wtabi さん プロフィール

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wtabiさん: こんなところに行ってきた
ハンドル名wtabi さん
ブログタイトルこんなところに行ってきた
ブログURLhttp://wtabi.blog.fc2.com/
サイト紹介文アジアを中心に旅しています。旅先での出来事、食べたものなど何でも書いていきます
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供179回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2015/04/04 18:27

wtabi さんのブログ記事

  • 西太后の好物「狗不理」
  • この日は北京の最終日です。気になった店があるので、そこに行くことにしました。劉備の故郷を訪ねるツアーの際に、「狗不理」という店の食べ物は西太后の好物だという話を聞きました。「狗不理」は本店は天津にあるそうなのですが、北京では「前門店」と「王府井店」があるようです。これは「前門店」です高級そうな店構えですそしてこれが「前門店」の入口ですこの「狗不理」の包子(パオズ)は役人(一説には袁世凱)が西太后に [続きを読む]
  • 香満楼で北京ダック
  • 夜は前回北京に来た時にも訪れた「香満楼」で北京ダックを食べました。今回は2日前に全聚徳「和平門店」でも北京ダックを食べていますから、その記憶が新しいうちに食べ比べもできます。一旦ホテルに戻り、タクシーで「香満楼」に向かいます。さすがにホテルからだと何とかタクシーは捕まりました。タクシーのドライバーには、あらかじめ用意していた店名と住所を簡体字で大きく書いたメモを見せます。しかし、前回、「香満楼」に [続きを読む]
  • 胡同散策
  • 什刹海からさらに東にある胡同を散策することにしました。「胡同」とは細かい路地のようなものを言います。なかなか良い感じの街並みです。この先は「南鑼鼓巷」当時、雑貨屋やカフェなどが続々とオープンしていたようです古い街並みを実際に人も住んでいるようでしたここも人気のプリン屋のようですさすがにこの行列と2軒はしごしたのでここは断念この辺りの通りはとても賑わっていました様々な外国の国名が並んでいます。徳国は [続きを読む]
  • 什刹海で冷たいもの食べる
  • タクシーが捕まらなかったので故宮を出てかなり歩きました。4、50分かかったでしょうか。中国は大陸なので、何車線もあるだだっ広い道が多く、その様な場所には横断歩道などありません。従って、地図を見たままの最短距離を歩けるとは限りません。歩くと物凄く遠く感じるのもそれが原因かもしれません。やっと「什刹海」あたりに到着しました。暑い中、歩いてとても疲れたので休憩するところを探します。「三佰瑞」?酸奶店という [続きを読む]
  • タクシーが捕まらず歩く
  • 紫禁城の北門を出て、さらに北にある「什刹海」を目指しました。この「什刹海」は前回北京に来た時にツアーで連れて行ってもらったところで、昔ながらの街並みにカフェや雑貨屋などがある場所です。前回の散策では、さっと通り過ぎただけだったので、今回はゆっくりお店などにも入ってみたいものです。この時点で、すでに結構な距離を歩いていましたので、「什刹海」までタクシーで移動することにしました。この紫禁城の北門あたり [続きを読む]
  • 北京で見た乗り物
  • 話しは変わりますが、この日、北京で見た乗り物が変わっていましたのでご紹介したいと思います。まずは「バス」です一見、普通のバスのように見えますが、近づくと2階建てで布団が散乱しています。寝台バスでしょうか。次はバイク(スクーター)のボディとステップの絵です。小鳥 ひよこ と書いてあります。笑小鳥=ひよこ と思っているのでしょうかね。次は荷台が前後にある自転車。これは以前から普及しているモノのような気 [続きを読む]
  • 晴れた日の紫禁城
  • さて、前回の北京旅行の際にも天安門広場から紫禁城というコースで見学したのですが、雨が降っていたためと時間が限られていたためゆっくり見ることが出来ませんでした。この日も天安門広場から紫禁城(故宮)に向かいます。前回の4年前の2007年の雨の日の絵がこちら雨と晴れの違いなのか、中国た豊かになり国内旅行する人が増えたためにこの違いが出たのかどうかは解りません。紫禁城は中国国内で一番人気がある観光地で、年間で1 [続きを読む]
  • 天安門広場で中国人にカメラを突きつけられる
