OH江戸ライフ♪ さん プロフィール

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OH江戸ライフ♪さん: OH江戸ライフ♪
ハンドル名OH江戸ライフ♪ さん
ブログタイトルOH江戸ライフ♪
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/91950917takahiro
サイト紹介文パクス・トクガワーナ♪ とりあえず江戸時代っぽいものが好きなのです♡
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/03/05 22:45

OH江戸ライフ♪ さんのブログ記事

  • 「よみがえれ! シーボルトの日本博物館」展 行ったよ〜
  • ということで、江戸東京博物館の「よみがえれ! シーボルトの日本博物館」展、見てきましたシーボルトといえば、なんとなくこっちの肖像画を思いだしますが、今回は、あえて晩年の肖像画を使ってるんですね。そして、こちらが、日本人妻の「お滝」さんで、これは、その名をとって名づけられたといわれる学名:ハイドランゲア・オタクサこと、アジサイに、ちなんだ長崎のお菓子「おたくさ」(アジサイの花びらをかたどったパイ生地 [続きを読む]
  • 彰義隊ぃぃ〜っ!
  • (上野戦争・黒門前の攻防)(寛永寺から、南千住・円通寺に移築された黒門。上野戦争時の弾痕が今に残る)ちなみに、黒門があったのはこの切絵図の左方・不忍池の傍。(現在のこのあたり)(大正期、上の写真と同じ場所)……上野って、なんかさびしさが漂う街なんだよね、昔からあ、世間一般ではなく、ゴマ的にね。やっぱ、ゴマは前世から佐幕派なんだと思うわで、いまさらですが、上野戦争で戦った彰義隊とはなんぞや?、と申し [続きを読む]
  • 上野戦争の真実!
  • (東都名所「上野東叡山全図」 by一立斎広重)上野戦争とは、簡単にいえば、「慶応4年5月15日(1868年7月4日)江戸・上野において、彰義隊ら旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍の間で行われた戦い」(by ウィキペディア)で、同じくウィキの『寛永寺』解説によると、「上野の山は、幕末の慶応4年(1868年)、彰義隊の戦(上野戦争)の戦場となったことから、根本中堂をはじめ、主要な堂宇はこの [続きを読む]
  • 行ってきたよ〜、寛永寺?
  • はっはっは、前回からさくっと1ヶ月以上たってしまいました〜いや〜、まいった、まいったてなことで(……何が「てなこと」なんだ)行ってまいりました、寛永寺特別参拝 江戸時代の寛永寺のようす文久2年の切絵図の寛永寺。とにかく広い寛永寺は、みなさまもご存じのように、芝・増上寺とともに、徳川将軍家の菩提寺でございます。で、いままで非公開だった将軍家霊廟が、最近、限定公開されるようになったのですっ今回の特別参 [続きを読む]
  • お蚕さまの一生
  • 先日、上田にいったとき、上田市立博物館でみた『蚕卵紙』幕末および家茂くんファンなら、よーくおなじみのアレでございます『蚕紙(さんし):蚕の卵である蚕種が産み付けられた紙を指す。蚕種紙(さんしゅし)・蚕卵紙(さんらんし)ともいう』(byウィキさん)前にも書きましたが、上田藩は藩主・松平忠固の殖産興業政策の一環として養蚕がさかんでした。そのため、こうした貴重な史料が数多く残っているんですねぇ(あー、ま [続きを読む]
  • 江戸期の災害――善光寺地震
  • というわけで、先日の観光取材旅行で思いがけず見つけた絵馬がコチラ。これは、別所温泉エリアにある北向観音の中に奉納されていたもので、『善光寺大地震』というタイトルがついていました。じゃあ、これはどんな場面を描いたものかといいますと、「弘化4年3月24日(1847年5月8日)お開帳でにぎわう善光寺を突然大地震がおそった。尾張の国の市之助(青い着物のニーチャン)は15人の一行と旅をしていたが、ゆえあって [続きを読む]
  • 上田にいってきました〜?
