花水木 さん プロフィール

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花水木さん: 子宮からはじまる日本史
ハンドル名花水木 さん
ブログタイトル子宮からはじまる日本史
ブログURLhttps://ameblo.jp/zukkii88/
サイト紹介文古事記の謎、日本史の謎を解明しています。本当の日本を知ることで、日本に誇りが持てるはず。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2015/03/06 13:35

花水木 さんのブログ記事

  • 三種の神器
  • 「三種の神器」とは、「天孫降臨の時に、ニニギ尊が天照大神から授けられたという鏡・玉・剣のこと」とされます。この「三種の神器」とはいったい何を意味するのでしょうか。 私は、これを3つの血筋ではないかと考えています。 剣・玉については、剣 : タケミカヅチ(蘇于嗣)玉 : 太玉です。 残る「鏡」ですが、古事記において、「伊斯許理度賣命」が「作鏡連等之?」とされていることから、鏡とは「イシコ [続きを読む]
  • 爲利歌彌多弗利
  • 古事記にわずかに書かれている日子人太子が気になって調べ始めたところから、ここまで、推測に推測を重ねて進んできてしまった感があるので、ちょっとこのあたりで中国文献でも確認してみようと、隋書の倭国についての記述を見てみました。 全体はこちらを参考にさせていただきました。http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun9-zuisho.htm 開皇二十年(600年)に遣隋使を送り、「倭王は天を以て兄 [続きを読む]
  • 聖徳太子
  • ここまでずっと日子人太子について考えてきたのですが、では聖徳太子=ウマヤドノトヨトミミは何をした人なの??という疑問が残っていました。 四天王寺の説明によりますと、聖徳太子は、『崇仏派の蘇我馬子と廃仏派の物部守屋が仏教の受容をめぐって合戦が起こりました。当時16歳のお太子さまは物部守屋討伐軍に従われました。このときお太子さまは白膠木(ぬるで)の木で作った四天王像を頭に挿して、この乱に勝利した暁に [続きを読む]
  • 震災と歴史
  • 11月22日に小学生の娘が、地震予言についての話を知り不安そうだったので、その予言の内容について調べたついでに、ちょっと地震についても調べてみました。 何故こんな時期遅れな話を持ち出したかと言いますと、調べているときに思いついたことがあったのです。 前回、日本の歴史がひとつの出来事を繰り返して語っているのではないか、ということを書きました。この仮説を信じたら、ではなぜ江戸の町ができたのか、 [続きを読む]
  • 歴史の不自然な共通点
  • ここまで忍坂日子人太子、またの名を麻呂古王について見てきました。 ウマヤドノトヨトミミの異母弟である日子人太子は、柿本人麻呂であり、蘇我蝦夷ではないか、と考えました。蝦夷は、入鹿に紫冠を授けて大臣と擬したり、邸宅に火をかけて自害(乙巳の変)、『天皇記』『国記』を持っていた、とされます。入鹿は、乙巳の変で皇極天皇の御前で殺害されたとされ、飛鳥には惨殺された入鹿の首が飛んできたとされる入鹿の首塚が [続きを読む]
  • 2人の太子
  • 引き続き、「聖徳太子」と「忍坂日子人太子」という、2人の「太子」についての考察です。 聖徳太子は上宮之厩戸豐聰耳命とも呼ばれています。 忍坂日子「人」太子 は 「人」そして「上」宮之厩戸豐聰耳命 は 「カミ」 2人の太子は、人と神の組み合わせなのです。 日本書紀の箸墓古墳を作る場面に、 日也人作、夜也?作 (昼は人が作り、夜は神が作った) という不思議な文章があ [続きを読む]
  • 麻呂古王についての仮説
  • 前回の仮説の系図をもう一度見てみます。 「沼名倉太玉敷命」の子に、「忍坂日子人太子」と「聖徳太子」という、2人の「太子」がいます。 「忍坂日子人太子、またの名を麻呂古王」は、沼名倉太玉敷命と息長真手王の娘・広姫の子であり、ここでは舒明天皇と一致すると推測されました。 もう一人の太子「聖徳太子」は、古事記では「上宮之厩戸豐聰耳命」の名で、橘豊日と間人穴太部王の子として書かれていますが、こ [続きを読む]
  • 蘇我氏についての考察②
  • 袁本杼命が蘇我稲目だとしたら・・・ という仮説について考えてみます。 まず、これまでの天皇系図に、蘇我氏の系図を合わせると、このような推測ができます。 赤は古事記の記述、および古事記を元に私が推測したもので、そこにwikipediaの蘇我稲目、欽明天皇、聖徳太子を参考にしたものを青で書き加えました。(広姫は敏達天皇に嫁いだとなっていますが、古事記と合わせて、用明天皇である沼名倉太玉敷命に嫁いだ [続きを読む]
