myholycat さん プロフィール

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myholycatさん: しゃむの日記
ハンドル名myholycat さん
ブログタイトルしゃむの日記
ブログURLhttps://ameblo.jp/myholycats/
サイト紹介文み旨の道を中心にみ言を書いて行きます。
自由文み旨の道を中心にみ言を書いて行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供71回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2015/03/14 21:32

myholycat さんのブログ記事

  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.18)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.18)死なずに、くたびれずに、打たれても7代をかけておいてその後孫に祝福を与えなさい。先生は三十才を過ぎるまでお腹が空かなかった日はない。神に誓った基準がなされていないのにどうして安らかに食べて眠られようか。六千年歴史の結実体として示された責任は、歴史上に現われた全預言者、聖賢の苦労より、もっと苦労しなければ神の前に立ち得る自分の位置を失う。我々は楽をするために入ったので [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.17)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.17)古い歴史をもつのも重要であるが、瞬間を大切に過ごすのはなお貴重である。眠って食べるその一瞬間が歴史的な運命が決定されるその瞬間であることを忘れるな。一瞬間の失敗が一生かかって積み上げた功績をくいつぶしてしまうことがある。この世界とか人間は一度生まれて去ることが出来るが、御旨は一度去ってしまえば再び訪れないので、この御旨をなすために責任をもって常に誠をつくす生活をしな [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.16)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.16)習って、食べて、着て、地位につくのは私のこととして終わるのではなく、御旨の要求があるということを知らねばならない。私がその要求の内容を果たせなければそれが私を讒訴する日が来るだろう。死の場にまで自分をなげ出すことが出来るものでなければ、天の道を一代で越えることが出来ない。神は私の父でいらっしゃるので父のことは則ち私のことである。私が御旨の為に受ける悲しみと苦痛を、私 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.15)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.15)何故かというと御旨とは全体の御旨であるから全体が責任を負わなければならないからである。勝利の栄光はその戦闘の総司令官からはじまるのであるが、共に参加した全戦友にもその栄光は平等に分配される。六千年の歴史を蕩減しようとするからには全ての分野においてなくてはならない第一人者が必要である。故にいかなる分野においても、自分がなくてはならない責任分担をみつけなさい。そのような [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.14)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.14)先生の命令を受けて自分の位置を離れる者は落第だ。責任をもった者は可哀そうな人である。時間は休みなく過ぎ去っていくので、心は不安で常に追われる生活が責任者の生活である。先生がいると思うな。いなくてもいる時と同じ基準を保って、より発展することの出来る心をもって歩まねばならない。責任上から見る時、神の事はみ子が責任をもち、み子の事は聖霊が責任をもち、聖霊の事は聖徒たちが責 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.13)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.13)外的な環境に主管され、あちらこちらにさまよう人を、どうして大きな仕事を前にし、呼んで相談することが出来ようか。現実の悲哀を逃避すればすでにその立場から押し出されるのである。我々に与えられた使命が大きい程、その使命に比例し試練と闘争も大きいだろう。試練と闘争を恐れる者には使命を授けることができない。小さいことに気を使い過ぎれば大きい事は成せない。〜責任者〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.12)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.12)知識の師を要求するより、心情の師を要求しなさい。先生が皆さんに対するのは、仕事の成果の問題を通してではなく、その心情的動機がいかなるかを見て対する。自己中心的であるか、神様中心であるかが重要である。心情的基準が神様が立てたものと同じであれば、問題はすべて解決される。神様がいらして、私は彼により造られ、そして私は、神様と父子の因縁であるということを心と体で体恤するよう [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.11)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.11)愛の前に高低はない。常に神様の前に感動でのどがつまる時が多くならなければならない。愛の根は神様にある。父母の愛・夫婦の愛・子女の愛が完全に一つとなれば、その中央に神様が臨在なさる。願いの一致・事情の一致があってこそ、心情世界がはじまる。心情の源泉となれる資料を持ちなさい。〜心情〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.10)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.10)友人に与えると約束したものは必ず与えなさい。約束をやぶるとは、あなたの人格を下げ降ろす。神様は無形の神様、アダム・エバは実体の神様。人間が完成したとしたら、神様の血と肉と心情をもった人となったであろう。最後の一番大きいものを持つ前には所有観念を持つな。〜人格〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.09)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.09)大きい器を準備しなさい。小さい器には早く水を入れることか゛出来るが、それから溢れ出る水が少なくない。しかし、大きい器に水を入れるのは難しいが、だまって溢れる時には莫大な水となる。金の価値は、火の中に入れられても、その本質が変わらない所にある。人間の価値ももし苦労の道にぶつかって、そのご御旨が変質するとしたならば、人格者といえないだろう。今日まで歴史は御旨を立てて来な [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.08)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.08)責任をもって仕事をする時は、自分の力量が、はかられる瞬間であり、審判を受ける期間であると思いなさい。行動を成したら責任をもちなさい。責任を死と取り替えることのできる者であってこそ天国に行ける。責任を全て果たせなければ、死後、その後孫たちが墓を掘り返すであろう。神様の栄光の園にサタンの前に倒れた者をおいておけるか?勝利は戦わずにあり得ない。死ぬか生きるかという闘いの末 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.07)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.07)忠孝の公的道理は人も認める。その道へと行きなさい。