じんさく さん プロフィール

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じんさくさん: 鉄道写真、こぴっと撮ってます!
ハンドル名じんさく さん
ブログタイトル鉄道写真、こぴっと撮ってます!
ブログURLhttp://gazosousakunin.blogspot.jp/
サイト紹介文画像創作人として撮影した鉄道写真を撮影地・撮影ポイントのエピソードを交えながら紹介しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2015/03/29 08:43

じんさく さんのブログ記事

  • JR東海「リゾートライナー」。
  •  ジョイフルトレイン「リゾートライナー」はJR東海発足後の1988年に80系気動車を種車として誕生。個室を備えたハイデッカー仕様はJR北海道「フラノスエクスプレス」とも異なる「大人っぽさ」をコンセプトとしたアコモデーションを備えていた。その一方で台車、走行機器は種車から流用、1989年以降キハ85系に導入されたカミンズ社エンジンに換装されることなく、エンジンはオリジナルのDMH17H型のまま1995年に廃車となった。  [続きを読む]
  • 一進か一退か?
  •  2016年の熊本地震と豪雨の影響で肥後大津〜阿蘇 間で不通が続くJR豊肥本線、復旧工事は粛々と進められているが、被害の大きい箇所は残されている等進捗は芳しくないという。気になるのはコスト面で、現状は黒字会社であるJR九州(一部上場)の全額負担。だが7月に成立した改正鉄道軌道整備法によって工事の進捗が変わるかもしれない。 2011年水害で3橋が流失したJR東日本只見線 会津川口〜只見間の復旧に際しては、上下分離方 [続きを読む]
  • お出迎え
  •  旅人にとって迎えてくれる人はいつの時代でも嬉しいもの。到着した列車には東京からの山形新幹線の乗り継ぎ客を受けている。視線の先に映っているのは誰だろうか。その時電話が鳴った。「着いたかい?、もう皆集まってるよ!」と。旅人を待っていてくれたのは気のおけない諸先輩方だった。孫を待つ。(カメラ RICOH GRデジタルⅡ) 【スポンサーリンク】 [続きを読む]
  • もうひとつの「185系」
  •  国鉄特急車両で電車と気動車で形式が重なったのは、181、183、185系の3形式。現在数を減らしつつも共に健在なのは185系で電車はJR東日本、気動車はJR四国、九州に在籍している。ユニークなのは両車とも在来車とは異なったコンセプトで製造されたことで、185系電車では特急と通勤通学輸送に対応させるマルチユース、キハ185系では短編成対応の国鉄特急気動車初のステンレス車であること、同時期に製造された北海道向けキハ18 [続きを読む]
  • 一番降りは誰?
  •  今回の作品は列車から降りてくる乗客をテーマにラッチ(改札口)がない駅で狙ったもの。ローカル線で難物なのが乗客を絡めた写真で、あらかじめイメージしても実際は上手くいかないことの方が多い。近隣の学校も夏休みになる8月の日曜日なら尚更で、地元の方ならOKだが乗り鉄のような「マニア」系の可能性も大いにある中、列車の到着を待つ。さてどのような乗客が降りてくるのだろうか期待と不安が交錯する中、ドアが開き最初 [続きを読む]
  • 明日を待つ駅。
  •  今回の作品は秋田県湯沢市の玄関口でもあるJR湯沢駅の2018年と2012年を比べたもの。一目瞭然なのは駅舎の違いで2015年に完成した橋上駅舎、東西自由通路は一見、新幹線の駅を彷彿させるが、正面には旧駅舎の三角状の屋根がアレンジされているなど懐かしさを感じさせるデザインになっている。 昨年は「四季島」、今年は「カシオペア紀行」の周遊コースに組み込まれた湯沢駅、かつては特急・急行・寝台列車等が停車した奥羽本線 [続きを読む]
  • 最上川橋梁に残るパウネルの橋。
  •  山形鉄道 最上川橋梁は、大正12年に東海道本線 木曽川橋梁から移設されたもの。木曽川橋梁として架設されたのは明治20年で、イギリス人技術者Charles Assheton Whately Pownallによって設計されたダブルワーレントラス橋はイギリス製。転用に際しては、径間短縮の上3連が長井線(山形鉄道)に5連が左沢線へに移設されている。 ところで「Pownall」という名に「おや?」と気づいた人は中々の通。彼はアプト時代の碓氷線のレンガ [続きを読む]
  • 各駅停車の旅は「行」