  • 『真田丸』熱に浮かされたオヤジをそそのかして誘って、行ってまいりました、丸抱え旅行〜(けっけっけ)もちろんゴマは真田丸ではなく、松平伊賀守忠優(忠固)さまの長裃目当てだったわけですが…………博物館に展示されてないじゃないかーっ!…………た、大河のせいで……展示史料が真田カラーに……恐るべし……六文銭効果……かくなるうえは、大河が終わったあとリベンジ再訪するしかない……(長裃を見れば、身長とかがわか [続きを読む]
  • 神さま、仏さま、明治大学さま 
  • 城を背にした武将は松平家忠 右の寄せ手は石田三成軍 奥は小早川秀秋軍先日記事にした『明大博物館特別展 譜代大名内藤家と戦』がきのうまでだったので、再度見てきました。うーん、この絵巻、何度見ても泣けるぜぃこれ見て泣けないような冷血漢には、佐幕派とは名のってほしくねーなとくに内藤家長が片膝ついて弓を引いている姿には、ホント胸が熱くなる〜ところで。徳川天下取りの大きな捨石となったこの伏見城の戦いですが、 [続きを読む]
  • 恋ひたる辻占煎餅
  • 土佐光起筆『源氏物語画帖』より「若紫」いえね、京都検定やるつーて、テキストや過去問集なんかも買ったんで、やろうとは思ってるんですよ、ホントにでも、なんかヤル気おきなくて…そしたら、こんなオモロイもの見つけちゃって。AKB48「恋するフォーチュンクッキー」の平安時代バージョン「恋ひたる辻占煎餅」https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=3&cad=rja&uact=8&ved=0ahUKEwiI9qqLwOXNAhWH [続きを読む]
  • 映画『武士の家計簿』観たよ〜
  • いままで何回もテレビ放送しているのに、なぜか途中で寝落ちしてしまったり、開始時間を勘ちがいして前半見逃したりで、まともに観たことがなかったと、きのう気づきましたこの映画は、いうまでもなく加賀藩御算用者のお話。ワタクシゴトながら、某所での活動において13代斉泰公や14代慶寧さんには、たいへんお世話になっているので、加賀藩はとても他所様とは思えません(…アチラにしたら大迷惑&ブチギレでしょうな)ところ [続きを読む]
  • 明治大学博物館 特別展 『譜代大名内藤家と戦』
  • 関ヶ原合戦図絵巻 『大坂城評定』の場面石田三成ほか前田利家など豊臣側ビッグネームがずらり勢ぞろいてことで、明大博物館特別展、見てきましたいや〜、こんなすんばらしいものがタダで見られるなんて……。明治大学さまったら太っ腹っ!(よいっしょっよいっしょっ)どういうつながりがあるのかは不明ですが、明治大学さんは延岡藩内藤家の古文書をいっぱい持ってるんですよね。(このへんの事情、だれか知りませんか? 元藩主 [続きを読む]
  • 『大妖怪展』見てきたよ〜
  • 東京都江戸東京博物館特別展『大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで』見てきました〜国宝・重文もあったけど、江戸系人間にとってのゴチソウはやっぱコレでしょ歌川国芳「相馬の古内裏」歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」今回の国芳中イチオシはコチラ歌川国芳「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図』説明文には書いてなかったけど、これは平安時代の源頼光を描いたように見せかけて、じつは「天保の改革」で浮世絵・役者絵・美人画 [続きを読む]
  • 250年前のメイド喫茶
  • 鈴木春信「お仙茶屋」明和三美人のひとり「笠森お仙」最近テレビ離れ気味のゴマですが、昨日の『林修の今でしょ!講座・スーパー講師集結SP』はおもしろかった(といっても、最後の磯田道史先生のところしか…それも15分遅れで視聴開始)そして、番組中1番の収穫は、『江戸時代にもメイド喫茶(的なもの=水茶屋)があった!』(メイド喫茶なるもののイメージ)…なのは知っていましたが、『当時すでに、生身のお仙ちゃんより [続きを読む]
  • 最近、なぜか体調が悪いんです
  • 黒谷:金戒光明寺最近、なぜか突然意識がなくなることが多くて、気づくとかる〜く2時間くらい経っちゃってるんですでは、どんなときにそうなるかといいますと、毎回京都検定公式テキストを開いた瞬間、この症状におそわれて…(じつは今日もおそわれてグーグー昼寝失神してしまい、結局、衣更えが終わりませんでした)コレはきっと、なにか重篤な病にちがいありませんっうぇ〜ん、コワイよ〜、まだ死にたくないよ〜こっちは別にい [続きを読む]
  • 行ってきたよ〜『真田丸展』
  • さてさて。いろいろお宝があった中で、ゴマがもっとも感激したのはこちら(ただし色はもっとキレイだった)武田勝頼ファミリーの図(正式名称は不明。図録高かったから(2200)買わなかった) 「か、勝頼さまーーーっ!!!」 もう…もう…もう……ウルウルですよ……だって、武将の肖像画で子どももいっしょの、ましてや奥さんつきって他にあります?(あったらゴメンね。こっち方面うといもんで……でも、家康&家光のはあ [続きを読む]
