)しましたが、コース決定には至りませんでした。 2度目の監禁説得者は、みっちりがっちり原理の矛盾・間違いを統一教会の出版物や資料を元にこれでもかーと提示する方々でした。統一教会の書物 [続きを読む]
  • 最後の霊の子ー大成さん(仮名)①ななくさが信者時代
  • 大成さんと出会ったのは、1994年11月半ばの日曜日でした。 この前日、超落ちこんでいました。(何故、そんなに落ち込んでいたのか忘れました。)街頭伝道には出ても、他のメンバーと話すこともできないくらい落ちこんでいました。そんな状態でしたので、早めにあがりました。 翌日日曜日の街頭伝道の時には、気持ちは切り替えられてました。(何故、切り替えられたのかも忘れました。)この日のペアは同じ年の木村さん(仮 [続きを読む]
  • 天宙的イベント2017.9.23
  • 皆さん、ご存じだと思いますが、サンクチュアリがやってくれました。天宙お笑いイベント・・・死んでしまった文ちゃんとかつて死んでしまった方と祝福を受けた羹ちゃんとの祝福結婚・・・・https://www.youtube.com/watch?v=dESbQ2U3Ibc&feature=youtu.be えっとえっとえっと〜歴史的な事が起こると、アメリカツアーまで企画して、サンクチュアリ信者を呼び寄せたのは、この奇想天外、頭がおかしいとしか感じない物笑い結婚式を [続きを読む]
  • 逃亡中の年末年始
  • 拉致監禁から統一教会に逃亡した時は、暑〜い夏でしたが、季節は廻り、秋〜冬、そして年末・・・新しい年1995年を迎えました。1995年1月1日、この年の上半期に大災害と大事件(※)が起こるなんて誰が予想したでしょう。(※)1月17日:阪神で大震災   3月20日:地下鉄サリン事件 拉致監禁から逃亡して3か月後の11月より、統一教会のホームではなく、アパートを借りて生活していました。必要な物は、バザー [続きを読む]
  • 修練会の食当ー家庭修
  • 未献身、未祝福の私は、家庭修があるなんて知らない無知な信者でした。そんな私に、2daysの食当の1か月後(多分・・・かなりうろ覚え)に家庭修の食当に行くよう言われました。 家庭修は、統一教会で合同結婚式を受けて、これから家庭を持とうとする前の修練会です。(内容は不明です。修練生とも殆ど顔を合わせませんでした。一人か二人位はすれ違った程度で合わせた位です。) 2daysの食当より少し長い位・・・とい [続きを読む]
  • 修練会の食当ー2days
  • 統一教会のホームや修練会の食事はお金をかけていませんでしたが、美味しかったです。特別料理上手でなくても、食当(ホームや修練会の食事を作る担当)の責任分担に就けば、皆に美味しい食事を食べさせたいと思い、必死に手間暇かけて料理をするからです。 1回目の拉致監禁から統一教会に戻った後、2回修練会の食当に行くよう言われました。初めての修練会の食当は、2daysでした。2回目は家庭修(祝福を受けて家庭を持 [続きを読む]
  • 関西からの訪問者ーあの人は、今?
