大阪東教会礼拝説教ブログ さん プロフィール

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大阪東教会礼拝説教ブログさん: 大阪東教会礼拝説教ブログ
ハンドル名大阪東教会礼拝説教ブログ さん
ブログタイトル大阪東教会礼拝説教ブログ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/higashi312
サイト紹介文〜日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています〜
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/03/17 12:55

大阪東教会礼拝説教ブログ さんのブログ記事

  • ヨハネによる福音書8章12〜20節
  • 2018年9月30日 大阪東教会主日礼拝 「世の光」 吉浦玲子<闇を照らす光> 主イエスは「わたしは世の光である」とおっしゃいました。ヨハネによる福音書1章ですでに「言(ことば)の内に命があった。命は人間を照らす光であった」と記されています。言、つまり主イエスの内にまことの命があり、そしてそれは人間を照らす光であると言われているのです。まさに光として主イエスは来られました。天体の太陽の光が地球上の生物の [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書8章1〜11節
  • 2018年9月23日 大阪東教会主日礼拝 「イエスのもとにとどまる」 吉浦玲子<主イエスへの罠> ときどき、新約聖書ではイエス様が愛を説いておられ、イエス様は寛容でやさしいからいいけど、旧約聖書の神様は人間を裁かれたりして怖いとおっしゃる人がいます。しかし、もちろん、旧約聖書と新約聖書で異なる神様のことが語られているわけではありません。旧約の神様は厳しくて怖くて、新約の神様は優しいということではないので [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書7章40節〜53節
  • 2018年9月16日 大阪東教会主日礼拝 「あなたもガリラヤ出身なのか」吉浦玲子<対立を生み出す主イエス> 今日の聖書個所の直前で、主イエスは豊かな招きの言葉、恵みの言葉を語られました。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」 だれでも来なさい、だれでもこの水を飲みなさい、日本と違ってど [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書7章32〜39節
  • 2018年9月9日 主日礼拝説教 「渇いた人へ」吉浦玲子<主イエスを見つけられない> いよいよユダヤ人の権力者は主イエスを殺そうと具体的に動き始めました。今日の聖書箇所ではイエスを捕らえるために下役たちを遣わしたとあります。しかし、それに対して主イエスは不思議なことをおっしゃいます。「あなたたちは、わたしを探しても、見つけることがない。」 探しているときに見つからなかったものが、探すのをあきらめたとき、 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書7章10〜31節
  • 2018年9月2日大阪東教会週日礼拝説教 「人間の無知」吉浦玲子<祭りで語られる主イエス> 主イエスは、今日の聖書個所の直前のところで、兄弟たちが仮庵祭の時、エルサレムに行きなさいと勧めたのに対し、「まだ自分の時は来ていない」とおっしゃり、「あなたたちだけで行きなさい」と答えられました。にもかかわらず、今日の聖書個所では、イエス様は仮庵祭におられます。人目を避けて仮庵祭に行かれたのです。あれ?イエス様、 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書7章1〜9節
  • 2018年8月26日大阪東教会主日礼拝説教 「主イエスの時」吉浦玲子<主イエスの時間軸> 昔読んだSFのショートショートに周りの人と異なった時間軸、といいますか、異なった時間の速度で生きる男の話がありました。どういう理由でかは忘れたのですが、同じ世界に住みながら、ある時から主人公の男には時間がとてつもなくゆっくりと進むようになりました。周囲の世界の様子は、男にとっては静止しているように見えます。一方、周囲 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書6章60〜71節
  • 2018年8月12日 大阪東教会主日礼拝説教 「永遠の命の言葉」吉浦玲子<去っていく人々> 今日の聖書個所では、主イエスから多くの人々が去っていく様子が描かれています。主イエスの宣教は、栄光に満ちた歩みで、奇跡から奇跡の輝くような物語が続き、多くの人々が主イエスのもとに集まり、主イエスをこぞって信じた、といったようには必ずしも聖書には記されていないのです。ヨハネによる福音書でも、たしかに宣教の初期やエル [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 6章34〜59節
