フェラーリのブログ書いてみました さん プロフィール

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フェラーリのブログ書いてみましたさん: フェラーリのブログ
ハンドル名フェラーリのブログ書いてみました さん
ブログタイトルフェラーリのブログ
ブログURLhttp://automotive-blog.hatenablog.com/
サイト紹介文フェラーリ購入ともろもろの出来事 フェラーリF12 フェラーリディーラー フェラーリ保険
自由文フェラーリを買おうと思い立ち、ディーラーに行き、試乗し、注文して、車庫を探し、保険の契約をし、納車され、乗りはじめましたが、その間に色々な事がありました。その色々起きた事、感じたこと、考えたことを書きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2015/03/30 19:11

フェラーリのブログ書いてみました さんのブログ記事

  • 「デザインで記憶に残っているクルマ その3」
  • 二回にわたってデザインで記憶に残っているクルマのことを書いてきた。今回は日本車ではなく海外の車について書く。前回まで話しはわたしがある程度車に詳しくなってからのことで、いわゆる自動車デザインとして評価できる車種を書いた。今回はそういう視点ではなく、より子供の頃の記憶に刻まれたカッコいいクルマについて書いてみる。デザイン的な視点はなくて、小学生の子供が本で見た印象が全てだった。当時はスーパーカーブー [続きを読む]
  • 「デザインで記憶に残っているクルマ その2」
  • 前回のつづき。1990年型4代目カムリ、4代目コルサ(ターセル)これも上のコロナと同時代のトヨタデザインでバブル景気の中にあたる。10代目コロナに比べるとオーソドックスな3ボックスデザインだったが、綺麗な曲面でまとめられていた。特にリアコンビネーションランプ周りとプレスドア(特に後部ドア)が綺麗だと思う。それまでのカムリは発売されるたびにイメージが変わっていたように記憶している。コロナのラグジュアリー版と [続きを読む]
  • 「デザインで記憶に残っているクルマ」
  • デザインの良さで記憶に残っているクルマのことを書こうと思う。ただすでに評価の高いクルマのことを書いても今更だと思うので、そうした評価がされていない、ただわたし個人でデザインが優れていると記憶している車種について書こうと思う。では…。1986年型2代目ソアラ初代ソアラはオーソドックスな2ドアセダンだった。発売された時、弱々しさのないガッチリ角ばったデザインだと思った。かの徳大寺有恒御大がソアラのデザインを [続きを読む]
  • 「クルマの広告の記憶 その2」
  • 前回のつづき。クルマの広告について。まずは前回、触れたコロナクーペ。マツダの広告の近くに掲載されたトヨタコロナクーペの広告の写真が変なのだ。えらくフロントノーズが長く見える。フロントオーバーハングが異様に長い。当時はあまり気づかなかったがこのディフォルメは強烈である。考えてみれば昔の日本車のデザインは欧米車の縮小コピーばかり、当時は気づかなかったが今、見ると恥ずかしいくらいパクリなのだ。昨今メデ [続きを読む]
  • 「クルマの広告の記憶」
  • 今回はクルマの広告について書きます。最近、どんなクルマのコマーシャルが流れているかよくわからないのだが、おおよそテレビCMと言うのは雰囲気先行でその製品の実を表すものはあまりないように思う。クルマが走って竜巻が起きたり稲光が光ったり、見ててシラケるのである(フェラーリのビデオも同じような映像をアップしているから、こういうのは万国共通なのかも知れない)。だからクルマに多少なりとも知識やこだわりがあると [続きを読む]
  • 「これまでを振り返りまして…」
  • かつての3日毎、4日毎の投稿から一週間毎の投稿になり、内容もかなりたどたどしいものになっていたのはご存知のとおりです。以前は書きたいことが色々あり、折にふれ書き溜めていたことを夜間や休日に記憶を掘り起こしながら投稿するのは楽しみでもありました。しかしその投稿数も250を超えたくらいから徐々に思い浮かぶことが少なくなりました。子供の頃からクルマが好きで少しでもクルマのことを知りたくて、見かけたクルマに [続きを読む]
  • 「正しい運転」