  • 天敵・豊臣
  • お題のひとつ醍醐地区といえば……三宝院しか思い浮かばない醍醐=三宝院=秀吉の花見出たな、天敵・豊臣ーっ托卵秀頼くんもアレだけど、アタクシ、秀吉=はさらにキライなんだよねっよくを人心掌握に長けた「人たらし」などと評するけど、ゴマが同時代に生きてたら、「ケッ、ミエミエバレバレだい好かんわー」なんか言いまくっちゃって、本能寺の変後に滅ぼされるのは確実とはいえ、羽柴さん家の中では小一郎秀長さんは好きなんで [続きを読む]
  • やっぱムリ……
  • な、なんかヘンな発表キター第13回京都・観光文化検定試験(平成28年12月11日実施)公開テーマ問題〔3級〕京のおみやげ〔2級〕山科・小野・醍醐(関係あるのはここだけ)〔1級〕京の七口と街道ところが、発表はさらにつづく。このたび京都・観光文化検定試験公式テキストブックを6年ぶりに改訂し、『新版京都・観光文化検定試験公式テキストブック』(発行:淡交社)として28年6月下旬に発行することになりました。 [続きを読む]
  • いろんな意味で前途多難(汗)
  • 仕方ないのでテキストを開いてみました……、しょっぱなから【1 平安京以前の京都】おい以前ってなんだよ、以前てーっそこからはじまるのかよーーーっ(うげうげ…ムリィ〜)と、泣いていてもはじまらない。買っちまった以上はやるしかない。そうだ……幕末政治の舞台は京都じゃん小御所会議の開かれた恨み骨髄の現場・京都御所内の『小御所』ってことは京都を知る=徳川の敗因究明につながる…かもなら、御公儀の御為にいっちょ [続きを読む]
  • なんなの、いったい!?
  • ワタクシの中では「コレはない」と結論づけていた京都検定……。なんの因果か、受検するハメになってしまいましたーっなんでも、「ここのところずっとダラダラゴロゴロしてるけど、イクナイ」(それは否定しない)「江戸受かったんなら、京都だってイケルはず」(意味不明)「京都に行かなくても受けられるからダイジョウブ」(たしかに受検会場は同じ明大……)「江戸検は11月だけど、京都検定は12月だから余裕綽々」(意味不 [続きを読む]
  • おひさしぶりでございます
  • 前回更新からあっというまに1ヶ月半が経過し、そうこうするうちにたいへんなことが起ってしまいました。……熊本地震……いまだに続く余震と、築城以来最大の危機をむかえた熊本城……石垣萌え〜お城萌え〜なわたくしゴマは先週来、すべてにおいて気力がわきません。あとはただみなさまのご無事を祈るとともに、一日も早い終息を願うばかりです。できることならば現地入りしてガレキの撤去等行いたいところですが、どう考えても足 [続きを読む]
  • 「真田丸」に物申す
  • 大河に乗っかれシリーズ第二弾は、戦国時代が超苦手なゴマ自身のためのおさらい会です。まぁ、これを言ってもしかたないんですが、ドラマから歴史に入っていくと、実在の人物と役者さんのイメージで頭が混乱することがよくあります。いい例が2013年の大河ドラマ「八重の桜」あれでは、初回から会津藩家老西郷頼母を西田敏行(当時66歳)が演じていましたが、実際の西郷頼母近悳(ちかのり)は文政13年生まれで、あのころは [続きを読む]
  • 上田は真田だけじゃないっ!
  • 目下、真田一色になっているでありましょう長野県上田市ですが、真田氏がここを統治したのは元和8年(1622)までの40年弱。その後は、宝永3年(1706)まで仙石氏が約80年間統治し、つぎに但馬出石から仙石さんとトレードする形で入部したのが、伊賀守流藤井松平家。そして、結局この家系が幕末まで約160年間、ここを支配することとなったのです。なので、「上田は真田だけじゃないっ!」ではなく、「真田の4倍上 [続きを読む]
  • つぎなる目標?
  • いちおう江戸検は『済』になったので、次はなにやろうかな〜と前向きに考える今日のゴマちゃん(よっ、アザラシの鑑っ)。「そうだ、京都いこ」ではなく、「そうだ、江戸のつぎは京都検定じゃね!?」と安直に思いつき、さっそくHPをチェックついでに、2級例題10問に挑戦おお、8/10正解っやだ、ゴマ、天才かも〜…と思いきや、半分以上が勘ですぅだって、「円山公園には、明治期にロココ様式を取り入れて建てられた「長楽 [続きを読む]
  • 「石城日記」を見る(※「読む」ではありません)
  • いきなり『石城日記』ってカマされても…ですが、まぁ、早い話『石城(せきじょう)』ちゅー人の書いた絵日記のことですわ。では石城とはだれかといいますと、本名は尾崎隼之助。庄内藩士の子に生まれ、武州忍藩尾崎家(100石)に養子入りしたものの、安政4年、29歳のとき、なんかいらんことを言って(上書して)しまったため、いきなり10人扶持の下士に降格されてしまいました。たぶん、それで養家を追い出され、以後、妹 [続きを読む]