  • 蘇我氏についての考察
  • 少し前の記事に、「蘇我稲目は袁本杼命ではないか」という推測を、( )書きでちらっと書きました。なんでこの時ちらっとしか書かなかったかというと、古事記の記述だけでは、そう判断しきれないと感じたからです。ヌナクラフトタマシキ以降の系図が確定できれば、判断できると思ったのですが、それもできませんでした。 というわけで、古事記の系図からだけでは何とも言えないのですが、ちょっとその仮説について考えて見よ [続きを読む]
  • 野見宿禰と當摩蹶速の相撲
  • 日本書紀の相撲の記述が気になったので少し感想を。。 野見宿禰と當摩蹶速の相撲です。 「2人は相対して立ち、足を挙げ、蹶速の脇骨を蹴り折り、腰を踏み折って殺した。當摩蹶速は地を奪われ、野見宿禰が賜った。」 そのまま読めば、到底相撲とは思えない蹴り合いの殺し合いです。実際、一般的にはそう解釈されているようです。 でも、ちょっと考えて見てください。もし、相撲を初めて見た人がその様子を記し [続きを読む]
  • 系図解析:沼名倉太玉敷命以降
  • 系図解析の続きです。 沼名倉太玉敷命、日子人太子、橘豐日命について書かれています。 沼名倉太玉敷命・庶妹豐御食炊屋比賣命 : 靜貝王・亦名貝鮹王、次竹田王・亦名小貝王、次小治田王、次葛城王、次宇毛理王、次小張王、次多米王、次櫻井玄王。・伊勢大鹿首之女・小熊子郎女 : 布斗比賣命、次寶王・亦名糠代比賣王。・息長眞手王之女・比呂比賣命 : 忍坂日子人太子・亦名麻呂古王、次坂騰王、次宇遲王。・春 [続きを読む]
  • 系図解析:天國押波流岐廣庭天皇
  • 系図解析の続きです。面倒ですが、古事記の記述を検討していきます。 天國押波流岐廣庭天皇(師木嶋大宮)は ・檜坰天皇之御子・石比賣命 ・其弟小石比賣命 ・春日之日爪臣之女・糠子郎女 ・宗賀之稻目宿禰大臣之女・岐多斯比賣 ・岐多志比賣命之姨・小兄比賣を娶ったとされます。 石比賣命、小石比賣命は、建小廣國押楯命が、意祁天皇之御子・橘之中比賣命を娶って生まれた、石比賣命、小石比賣命、倉之若江王のこ [続きを読む]
  • 系図解析:袁本杼命
  • 前回、袁本杼命の娶った相手のうち1, 5, 6についての推測を行いました。 1. 三尾君等?・名若比賣  →ミマツヒメを娶って天國押波流岐廣庭命(三輪)を生んだ2. 尾張連等之?凡連之妹・目子郎女3. 意祁天皇之御子・手白髮命4. 息長眞手王之女・麻組郎女5. 坂田大俣王之女・?比賣  →太玉(大坂)の血筋の?比賣を娶った6. 三尾君加多夫之妹・倭比賣  →ウマシマジ(長谷)の血筋の赤比賣郎女を娶った7. 阿倍之波延比賣 [続きを読む]
  • 地球の変化について思うこと
  • 現在私が行っている古事記解釈は、基本的には古事記のみを文献として進めています。 しかし、その解釈の中で、ノアの方舟の話などを勝手に参考にしてしまったりしているわけで(汗)、それが適切といえるかどうかちょっと気になっていたので調べていたら、いろいろ面白い情報に出会いましたので、備忘録がてら、ちょっと感想含めて書いておきたいと思います。(新しい話ということではなく、私が知らなかっただけです。)&nbs [続きを読む]
  • オホタタネコの祀った赤と黒の楯矛
  • 古事記に書かれている系図を自分で納得のいく形にしようと思っているのですが、なかなかうまくいきません。。。難しいです。最後まで辻褄が合うか分かりませんが、とりあえず今考えているところまで書いてみます。 これまでに、「品太王五世孫・袁本杼命」は、「蘇于嗣と八幡のサホビメの子で、蘇于嗣が朝鮮に行ったときにオキナガタラシヒメのお腹の中にいたホムダワケに代わり、朝鮮平定に協力したツヌガのオホ [続きを読む]
  • ヴォイニッチ手稿
  • 解読不能な謎の文書「ヴォイニッチ手稿」http://www.nazotoki.com/voynich.html というヴォイニッチ手稿についてまとめてあるページで、ヴォイニッチ手稿が全ページ無料で閲覧、ダウンロードできることを知り、思わずダウンロードして眺めてしまいました。 私のようなただの主婦が、家に居ながらこんなものを見られるなんて、便利な世の中になったものです。 とはいえ、文字を解読する気はありません。どうせ普通に [続きを読む]
  • ヤマトタケルの東国ルートとかかあ天下