  • 自分の運転は正しいと思っている、大抵みんなそうだ。でもその思い込みはかなり怪しい、正しくない場合も多い、そう思う。だってわたしはかれこれ40年(四捨五入したらね)近くクルマを運転しているが、その時その時つねに正しい運転をしてきたつもりなのだ。でもその40年近くをふり返ると正直ずいぶん危なかったと思う。要するに一度だって安全な運転だったことはないということだ。路地から通りに出るとき車道のところで一旦停止 [続きを読む]
  • 「ネタがないので」
  • すみませんGWで遊び呆けていてストックがありませぬ。いよいよこのブログも末期症状かと思います。…でここ数ヶ月、たまった質問にお答えします。Q フェラーリは二度と買わないのか?  万に一つの確率があるとすればGTC4ルッソかもしれません。フェラーリと言えど日常に供するキャラクターの方が良いと思うからです。やっぱりクルマは乗ってなんぼ、見栄やカッコではなく、シチュエーションをなるべく選ばないクルマに越したこ [続きを読む]
  • 「クルマの中の過ごし方3」
  • 30年以上、運転していると車内の過ごし方も変化する。ある時期、クルマの中で朗読を聴くのがすきだった。オーディブルというのをご存知だろうか。以前はオーディオブックと呼ばれたこともある。ほとんどが本を朗読したデータ配信で朗読ラジオのようなものだ。時間が何時間にも及ぶ大作もある。毎日、少しずつ数週間をかけて聴く。クルマで聞いているとやはり注意力がすこし散漫になるのだろう、本を読むより理解が薄い。だから同じ [続きを読む]
  • 「クルマのなかでの過ごし方 2」
  • 前回、若かりしころ夏の雨の中、伊豆を走った時のクルマと音楽と風景の記憶を書いた。当時はカーナビなんてものはなく。クルマの中に地図をおいておくのが普通だった。当時のドライブは適当に走り回った。地図はクルマの中においてあったがほとんど見ない。見るのももどかしく走り続ける。そもそも目的地を定めて走り出さない。なんとなく西に行こうか、東に行こうか、くらいしか決めていない。だから地図を見ずに行き当たりばった [続きを読む]
  • 「クルマのなかでの過ごし方」
  • クルマのなかでどんなことをして過ごすか、という話し。かつて営業車で都内を目指す時はAMラジオを聞くことが多かった。FMラジオは音楽ばかりで聞いたこともない曲を聞かされるのは苦痛で、女のDJの空気のような喋り方が馴染めなくてほとんど聞かなかった。AMラジオは交通情報を聞くためにつける。AMは会話がうるさいのでボリュームを低くしておき交通情報になったら音量を上げる。NHKがだいたい毎時28分と57分の2回、交通情報を放 [続きを読む]
  • 「みんなのくるま」
  • 仕事で多くのスタッフにクルマを運転させている。荷物を持ちながら身体の負担が少なく機動性よく移動するにはクルマが一番いい。十数台の車両が年間、何十万キロも走る。一年で月まで行って帰ってくる距離だ。あまり口には出さないがかなり責任を感じている。事故を起こすのではないか、事故に巻き込まれるのではないか、いまどんな状況で運転しているのか、どんな精神状態で運転しているのか、寝不足で居眠り運転していないか、車 [続きを読む]
  • 「クルマは雰囲気をはしる 2」
  • 前回のつづき。雰囲気を感じながら走る、について。運転していると前を走るドライバーが何を考えているのか分かったり、数秒後に何が起きるか予想できたりする。このブログを読んでいる人も大抵そうだと思う。「わからない」、そう思った方も明日、クルマを運転してみると自分がかなりのことを事前に察知して運転していることに気づくはずだ。前々回、レベル2の自動運転を使っていると書いたけれどこの自動運転、そうした予想など [続きを読む]
  • 「クルマは雰囲気をはしる」
  • 前回、レベル2の自動運転について書いた。そのつづき。街をふつうに歩いている時、人は前から歩いてくる人にぶつからない。ラッシュアワーの駅構内であれば別だが、前から歩いてくる人の動きを凝視しなくてもぶつからない。不思議なことに相手の目を見て、相手もこちらの目を見て歩いて来る時こそぶつかる。目と目で見つめ合うとそこにばかり注意が行きそのほかの情報が遮断されてしまうのだろう。見ない方が良いのだ。目で見ずに [続きを読む]
  • 「レベル2自動運転」
  • ここ数ヶ月、レベル2の自動運転を作動させて走ることが多い。高速道路だけでなく一般道でも試している。高速道路(信号や交差点のないバイパスも)の混雑時には重宝する。ただしこの重宝というのは運転が楽、というレベルであって、運転をクルマに任せるというには程遠い。隣の車線から割り込んで来た時や、前走車が隣の車線に出て行った時などまったく安定しない。毎回違う反応をするので気が抜けない。前走車が隣車線に出ていっ [続きを読む]