  • 2018年8月5日 大阪東教会主日礼拝説教 「世を生かすための肉」吉浦玲子<ショッキングな言葉> 4つある福音書の中でヨハネによる福音書は一番遅くできました。ヨハネによる福音書ができた時代、キリスト教の迫害が始まっていました。ヨハネによる福音書はその迫害を背景として色濃く持っています。そもそもペンテコステののち、教会は発展していきました。しかし、そこには迫害もありました。キリスト教がまだユダヤ教の一 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 6章22〜33節
  • 2018年7月29日 大阪東教会主日礼拝説教 「神が与えられる食べ物」吉浦玲子<しるしをみない> 主イエスからふしぎなやり方でパンと魚をいただいた人々は、主イエスを追い、湖を渡りました。6章の14〜15節に「「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。」とありますように、人々は主イエスに王 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 6章1〜21節
  • 2018年7月22日 大阪東教会主日礼拝説教 「まず、パンを得よ」吉浦玲子<必要を御存知の神> 私が生まれ育ちました長崎県の佐世保市は港町です。明治の初めまでは特に産業もない貧しい小さな漁村だったのですが、その後、ある意味、不幸な歴史のなかで発展してきた町でした。不幸な歴史のなかで発展した、と言うのは戦争のたびに発展してきたということです。軍港として港が用いられたのです。太平洋戦争やその後の朝鮮戦争 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 5章31〜47節
  • 2018年7月15日 大阪東教会主日礼拝説教 「命を得るために来よ」吉浦玲子<愛という関係性> むかしの上司がこんな話をしてくれたことがあります。技術者で仕事人間だった上司は結婚しても、また、子供が生まれても、家のことや子供のことは奥様に任せっぱなしで、毎日、残業して終電で帰って来るような日々を過ごしていたそうです。日本ではよくあるタイプの男性のあり方です。もちろん赤ちゃんである娘の顔を見ればかわいい [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 5章19〜30節
  • 2018年7月8日 大阪東教会主日礼拝説教 「今やその時」吉浦玲子<権威とは?> 聖書は秩序を重んじます。天地創造において、神は混沌ではなく秩序を造られたからです。夜と昼を分け、海と陸地を分けられました。その秩序の中に、この世の社会の制度もあり、また権威も置かれています。この世界の制度も権威も、一見、神やキリスト教とは関係のないところで決定されているように感じるものでも、その背後には神の働きがあると [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 5章1〜18節
  • 2018年7月1日 大阪東教会主日礼拝説教 「起き上がり、歩きなさい」吉浦玲子<ほんとうの苦しみは何か> 主イエスは地上でのご生涯において、多くの病人を癒されました。そのことを思う時、主イエスはスーパードクターであったといえなくはありません。聖書に詳しく記述されている癒し以外にも、その生涯において多くの人々を癒され、そこにはそれぞれ個別の物語があったと思われます。しかしその癒しは、マンツーマンで行わ [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 4章43〜54節
  • 2018年6月24日大阪東教会主日礼拝説教 「偶然ではない」吉浦玲子<主イエスのしるし> ヨハネによる福音書では主イエスの行われた奇跡は「しるし」と書かれています。「しるし」というのは本来、何かの区別をつけるときにつけるものです。ある幼稚園では子供たちが、クラスごとに違う動物の形をした名札をつけています。クラスの違いを現わす「しるし」です。むかし、仕事でお付き合いのあったある製鉄会社は、役職によって帽子 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 4章27〜42節
  • 2018年6月17日大阪東教会主日礼拝 「信じる根拠」吉浦玲子<主イエスと出会った者> 主イエスは出会ってくださる神です。そして主イエスが出会ってくださったとき、そのとき、人間は、主イエスを伝えていく者とされます。まことに主イエスと出会った人は、出会ってくださった主イエスのことを語らざるを得なくなるのです。それは専門の牧師や伝道者になるということではなく、それぞれの場にあって、それぞれのあり方で出会って [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 4章1〜26節
  • 2018年6月10日 大阪東教会主日礼拝説教 「永遠に渇かない水」吉浦玲子<出会ってくださる主イエス> 私たちは、だれでも主イエスの恵みなしには、胸を張って神と向かい合うことはできません。聖書には、やくざまがいのあこぎさでローマへの税金を人々から徴収していた徴税人や、娼婦というような、世間のつまはじき者が出てまいります。姦淫の罪を犯した女が出てまいります。そしてまた今日の聖書箇所にはサマリアの女と [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 3章16〜36節
