風わたる丘 さん プロフィール

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風わたる丘さん: 風わたる丘
ハンドル名風わたる丘 さん
ブログタイトル風わたる丘
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/belbetring
サイト紹介文元校長の日々の生活
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供114回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2015/02/26 06:12

風わたる丘 さんのブログ記事

  • 第206回古都旅歩き小説「青春の一歩」
  • 第206回古都旅歩き小説 「青春の一歩」 作 大山哲生一盛口育男。立志社大学の一年生である。 盛口は、国文学科に籍をおいている。盛口は高校の古文の授業で井原西鶴に目覚め、井原西鶴の書いた本をいくつか読んだことがあった。特に、「好色一代男」は若い盛口の興味を大いにそそった。盛口が国文学科を選ぶについては、父母や妹から反対をされた。国文学科に行っても先生くらいしかなれない、法学部にすすめば弁護士にだって [続きを読む]
  • 第205回古都旅歩き小説「逢い見ての」
  • 第205回古都旅歩き 小説  「逢い見ての」 作 大山哲生 一 ここは、京都東山の中腹にある日吉南高校。この高校の一年二組に「チャラ男君」と呼ばれている生徒がいた。「チャラ男君」の本名は荒尾誠二という。彼が、チャラ男君と呼ばれるようになったのは、中学時代からである。理由は、なにごともいい加減で気まぐれ、約束は守らず、何をやっても続かない。荒尾の本心はいったいどこにあるのかと周りの者は不思議がるが、元 [続きを読む]
  • 第203回古都旅歩き小説「にわか医者」
  • 第203回古都旅歩き小説  「にわか医者」  作 大山哲生一昔々、京都の北に、山坂村というところがあった。 そこに、二助という男がいた。二助は、根っからの遊び人でこれという仕事もせずにぶらぶらと過ごしていた。ときたま、村の百姓の手伝いをして野菜や米をもらって何とか口に糊していたのであった。二助は、どこから手に入れたのか義太夫の本を手に入れ、ひまさえあればぶつぶつと義太夫の稽古をしていた。 二助は二十 [続きを読む]
  • 私が校長として最も気をつけたこと
  • 私が10年間の校長生活で最も気をつけたのは、セクハラである。私自身は、セクハラじみた冗談は言わなかったが、職員同士ではセクハラまがいの冗談が飛び交うことがよくあった。しかし、私がその冗談を聞いてふっと笑った瞬間「校長先生はセクハラや」と言われる。はなはだ、心外ではあったが、セクハラの冗談に反応するのもセクハラということになるのだということを学んだ。私は、それから、職員がどういう冗談を言っても、無表情 [続きを読む]
  • 第202回古都旅歩き小説「古きをたずねて」
  • 第202回古都旅歩き 小説花菱屋繁盛記  「古きをたずねて」 作 大山哲生一 明治二十九年の二月のある日、京都千本にある花菱屋はいつも通りの盛況であった。この日は、男物の着尺(きじゃく:着物にするための反物)を見せてくれという客がひっきりなしで、新吉と亀吉の二人の丁稚は大忙しなのであった。 客との応対は、番頭と手代の正太郎が手分けしてやっている。「新吉、三番目の棚の一番左の反物を持ってきてんか」と番頭が [続きを読む]
  • 第201回古都旅歩き小説「訪ねきてみよ」
  • 第201回古都旅歩き 小説  「訪ねきてみよ」  作 大山哲生 昔々、丹波に巻坂村というところがあった。その中にあったひときわ大きな屋敷の話である。屋敷には、息子の長太郎と両親が住んでいた。長太郎は今年十九歳になる。両親は、一日も早く息子に嫁を持たせたいと思っていたが、なかなかいい縁がなく、両親もいささか焦り始めていた。二人の使用人も両親の焦りを感じていたから、自分の村の知り合いに声をかけてみたりし [続きを読む]
  • 第201回古都旅歩き 藤森神社、中書島
  • 今日は第201回古都旅歩きとして、藤森神社から中書島まで歩いてきた。10.8キロ京都伏見藤森は、私が中学時代の三年間を過ごしたところである。軍人湯は私が小学校のころから続いている銭湯である。まず藤森神社。ここは5月5日に駆け馬神事が行われることで有名である。新緑が美しい次は御香宮に向かう。途中こんなものを見つけた。そういう時代だったんだな。菜の花に電車そして御香宮幕末はここに薩摩郡が大砲をかまえて陣取って [続きを読む]