  • コルベット グランスポーツ
  • 先日、現行コルベットに乗る機会があったのでその時の印象を書いてみる。実はコルベットに乗るのはこれがはじめて。「今のコルベットはイイですよ。ガチッとした本物のスポーツカーです」、そう薦められた。今をさかのぼること35年前、通っていた学校の近くの駐車場にコルベットが停まっていた。三代目のコルベットで鮮やかなブルーメタリックに白い革シートがついていたように記憶する。そのコルベットのオーナーは長髪のミュージ [続きを読む]
  • 「あらためて フェラーリF12の最後 その4」
  • F12のことを振り返っておりますが、今回が最後です。色々とF12の気になったところを書いてきたけれども、F12の記憶の濃さというか深さはそれほど濃くも深くもないのだった。むしろあっさり、薄いものだと言っていい。それはF12で長い距離を走らなかったこと、走るシチュエーションがパターン化して単純であったことが原因かもしれない。基本的に休日の午後が多く、走る道は同じところばかりでロングドライブを言えるものは数回しか [続きを読む]
  • 「あらためて フェラーリF12の最後 その3」
  • わたしの住居は東京近郊にあって、都内ほどの交通量はないが、地方のように交通量も信号もすくないということもない。このシチュエーションはF12にとって良かったと思っていない。やっぱりクルマを運転するには前後にクルマが少なく、信号もない適度にカーブがある道路の方がいい。別に速度違反や官憲の目を気にしてのことではなく、他のクルマや歩行者に気兼ねなく走れるという意味でこうしたシチュエーションが良いと思っている [続きを読む]
  • 「あらためて フェラーリF12の最後 その2」
  • フェラーリF12を手放した経緯を振り返っております。そのつづき。F12の700ps超えの高出力は一般道の走行では弊害でしかない。それは700psだけでなく600psも500psも同じだと思う。こう書くと以前このブログで取り上げた、乗用車の出力は60ps、80psで十分、という話しに聞こえるかもしれないが、でもがそうではない。大人4人が余裕を持って座れて、かつ十分な安全性を担保するクラッシャブルゾーンを持ち、快適性と走行性能を兼ね備 [続きを読む]
  • あらためて フェラーリF12の最後
  • すでに手放して久しいフェラーリF12だけれども、ちょっと振り返ってみる。自分のまわりからF12の痕跡はすべてなくなった。遅ればせながら車庫も備品も整理した。こういうと何か寂寞とした感じがあるけれども、そんなことはなくむしろ憑き物が落ちたくらいにすっきりしている。F12があった時は、まさにその面倒をみるというか、おもりをしている感じがした。エンジンかけなきゃとか、動かさなきゃという意識が強かった。バッテリー [続きを読む]
  • 「しばらくおやすみします」
  • 本ブログを読んでいただいているみなさまへ。一ヶ月ほどブログの投稿を休止することにしました。休止の理由は、柄にもなく「ワシがPLを兼務する!」、などと口走ってしまった計画が動いて繁忙していることや、夜更かししてPCモニターに向き合うブログ投稿が目の疲れを誘発していることです。ここ数ヶ月はむかし書きためていたものに手を加えることで、週一の更新をつづけてきましたが、その書きためていたものも底をついていまし [続きを読む]
  • 「事故処理2」
  • 事故で通れなくなった交差点から引き返す道すがら、色々なことを考えた。事故はなぜ起こるのか。警察が示す原因は前方不注意だとか速度超過だとかにくくられるけれども、なぜ前方不注意になったのか、速度超過したのか、の方が問題なのだ。ひとはさまざまな理由でくるまを運転する。むかし営業車で走り回っていたころ、たまに暴走車を見かけた。どんな事情か知るよしもない。いずれにしても気が狂ったように走っていく。邪魔だ、 [続きを読む]
  • 「事故処理」
  • ついこの間、渋滞に巻き込まれた。いままでいちども渋滞にあったがない場所で、なんの前触れもなく進まなくなった。信号は青になったのに20メートルくらい進んだ後ピタリと止まったまま動かなくなった。時間は1分、2分と過ぎていく。先は見えない。30メートルくらい先が起伏の頂点でその先は下り坂になっている。連なるブレーキランプで道端の生垣や電柱まで赤く染められている。対向車も走ってこない。明らかにおかしい。前後のド [続きを読む]