  • 2018年6月3日 大阪東教会主日礼拝説教 「天から与えられるもの」吉浦玲子<誰でも慰めが必要> どんなに強い人でも、いえ、むしろ強ければ強い程、ほんとうは慰めを必要としていると思います。本人はそう思っていなくても、本人は慰めや癒しなんて必要ないと感じていても、実際のところは必要なのです。精神的にタフであればある程、多くの痛みや困難に耐えて生きていきます。しかし、耐えているようであっても、やはり [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書3章1〜15節
  • 2018年5月27日 大阪東教会主日礼拝説教 「水と霊によって生まれる」吉浦玲子<招かれたニコデモ> 主イエスは人々を招いておられます。人々が、信じない者ではなく信じる者へとされるように、滅びではなく救いへ向かうように、闇ではなく光の中に生きるようにと招いておられます。その招きをうけた一人が今日の聖書箇所のニコデモです。もちろん、今日の聖書箇所ではニコデモが主イエスに招かれたという記載はありません [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書2章13〜25節
  • 2018年5月20日 大阪東教会主日礼拝説教(ペンテコステ礼拝) 「主イエスの怒り」吉浦玲子<悪い奴らはだれか?> 今日の聖書箇所は一般的に「宮清め」と言われる場面です。過ぎ越し祭のとき、多くの人々がエルサレムに巡礼にやってきました。エルサレムの人口は祭りの期間、普段の何倍にも膨れ上がります。そしてそのエルサレムに来た人々は、エルサレム神殿を巡礼しました。その神殿の境内では、神殿に巡礼に来た人々がささげ物とし [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書2章1〜12節
  • 2018年5月13日 大阪東教会主日礼拝説教 「水がぶどう酒に変わる」 吉浦玲子<喜びの場におられる神> カナで婚礼がありました。にぎやかな婚礼の場面です。若い夫婦の喜ばしい生活のスタートの場面です。カナがどこにあったかは実はいくつかの説があるようです。しかし、おそらくガリラヤ地方のどこかのそう大きくはない町であったでしょう。田舎の素朴な喜びに満ちた祝いの宴です。豪華なものではなかったでしょうが、そこに [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書1章35〜51節
  • 2018年5月6日 大阪東教会主日礼拝説教 「救い主と出合う」吉浦玲子 <キリストとの出会い> ある女性が洗礼をお受けになってキリスト者となられた、その方が最初に教会に行かれたそのきっかけのお話を聞いたときとても驚きました。その方は、当時、小学生だった娘さんと休みの日に二人で買い物に行って、とても荷物が重くなってしまいました。帰り道、とても疲れてしまったそうです。ふうふう言いながら歩いていたら、娘さんが [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書1章19〜34節
  • 2018年4月29日 大阪東教会主日礼拝説教 ヨハネによる福音書1章19〜34節 「神の小羊」吉浦玲子<声であるヨハネ> 洗礼者ヨハネは救い主イエス・キリストの証言者、証し人として活動しました。多くの人々が彼のもとにきました。そしてヨハネから悔い改めの洗礼を受けました。今日の聖書箇所に書かれております<水の洗礼>が悔い改めの洗礼でした。 やがて救い主が来られる、そしてそれは同時に神の裁きの時が来るということで [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書 1章14〜18節
  • 2018年4月22日 大阪東教会主日礼拝説教 「神を指し示す」吉浦玲子<宿られた神> 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」 言、すなわちイエス・キリストは、肉体をもって、この現実の世界に、生活をなさいました。宿られた、という言葉は、ホテルみたいなところで短期間宿泊して滞在する旅行者であったということではありません。<私たちの間>に、つまり私たちと共に生活をされたということです。天地創造の昔 [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書1章6〜13節
  • 2018年4月15日 主日礼拝説教「神の子となる資格」吉浦玲子<呼びかける声> 「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。」 ヨハネによる福音書に最初に出てくる人名は、イエスでもなく、マリアでもなく、ヨハネです。ちなみにこの福音書は「ヨハネによる福音書」ですが、この福音書に冠されている名前のヨハネとこの6節に出てくるヨハネは関係ありません。「ヨハネの福音書」という時の<ヨハネ>は主イ [続きを読む]
  • ヨハネによる福音書1章1〜5節
  • 2018年4月8日大阪東教会主日礼拝説教 「光あれ」吉浦玲子<言とは> 私たちの世界に、そしてわたしたちの人生に、光がたしかに来ました、ヨハネによる福音書はそう伝えます。すでに光は来たのです。この地上の物理的な光に太陽という源があるように、私たちの世界に、そして私たちの人生に来た光にも源があります。その光はイエス・キリストという源です。その光の源なる神、神であるキリストをヨハネによる福音書は語って [続きを読む]