  • 第200回古都旅歩き 宇治市植物公園
  • 今日は、第200回古都旅歩きとして宇治市植物公園に行ってきた。旅歩きも3年2か月かかって、ついに200回に到達した。我ながらよく続いたものだと思う。発表した小説は140作。これからも頑張っていきたい。宇治市植物公園は、桜の種類が非常に多い。特にサトザクラ系の品種が多い。これは「関山(かんざん)」これは、鬱金(うこん)これは一葉新緑と桜がとても美しい。森に目を移すとチューリップが最盛期。ここはわりと冷えるところだ [続きを読む]
  • 第199回古都旅歩き 大和民俗公園
  • 今日は第199回古都旅歩きとして、大和民俗公園に行ってきた。サトザクラの普賢象が満開であった。八重のゴージャスな花で、葉に少し赤みがあるのが特徴。枝垂桜は次の段階に進んでいた。偶然見つけたアゲハ。連写で40枚撮ったうちの一枚。鳥を撮った。ヤマガラかな。園芸品種のツツジも満開。藤も満開。ものすごい数の蜂が来ていた。ハナズオウツツジの群生ここのチューリップは見ごろ。公園の風景。これも公園の風景 [続きを読む]
  • 第198回古都旅歩き小説「夢」
  • 第198回古都旅歩き小説   「夢」 作 大山哲生一天正十七年(1589年)、十月。京都の町は、いつもより騒がしかった。この年の九月、秀吉は各大名に対して、妻子を京都に滞在させるように命じたからである。その結果、あちこちに武家屋敷が並び、それでなくても華やかな町が一層華やかになったのであった。 ある日、町の小さな居酒屋で、三人の若い男が酒を飲んでいる。「おい、おまえら見たか」「いきなりなんやねん」「今、町 [続きを読む]
  • 第198回古都旅歩き 下鴨神社、上賀茂神社
  • 今日は第198回古都旅歩きとして下鴨神社、上賀茂神社に行ってきた。12.8キロ新緑と言えば糺の森である。今日はこれを見たさにここに来たのである。期待にたがわず美しかった。級は大安で結婚式ラッシュ。あちらでもこちらでも、白無垢姿の花嫁さんを見た。このカットがぎりぎりセーフ。水にうかべると文字が出るおみくじがあった。そのための小川である。橋の欄干をプリーチバイパスという手法で撮った。少しレトロ。次は、鴨川沿 [続きを読む]
  • 第197回古都旅歩き小説 「洛中三番勝負」
  • 第197回古都旅歩き小説  「洛中三番勝負」 作 大山哲生序、 襖(ふすま)隆太郎。六十一歳。 襖は、元将棋のプロ棋士、六段である。一、 襖は、小さな頃から将棋が強く、町の道場では向かうところ敵なしであった。周りから「ぜひともプロに」という声がかかり、本人もプロ棋士を志すようになる。襖は十四歳の時にプロの将棋棋士になるため奨励会というところに所属した。奨励会というのは全国の俊英が集まり、さらに強い者だ [続きを読む]
  • 第197回古都旅歩き 京都府立植物園
  • 今日は第197回古都旅歩きとして府立植物園に行ってきた。おそろしく寒かった。今年は、なにもかも一度に咲いてしまうので見る方としてはあわただしい。キクモモ。派手で目立つ。ここもチューリップが満開。この日は外国人も多く、観光バスが三台止まっていた。シャクナゲヤマザクラがまだ楽しめた。赤い葉は、「関山」の特徴。芝桜ハナズオウ。これなど連休前くらいの花だと思っていたから驚いた。ポピー例年だと、桜が終わって一 [続きを読む]
  • 第196回古都旅歩き 馬見丘陵公園
  • 今日は、奈良県広陵町の馬見丘陵公園に行ってきた。ここの売りはチューリップ。このチューリップが今日しかないというほど全部満開であった。ではチューリップの大写し驚いたのはハナミズキが満開なこと。季節が二週間は早い。モモも今が満開。こんなに遅くて桃の節句ってできるのか不思議だ。タンポポの満開そして、ミツバツツジも満開である。最後にチューリップを振り返ってみる。ソメイヨシノは完全に散っていた。ヤマザクラが [続きを読む]
  • ミラーレス一眼は、簡単に性能アップする
  • ミラーレス一眼は、コンピュータで写真を撮る機械なので、ファームウェアのアップデートで簡単に性能がアップする。ファームウェアとはカメラの内部で動いているソフトウェアのことである。私が使っているオリンパスのEM1MARK2を例にとる。このカメラは買ったときは、連写が約1秒で74枚であったが、最新のファームウェアでは95枚になっている。ピントを合わせる真ん中の四角いところが、同じくぐっと小さくなっている。ピントを合 [続きを読む]
  • 桜だけではない