  • 夏休みシーズンになって帰省等で列車移動の機会が増えると想定外のハプニングに出会うことがある。今回のスナップは今月4日の宇都宮と黒磯だが、前者では15両の快速から4両の黒磯行き普通列車への乗り継ぎのため小走りで移動する模様、後者では乗換えホームに移動するため狭い階段に殺到する乗客を撮っている。更にオチとして、乗換えのホームに待っていた列車はワンマン運転の2両編成。車内は都市部ラッシュを凌ぐ混雑となり身 [続きを読む]
  • 新幹線に残る列車電話
  •  列車電話の始祖は昭和32年の近鉄特急。それに続き昭和33年には国鉄のビジネス特急「こだま」、同39年の東海道新幹線へと繫がったが、交換手を経由しての特殊なサービスの域に留まっていた。急速に普及が進んだのは1980年代後半からで自動車電話システムを応用、テレホンカード専用電話機の小型化という技術進化によるところが大きかった。その後、携帯電話を中心とした移動体端末の普及、第二世代自動車電話方式であるMOVA方式の [続きを読む]
  • 守護林
  •  初めて訪れる路線では「乗車」してのロケハンは欠かせないルーティン。地域の特徴を見つけやすいからだ。ここ山形鉄道 羽前成田駅で目に留まったのは木造の駅舎と鉄道林。下車して少し離れた場所からみてみると「鉄道林ここにあり」といわんばかりの存在感があった。 地元の人に話を聞くとこのエリアは風が強いこともあって鉄道林の効果は大きいそうだ。ここは、鉄道林が守護する駅。それをイメージしたのが今回の作品。立派な [続きを読む]
  • ミニ「カニ族」
  •  昔はリュック、今は手引きカート。自分の荷物の運び方に違いはあるが、帰省先で何をしようかというワクワク感は今も昔も変わらない。変わったのは移動中の光景。スマホやタブレット端末等が無い頃、関心は車窓に流れる景色に向けられていたが、今は景色より手元に目線が向けられていることが増えている。旅の移動も日常生活の延長だということへの是非を問うことはしないが、それから何が「思い出」として残るだろうか。そちらの [続きを読む]
  • 夏の煙は・・・。
  • 煙モクモクの蒸気機関車は絵になるが、季節によって印象は変わる。簡単にいえば寒い季節の煙は勇ましいが、暑い季節ではフニャフニャなのだ。今回の作品も2007年7月に撮影しているが、梅雨明け前の暑い時期だったこともあって力行区間でありながら頼りない煙になっている。こういうとき撮る側が望むのは「雨」。悪天候ならではの光景に期待したくなるものだ。だが今の季節は無いものねだりをするより、これも良しとする寛容な気持 [続きを読む]
  • 飯田線を走ったEF58
  •  今回の作品は1987年から2006年までJR飯田線 豊橋〜中部天竜間で運行された臨時列車「トロッコファミリー号」。運行当初はディーゼル機関車が牽引したが1989年からはJR東海に継承された2両のEF58形が1992年に動態復元されたED18形と共にその任にあたっていた。景観のいい宇連川(うれがわ)沿いの区間では低速運転がなされるなど自然を体感することができたトロッコファミリー号。JR他社に先駆けて国鉄形車両淘汰を推進したJR東海 [続きを読む]
  • 無いものねだり
  •  「鉄道博物館」「リニア・鉄道館」「京都鉄道博物館」に展示、保存されている車両の中で、三館全てに展示されているのがEF58形電気機関車、0系新幹線ということはよく知られているが、二館になるとC62形蒸気機関車、EF66形電気機関車、100系新幹線、485、489系電車と案外多い。その中で京都鉄道博物館には3両のC62形蒸気機関車が保存されている。梅小路蒸気機関車館と交通科学館が統合されたからという理由ではあるが、原形2両と [続きを読む]
  • 夕涼み
  •  今年の7月を振り返ってみると「暑かった」印象しかない。気がつくとフィールドでほとんど撮影していないことにも気がついた。夏となれば「涼しいうちに・・・」という言葉に急かされ午前か夕方に用事を済ませたものだが、朝から真夏日となる今年の関東エリアではこの言葉は影が薄くなっている。 今回の作品はJR小海線。気だるい日中の暑さから高原の爽やかな空気に入れ替わる頃に撮っている。八ヶ岳からの心地よい風が取り込め [続きを読む]
  • 青い海に映える色。
  •  振り返ってみると廃止される鉄道を追いかけたことは数例しかない。ここ島原鉄道南目線も九州在住の知人のご好意で数回訪れているが、惜別の思いよりも初めて訪れた路線へのワクワク感の方が勝っていた。有明海、雲仙普賢岳など魅力あるロケーションの中、列車をどう表現するかに熱中していたように思う。 今回の作品では有明海に映える列車の色がポイントだった。一際映えていたのは主力の黄色い気動車キハ2500形。この雄大な光 [続きを読む]
  • 憧れの「アップダウン区間」。
