相撲古美術 さん プロフィール

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相撲古美術さん: 相撲古美術
ハンドル名相撲古美術 さん
ブログタイトル相撲古美術
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/sumokobi
サイト紹介文相撲に関する資料の紹介や相撲史の研究の成果を発表していきたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供356回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2015/03/02 15:02

相撲古美術 さんのブログ記事

  • 力士になりたい君に
  • 大相撲へ入門するのは、今では余程、身体が小さいか体に欠陥が無ければ誰でもなれる。このようなプロのスポーツが他にあるであろうか。当地でも何の相撲の経験もなく、いきなり大相撲へ飛び込み、最高位序二段か三段目で空しく帰郷する者がいる。せめて小学生時代に、当地の相撲大会へ参加して、自分の実力を確かめてからにしてほしい。県の大会へ出て上位を目指すには、小学3年くらいから始めて、子供より親のほうが一生懸命にな [続きを読む]
  • 『心技体』休刊へ
  • 青森市の今さんが刊行している『心技体』が、来年3月の168号で休刊することが分かった。昭和58年創刊以来、36年目である。11月10日の『東奥日報』紙で大きく報じられた。私もコメントを求められ「このような地方の相撲誌がなくなるのは残念で、不定期でもよいので刊行して欲しい」との文が掲載された。 [続きを読む]
  • いよいよ来るべき時が・・・・(さらに続き)
  • よもや本日、出場はないとみたが。さらに苦境を招いてしまった。照ノ富士もそうだが、プライドを持って欲しい。本人・師匠が迷っているのなら、こういう時に横審があるのではないのか。もう、タオルを投げ入れる時である。よもや、休場して来場所にかけるなどという見苦しいことはしないように。 [続きを読む]
  • いよいよ来るべき時が・・・・(続き)
  • (昨日の続き)とうとうその日が来たのであろうか。負け方が余りにも悪い。これ以上、土俵上で負けを見たくない。モンゴルの二横綱のような廃業ではない、きれいな引退を勧めたい。もっと早く横綱昇進になりたかったが、貴乃花がハワイ勢に立ち向かったのと同様に、モンゴル勢に対したのは記憶に残るであろう。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その208)
  • 【頭屋相撲】香川県綾歌郡綾南町滝宮の滝宮天満宮で9月25日に頭屋相撲がある。                                                         奈良県磯城郡川西町結埼の糸井神社の頭屋で、子供奉納相撲が取られる。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その207)
  • 【桜相撲】鳥取県倉吉市出身で名誉市民であった横綱琴桜を顕彰し、相撲の底辺拡大と、青少年の育成の大会である。立派な土俵がある倉吉市葵町の倉吉市営相撲場で、4月の日曜日に開催される。主催は倉吉青年会議所で、佐渡ヶ嶽部屋の力士の指導もあり、この大会から大相撲力士も生まれている。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その205)
  • 【御前相撲】御前相撲というと天皇や将軍の前で取る相撲であるが、かって「御前相撲」を標榜した相撲があった。福井県勝山市元町の神明神社で、9月18日に挙行された奉納相撲である。戦前から昭和30年代までは境内は鈴なりの観客で、大相撲の吉葉山や千代の山一行が来たこともあった。その後、青年団相撲大会、市民体育大会相撲競技となっている。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その204)
  • 【御国相撲】富山県氷見市に伝えられた相撲で、その後身が現在の氷見市青年相撲大会と思われる。有力者はこれまた隣りの石川県羽咋市の、唐戸山神事相撲へ参加したと思われる。なお、松江松平家の抱え力士が出雲大社で「御国相撲」が開催された。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その203)
  • 【満座相撲】富山県高岡市福岡町福岡に伝わってきた神事相撲である。隣県の石川県羽咋市の唐戸山神事相撲と共に有名で、谷釜了正・下谷内勝利両氏による「唐戸山神事相撲圏の形成に関する歴史的・民俗学的考察―藩政時代における能登地方の名刹・本念寺とその仏事満座相撲が果たした役割」の論文がある。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その202)