  • 前回の豊鍬入姫命のブログの中で、「木の国造アラカハトベ」の名が出てきましたが、このトベというのはwikiによると4世紀以前の女性首長の名称に使われたと考えられるそうです。さらに姓氏のトベという項目を見てみたら、戸辺姓は利根川沿いに、戸部姓は群馬県に集中しているとか。 もしかして、群馬のかかあ天下って、女性首長だったことから来てるのでしょうか? ふと、ヤマトタケルの「吾妻はや」のセリフを思い出し [続きを読む]
  • 豊鍬入姫命
  • 引き続き、系図解析の一部です。 ヌナクラフトタマシキ、タチバナノトヨヒ、ハツセベノワカサザキについて考えていく中で、トヨスキイリヒメに辿りつきました。 古事記に次のような記述があります。 「建小廣國押楯命、坐 檜坰之廬入野宮、 治天下也。天皇、 娶 意祁天皇 之 御子 橘之中比賣命、 生御子、 石比賣命、次 小石比賣命、 次 倉之若江王。」 (檜前で天下を治めた建小廣國 [続きを読む]
  • 三尾君
  • 以前に推測系図をUPしたのですが、まだあまり納得がいかないので、古事記の記述を読み返しながら再検討中です。これが本当に難しくて、まだまだすっきりした系図は描けていません。 解釈の中で気付いたことなのですが、 「品太王五世孫 袁本杼命、 坐 伊波礼之玉穂宮、 治天下也。天皇、 娶 三尾君等祖 名 若比賣、 生御子、 大郎子、 次 出雲郎女」 という記述があります。 ホムダ五 [続きを読む]
  • 神紋
  • 古事記の解釈を進める中で、藤はタカクラジの血筋を表すのではないか、という推測をしました。もっと前にはタジマモリが持って行ったという橘は医術の神を表すのではないかという推測もありました。 その他の神にも、代表する植物があるのではないかと思い、考えてみました。 私が想定する日本の神々についてはこちらをご覧ください。http://ameblo.jp/zukkii88/entry-12207332342.html 男親(キ)   [続きを読む]
  • 古事記解読から考える日本
  • 古事記を解釈してきた結果、私には次のような日本の歴史が見えてきました。・日本には縄文時代から優れた知識があり、人々は平和に暮らしていた・卑弥呼の時代に、幼いながらに優れた武力を持つタケミカヅチ(蘇于嗣)と、仏教を携えたフトダマ、コヤネ(カワラ)らが魏からやってきた・タケミカヅチは若いころは粗暴な振る舞いもあったが、ミヤヅヒメと結婚すると、日本に落ち着き、平和に暮らすようになった・しかし、魏(の次の [続きを読む]
  • あをによし
  • あをによし 奈良にかかる枕詞です。なぜ、奈良にかかるかについては明確な説明はありません。 系図を作成している中で、あをによしの意味はこれではないかな?と思ったことがありました。 それは、花札です。 花札の役には、青丹、赤丹という、青と赤の短冊を3枚そろえるというものがあります。 赤丹の赤の短冊には、松と梅に「あかよろし」、桜に「みよしの」の文字が書かれています。(子どもの [続きを読む]
  • 3.天皇系図の解明⑩アメノヒボコ
  • 古事記の中に、アメノヒボコとイヅシヲトメの話があります。この解釈に、かなり悩みました。順番に書かれた二つの話の要点は次のようなものです。 新羅の国の国王の子、アメノヒボコは、牛を連れて田へ向かう男がもっていた赤玉をもらいうけ、成長後に妻とします。妻はヒボコによく仕えましたが、ヒボコは心が驕り高ぶり、妻を罵るようになります。すると、妻は「私はあなたの妻などになるような女ではありません」と祖国へと [続きを読む]
  • 3.天皇系図の解明⑨オホタタネコ
  • オホタタネコは、三輪山にオホモノヌシを祀るために連れてこられた人です。あちこち探して、ようやく美努村で発見されました。私は、このオホタタネコはヲホドではないかと考えました。 オホタタネコが鴨の祖ということは、彼は迦毛の大御神=アヂスキタカヒコネ=オホサザキの子孫ということでしょう。ヲホドもホムダワケの五世の孫ということで、ゴセ=オホサザキの子孫と考えられます。 オホタタネコの出自を明らかに [続きを読む]
  • 3.天皇系図の解明⑧オケとウマヤドノトヨトミミ
  • 以下は、こちらの自説の系図についての説明になります。 イヒトヨは、身を隠していたオケやヲケが見つかるまでのしばらくの間、天下を治めていたとされる女性です。 私は系図の中で、イヒトヨをオケの母としました。これは、イチノヘノオシハが好太王であるなら、彼が朝鮮に行っている間、日本を守っていたのはその妻ではないか、という推測からです。 イヒトヨは飯豊と書き、トヨミケカシキヤヒメの豊御食炊屋比売 [続きを読む]