  • 天安門広場は中国人にとっての憧れの場所ではないでしょうか。私の勝手な想像では、中国のおのぼりさんがやって来て写真を撮るポイントの一つではないかと思います。前回ご紹介した撮影部なるものもありましたし記念撮影をする人がたくさんいました。私達も天安門や人民英雄紀念碑などを撮影していました。ひとしきり撮り終わった頃、1人の中国人のおばさんが私の方へ近寄ってきたかと思うと、持っていたカメラを私の目の前に突き [続きを読む]
  • 晴れた日の天安門広場
  • 前回北京に来たときには、市内ツアーで真っ先に「天安門広場」に連れて来られ見学をしました。当日はあいにくの雨で、観光客もまばらだった記憶があります。しかし、雨だったから観光客がまばらだったのか、普段からそれ程人がいないのかはわかりません。この日は、晴れた日の天安門広場へ行くことにしました。ホテルが北京駅の前ですから、地下鉄2号線の「北京駅」から「前門駅」まで2駅乗って、そこから北へ歩く予定です。「前門 [続きを読む]
  • 沸騰魚郷
  • この日の夕食はガイドブックに出ていた四川料理の「沸騰魚郷」に行きました。先程マッサージを受けた「良子」から5分も歩かないところにあります。店内も綺麗なレストランです。入ったのが遅く、閉店前だったようでお客は疎らでした。メニューも立派です。注文したのは、私が「四川料理」と聞いて思い浮かべるベタなもの坦々麺6元(約100円)麻婆豆腐回鍋肉22元(約350円)日本ではキャベツですが、ニンニクの葉を炒めてあり味が強 [続きを読む]
  • マッサージ 良子
  • 劉備の故郷を訪ねるツアーから帰ってきました。お腹はそれ程減っていないので、マッサージ→食事に行くことにしました。その両方が可能な場所をガイドブックで探し出かけました。「良子」ですここはガイドブックにも出ている店だったと思います。これは背中、首、頭用のマッサージ台でしょうか。フットマッサージをお願いしました。よくあるフットマッサージの椅子です。椅子の前には薬草が入れられたお湯の桶があります。着替えも [続きを読む]
  • 三国志の武将で誰が一番強い?
  • 劉備の故郷から帰る際は、目的を達したためただ北京のホテルに帰るだけのドライブでした。そこでドライバーである旅行社の社長と三国志の様々な話題に花が咲きます。三国志に登場する武将で一番強いのは誰?等の話題です。社長さんは、お客を退屈させないように話題を振ってくれているのでしょう。これはあっさりと虎牢関の戦いでの「三英戦呂布」から、呂布ではないかという結論に達しました。しかし、社長は日本での生活の経験が [続きを読む]
  • 盧溝橋
  • 三国志の旅を終了し最後は「盧溝橋」に行きます。盧溝橋は1192年に建造されたものだそうです。「盧溝橋」は日本人には歴史で教わるイメージだと思います。しかし、ヨーロッパでは「マルコポーロの橋」と言われているそうです。マルコポーロの「東方見聞録」でこの橋を「世界でも並ぶものがない程すばらしい」という記述からこのように呼ばれているようです。これは盧溝橋の横にある「宛平城」「宛平城」は今から400年ほど前に築城 [続きを読む]
  • 張飛廟
  • 劉備故里の次は「張飛廟」に向かいます。劉備故里から車で20分ほどかかったでしょうか、建物の入口には「桃園三結義故里」とあります。右側の金看板には「桃園三結義」左には「張桓候古井」と書かれています。中には「結義紀念碑」として桃のモニュメントがありますさらには三結義の像がここにも誰かが桃をお供えしていましたん?ここは「張飛廟」なのか?といぶかしく思っていると「張飛古井」がありましたここは張飛が肉を冷やす [続きを読む]
  • 劉備故里
  • 次は劉備の生まれ育った場所、「劉備故里」を訪れます。河北省涿州市大樹楼桑村にある石碑を目指します。幼稚園と学校が見えてきました。向こうに見えるのがその石碑のようです。近づくと一人の若者がその石碑に座って休憩していました。しかし、私が写真を撮っているのに気づいたのか、ハッとした顔をして、どこかに歩いていきました。単に仕事に戻っただけかもしれないのですが、悪いことをした気になりました。ここが、楼桑村の [続きを読む]
  • 中国での蜀漢武将の表記
  • さて、三義宮から次は劉備の故郷に向かいます。この三義宮には80以上もの蜀の武将たちの像があり、それぞれ、にこれは誰だという表記があるのですが、これは勿論日本の漢字ではなく、中国の簡体字という漢字で書いてあり難解なものもあります。簡体字に慣れている人だと問題は無いのでしょうが、単なる旅行者には難しいものも存在します。その一部のご紹介です。「劉備、字は玄徳」これはとても分かりづらいです。玄徳があるから分 [続きを読む]