  • 今日は、大阪花の文化園に行ってきた。桜は文字通りの満開。まあここまでなら、今年の桜は早かった、で終わるのだが。驚いたのは、ツツジが満開ツツジってゴールデンウィークのころじゃなかったかなと思うが、写真のようにすでに満開。もっと驚いたのが、ヤマブキも満開三月にヤマブキとは。開いた口がふさがらないような感じである。もっともっと驚いたのが、セイヨウシャクナゲも満開。ふつうは、いろいろな花の先陣を切って桜 [続きを読む]
  • 第195回古都旅歩き 馬見丘陵公園
  • 今日は奈良県広陵町の馬見公園に行ってきた。とにかく、花という花が満開であった。ここは関西有数の河津桜の名所である。今日は一枚も散っていない満開であった。大いに感激した。メジロが来ていたので、連写を使ってみた。公園の景色はこういうところ。ボケの花も満開これはスモモ桜とよく間違えられるが、ソメイヨシノよりは少し早い。ユキヤナギアセビの満開。これはピンクの方が匂いがいい。すこし薬っぽい匂いがする。早咲き [続きを読む]
  • 第194回古都旅歩き小説 「その男」
  •   「その男」  作 大山哲生一の巻 神田弘樹。京都にある大学の一年生である。入学して二ヶ月。 各講義の最初には、本を買っておくようにと言われていたので、神田は本屋で全部そろえた。まだ、古本屋を回るとか誰かに譲ってもらうという知恵はなかった。 五月のある日、神田は山科の家を出て大学に向かった。この日は、午前中には法学概論、午後には日本史概説の講義があるので、本を二冊とノートをカバンに入れていた。  [続きを読む]
  • 第194回古都旅歩き 大福光寺(丹波町)
  • 今日は、第194回古都旅歩きとして、丹波町の大福光寺に行ってきた。この寺は、鎌倉時代の様式を色濃く残している。京都市内には、鎌倉時代のものは数えるほどしかない。すべて応仁の乱と幕末のどんどん焼けで失われたからである。この寺も戦乱で焼けたらしいが、上の本堂と、下の多宝塔は奇跡的に免れた。本堂、多宝塔とも、旧国宝である。周りの景色はのどかそのもの。鶏の声が聞こえるほど。帰り際に本堂を振り返った。観光地に [続きを読む]
  • 67歳の心境
  • 私は60歳で教職を完全リタイアした。私は趣味の多い人間であるから、退職後もやることが多いだろうと思っていた。しかし、今思えば、やめて3年くらいは何をしていいかわからずうろうろしていた時期だったと思う。高校の同級生が歩こう会をするというので二年ほど熱心に参加したが、自分の脳が活発に動き出すと、他人が決めたとおり動くことに我慢ができなくなり、参加しなくなった。そのかわり、私は自分一人で京都の町を歩き回る [続きを読む]
  • 「老い」の正体
  • 町で多くのおじいさん、おばあさんを見る。同級生も見る。みるたびにつらくなる。なぜ、ああも簡単に老いを受け入れるのだろうかと。老いの正体、自分の体の変化を敏感に察知すれば、対策をたてることもできたろうにと思ってしまう。現在、私が気をつけていることを書いてみる1.下を向いて歩かないこれは、姿勢維持筋が弱って、頭をもちあげる筋肉が衰えているからだろうと思う。首が下を向くと当然背中も曲がるから、歩いても足 [続きを読む]
  • 「なにか」は弾けたのか
  • 今から4年ほど前、生活は今と同じだった。一点だけ違ったのは、青春時代の楽しい夢が、何かがあと一つ弾ければ戻ってくるのにというもどかしい感じがいつも心の中にあったということである。今と同じように、無線をし、カメラを持ち歩き、小説を書き始めていた。でも、何かが弾けない。あと一歩であの楽しかった青春時代に戻れるのに。何かが弾ければあの楽しかった青春時代に戻れるのに。友達関係も広げて見たが、友達関係を広げ [続きを読む]
  • ミラーレス一眼をまとめてみると
  • 私は今までミラーレス一眼を5台使ってきた。レポートしてみる。1.ソニーα6000 高性能で安い。価格は上級機の半値以下。ピント性能はあとの上級機と全く同じ。ソニーの中では、最もコスパに優れている。ファインダーの液晶が一秒間に60コマなので少しカクカクする。2.ソニーα6300価格は一気に跳ね上がる。ファインダーは一秒120コマなので動きも速く自然な感じ。少し難しい絵作りをしようと思うならこのカメラが最適。3. [続きを読む]
  • 第193回古都旅歩き小説 「花菱金之助 登場」
  • 第193回古都旅歩き小説花菱屋繁盛記  「花菱金之助 登場」  作 大山哲生一「さて、みんな、今日は明治二十九年の元旦や」と大きな声をあげたのは、花菱屋の主の花菱金之助である。店の奉公人からは『旦那さん』『旦(だん)さん』と呼ばれている。 ここは、京都の千本出水にある反物屋である。屋号は花菱屋という。「今年も一年、みな体には気をつけてがんばってもらいますよう、おねがいしときます」と金之助は挨拶した。  [続きを読む]