  • 今も昔も北海道は内地の人間からは憧れの存在。雄大な北の台地を行く列車は絵になる中で、特に気になった風景は「アップダウン区間」。アップダウン区間で有名だった国鉄標津線 光進〜泉川 間の写真を初めて見た時の驚きは今でも覚えている。廃止前に標津線を訪れることができなかったことは痛恨の極みだったが、後にJR富良野線を訪れたときに美馬牛〜美瑛 間にもアップダウン区間があることがわかったときは大いにときめいたも [続きを読む]
  • ムーミンで熱かった夏
  •  昭和61年7月の上越線はEF55で熱かった。理由は長らく高崎第二機関区に留置されていた教習用EF551号機が動態復元、車籍復活ののち最初のイベント運転がなされたことによるもので、同時期に整備された旧型客車と共に高崎〜水上間を快走する姿に多くのファンが魅了された。 高崎第二機関区は国鉄末期「電気機関車館」の候補地だったこともあり、各地から多くの電気機関車が集められていた中での目玉だったのが動態になったEF55。残 [続きを読む]
  • 1999年8月 東上したスワローエンゼル。
  •  蒸機ファンにとって「C622」という機関車は特別な存在。デフレクターのツバメマークは特急「つばめ」牽引機の証し。そして晩年の急行「ニセコ」の重連運用では多くのファンを魅了した「SLブーム」最大のスターだった。昭和47年以降は、鉄道100周年を記念して開設された梅小路蒸気機関車館で動態保存されたが、JR後、過去2度東上したことがある。一度目は1994年大宮工場の公開イベント「新旧つばめの出会うとき」、そして二度 [続きを読む]
  • 絵本で見た光景
  •  昔見た幼児向けの絵本でインパクトが強かった絵がOsaka Metro御堂筋線 梅田〜心斎橋 間のドーム状の天井と独特なシャンデリア風の蛍光灯照明。関東の地下鉄では見る事ができない「これぞ地下鉄」と云うべき仕様は、昭和8年の開業時の施工だいう。この光景に似合うのはオールドタイプの10系。メカはVVVF方式に更新されているが外観は昭和51年当時の姿を留めている。古くとも先進的な新しさがある御堂筋線、後世に残しておき [続きを読む]
  • 粋な誘い
  •  ’90年代初頭、新得から富良野へ列車旅をした。今回の作品はその途中駅でのスナップ。暫し停車することに付け加えて「駅のラベンダーが見頃を迎えている」という粋な車内放送に誘われてホームの花壇から狙ったものだ。乗務員の機転を利かせた心使いで、億劫な待ち時間がアトラクションになる。ラベンダー摘み体験は他の「旅のおみやげ」より記憶に残るだろう。フローラルな香りに魅かれる。(カメラ CANON T90、フィルム フジ [続きを読む]
  • 架橋記念碑
  •  JR中央東線の撮影地として知られている鳥沢〜猿橋間の新桂川橋梁は、「よん・さん・とう」として鉄道史に残る昭和43年10月ダイヤ改正での使用開始をめざして建設されている。その橋梁の東京方橋詰には「新桂川橋梁 架橋記念碑」が建っていることは意外な発見だった。このような記念碑、隋道(トンネル)では見られることもあるが橋では珍しい。ロケハンでは小さな変化にも目を向けておきたい。後に調査するきっかけになるから [続きを読む]
  • 一人だけの餞別
  •  鉄道は自然の一部、そして決まった時間に電車が往来する光景は生活の一部と言っても過言ではないだろう。その光景から馴染みとなっていた「色彩」が消える。その最期の姿を自分なりにどう表現してみようか思案してみる。このときの答えは「いつもの見慣れた光景から見送る」だった。 今回の作品は北総線が新京成との相互直通運転を廃止した1992年7月の記録。これ以降この並木から青い?電車を見ることはなくなった。スローシャ [続きを読む]
  • 海水浴急行「あじがうら」
  •  国鉄時代、海水浴シーズンの7月下旬から8月上旬かけて運転された臨時急行「あじがうら」。上野発、茨城交通(現 ひたちなか海浜鉄道)阿字ヶ浦駅行の海水浴列車として常磐線内は急行、茨城交通は普通列車として運行されていた。阿字ヶ浦駅のホームが長いのは「あじがうら」乗り入れの名残で、海水浴臨としての上野発「あじがうら」の運行が昭和60年を最後に中断されて以降はそのスペースを持て余している。 久しく途切れている [続きを読む]
  • 清涼
  • 「清涼」には「せいりょう」と「しょうりょう」の二つの読み方がある。前者が「さわやかで涼しい」「清々しい」といった意味合いに対して、後者では浄土や悟りなど「絶対の境地」を形容するようだ。今回の作品では暑中での「せいりょう」感を意図してみたが、さて「命に関わる猛暑」が続く今年、「清涼」が指し示すところはどちらの方だろう。 とりあえず不要不急の外出は避けるという程度の「悟り」は啓けたが、そろそろ夕涼みも [続きを読む]