語る言葉をもった人。成すべき事がある人。何かを残して死ね。国を愛することの出来ない者は決して神様を愛することが出来ない。十度屈服すれば十度勝つようになる。世界がすべて反対すれば世界の恵みをすべて奪って来るだろう。〜公的〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.06)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.06)歴史以来、人類は公的な使命を完遂出来なかったので、この人たちに代わって歴史的な公的使命者だという信念をもって戦いなさい。公的な私を認識してみなさい。公的なものは上下、前後、左右の中央に位置しているために責任ある立場だ。その位置が変われば全体が崩れる。良心が正しいというのは、天と地とを結ぶ直線上にいるという意味である。故に公的な存在は自分の思いによって動いてはいけない [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.05)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.05)考えない所にものごとは起こらない。活動を前進させようとすれば自分を特殊化させよう。そしてそのため眠ることも、娯楽も、愛も、見物も全て忘れて全力を尽くしてごらんなさい。大きい事を成す為には冒険が必要である。そうするためには先ず身体を鍛練させなさい。いくら貧しい食事をしたとしても、朝運動をしなさい。〜実践〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.04)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.04)良心を中心として準備し、実践しなければならない。我々の動きは良心が爆発して我々の側にならざるを得ない立場をつくっておこうとするのである。人よりも多く考え、多く準備し、多く動きなさい。そして自分が行ったり来たりした所はプラスになっても、絶対にマイナスになるようにしないという信念をもって進まねばならない。涙と血と汗が我々の武器である。イエス様は神の御旨と理念を残した。〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.03)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.03)良心を中心として準備し、実践しなければならない。我々の動きは良心が爆発して我々の側にならざるを得ない立場をつくっておこうとするのである。人よりも多く考え、多く準備し、多く動きなさい。そして自分が行ったり来たりした所はプラスになっても、絶対にマイナスになるようにしないという信念をもって進まねばならない。涙と血と汗が我々の武器である。イエス様は神の御旨と理念を残した。〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.02)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.02)正しいと思われたら、無条件に着手し、果敢に押し進めて行け。必ず神が共に働くことであろう。善なる事なら損害受ける覚悟でやってみなさい。絶対に滅びることはない。自分が計画することは何でも果たすことが出来る。しかし、三つ峠を越えることの出来る決死的な努力が必要なのである。〜実践〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.01)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.06.01)故に散った世界の再編成も一つの動機のもとに再び集まることによってはじまる。天は、神は、天宙的な大きな幸福を与えようとなさるのに、人間は目先の微々たる幸福のみを求めているので、与えようとしていた大きな恵みが却って大きな禍いとして我我に与えられた。地上に住んでいる数多くの人間たちは、この時間、自分も知らずに、よりよいものを探し求め彷徨しているのが事実である。地上に住んで [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.31)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.31)御言だけではいけない。汗を流す人が人を動かす。聖人は神を紹介して天の道を植えつけるために苦労する者である。人を嫌う人は指導者になりえない。環境に引っ張られて行くのではなく、私が環境を引っ張って行かなければならない。自分自身を一度振り返って見よ。私は後退しているのか。それとも前進しせいるのか。〜指導者〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.30)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.30)神は私一人の個体を立てる為に六千年間泣いて来られたが故に、御旨を探した我々食口たちは何の報酬もなしに六年以上七年の苦労をし、涙を流しながら奉仕しなければならない。先生が十六才の時から出発して四十年間を標準としながら死を覚悟して出発した道がこの道である。統一の理念の前に誰がステパノになれるか?楽な心を持たず栄光に会う前に苦難を探して担当しなさい1。そこに神様が働いて下さ [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.29)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.29)責任者になろうとすれば①立つべき立場を整えて環境を主管しなければならない。②御旨の目的に向かって行く立場において先頭に立たねばならない。③数においては負けても、全体を思うことにおいては勝たねばならない。④食べる前にも、眠る前にも彼らを思い祈ってあげなければならない。⑤彼らが私のためにいるのではなく、私が彼らのためにいると思わなければならない。⑥神が与えて下さったもの [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.28)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.28)木は大木になればなるほど根は地下に深く入っていく。根の浅い木は枯れるか、あるいは風が強い時、ひき抜かれてしまうだろう。指導者とは根のような者である。勝利的主導者となりなさい。勝利的主導者となる為には信仰の分野と愛の分野で勝利者であることが認められなければならない。指導者は天運に合わせて行かなければならない。天運を左右する主人公が神様である。〜指導者〜 [続きを読む]
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.27)
  • 「今日のみ旨の道」(2018.05.27)ヨセフがエジプトに訪ねて来た十一人の兄弟を許すことが出来たのは、自分がいない間、それでも父母を養った兄弟達であることを思えば、許さざるをえなかったのである。それと同じように、我々に反対して来た既成教団を祝福せざるを得ないのは、それでも統一教会が現われる以前に神様に侍って来た基準があるからである。身体の目、耳、鼻、口等は皆生まれる前にこの世にあるすべてのことを知って生 [続きを読む]
  • 今日の「み旨の道」(2018.05.26)
  • 今日の「み旨の道」(2018.05.26)忠誠する時代が過ぎれば最後に成敗を分ける祭物を捧げる時代が来る。今までの復帰歴史を担当していた聖賢たちは忠誠時代に失敗したのではなく、祭物時代に失敗したのである。真なる喜びと栄光は一番悲しみ、一番哀痛し、又一番苦しんでいた立場から芽生え出て来たというのが真理である。我々の民族は一番悲しみ、一番哀痛し、又一番苦しんできた民族である。〜従順〜 [続きを読む]
  • 今日の「み旨の道」(2018.05.25)
  • 今日の「み旨の道」(2018.05.25)教会は天国生活の訓練場である。教会に来たければ来なさい。そうでなければ食口に会いなさい。又は他人を伝道しなさい。そうしなければ心霊が沈んでしまう。教会に入ってくれば心が切なくなるのは、心の割礼を受けるからである。教会に訪ねて来た客を絶対に冷遇してはならない。〜教会〜 [続きを読む]