  • 統一教会に戻り、1週間位経った頃でしょうか・・・。同年代の女性が関西からコスモのホームにやってきました。 田中さん(仮名)は、I青年部ユニティ(実践をしない部署)で小隊長(献身者スタッフ)をしていた五木さん(仮名)の相対者(合同結婚式でマッチングされたカップルの女性)でした。はるばる関東から関西のホームに五木さんに会いにきました。 田中さんは、関西の女性連合で活動していました。元は、私と同じ職業で [続きを読む]
  • あくまで私の体験、思いです。
  • ここまで統一教会入教〜1回目の拉致監禁〜統一教会に戻ったところまで書きました。 統一という語りながら、全く統一されてないのがこの宗教です。同じ時期、大体同じ期間統一教会に所属していても、地区によって立場によって全く違います。(特に原研と教会はかなりの違うようで、原研出身者が私のブログを読んで、言葉がわからないという感想をくださいました。) 入教、献身、祝福を強制された人が私のブログを読んだら、頭の [続きを読む]
  • 統一教会に戻った日から1年間のざっとした生活模様
  • 谷村教会から統一教会に戻ってすぐに、1994年8月のI青年部の出発式に参加しました。ほんの数時間前まで過ごした谷村教会のほんわかのっぺりした雰囲気とは全く違う「今月も闘うぞー!」という場です。「私、ここにいていいのだろうか?」というとまどいが最初はありました。 40日強ぶりに会う青年部のメンバー達です。「あら、久しぶり〜。」と声をかけてくれたり手を振ってくれたりしてくれました。当時のI青年部では、通教で [続きを読む]
  • 夏の逃避行ー統一教会に帰った日
  • 谷村教会の玄関を開け、うろ覚えの駅の方へ歩いていきました。誰も追いかけて来てないか気にし、一刻も早く1mでも先を歩こうと自然速足になってました。(逃亡者の心理マンマ) 見つかったら、捕まったら・・・監禁状態に戻ってしまう・・・心臓はバクバクしてました。 時は1994年8月・・・今のように、スマホやタブレットで目的地までの電車のルートを確認することはできません。(とはいえ、監禁されたら携帯電話は没収される [続きを読む]
  • リハビリ教会に共にいた人々
  • 谷村教会には、拉致監禁(保護)説得を受け、脱会方向の方々が滞在していました。4日間しかいなかったので、詳しくはわかりませんが、関東圏内の日本キリスト教団牧師の脱会説得を受けた方がリハビリと称して連れて来られるようです。 拉致監禁説得を受けた人だけでなく、身元がはっきりすれば、脱会説得を受けてない自主脱会者も滞在できたようです。 一緒に滞在していた4名(全員女性)は、秋山さん(仮名)、江藤さん(仮名) [続きを読む]
  • リハビリ教会で過ごした数日間
  • 川崎経子牧師と言えば、統一教会で忌み嫌われていた反牧べスト3に入っていたのではないでしょうか?(根拠全くなし) ※クリスチャンの友人を伝道しようとしたら、「勇気を出してよんでください」という言葉が添えられて送られてきたのが、川崎経子牧師著の「原理運動を憂慮する」という黄色い表紙の冊子でした。http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA58010331 その川崎牧師に生でお会いするのです。緊張と興奮で頭がトっ散らかっていまし [続きを読む]
  • 偽装脱会〜監禁部屋を出る日まで〜②
  • 本気で偽装脱会しようと思った時から沢井牧師とは友好的に接してました。友好的に接っしてみると、沢井牧師は案外味があり、面白いおじさんでした。ある時など、「牧師は大変なんだ」と愚痴まで語ってくれました。 牧師の話しは真面目に聞き、牧師とは友好的に接し、牧師から出された宿題もきちんとしていました。家族ともできるだけ友好に接することに努めてました。しかし、監禁からなかなか解放してくれないことにフラス [続きを読む]
  • 偽装脱会〜監禁部屋を出る日まで〜①
  • 沢井牧師(仮名)が来るのは、数日に1回の1時間前後でした。沢井牧師は、元信者や反対派の講演のテープを聴くこと、統一教会の矛盾点や問題点を指摘している本を読むことを宿題として出してました。 元信者の講演テープで以下のことは覚えています。・末端信者向けには信仰的な話しをしていたが、長がつく方々には最初からお金の話しかしない。・祝福相手に文ちゃんがメシヤでないと気づいてもらうために、「六マリアの悲劇 [続きを読む]
  • わかってもらうのは無理と思った時〜もう一人の牧師の訪問〜
  • 最初に会った時から沢井牧師の印象は最悪でした。意地悪そうな内面を顔から感じました。エラそうに人を小馬鹿にしてました。極め付け、質問に答えないと「誰の為につきあってると思うんだ!」と怒って帰りました。その後は、人を監禁したまま来なくなりました。 沢井牧師を信じて、言いなりになっている家族の方がどうかしていると思ってました。沢井牧師は、人間的に信頼できない、信頼できない人と話してもしょうがない・ [続きを読む]