汽車遺産 さん プロフィール

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汽車遺産さん: 汽車遺産
ハンドル名汽車遺産 さん
ブログタイトル汽車遺産
ブログURLhttp://kishaisan.blog.fc2.com/
サイト紹介文SLが大好きな60歳半ばに近い者です。小学校時代から線路端で写真を撮っております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供69回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2015/03/02 21:56

汽車遺産 さんのブログ記事

  • 久しぶりの山口線♪
  • 大勢の方々が待ち構えておりました。 長門峡鉄橋には大勢の鉄道ファンがいるなかSL「やまぐち」号はこの場所にてSさんのお蔭でまったりと3人だけで撮影が出来ました。このまったり感が最高です!。Sさん、Fさん有難うございました。明日はやっと雪景色になった丸瀬布でまたお二人にお会い出来るのが楽しみです※飛行機が天候による影響を受けなければですが(^^;)"長門峡鉄橋俯瞰" 2018.12.24撮影相も変わらずこのワンパターン [続きを読む]
  • 紅葉の旬はわからない〜。
  • みなかみ町諏訪峡は先週が紅葉のベスト?"諏訪峡にて"2018.11.10撮影 キヤノンEOS R  RF24-105mm F4 L IS USM "初入荷(♪)キヤノン・EOS R"を使用して撮って見ました。  ここで紅葉を撮りたくて一年越しの諏訪峡撮影場所からキヤノンが初めて出したEOS Rを使って撮影してみました。ミラーレスなので一眼レフよりはボディは軽いのですが、ミラーレス専用のズームレンズは一眼レフのレンズとほぼ同じ重さで大枚出してやっと買っ [続きを読む]
  • いざ出発!
  • 長万部駅構内7分のドラマ  静かに長万部駅に入線してきた札幌行き103レ急行ニセコは、 ここ長万部から始まるカーブの多い厳しい峠が3つも超えなくてはならない。前には少しの休みを取ってスタンバイしていたデフレクタにはツバメのマークを付けたC62 2がゆっくりとバックでC62 44と連結となり、ここからは重連での仕業となる。 どうやら本来の停車時間7分より遅れており、 整備、乗務員達を煽るように構内では発車のベ [続きを読む]
  • いざ出区!
  • 長万部にて「急行ニセコ3号・前補機」 2月とはいえども函館発札幌行き103レ急行ニセコは、 ここ長万部から前に補機を付けてC62牽引といえども重連での仕業となる。 上りニセコ1号の前補機として到着してからの3時間弱の休みではではいくら晴れた日でも山線で必死になって戦ってきた雪まみれの体からは雪が溶けることはなかった。"結氷したC62 2の炭水車" "103レ急行ニセコ3号の前補機として しばし体を休めるC62 2号機 [続きを読む]
  • 何でも撮る、何でも録る!。
  •   このような写真は、 現在のように一日一発しか撮れない日常とは異なり昔は何回も撮れたのでこの様なオフザケなカットも撮れたし (普通のお方は撮らないだろうけれど)、良き時代でした♪。"会津線区間不名・「C11とカセットデッキ」" 稲刈りも終わって多分晩秋の頃だと思いますが(^^;)。相も変わらずこのワンパターンの拙いブログですが「のんびり更新継続中」です。宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
  • 陸の王者が入線!
  • 小雨の中を…。 陸の王者とは、 どこぞの大学の校歌に出てくるだけではありません!。日本の蒸気機関車で一番力強く、一番早く走ることを目的にした罐。それが我が御神体(勝手に)C62です。 因みにもう一つの「陸の王者」とは元々、「六大学の王者」の意で「六(りく)の王者」 となっていてそこから 「陸」に転じたそうです。知らなかった(笑)。"駅ナカ撮影会(笑)" "比羅夫駅にて" 平成6年7月(1994.07)撮影"UCCカフェ [続きを読む]
  • 復活C62 3最後の秋
  •  鉄道員、スポンサーの思いを一杯乗せて走った7年間。 このバカでかい蒸気機関車C62 3は、国鉄の民営化をひかえた小樽の国鉄マンの最後の思いを、夢を、一杯乗せて15年眠っていた手宮の鉄道公園から引っ張り出し小樽築港の研修の方々(OB含む)が走らせた希望の罐でした。 その人々に私は出会えて今となっては私の宝物ですし最高の喜びです!。 嬉しいことには15年間浜風で錆びついた身体を復活に結びつけた一番の功労者、研 [続きを読む]
  • 元祖・木枯し紋次郎!?