  • 三義宮④
  • 三義殿からさらに奥に進みます。三義殿の奥には中央に「退宮殿」右に「五候殿」左に「少三義殿」があります。まずは中央の「退宮殿」ですが、地図には「退宮殿」とあるのですが、建物にはご「后殿」とありました。ここでは張飛は先程のChangfeiではなくZhang Feiとなっていました。まー似てますけどね。正面には上の書き方にならうと「劉、関、張」の像があります。右が関羽、左が張飛です。「劉、関、張」向かって左側には劉備の [続きを読む]
  • 三義宮③
  • 右手に関羽殿、左手に張飛殿を見ながら進むと正面にはいよいよ「三義殿」があります。この塔のような香炉のようなものの先には、お線香をあげるところがさらに進むと何やら像が見えてきました。「劉備」でしょうか三義殿の紹介ですここでは中に祀られているのは劉備、関羽、張飛の義兄弟とともに諸葛亮、龐統、趙雲などの文臣や武将がいるという紹介です。なお劉備はLiu Bei 、関羽はGuan Yu 、張飛はChangfeiとあります。なぜ張 [続きを読む]
  • 三義宮②
  • 三義宮の山門からの道を奥に真っ直ぐ進みます。まず最初に「馬神殿」なるものがあります。中には「的蘆(てきろ)」と「赤兎馬(せきとば)」が祭られているようです。これを見ると「赤兎馬(せきとば)」ではなく「赤兎」という言い方が正しいようですね。こちらが色からして「赤兎」1日に千里を駆けると紹介されています。こちらが「的蘆」だと思われます。しかし額に白い模様があったかどうかは未確認?檀渓で劉備を救ったとの [続きを読む]
  • 三義宮
  • 次は「三義宮」に行きます。道すがら、「三国志」に出てくる地名などを見つけては写真を撮ります。学校の名前も「三義宮」は「三義広場」からそれ程離れていないところにありました。この「三義宮」は最初、隋の時代に建てられたそうです。隋は600年頃の国ですから、かなり前に作られた感がしますが、三国時代が200年頃ですから、400年の時を経て作られたことになります。しかし、現在残っているのは当時建てられたものではなく、2 [続きを読む]
  • 三義広場
  • 次は三義広場へと向かいます。この「三義広場」と書いてある後ろに「劉備、関羽、張飛」の像がさらに寄ると裏に回ると劉関張の像とあります2001年にできたとのこと。比較的新しくできたものだということがわかります。桃園というところにあります [続きを読む]
  • 中国の一般家庭での昼食
  • さて、次はいよいよ食事の時間です。今回は「一般家庭での昼食」というオプションをお願いしていましたので、その「一般家庭」に向かうようです。詳しい住所などはわかりませんが、鼓楼大街から車で向かいます。この辺りはどこも煉瓦作りで塀がありました。資材などが置いてありますが、建築ラッシュなのでしょうか。30-40分ほど走ったころでしょうか、車が1軒の家に入りました。その家に到着し、歓迎されながらソファーに座りお茶 [続きを読む]
  • 鼓楼大街
  • 次は、劉備と張飛、関羽が出会ったと言われる街「鼓楼大街」に行きますとのこと。「鼓楼大街」市場の近くなのでしょうか、とても賑やかです。1800年も前の話ですから、場所も多少は違っているかもしれませんがこの辺りであることには間違いないでしょう。特に3人にちなんだものも無いのですが、しばし辺りを眺める時間をもらい感慨に浸ったあとこの場所を離れました。 [続きを読む]
  • 盧植先生のお墓
  • 次は盧植のお墓を訪ねるとのことです。盧植とは「三国志」の初期に出てくる登場人物で、劉備の住む村に身を寄せていた頃、まだ子供であった劉備に学問や兵法を教えた人物です。盧植は文武両道の人であり、当時の反乱軍である黄巾軍の討伐にも功績を挙げています。劉備が関羽や張飛とともに、黄巾軍討伐の義勇軍として参加した際に、盧植と再会をしています。吉川英治の「三国志」では第1巻のみの登場となります。さて、その盧植の [続きを読む]
  • 中央電視台
  • 最初に訪れたのが「中央電視台涿州影視城」です。中国中央電視台というテレビ局のドラマなどの撮影所ということでしょうか。以前に広州近郊の中央電視台の「南海影視城」を訪れたことがありますが、ここは中央電視台の「涿州影視城」ということのようです。この「涿州影視城」では「三国演義」などの撮影も行われたそうです。以前広州の影視城を訪れた時は、地元の英雄「洪秀全」の撮影をしたとのことでしたし、今回は劉備の生まれ [続きを読む]