  • 【白鳥神社相撲】白鳥神社は雷電で有名な海野宿にある。長野県東御市本海野の白鳥神社は、天明2年の浦風一行の興行で、雷電が巡業に来たと伝わる。現在でも土俵と力石が残っている。この宿場では雷電の雨具が残されている。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その201)
  • 【三浦相撲】三浦半島は江戸相撲の錦島三太夫の地盤で、現在も町中に墓がある。横須賀市大津町の諏訪神社で、かっては三浦相撲が取られた。初声下宮田の相撲、葉山の森戸の相撲とで三浦の三大相撲と呼ばれた。高橋恭一氏の『三浦相撲と三浦半島出身力士略記』の論文がある。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その198)〜(200)
  • 【大相撲】198 中相撲【199】 小相撲【200】◯◯相撲も200回の大台にのった。今回は巡業相撲の形態からみたもので、大相撲は187回で既に登場しているが、これはアマに対してプロの職業相撲としてである。巡業形態は現在は大合併であるが、かっては一門別であった。「大相撲」は幕内力士がほとんどの巡業で、「中相撲」は一行中に関取が少し含まれている一行。「小相撲」は幕下以下だけの一行で、かっての番付も結構残っている。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その193)
  • 【土地相撲】前回の地方相撲に似ているが、少しニュアンスが違う。歴史からみると、江戸初期の領主に抱えられた相撲集団がある。南部・津軽・細川・前田・紀州徳川などである。各地で盛んで本稿でも取り上げたものとしては、唐戸山神事相撲・隠岐古典相撲・乙亥相撲・南部相撲などがある。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その189)〜(その192)
  • 【地方相撲】189【尾張相撲】190 【愛知相撲】191 【名古屋相撲】192前回に江戸明治の大相撲の都市として、三ヶ津を記したが、その次に準ずる地方相撲として、相撲どころ中京を入れなければならない。江戸期の清見潟・国見山等の尾張相撲、明治6年に初代高砂が脱退して名古屋を本拠地にした愛知相撲、その後の三ツ湊・相見山に代表される名古屋相撲へと系譜は続き、京都と同じく明治末年に消滅した。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その187)(その188)
  • 【大相撲】187【職業相撲】188今回はシンプルなタイトルだが、「アマチュア相撲」に対しての「大相撲」である。現在のプロ(職業)の相撲は大相撲である日本相撲協会の相撲である。江戸・明治期は江戸・大坂・京都にも団体があった。昭和の初めに東京方と大阪方が合併したのが、現在の日本相撲協会である。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その185)続き
  • 【稲荷相撲】続き主な相撲関係の稲荷神社は次の通り。◯化蘇沼稲荷神社 茨城県行方市   ◯久下稲荷神社 埼玉県飯能市稲荷町◯大門稲荷神社 長野県大門町    ◯三輪里稲荷神社 墨田区八広◯松末五郎稲荷神社 目隠し女相撲  ◯輪西稲荷神社 室蘭市◯荒熊稲荷神社 下関市 三日相撲  ◯笠間稲荷神社 茨城県笠間市◯丸山稲荷神社 下山口 八朔相撲  ◯王地山平左衛門稲荷神社 篠山市◯永福稲荷神社 杉並区永福 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その185)
  • 【稲荷相撲】埼玉県川越市南通町の川越八幡宮にある民部稲荷神社は、相撲稲荷と呼ばれる。ここには人間と相撲を取った、相撲好きの狐の話が伝わる。全国には稲荷と相撲に関する所が多数ある。明日のこの欄にて。 [続きを読む]
  • 『壬午山ノート』3号脱稿
  • 毎年、年末に上梓している『壬午山ノート』の第3号を書き上げた。先日にお知らせした通り、◯初代九紋龍は二人いた 16枚◯霊界と相撲 41枚◯江戸明治の巡業 30枚以上の3篇である。あと、それぞれの写真のコピーを入れ、後書きを2枚入れる予定である。年末までには製本完工したい。ご案内は本欄と小生の年賀状、斎藤健治氏の『土俵』で発表予定である。 [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その183)(その184)
  • 183【八百長相撲】184【妥協相撲】121で紹介した「隠岐古典相撲」では、先に勝った力士が次には勝ちを譲りこれを紹介したのが123の「人情相撲」である。人情相撲といえば横綱谷風が佐野山に勝ちを譲る人情噺が有名である。八百長という言葉は、明治初年に伊勢ノ海に勝ちを譲った八百長(明治34年歿)が語源であるが、それではもっと以前はなんと言っていたのであろう。明治36年7月の大阪での相撲で、常陸山対若島の取組は八百長と [続きを読む]
  • ◯◯相撲(その182)
  • 【野良関(やろうせき)相撲】元禄6年3月に米山堂から刊行された、和本のタイトル。正式の表題は「京大阪野良関相撲評判絵入 上下」絵入りとあるが、相撲の絵は無い。 [続きを読む]