  •   昭和46年(1971年)4月〜8月迄金沢鉄道管理局管内の企画で、 ふるさと列車〈おくのと号〉が金沢駅から珠洲駅迄走っておりました。 この列車の撮影と乗車の為当時の私は思い切って金沢駅までお金も無いのに寝台列車の北陸2号に乗車して行ったようです(^^;)。 因みにこの「ふるさと列車〈おくのと号〉」を最初に撮った際たまたま最後尾の客車デッキにお座りのサングラス姿のお客さんを見かけたらしく下手くそな流し撮り [続きを読む]
  • 安全の鐘
  • 安全の鐘のある機関区この鐘は昭和32年(1957年)に設置されたそうです。"大宮機関区安全の鐘とSL達" 昭和43年4月(1968年) 大宮にも無煙化が進んでいた頃初めて大宮機関区に訪問したのは昭和43年の春だったと記憶しております。機関区での許可を取って最初に大きく目に入ったのがこの「安全の鐘」だったのでしょう?!。その後周りを見回すと9600、D51がゴロゴロおりました。 そこには常磐線貨物を本務機で牽引した 「D51 123 [続きを読む]
  • 北海道を襲った大地震
  • けっぱれ!北海道! 一昨日の未明に発生した 「北海道・胆振東部を中心に発生した大規模地震で厚真町は「震度7」強震だったそうです。いまだに厚真町では、安否不明者の捜索が続いているそうですがお亡くなりなった方、未だ家族の安否もわからずに不安な日々を過ごされている皆様に心よりお見舞い申し上げます。 一日も早い復旧と、被災された方々が日常生活に戻れるよう、お祈り致しております。 励ましの言葉位しか残念なが [続きを読む]
  • C62 23の煙突は短いか?!
  • 前回福臨鉄さんから頂きましたコメントが気になりましてスキャンをした画の中からC62 23を探してみました。如何でしょうか?煙突が短いような気がしませんか(汗)。"電化完成間近の呉線にて・C62 23" "C62 23 呉線仁方駅?ホームにて" "呉線・広駅にて C62 23とC62 37"パースがかかっているので本来なら手前のC62 23の煙突の方が長く見える筈です。  相も変わらずこのワンパターンの拙いブログですが [続きを読む]
  • 峠道(山線)
  • 昔からこのアングルが好き! 私は昔から「罐のケツ撃ち(失礼)」が大好きでした。ですがC62は正面を長玉でかっこイイですよね。個人的にはC62は俯瞰なんぞよりやはりど迫力の望遠(圧縮)で狙い撃ちが最高と思っています!また会いたい!!(┣¨┣¨(゚д゚; )┣¨┣¨)♪"倶知安峠を目指す"昭和43年1月3日(1968.1.3)撮影  相も変わらずこのワンパターンの拙いブログですが「のんびり更新継続中」です。宜しくお願いいたし [続きを読む]
  • 新旧の出会い
  •  世界初の”本格的な寝台電車”581系(583系)昼行特急「はと」と廃車が2年後に迫っていたC62 23号機の出会いを広島駅構内で友達のA君とで運良く撮る事が出来ました。 C62 23号機は平機関区時代にはC6248と共に最も好調な機関車とされ、昭和40年10月に新設された特急「ゆうずる」には優先的に使用されていたそうです。常磐線全線電化後は呉線に移り、わずか3年の活躍しかありませんでした。 ※なぜか他のC62に比べて煙突が [続きを読む]
  • ヨンサントオ(4・3・10)間近の頃
  • 呉線全通は9月中になるそうです 呉線沿線の方々だけではなく「平成30年7月豪雨」で亡くなられました方々に謹んでお悔やみを申し上げますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。平穏な日々が一刻も早く戻ることをお祈りいたします。"921レ・広駅(6:45発)広島行きC62 46牽引天応駅〜小屋浦駅にて"1968年5月2日 現在は1992年(平成4年) に天応駅〜小屋浦駅間に新駅が開業したそうです。 相も変わらずこのワン [続きを読む]
  • 終戦記念日
  • 西日本豪雨、死者226人、なお3府県10人の方が行方不明もいる辛いお盆となりました。 警察庁は10日、西日本豪雨の被災地での死者が15府県の226人に上ったと明らかにした。行方不明になっていた愛媛県の女性の死亡が確認され、1人増えた。共同通信のまとめでは3府県で10人が依然行方不明となっているそうです(合掌)。 話は呉線に移るのですが……。 この呉線。かつては線路規格が高く設定されており、戦前でも [続きを読む]
  • あれからもう1ヶ月!
  • 6月28日から7月8日頃にかけて西日本を中心に全国的に広い範囲で記録された台風7号や梅雨前線等の影響による集中豪雨で尊い命が亡くなったり負傷されたり、 家屋を流されたり甚大な被害をもたらした平成30年7月豪雨!そこにまた追い打ちを掛けるように西日本を横断すると予想される台風12号は西日本豪雨の被災地を直撃する恐れがまたあるそうです……「もう降らないで!」くれ!。 今日から個人的に応援の意味で下手くそなれど思い [続きを読む]
  • 明日は我が身
  • 西日本の「平成30年7月豪雨」 今回の西日本で発生した豪雨による被害にあわれました皆様にお見舞い申しあげますとともに、犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申しあげると共に一日でも早く穏やかな日々が戻ってきますようにお祈りしております。 また、現場にて活動を行う関係各機関の皆様にはご苦労さまと申し上げる他ともかく安全を心よりお祈り申しあげます。 今回の死者が13府県で死者は184人、 [続きを読む]
  • やっぱり現役時代(その7)
  • "旅客324レ・和寒〜塩狩"C5787牽引 1974年(昭和49年1月3日)撮影ゼンザ ブロニカ S2 NIKKOR-P 75mm F2.8予約返送葉書が残っておりました(笑) 思い出しましたがYHでは宿泊日まで余裕がある場合は往復ハガキで申し込むと、返信での予約回答と併せてYHからの情報も得られ、安心・確実でした。"葉書表面"友人が言っておりましたが塩狩のYHの名前は「YH 塩狩温泉」でした。余談ですが「男湯・女湯と暖簾」が2つ有るのですが、  [続きを読む]
  • 鉄道郵便局?!
  •   かって鉄道華やかし頃、 鉄道郵便を取り扱う鉄道郵便局が郵政省に存在した郵便局の一種として有ったそうです。引受けをした郵便物を列車に連結した郵便車で運送、区分しておりましたが1970年代以降自動車、航空機による輸送に押され1984年2月に取扱便 (その言葉通り、郵政職員が乗りこみ、車内で郵袋をあけて、 区分け作業や消印を押す作業を行う)が廃止され、1986年9月には護送便(護送便とは、車内での区分けは行われ [続きを読む]
  • 明日で締め切り!
  • 「宗谷本線塩狩駅存続を求める要望」署名活動を明日で締め切りとされております。"塩狩駅が賑わいでいた頃" ※塩狩ヒュッテさんから了承を得て 少しの間リンク貼らせていただいてます  ご賛同していただける方いらっしゃいましたら、 よろしくお願いいたします。 一部 「MintJam 徒然草」様の文章も了解のもと引用させて頂いております。   塩狩ヒュッテ ユースホステルの署名についての記事は→ "こちら"   または以下 [続きを読む]
  • 鉄道員は何処へ?
  • 路線を守り、駅をも守る! 当然のことながら民営化になったJRとしてはギリギリまで地元と協議した上で惜しくも廃駅、廃線の道を辿っていると信じたいのですが、余りにも経営が厳しすぎるJR北海道にとっては早く切り捨てるだけ切り捨てたいのだろうか? ということは北海道には鉄路が一切必要ないということでしょうか??。民間になる前に函館本線の目名駅の交換設備を廃止した筈が有珠山の噴火も有ることから函館本線を見直し、 [続きを読む]
  • やっぱり現役時代(その6)
  •              罐 の 人 生 本州の主要幹線の電化などにより、 最後を北海道の大地を走るしかなくなったこのマンモス機関車は名門鷹取工場により取り付けられていた集煙装置を外され,渡道前に旋回窓も取り付けられ最後の仕事場目指して津軽海峡を渡ってきました。 まだ貨物輸送が内地に向かって沢山あった時代、北海道の幹線である函館本線、室蘭本線の大動脈を長大編成の貨物を牽引して疾走っておりました。 翌年 [続きを読む]
  • やっぱり現役時代(その5)
  • 今どきは逮捕?!。   現在いくら北海道新幹線が出来て函館駅構内も閑散としているとしても、下の4枚の同時連続写真を見る限り 「線路内を縦横無尽に歩いてでは無く、小走りに走りまくり, パチリパチリ撮っていました!。  今では鉄道営業法違反に問われ、書類送検をされることとなる筈(^^;)。「実に危険極まりなし」といった感じです。  今と違ってのんびりとした良き時代でした♪。   "急行ニセコ3号103レ"1971年( [続きを読む]
  • やっぱり現役時代(その4)
  • 順番を間違えちゃいました^^;。  決して私の若かりし頃の写真を載せ忘れた訳では有りませんが、現役時代の入出庫線には必ず 「給炭給水設備」 が設置されていました。 ここ五稜郭操車場には大きな機関区には負けないようなこのように大きなガントリークレーンが見られました。 ガントリークレーンで給炭槽(ホッパー)に石炭を入れ、給炭槽からC62 3のストーカー付きのテンダーへ給炭し、この日C62 3号機は函館迄回送し、 [続きを読む]